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イジリー岡田

イジリー岡田(-おかだ、1964年9月23日 - )は、東京都出身のお笑いタレント、ものまねタレント。本名は岡田 昇(おかだ のぼる)。ホリプロ所属。浦和実業学園高等学校卒業。


【来歴・人物・芸風】
東放学園専門学校在籍時代から番組制作に携わり、小堺一機、関根勤の下積み時代のライブにも裏方のバイトとして参加するなどの経験。相方を半ば強引に誘いキッドカットというコントコンビを結成し、1986年デビュー。ホリプロお笑い部門の第1号タレントとして、数多くのバラエティ番組のオーディションで優勝、レギュラー番組も決まりだして順風満帆に思えたが、遅刻癖が原因で相方が事務所に解雇され、1990年に解散となり、ピン芸人としての活動を始める。

コンビ時代からホリプロのアイドルイベントで前説や司会を担当していたことから、学研の雑誌「MOMOCO」でデビューしたてのアイドルと対談するコーナーの連載が決まる。そこで何かペンネームを付けようとなり、客いじりが上手いからペンネームは『イジリー岡田』、コーナーのタイトルは『イジリー岡田のアイドルいじり』に決まる。最初はあくまでペンネームだったがコーナーの人気が上がるにつれ事務所もその気になり、マネージャーに「お前明日からイジリー岡田だぞ!問題ないな!」と一方的に通告され正式芸名が決まってしまう。イジリー曰く「そんな最低な名前、嫌に決まっているじゃないですか!」


《ギルガメッシュないと》
ゴールデンを狙うための足掛かりに、あくまで3ヶ月の予定で伝説の深夜番組、『ギルガメッシュないと』(テレビ東京)のレギュラーに抜擢される。萩本欽一を尊敬し、下ネタ嫌いを公言していた本人の気持ちとは裏腹に、番組は、午前2時台で5%以上という深夜枠では脅威的な高視聴率を叩き出して、結果的に放送は91年10月から、98年3月終了までの6年半も続きイジリーは自他共に認める日本一のエロタレントのジャンルを確立した。

■最初はあくまで都内のデートスポットや流行の映画・芝居を紹介するお洒落な情報番組だったが、イジリーの出番だけ「AV女優のお宅訪問」であった。

■番組企画の一環として、1993年12月にはAV女優の憂木瞳とデュエットしたシングル、『マンゴ・ナタデ・ココ』(ポニーキャニオン)をリリースしている。ちなみにノーギャラであった。


《ギルガメッシュないと終了》
『ギルガメ』終了後は、事務所の命令で下ネタ封印や子供向け特撮番組出演などのイメージ改革に取り組むが、2001年「27時間テレビ」深夜枠「裏めちゃイケ」で冒頭から陰核を連想させるギャグを連発する型破りな司会ぶりが業界内で伝説化され、本格的なエロ芸解禁となり現在の活躍に至っている。ただしギルガメ終了直後の1998年の27時間テレビのの深夜コーナーで司会をした際にはエロならおまかせと言いながら登場するなどノリノリで司会をしていた。

■『ギルガメ』終了後もその影響は未だに根強い。NTV系「まねキン」ではお台場のパレットタウン、ヴィ−ナスフォ−トにロケの立ち入りを禁止されていた。

■AV男優と誤解される事も多く、たまにアダルトビデオへの出演オファーがある。

基本的にはしゃべりやものまねを得意とするタレントである。『ギルガメッシュないと』(テレビ東京)に出演していたこともあり、イジリーという芸名は卑猥な印象を与えるが、「イジリー」は「素人いじり」「客いじり」(=観客などをネタにして笑いをとる事)が上手いことから名付けられた芸名である。ちなみに、NHKではこの芸名は使えずに、本名の岡田昇で出演することが多い。 『ギルガメ』出演時は、フジテレビの『ものまね王座決定戦』に出たがっていたと言われるが、現在、日本テレビの『ものまねバトル』に出演中。ギルガメ時代に鍛えたのか、舌を異常に高速でレロレロさせる「高速ベロ」が得意。「天才エロ芸人」の異名を持つ。

三沢光晴のものまねからも分かるようにプロレスファンとして知られ、2005年7月18日の『プロレスリング・ノア 東京ドーム大会』には後輩・ダウソタウソ(ダウンタウンのそっくりさんコンビ)の松本等しいを引きつれ、プライベート(自費)で来場した。また、 2006年3月21日に行われた全日本プロレスのファン感謝デー興行で、三沢光晴に扮して小島聡とタッグを結成。武藤敬司・神奈月(神奈月は武藤敬司に扮して登場)と、本当のプロレスの試合を行い、好評を得た。

1994年から1996年にかけ、日本テレビの早朝の子供向け英会話番組『Hayami English Network (HEN)』に、めんどりの着ぐるみで登場していたことがあったが、エロ芸人ぶりは子供相手の番組のせいか封印されていた。

イジリーのエロな芸風は前述の通りであるが、本人はそもそも下ネタが嫌いで、芸人にありがちな乱れた女性関係を嫌悪していたと発言しており、芸風とは裏腹に極めて道徳的な人物である。よってその様な芸風は本意ではなく、『ギルガメッシュないと』というエロ中心の番組の中で、本人の嗜好とは関係なくやらざるをえない状況の中で生まれた芸であり、当時はつらい思いもしたようだ。 「アメトーーク」では女性ゲスト(安めぐみ、MEGUMI、熊田曜子、安田美沙子、ほしのあき、時東ぁみ、夏川純、山本モナ、矢口真里)の楽屋にスペアキーで入り、ゲストの私物を物色し、歯ブラシを舐める、食べかけのお弁当を食べる等のお決まりの役割を果たしている。結局は、苦情が殺到された。


【主なものまねのレパートリー】
宮崎駿
綾小路きみまろ
石立鉄男
三沢光晴
渡辺篤史
柳生博
星野仙一
坂上二郎
岸田今日子
安斎肇
小出義雄
杉村太蔵
江川卓
下條アトム
森本レオ

なお、歌唱力もプロ並である。

さとう宗幸 (中学2年生の頃から)
森山直太朗
河口恭吾
松山千春
はしだのりひこ
北島三郎
稲垣潤一


イジリー岡田オフィシャルブログ・イジリーライダー

(出典:Wikipedia)

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ケンドーコバヤシ

ケンドーコバヤシ(1972年7月4日 - )は日本のお笑い芸人。所属事務所は吉本興業。本名小林 友治(こばやし ともはる)。福井県福井市生まれ。大阪市育ち。大阪NSC11期生。大阪市立中野中学校→初芝富田林高等学校。愛称は「ケンコバ」「コバ」「ヤッシー」。身長172cm、体重80kg。


【略歴】
1992年4月NSCに11期生として入学。NSC同期の芸人には陣内智則、中川家、たむらけんじ、ハリガネロック、烏川耕一らがいる。在学中に「沖・小林」を経て、現ハリガネロックの松口祐樹と「松口VS小林」を結成、ボケを務める。ツッコミにドロップキック等のプロレス技を用いたり、ネタをしながら互いにプロレス技を掛け合うといったアンタッチャブルな芸風でコアなお笑いファンから人気を得るが、1995年解散。

その後同期の村越周司と「モストデンジャラスコンビ」結成。一応ツッコミ担当ではあったが、全くボケ・ツッコミの区別がつかない破壊的なネタを生み出し続けた。 両コンビとも一般層には受け入れられがたい芸風ではあったが、折りしも訪れた心斎橋筋2丁目劇場ブームに乗り、また小林の実力を高く評価した千原兄弟を初めとする先輩芸人の後押しもあり活躍する。モストデンジャラスコンビは村越の芸人引退の希望もあり(村越はフリーのピン芸人として2006年復帰)、2000年3月解散。

以後ピン芸人としてbaseよしもと(2003年9月よりうめだ花月)を中心に活躍。 関西お笑いシーンにおいてカリスマ的支持をうけるバッファロー吾郎にも評価されており(コバヤシも若手時代からバッファローを慕っていた)、彼ら主催の大喜利イベントダイナマイト関西には初回から参加、優勝経験もある。その他各種イベントやMBSラジオ『スッごい!おとなの時間』などテレビ・ラジオ番組で数々共演。彼らは主にシュールな笑いを得意とし、小籔千豊、野性爆弾、ザ・プラン9、笑い飯らも含め、メディアからはバッファローファミリーとも称され、「アメトーーク」でも取り上げられている。また、FUJIWARAもテレビ大阪「吉本超合金」で小林を重用。後番組「吉本超合金K・ケンコバ大王」では初の冠番組を務めた。

2001年4月から開始した「見参!アルチュン」「?マジっすか!」(共に毎日放送)に出演。「アルチュン」ではその類希なる妄想力を発揮し、番組は密かに人気を呼ぶ。「?マジっすか!」では女子中高生中心の客層の中トーナメント・ランキング戦などで苦戦するも、司会の陣内を初めとする他の芸人に対する的確なボケ・ツッコミ、暴走する自身のVTRなどで番組を盛り上げた。

この頃から同期の陣内智則が関西圏でブレイクし始め、2丁目時代からことあるごとに陣内との対立(陣内との関係は後述)をネタにしていたコバヤシは、同時期に起こったbaseよしもとブームも後押しする形となり図らずも知名度を上げていく。

さらに毎日放送の昼の看板番組「ちちんぷいぷい」のレギュラー(〜2006年4月)がスタート、一般層にも顔が知られる存在となった。普段は若手芸人に対してあからさまな対抗意識を顕にする角淳一であるが、コバヤシに対してはそれらとは少し毛色が異なり、なにかとコバヤシのことをいじりつつも、ある種のリスペクトを払うような素振りを見せていた。「?マジっすか!」のコバヤシ製作のVTRにも友情出演を果たしている。 2006年の夏には毎日放送のイベント「オーサカキング2006」の一環として、特別番組「ケンドーコバヤシのオーサカ夜キング」が放送された。イベント開催期間中限定ではあるが、社運を賭けた大型企画に関連する看板帯番組の司会という大役を任される。「なるトモ!」における陣内智則が「読売テレビの朝の顔」であるならば、コバヤシはまさに「毎日放送の夜の顔」であった。同番組にはその陣内をはじめとし、元モストデンジャラスコンビの相方である村越周司など、コバヤシ所縁の多数のお友達ゲストが日替わりで登場した。好評につき翌年の2007年にも一部内容をリニューアルし「オーサカ夜キング ケンコBAR」として放送されている。

2003〜2005年にかけてテレビ東京のハロープロジェクト関連の番組、ダウンタウン司会「考えるヒト」(フジテレビ)等のレギュラーに抜擢され、関西エリア外にも着実にファンを増やした。 お笑いブームの最中にある現在、「人志松本のすべらない話」、「アメトーーク」、「やりすぎコージー」等で、実力を遺憾なく発揮。陣内、たむらけんじらと並び全国区での活躍がますます顕著である。 現在の東西の活躍の割合はほぼ半々であり、新幹線で東京と大阪を週に約4往復もする生活が続いているという(「ナインティナインのオールナイトニッポン」より)。


《芸風》
ほとんどのトークが妄想ともいえる“ウソ”、作り話である事や、下ネタ・プロレス・ガンダムについてのトークが多いので、他のお笑い芸人と比べて圧倒的に男性ファンが多い。無類の『週刊少年ジャンプ』(特に『ジョジョの奇妙な冒険』や『太臓もて王サーガ』)、『3年B組金八先生』のファンでもある。ゲーム、漫画、アニメ、音楽等の知識も豊富である。又、阪神タイガースを中心にプロ野球にも精通しており、2005年の阪神のリーグ優勝の折にはサンテレビの特番の進行役等もこなした。山本小鉄のモノマネが得意で、始めは無断で芸を披露していたことが心残りたったらしく番組のロケで本人に会い、芸を披露したところ本人は喜んで承諾してくれた。 その髭面の無骨な風貌と、只者ならぬ雰囲気から、ともすればTV等で初めて彼を観た人間の第一印象は「怖い人」と捉えられがちだが、実は人一倍礼儀正しく、先輩や後輩、そして女性思いであり、吉本きっての紳士である。また、低音の渋い声質からナレーションなどの声の仕事も多い。


《芸名》
芸名の由来は諸説ある。

1.
ピンでやって行く決意を固めた際、それ迄の人生で体験した事が無かった3つの事「結婚」「アナルセックス」「剣道」のどれかから芸名を付けようと思い立ち、「ケンドー」を選んだと語っている。(朝日放送「ナンバ壱番館」、「踊る!さんま御殿!!」より)

2.
プロレスラーのケンドー・ナガサキが好きで、「桂」や「笑福亭」の様に屋号のつもりで勝手に「ケンドー」という屋号を受け継いだ(毎日放送「いざゆけ!八木裕!」、TBS「個人授業(プライベートレッスン)〜正しい和田アキ子の作り方〜」)。
いずれも本人が語っていた事ではあるが、如何せん虚言癖が売りの芸風である為100%の信用を置くのは難しい。

今の芸名を名乗るようになってからは「ケンコバ」、あるいはそれ以前から使用されている「コバ」と呼ばれる事が一般的である(蛍原徹だけは「コバ」の「コ」の部分を上げる独特のイントネーションで呼ぶ)。また、明石家さんまなど、稀に「ケンドー」と呼ぶ共演者もいる。

ちなみに、かつてのコンビ名「モストデンジャラスコンビ」は「キン肉マン」に登場するブロッケンJrとウルフマンのタッグチーム名に因んだ物。ハリウッドザコシショウ提案によるものであるという。


【エピソード】
《他の人物との関わり》
同期の陣内の事を良くいじるが、コバヤシは陣内の売れなかった時代を知っている良き理解者であり、公私共に仲が良い。陣内の藤原紀香への告白を後押ししたのもコバヤシだとされている。最初は当然玉砕されるだろうと冗談まじりで発破をかけていたが、それが功を奏する結果となった。のちに披露宴にて陣内がピアノの弾き語りを披露した際、最初こそ笑ってしまいそうになったが、次第に素で感動し、たむらと共に泣いてしまったと翌日の『なるトモ!』で語っている。なお、陣内司会の『なるトモ!』出演時は、コバヤシが普段は身につけない大胆かつ奇抜なファッションで登場するのが恒例となっている。

過去に野性爆弾、カネシゲタカシと4人で「公共オマンコ機構」と言う、放送出来ない名前のパンクバンドを組んでいた事がある。

次長課長井上と師弟関係にある。井上が大阪で活動していた時期、相方河本準一が椎間板ヘルニアで入院した際に、代わりにコバヤシとコンビを組み、学園祭を廻ったことがある。また、2002年関西ローカルで深夜に放送されたドラマ「日常」では、2人で仮面ドライバーというフォークソングユニットを演じ、2006年同作品が劇場公開された際には再び井上と組んで各種イベントに出演した。 「base SUMMER SMILE O2 OSAKA」では、井上、バッファロー吾郎竹若と共にV作戦のモビルスーツの着ぐるみをダンボールで製作し「哀・戦士」を熱唱した。ガンダム=竹若、ガンキャノン=井上、ガンタンク=コバヤシと担当したものの、それぞれの顔が見えず、なおかつ若いファンは置き去りのネタであり、残念ながらその場での反応は薄かった。しかし、翌年の「base SUMMER SMILE O3 OSAKA」でも懲りずに野性爆弾城野、 ザ・プラン9浅越ゴエらを新たにメンバーに加え、「超時空要塞マクロス」に挑戦。デストロイド・モンスター=コバヤシ、ワンマン戦闘ポッド・リガード=城野、VF-1J バトロイド・バルキリー=竹若、VF-1S ガウォーク・バルキリー=浅越と扮し、「愛・おぼえていますか」を披露した。

前述のように熱狂的プロレスファンであり、専門誌にコラムも執筆していた。 2005年2月13日には、大阪プロレスにレスラーとして参戦を果たす。イステリアと組み、タイガースマスクと1対2の変則マッチを行い、タイガースマスクに敗れた。 特に越中詩郎と彼が率いる平成維震軍のファンのようで、自身が越中になりきったビデオ作品を作ったり、「アメトーーク」の持ち込み企画案として「越中詩郎大好き芸人」(コバヤシ、バッファロー吾郎の木村と竹若、博多大吉の4人)が越中について語り合う企画を発表したことがある。2007年1月25日に放送された土田晃之率いるガンダム芸人との対抗戦の反響は大きく、越中を知らない視聴者層にもその魅力をアピールした。放送後、越中本人の公式サイトでは、アクセスが集中して閲覧不能になったほどである。以降も同年5月2日、越中のIWGP挑戦の際、観客への煽り映像のナレーターを務める、同年6月22日のプロレス興行「カスイチ」にて、越中組のセコンドを行うなど、越中ブームを巻き起こした張本人としての活躍があった。さらに越中との共著として扶桑社より単行本「やってやるって!!」を出版した。

この「越中詩郎大好き芸人」に続き、『ジョジョの奇妙な冒険』好きの芸人を集めた企画「ジョジョの奇妙な芸人」を同番組に持ち込み、視聴者からの投票で番組プレゼン企画史上トップの77992票を得て見事採用された。コバヤシ本人の他にバッファロー吾郎、野性爆弾らが出演し、2007年8月2日に放送された番組は本作の読者でないと分からないマニアックなトークや企画で占められ好評を得たが、関西地区では「第31回全英オープンゴルフ」中継のため放送されず、関西在住のファンを嘆かせた。この件に関してはネット局の朝日放送に対して、多数の問い合わせや苦情が殺到。朝日放送ではこの要望を汲み、後日放送する事を決定した。当初、他の地域では「アメトーーク ゴールデンSP」の事前特番が放送される枠を潰して2007年9月13日に放送されることが発表されたが、さらに変更され9月20日深夜0時29分から放送されることが追加発表された。

2007年8月、メッセンジャー黒田と音楽ユニット「コバクロ」(ユニット名はコブクロにちなむ)を結成し音楽活動もインディーズで開始。

ダウンタウン松本は、ラジオ番組で「今、実力ある若手って誰がいる?」と言う質問に、コバヤシの名を上げ「あいつはやりよる。達者や」と評していた。そのこともあってか、人志松本のすべらない話にも準レギュラーとして出演している。 オール巨人は「オールザッツ漫才」にて、本当は自分もコバヤシのような下ネタで笑いをとる存在になりたかったと衝撃の告白をしている。 また、『ナインティナインのオールナイトニッポン』にゲスト出演した際は、その尽きる事の無い嘘話と猥談の巧みな話術を岡村隆史は繰り返し「素晴らしい」と絶賛した。


《レイザーラモンHGとの関わり》
2002年、baseよしもと出演の際、レイザーラモン・住谷正樹が腰を激しくグラインドしながらダンスをしていた姿からコバヤシは「お前はハードゲイか!」とツッコんだ。これが住谷がHGキャラを作りだしたきっかけとされている(その日の本番後、住谷はコバヤシの楽屋をおとずれ「女子中高生の前でハードゲイはないでしょ!」と詰め寄った。だがその後住谷はコバヤシに言われた「ハードゲイ」という単語が気になって仕方なくなり、ハードゲイの研究を始めるのである)。

又その年、奈良の大学の学園祭にレイザーラモンが出演した際、住谷はアドリブで観客に向かって「奈良フー!」と絶叫した。観客は全くの無反応だったが、共演したコバヤシは住谷に「お前『奈良フー』って何やねん!」とツッコみ、以降住谷は「フー!!」を連呼するようになった。

この様に、住谷がHGキャラを構築する過程に於いて、コバヤシの存在が大きく関わっている。その為コバヤシはHGに「アイデア料」を請求し、HG人気爆発後はその額は2億円にまで高騰している(勿論冗談である)。ちなみに相方である出渕誠の市川海老蔵のモノマネキャラ「市川AB蔵」もコバヤシ考案によるものである。

同じ筋肉キャラのなかやまきんに君の別キャラキャプテン☆ボンバーを生み出したのもコバヤシである。きんに君が住谷のブレイクで焦ってコバヤシに助言を求めたのがきっかけとされる。「新喜劇ボンバー!!」では第一回にコバヤシが「キャプテン★モスクワ」として出演した。

たむらけんじのふんどし&サングラスのスタイルを後押ししたのもコバヤシらしく、「なるトモ!」において海原やすよ・ともこは「コバのプロデュースしたキャラはヒットする」と評した。ただしコバヤシ自身はHGも含めて「貶める目的で勧めたらなぜかヒットしてしまった」と語っている。


《その他》
ロンドンハーツで、売れない時期は夜の生活で金を稼いでいた事を、たむらけんじに暴露された。

大好物はうどんで、1日1食は食べないと気が済まないと言う程好きである。共演者にうどんのどういう所が好きかと尋ねられ「セックスアピールがあるでしょ?」と言い返した。また、その拘りぶりからうどんに関するコラムを執筆したりもする。

戸籍上の結婚歴はないが、18歳の時に同じ病院に入院していた女性と2人だけで結婚式をあげた事があり、本人は「バツイチ」を自称している(「笑っていいとも!」で告白)。しかしその後、その女性は他県の病院に転院したらしく、それからは連絡を取っていないという。

東大阪市にある高校の学園祭への営業の最中、近くのビデオ屋で及川奈央がサイン会をやっていること聞き、ネタの時間を15分与えられたにも拘らず、5分で切り上げ、同じ営業グループだったサバンナにも5分で切り上げるよう無理強いして、残りの40分を友近に任した。この時、同行していた吉本の社員も怒るどころか一緒にサイン会へ駆けつけたため、友近は独り学園祭会場に残された。 特番『ケンドーコバヤシ妄想劇場』(『緊急特別DVD 追悼ケンドーコバヤシさん』にも収録)でも及川奈央を妻役としてブッキングするなど、熱の入れようが伺える。舞台裏では「及川奈央の電話番号を聞き出すように」と友近へ指示。友近は及川から電話番号を聞いたものの、「他人のプライバシーを勝手に教えることはできない」、とコバヤシへ教えることを拒否したため、コバヤシは激怒した。「CanCam」のインタビューでも、タイプの女性は性格を含めて及川だと答えている。ちなみに昔は南野陽子の顔が大好きだったらしい。

2007年2月21日放送の「明石家さんちゃんねる」にて、構成作家の勝木友香に本気でお付き合いをしてほしいとの告白をした。しかし、勝木友香は自身のブログで「あくまでお笑い」と説明しており、またコバヤシの芸風がウソと妄想であることに加えて、この時にはすでにコバヤシに彼女がいたため、これらはあくまで番組上のネタと捉えるべきである。その時のゲストの一人の美少女クラブ31の高部あいからゲストをほっぽらかしてひどいですと叱られる(もう一人のゲストは原幹恵だった)。そのこともあって明石家さんちゃんねるで告白のコーナーができた。

『ケンドーコバヤシ妄想劇場』など、メディア上では壮絶な家庭環境のもとに育った(「銀貨五枚で身を売られた」「僕は獄中出産」等)とコメントしているが、実は育ちがよく、とても行儀よく育てられた様子が他の芸人から暴露されている。母は習字教室の先生である。

性癖はかなりのM。彼女が男役、コバヤシがブラジャーとパンティを身に付けて女役になりきり、彼女から無理やりやられるというプレーをしていた。
テレビ朝日の深夜番組『美しき青木ドナウ』のコーナー「御冠」に出演した際、高校時代にやっていたラグビーで、人より体が小さいのをカヴァーするため、力を瞬間的に出せるからと括約筋を締める訓練をしていたせいで、現在では括約筋が思うように緩めることが出来ず、「ドMなのにアナルプレイが出来ない!」と怒り嘆いていた。

初めて出演した全国ネットのテレビ番組は、「警視庁24時」である。これはメッセンジャー黒田など芸人同士で飲んだ帰りに、悪ふざけで騒いでいた際、警察に注意された場面を放送されたと本人は語る。放送では「街で暴れる若者達」という内容で、モザイクをかけられた状態で出演していた。この手の番組が好きなコバヤシは自分が出ているのを見てビックリしたと語る。


大ケンドーコバヤシの大日記(本人ブログ)

(出典:Wikipedia)

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日常 恋の声

日常 恋の声
【邦画】 ありふれているけど思わず笑ってしまう、そんな大阪の街の日常を描いた「日常」の続編。今作は男女の他愛ない会話や、すれ違いによって生じる風景を笑いを散りばめ描いている。ケンドーコバヤシ、井上聡、友近、麒麟をはじめ吉本興業の人気芸人が出演。

松尾伴内

松尾 伴内(まつお ばんない、本名:松尾 憲造(まつお けんぞう)、1963年5月3日 - )は、日本のタレント、レポーター。長崎県大村市生まれ、東京目黒育ち。血液型A型。オフィス北野所属。東京都立桜町高等学校卒業。

たけし軍団加入当初は本名で活動をしていた。名付けの宴席で、映画『多羅尾伴内』から、松尾本人が『いびつな頭を持つ男』と言う事で芸名が決定。実際は“いびつ米びつ”との二者択一で選ばされた。主に明石家さんまから「松ちゃん」「ばんうち(伴内の読み違い)」などと呼ばれている。

妻は女優の栗林知美。2005年に双子の男の子が誕生。2人とも本人にそっくりらしい(舞台のフリートークより)。


【略歴・人物】
そもそも芸能界入りへの意志が強く、各種オーディションに積極的に応募するが軒並み不合格であった。そのオーディションのひとつに「西城秀樹の妹コンテスト」があり、松尾は「弟」も募集していると勘違いして応募している。

そして漫才ブームで人気芸人となったビートたけしに着目し、弟子入りするためにニッポン放送の通用口付近でいわゆる“出待ち”をした。しかし、人見知りである松尾は声を掛けるきっかけが掴めず、『ビートたけしのオールナイトニッポン』収録後のたけしをただ見送ることが続いた。松尾の存在に気付いた高田文夫は、たけしに「タケちゃん、あいつヤバイよ」と警告していたという。そしてある週に、松尾が切迫した表情でたけしに近づき(たけしは刺されると思ったらしい)、弟子入りを志願した。

近年は、ビートたけしよりも明石家さんまや小堺一機との仕事が多い。一時期、外部修行としてさんまの付き人を務めていたこともあり、さんまとはプライベートでも非常に親しい間柄である(ラッシャー板前、グレート義太夫などもさんまに付いたことがあり、たけし曰く「俺以外の人にも付いて勉強しろ」ということらしい)。

もう40代のベテランであるにも関わらず、なぜか「まだ若手ですから」と言う。リアクション芸は芸能界でも1、2を争い、特に熱湯風呂のリアクションは絶妙。私生活でもリアクションが大きく、いちいち色んな事に驚くらしい。

有名なのは新幹線の売り子さんの「○○円になります」の言葉に驚いたという話。さんま絡みの仕事では、「あいうえおの、お」→「おーっ!!」などの掛け合いがお馴染みであるが、これは『痛快!明石家電視台』(毎日放送)から生まれたものである。また、明石家電視台出演時には、さんまと同じ新幹線に隣同士で乗って移動しているが、延々互いに喋り続けるので他の客が迷惑していると宮迫博之らから突っ込まれている。ちなみに、さんまと伴内が好んで食べる駅弁と言えば八角弁当である。揚げ物がなくさっぱりしているため、他の芸能人にも好評らしい。しかし既に夜であるため売り切れていることもある。このときさんまは「おばちゃん!あんたが全部食べたんとちゃうか!」と、笑わせるらしい。

また、他の番組では普通の服装をしているが、『痛快!明石家電視台』ではなぜか乙女チックなシースルー系の衣装でよく登場する(さんまによると同番組に限ってはスタイリストがいない)。明らかに肩幅などは合っていない女性物なのだが、明石家さんまが「女物でしょ?」と聞くと必ず「男女兼用です」と答える。ファッションハウスやマジシャンショップ、フラワーショップなどで購入しており、「お求め易いお値段」だそうだ。ちなみに、1回番組で着用された服はもう着ないことになっている。その為、自宅クローゼットには「兼用」の派手な衣装が数多く押し込められており、番組内でクローゼットの写真を公開した。オーサカキングでその衣装でファッションショーをしたことがある。しかしある時、お店でスカートを勧められた。伴内がタレントだとは知らず“女装好きな男性”と勘違いされてしまっていたらしい。プライベートでもさんまとは親しく、飲み会でもコンビネーション芸を披露しているようである。

妻の栗林とは、『明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー』での共演(栗林はイメージガールとして出演していた)で知り合い、伴内が散々栗林にアタックをし続けていた。結婚は、伴内が栗林とデートの約束をしていたが栗林は忘れており、何と伴内が10時間近く同じ場所で待ち続け、それを知った栗林が結婚を申し入れたと言われている。たけし曰く、「よく松尾なんかと結婚する気になったなあ、あいつは家に最初に彼女を連れてきて都はるみのビデオをいっしょに見せられるんだぜ。結婚なんて一生できないとおもってたよ」(週刊ポスト「21世紀毒談」より)。

くりぃむしちゅーの上田晋也に似ているのをネタにしており、逆に上田も伴内に似ていることをネタにしている(上田が自身の番組で伴内の真似をすることもある)。『明石家電視台』のエンディングコーナーでは、上田が伴内になりきり、伴内本人とともに「ダブル伴内」として登場したことがある。そして二人同時に「どちらも男女兼用です。お求め易いお値段です」と言っていた。


【エピソード】
■『11PM』の1分間のお色気コーナーを必死で毎回録画し、60分テープ分にした。

■さんまのラジオ番組『G1グルーパー』(TOKYO FM)において、局部にシリコン球を注入しようとしていることを告白。2個注入がいいらしいと聞き1つをさんま、もう1つをたけしにお願いするらしい。

■だいたひかるの住居のリフォームをレポートした際、のらくろの弁当箱を発見。テレビ東京系の「開運!なんでも鑑定団」への出品を勧めた。その後だいたは番組出演に際しその弁当箱を持参。15000円の高値がつき、松尾の眼力に評価が高まった。

(出典:Wikipedia)

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いつもここから

いつもここからは、日本人のお笑いコンビである。略称「いつここ」。ワタナベエンターテインメント所属。


【メンバー】
■山田 一成(やまだ かずなり)
・1972年1月31日生まれ。東京都多摩市の出身。
・多摩市立豊ヶ丘中学校卒。国士舘大学卒。
・特技はギター。趣味は昆虫採集。
・高校時代、空手で東京都大会ベスト8になった。また、「キックだけなら世界に通用する」と、空手の師匠から言われたこともある。
・コンビ結成当初はまだUSENの社員で、営業をしていた。そのため、営業回りのスーツ姿のままお笑いライブの舞台に出ていた。
・ヒロシ、今泉稔、世界のうめざわと「ハートせつなく」というバンドを組んでいる。コンビ名が「いつもここから」に決まる前に、候補に上がっていた名前が由来。原由子の楽曲に同名のものがある。
・IZAMは高校の同級生(山田自身が発言)。
・ラジオの企画でビリーズブートキャンプを使ったダイエットに挑戦していた。

■菊地 秀規(きくち ひでのり)
・1976年5月5日生まれ。岩手県盛岡市の出身。
・生まれた病院があった場所には、現在すき家が建っている。
・盛岡中央高等学校卒。
・趣味は絵を描くことで、元々漫画家を目指して上京したという。雑誌に漫画を連載していたこともあり、立派な特技とも言える。「悲しいとき」に使われる絵は菊地が担当した。また、ネタ本『悲しいとき』の巻末には彼が描いた短編漫画が掲載された。
・絵と並ぶ、もう1つの特技はギター。NHKの『爆笑オンエアバトル』の特別番組ではギターを担当し、『カントリーロード』の演奏に参加した経験を持つ。


【来歴】
1995年春にバンドのメンバー募集で出会った山田一成と菊地秀規の2人が、突如お笑いに目覚めて1996年7月に結成。地道なライブ活動を重ねた後、ネタ見せTV番組に起用されるようになってから、従来の笑いの文脈からもコメディーの文法からも著しく逸脱したオリジナリティに溢れるネタの数々が話題を呼び、その知名度を一気に上げる。ネタ本『悲しいとき』なども出版されている。

テレビ番組『ピタゴラスイッチ』にもレギュラー出演。同番組でリリースした「アルゴリズムたいそう&こうしん」のCDは特に人気を呼び、結果、子供からお年寄りまで幅広い層に支持されるようになった。「いつここといえばアルゴリズムだ」という人も多い。

コンビ名には「初心忘れるべからず」の思いが込められている。

CMでU.N.O.BANDに参加。


【ネタ】
交代で叫んだりツッコんだりする、独特なスタイルのネタが中心。

■悲しいとき
山田がネタを叫び、菊地がネタを叫びながらスケッチブックめくってイラストを見せる、という流れを繰り返す。「誰かが死んだとき」(当初は「友達が死んだとき」だった)で始まり、「夕日が沈むとき」で締めくくる。スケッチブックを効果的に使用するというネタの独創性は、以降、スケッチブックを使用するお笑い芸人が続々と現れるほどの強い影響力をもたらした。「がぶ飲みミルクコーヒー」CMの際は「がぶ飲みしたいとき〜」に言い替えられている。

■ツッコミ暴走族
「どけどけどけ〜どけどけどけ〜邪魔だ邪魔だ、どけどけどけ〜」と特攻服姿で登場。2人が縦に並び前のほうが「〜だバカヤロ、コノヤロオメェ(聞こえ方は“コンニャロオメェ”)」と言って、後ろのほうがそのネタに「コノヤロオメェ、〜バカヤロコノヤロオメェ」とツッコみ、前後を入れ替えこの流れを繰り返す。入れ替えと退場時も登場時と同じ口上を繰り返す。2人ともバイクのハンドル部分だけを切り取ったものを持って行う。(なお、エンタの神様ではバイクのハンドルがネタ用に用意されている。)

■かわいいね
親子に扮した二人が、ある人間の行動を指しながら「(『か』を強調して)かわいいね」と言った後、もう一人がツッコミを入れ「かわいいね」と言う。この流れを交代で繰り返す。2006年現在はエンタの神様でこのネタが中心。

■偉そうなのに
偉そうな男(山田)が見せる、ちょっと気になる行動を菊地が紹介。
この他に、爆笑オンエアバトルや単独ライブなどで行った「ズボン脱ぎ」「バックオーライ」などがある。
これ以外に「ぬいぐるみ」などのコントもあるが、あるあるネタと同じくボケ・ツッコミのないシュールなスタイルの構成になっている。
あるあるネタの大半は日の目を見ずに封印されるらしい(単独ライブDVDより)。また、ツッコミ暴走族の「結婚したくない男出川哲朗だよねって言ってる女がいたんだ」など、時事的な理由で使われていないものもある。


【逸話】
■菊地はかなりの天然で「相方山田の番号を自分の番号と思い込んで人に教えていた」、「同じ事務所のアンガールズ田中に自分の唾の匂いをかいでくれと頼んだ」などの様々なエピソードを持つ。

■ある学校の文化祭に呼ばれたとき、くじ引きに使われた箱を見て「これダイソーじゃない?」「下にダイソーって書いてある」と二人で盛り上がった。このように、山田が菊地の天然に乗ることもある。

■「悲しいとき」のイラストは基本的に菊地が書いているが、山田が絵を書いた「悲しいとき2」を単独ライブでやったことがある。

■「ピタゴラスイッチ」出演時にはコンビ名は表記されず、本名のみテロップで表記される。これは、『「いつもここから」というコンビ名が子供に伝わりづらい』との理由から。

■「悲しいとき」のネタ(紙芝居)が、熊本市現代美術館の常設展示になっている。

■同事務所のアンガールズとは仲がよく、一緒に大阪に営業に行った際帰りの新幹線を一本遅らせてたこ焼きを食べに行ったりもした。田中卓志の持ちネタ『野球拳の演奏をするドラマー』のネタは菊地との掛け合い(じゃれ合い)の中から生まれた。

■菊地はスピリチュアルな力を信じていて、ポッドキャスト番組内の当てモノコーナーでは自称超能力を使っていたが、的中することは滅多にない。

■菊地は「ひでのり」という名前が恥ずかしく(子供のころ白子のり等と馬鹿にされたため)自分の名前は「ひでき」だと相方である山田をコンビ結成前3年間騙していた。


いつもここから公式ホームページ

(出典:Wikipedia)

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エスパー伊東

エスパー 伊東(エスパー いとう、本名:伊東 万寿男、(いとう ますお)、196X年12月26日 - )は、熊本県菊池市出身の自称高能力者のアネットに所属するコメディアンである。 年齢は非公開だが、2007年現在、30歳以上60歳未満。埼玉県立和光高等学校卒業。


【人物】
テレビでは上半身裸に黒スパッツ姿がトレードマーク。(江頭2:50と同じ格好)高能力と称して、怪しい体育会系の学生のやるような芸を実行し、失敗しては笑いをとっている天然ボケキャラクターである。口下手のため、ソロでは只の変ないじめられ役の田舎青年である。

一時は、お笑いと言えば土曜の夜8時、その時間のCX系列のバラエティ番組「めちゃ×2イケてるッ!」において、江頭2:50と並ぶファイナルウェポンとしての立場を確立していた時期もある。(天然対決では江頭2:50に勝ったことがある)

登場時のテーマソングは、東京ディズニーランドのエレクトリカルパレード。いろいろな「能力」を示そうとするが、大抵失敗しては「はい〜〜っ」と言ってごまかす。タイツ1枚で、顔だけを外に残して、手提げ鞄の中に全身入るというパフォーマンスが最も有名。

芸歴は長く、オールナイトフジあたりからテレビに露出していた。

一時期、電撃ネットワークと一緒に体を張ったギャグをやっていた。漫画を書くことが趣味。結婚式余興の営業等で日本全国を回っている。

ちなみに投稿!特ホウ王国での出演当時、コンビニエンスストアを経営していたこともあった(現在は不明)。なお特ホウ王国には本名の「伊東 万寿男」で出演。当時番組内で、手力(てぢから)で人気を博していた栗間太澄(Mr.マリック)に対し、体を張った無謀な挑戦シリーズはそのライバル的コーナーとして数々の対決を繰り広げた。かの有名なペットボトルロケットで空を舞うチャレンジはこのコーナーで登場したものである。

ここがヘンだよ外国人の日本の芸は世界で通用するのかコンテストにおいてゾマホン・ルフィンに「彼は能力がある」と評されている。ちなみに、このとき披露したのが「高速1分間梅干30個食い」と「ボストンバッグ入り」である。

アメブロではキーボードが打てないので、動画でブログを行っている。

エスパー菅沼という弟子がいる。


【逸話】
2006年8月26日放送の「絆はお台場を救う!(めちゃイケ)」で極楽とんぼの加藤浩次に「(日テレの)スッキリで泣いてたじゃん!」と禁句を発してしまった(詳しくは山本圭一を参照)。また、同番組で番組セットに設置されていた電飾によって自分の小道具バックを焦がしてしまい、穴を空けてしまった。

また、有栖川宮詐欺事件において、詐欺容疑で逮捕された男女が主催するパーティに出席していたことがスポーツ新聞などで報じられ、報じられたのが年末だったこともあり、正月の番組でパーティの全容を披露することとなった。


【エスパー伊東の「高能力」】
■「スプーンねじきり」

■「ビールをジョッキで3杯一気飲みした後30回転しても目が回らない男」

■「ペットボトルで空を飛ぶ」 - エアをつめた業務用ペットボトル数本を背中に背負って噴射しキリモミしながら空を飛んだ
(ただしディスカバリーチャンネルの怪しい伝説において、やらせであることが明かされている。)

■「エアバッグで空を飛ぶ」- ハンドルの上に座り、エアバッグを膨らませて空を飛んだ。「ハンドルでナニしちゃう男」として紹介された。

■「地獄車」

■「0cm読書」

■「高卒電話帳破り」- 電話帳を破る。本来は高卒でなく「高速」であった。

■「ラベラーヌンチャク高速貼り」- ラベラー2つを紐でつないだものをヌンチャクのように振り回しながら牛乳パックにバーコードを張っていく。

■「手んぷら」

■「ドライアイス食い」

■「指ドリル・指ペンチ 」

■「小指1本突きダンボール穴あけ」

■「扇風機舌止め」

■「三歳児の服を着る」

■「火炎ガラス渡り」

■「爆裂手袋鼻息割り」 - 医療用ゴム手袋を頭からかぶり、鼻息で膨らませて割るというもの。
(番組テロップで高能力名はこうなっていたが、エスパー伊東本人の口では「爆裂ゴム手袋鼻息割り」と言っていたと思われる。)

■「テニスラケット軟体くぐり」

■「熱々おでんニコニコ食い」

■「高熱たこ焼き串いらず」- たこ焼きを指でひっくり返す。

■「高熱おしぼりヒラリハラリ」- 次々と投げられる沸騰した湯に浸したおしぼりをかわし続けるというもの。

■「激辛饅頭ニコニコ食い」

■「激辛唐辛子バーガーニコニコ食い」-

■「激辛ワサビドッグニコニコ食い」

■「高速1分間梅干し30個食い」−かつて、ここがヘンだよ外国人にて外国人に披露したところ、梅干しがもったいないだけだと外国人から非難されたことがある。

■「高速わんこ飲み」

■「高速目覚まし止め」

■「高速ほえすた祭り」

■「高速大工さん」- すばやく釘を打ち、板の上を銀色にするというもの。

■「高速真っ黒」- ホワイトボードを水性ペンで全てを真っ黒にするというもの。

■「高速チラシはさみ」

■「高速踊る大交差点」- 全方向から来るミニ四駆を欠かさず受け止めるというもの。

■「360°敵だらけ」- 360°から放たれる枕をマトリックスのように華麗にかわすというもの。

■「トイレットペーパー高速巻取り(上級者編)」

■「I am チャッカマン」

■「本気(マジ)キックネバーギブアップ」- キックを受けても痛がらず、逆にキックを打つ人のほうが疲れるというもの。

■「熱々流しそうめんハシいらず 〜次の人ごめんなさい〜」

■「激辛ハバネロールニコニコ食い」

■「高速キャップもどし万寿男」

■「長距離ハッピーバースデートゥーミー」

■「360°亀田祭りネバーギブアップ」

■「激辛真っ赤福ニコニコ食い」

(出典:Wikipedia)

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藤崎マーケット

藤崎マーケット(ふじさきマーケット)は、吉本興業大阪本社に所属するお笑いコンビ。baseよしもとで活躍中。NSC26期生。

キャッチフレーズ:遊び心の棚卸し


【メンバー】
■田崎 佑一(たさき ゆういち、1981年1月29日 - )ボケ担当 - 兵庫県神戸市出身。過去にお笑いコンビ「エージェント」として活動、解散後はピン芸人「田崎ソムリエ佑一」と名乗っていた。細かすぎて伝わらないモノマネに一般参加枠で出演していた。ツッコミ担当。星座はみずがめ座。

■藤原 時(ふじわら とき、1984年12月6日 - )ボケ担当 - 大阪府寝屋川市出身。過去にピン芸人「藤原トキ」として活動していた。ボケ担当。星座はいて座。


【概要】
■「ラララライ♪ラララライ♪」「○○でエクササーイズ♪ワン、ツー、スリー!」と言う掛け声で、いろんな場面においてのエクササイズをする「ラララライ体操」などの体育会系コントが多く、Wボケスタイル。

■baseよしもとではラララライ体操以外のコントや漫才も披露する。その時は普通の服で出演する。


【芸歴】
■2005年10月にコンビ名を「チーム有酸素倶楽部」から「藤崎マーケット」に改名。

■2006年9月10日には笑いの金メダルの「笑金スター誕生!」に出演し惜しくも若井おさむに敗れるも、10月22日には一週勝ち抜く。

■M-1グランプリ2006では準決勝まで進出。

■NHK上方漫才コンテスト第37回大会決勝進出。

■2007年3月18日放送の爆笑レッドカーペットでレッドカーペット賞に選出。

■2007年4月20日放送の爆笑オンエアバトル初出場で初オンエア達成。

■2007年6月にbaseよしもとのサライブメンバー組からガンガンLIVE組への昇格が決定。

■2007年6月17日放送の爆笑ピンクカーペットでMVPに選出。


【逸話】
■「ラララライ体操」の衣装(タンクトップにスパッツ)が部屋に置いてあった事で下着泥棒の聞き込み捜査に来た警官に疑われたことがある。

■サバンナ高橋によると現在のライバルは芸人ではなく、ビリー・ブランクスの「ビリーズブートキャンプ」らしい。(07年6月5日、よしもとサンサンTVより)

(出典:Wikipedia)

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にしおかすみこ

にしおかすみこ(本名:西岡純子(読み同じ)、1974年11月18日 - )は、日本のお笑い芸人。千葉県佐倉市出身。現在の所属事務所はワタナベエンターテインメント、身長163cm。血液型A型。足のサイズ24.5cm、和洋国府台女子高等学校を経て青山学院大学経済学部卒業。


【来歴】
■1994年 - 太田プロダクションから「西岡すみこ」としてデビュー。

■2002年 - ワタナベエンターテインメントに移籍してコンビ「つぶつぶ」を結成。

■2005年 - 「つぶつぶ」を解散し、ピンで活動。従来の「西岡すみこ」から「にしおかすみこ」に改名。


【芸風】
SMの女王様の衣装で登場(BGMはMAXIMIZORの「CAN'T UNDO THIS!!」)。鞭を引っ張って「ア゛―――ッ!!!」と絶叫した後、「にしおかぁ〜っ、すみこだよぉ〜」と自己紹介し、続いて、「…ってのはどこのどいつだぁ〜い?アタシだよっ!!!」例・「暑いからって市民プールに行ったのはどこのどいつだぁ〜い?アタシだよ!!!」という暴露話で始まり、落ちが付いたところで、「満足かい。この豚野郎」で締める。(また、この自己紹介をまねて、白石美帆がエンタの神様で「しらいしぃ〜、みほだよ〜」と自己紹介をしたことがある。また、桜塚やっくんも同様に登場の際に、鞭の代わりに竹刀を引っ張って「ア゛―――ッ!!!」と絶叫したこともある。また、工藤静香もにしおかのキャラを気に入っており、明石家さんちゃんねるで、しばしば、にしおかのモノマネを披露している)。女王様キャラを生かしたネタが中心だが、最近は芸能人いじりのネタも得意としている。ただしネタ終了後すぐ素に戻るため、『くるくるドカン』で上田晋也(くりぃむしちゅー)につっこまれたことがある。

ネタやトークの流れで、共演者を鞭で思いきり打つことがある。相手が大物芸能人であっても臆することなく、2007年1月1日の『爆笑ヒットパレード』では司会の笑福亭鶴瓶を、2007年3月15日の『うたばん』では中居正広を、2007年3月27日の『ラジかるッ』では嶋大輔を、2007年6月3日の『行列のできる法律相談所』では北村晴男弁護士をそれぞれ鞭で打った。また、出演する番組などではよく制裁役をする。

三点倒立の姿勢から一発ギャグ(「犬神家(の一族)!」「八つ墓村!」「回転ベッド!」など)を見せることが多い。

この「女王様キャラ」は14番目に考案したキャラクターである。以下はこれまでに使用したキャラクターである。また、無名当時の漫談の内容は後述を参照。

1 鼻毛
2 通りすがりのバレリーナ
3 巫女
4 シンクロ選手
5 忍者
6 花魁
7 エロ女
8 「死にたいわ」が口癖の女
9 電飾女
10 逆立ち漫談女
11 留守電女
12 ルンルン花の妖精(お花マン)
13 サンバ
14 女王様


【エピソード】
■『爆笑オンエアバトル』では、1999年11月28日の放送で女性ピン芸人初のオンエアを勝ち取った。

■TV番組『カワズ君の検索生活』の企画で、ジャネット・ジャクソンに会うためにSMのコスチュームでロサンゼルスに行ったが、結局ジャネットには会えなかった。その間、AV撮影と思われたり、空港で手荷物検査で引っかかったりといろいろ大変だったという。しかしながら、にしおかにとってこれが初めての海外旅行だったと番組やライブのネタで話したものの、雑誌「Duet」では、高校時代オーストラリアにホームステイしていたと話していて、実は初めての海外ではなかった。

■2007年1月28日の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』で行われた、「ガキの使い」出演権を懸けた「山-1グランプリ」で見事優勝した。

■GyaOジョッキーの自身の番組(にしおかすみこの「よがってんじゃないよ〜!」)では、破天荒なプライベートをネタにランキング形式で後輩芸人カイハラと共にトーク展開していた。(2007年8月1日配信終了)

■「総武線快速のボックスシートの話」や「総武線に母と乗った時の話」等、総武線にまつわるネタが多く、JR総武線をよく利用するものと考えられる。

■水泳が得意で、水泳歴は10年になる。その腕を『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』にて披露している。『Qさま』の芸能人シンクロ水泳大会では金子さやかとのコンビで優勝し、普段のキャラを忘れて号泣した。

■2007年2月4日開催の フリーダイビングの大会BIG BLUE Indoor Cup(静岡)ダイナミック・アプネア・ウィズアウト・フィン女子の部において潜水記録88mを達成し世界大会AIDA Individual Indoor World Championship 2007に日本代表選手の一人として出場、この大会の模様は2007年8月20日の「Qさま!!芸能人潜水選手権完結編〜世界選手権に出場してきましたSP!〜」にて放送された。

■友人(新婦)の結婚式で「女王様のネタで何かやってくれ」といわれ、SMのコスチュームで結婚式に参列し、お得意の「犬神家!」を披露したが、思わずでんぐり返し状態になってしまい、困った末に「森光子!」とごまかしたことがある。後に新郎の関係者から叱責されたという。

■着用しているボンデージは、長らく自前で用意した1着しか持っておらず、色落ちを気にして滅多に洗えないと、雑誌『女性セブン』のインタビューで答えた。2007年になってテレビの出演機会が増えたこともあり、そのインタビュー掲載直後にようやく衣装を新調できた(2007年9月15日放送の「メレンゲの気持ち」では全部で3着と発言)。しかし、『にしおかすみこの「よがってんじゃないよ〜!」』によると新しい衣装は約20万円で、給料から月5万円ずつ天引きされると語っている。また、同番組内で月給がおよそ6万円ほどであると告白した。なお番組や舞台によっては上着を羽織って露出を抑えている。

■SM女王様キャラを始めて以来、黒髪のカツラを使用していたが、
2007年9月以降新衣装に合わせ地毛であるピンクメッシュ入りのセミロングでの番組出演が多くなった。

■2007年6月16日放送の『キャプテン☆ドみの』の出張ボディビードで桜塚やっくんと勝負し負けたため、女王キャラになる前のネタを披露したが、本人はかなり恥ずかしがっていた。また2007年6月23日放送の同番組でやっくんと再戦し再び負けたため、罰ゲームとして女王キャラの姿で蕎麦を買いに行かされる。しかも帰ってくるときを見計らって置いてきぼりを喰らわされた。

■極度の音痴。地声が非常に高いため音程が取れないものと思われる。2007年8月21日放送の『お笑い芸人歌がうまい王座決定戦スペシャル』の1回戦で倖田來未の『キューティーハニー』を熱唱したが司会者のくりぃむしちゅーや審査員をドン引きさせていた。また、2007年9月1日放送の『エンタの神様』のネタで、歌が下手ということを前置きしてから、大塚愛の『SMILY』を歌い、観客を苦笑させた後、「全力だ!」と言った。

■2007年8月22日放送の『笑っていいとも!』の当日のメイン企画「プラチナランチショー アルタの花道」に登場ゲストを当てられなかったレギュラーメンバーの制裁役として初出演したが段取りを間違え正解発表の前に登場。「全員正解ってどういうことだよ―――ッ!!!!」と取り繕うもその通りになり強制退場役の外国人タレントにつまみ出されるという失態をした。放送終了後「小さい頃から見ていた「いいとも」にやっと出れて…そしたら間違えちゃって…」と号泣していた。(この様子は2007年8月26日放送の『笑っていいとも!増刊号』で放送された)。


【人物像】
■大学生時代は仕事があまりなかったことなどもあり「まじめに出席、まじめに授業を受け、レポートも提出していた」一方、「あるスポーツ系のサークル(当時約100名在籍)に入部していたが暗くて変なヤツという印象を与えていたのか、このサークルで親しくなった人は一人もいませんでした。」(いずれも太田プロ時代の本人談話)

■特技は三点倒立の他に料理、ダンス、水泳、陸上などだという。

■調理師免許所持。新宿の居酒屋でアルバイトをしているが、芸人の仕事が忙しくなってきて最近はあまり行っていない。(Gyaoジョッキーのトークより)

■友人として、同じ芸人仲間の柳原可奈子とカイハラの名を挙げている。

■あべこうじのファン。(yahoo!動画にしおかすみこ(6)より)

■素の状態では礼儀正しく、控えめとも言えるほどに腰が低い姿勢を取る場合が多い。また常識もあるため、クイズ系番組の回答者としての出演も増えている。

(出典:Wikipedia)

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あたしだよ!

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【お笑い・演芸】 ネクストブレイクをいち早くチェックできる笑魂(Short Contents)シリーズ第2弾。SMの女王様の格好で強烈なインパクトを与えるにしおかすみこが登場。

山下真治(ヒライケンジ / ジョン・レノソ)

山下 真治(やました しんじ、本名同じ、1972年7月8日-)は、日本のお笑いタレント。東京都西東京市出身。血液型はO型。早稲田大学第一文学部卒業。趣味は麻雀・草野球。特技、無し。SMA NEET Project所属。以前は「拝啓ジョンレノン」「ジョン・レノソ」として活動していたが、現在は「ヒライケンジ」として活動している。ネタは主に歌ネタで、歌いだしの声が高く、音もはずれているため、歌いだしのときに爆笑が起きる。俳優の山下真司とは読みが同じ。


【芸風】
《ジョン・レノソ(拝啓ジョンレノン)》
■ジョン・レノンのものまねを主なネタとしている。

■バラエティー番組『学校へ行こう!』のコーナー「B-RAPハイスクール」では、「あんまり意味がない」のフレーズに乗せ、ジョン・レノンの『Imagine』の替え歌を披露した。

■ギターを持っているが、弾く真似すらしたことはなく、ただの飾りである。

■ジョン・レノンの兄を自称している。

※ちなみにこれが披露出来なくなったのは芸能関係者から、故ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコから抗議が来るかも知れないと言われ、それを恐れている説がある。


《ヒライケンジ》
■歌手平井堅のものまねで歌いながらフリップをめくり、その文章で笑いをとる(ただし自分では「ものまね芸人ではない」と言っていた)。

■エンタの神様では、3回目の出演をしたとき、「ヒライケンジとしては引退し、次回からは阿部寛のものまねで出演する」と発表したが、4回目の出演でもヒライケンジとして出演し、他の歌手の歌を歌っている(この際、「え?なんで平井堅の歌じゃないのかって?」「じゃあ聞くけどさ、みんなは俺が歌う平井堅の『歌』が好きなわけ?そーじゃねぇだろ?」とボードで言っていた)。但し、平井堅が新曲を出した時には平井堅の新曲を歌う(例、「バイマイメロディー」「美しい人」)。また、DJ OZMAの歌を歌う際には、アフロのヅラを被り彼に扮し、「同じ事務所の本人がいやがっているだろう」というボードを明示した。

■エンタの神様初登場時に自分のメールアドレスを公開していたが、再放送時にはモザイクがかけられ、修正されていた。(今はアドレスが変更されている)

■エンタの神様で自分の免許証の写真を公開した際の名前は「山下真二」だった。(バイマイメロディーを歌った時)

■新聞のテレビ欄などで「Hケンジ」と略されることがあるが、彼自身はそれを嫌がっているらしく「まるで俺がエロ芸人みたいじゃねーか」とボードで言っていた。そして「わかりにくい」という視聴者の声があったのか、2007年7月からは「ヒラケン」と略されるように。

■また、雑誌に掲載された自身の記事で「ヒワイケンジ」と誤表記されており、「だから俺はエロ芸人じゃないっつーの」とボードで言っていた。

■気まぐれコンセプトでネタにされ、それを自身のネタで使用した。

■2007年4月21日放送の「エンタの神様」で、以前にジョン・レノソとして活動していたことをカミングアウトした。また同日でエンタの神様出演1周年となった。

■2007年5月5日放送の「エンタの神様」で、10秒間であやとりの東京タワーが出来ずに、福山雅治のモノマネをした。


【経歴】
《ジョン・レノソ 時代》
■2001年、お笑い芸人ジョン・レノソとしてデビュー。学校へ行こう!に出演。

■2005年、R-1グランプリ準決勝進出。


《ヒライケンジ 時代》
■芸名をヒライケンジに改める。2006年4月22日より、日本テレビ系列のエンタの神様に出演。エンタ出演後に放送されたくるくるドカン「Yahoo!芸人検索ランキング」で1位に輝いた。

■2006年9月6日に平井堅のカバーで大きな古時計を発売(ジャケットは「ヒライケンジ」よりプロデューサーの「五味一男」の文字の方が大きかった。本人もネタにしている)。これを記念して都内でイベントも行い、600人近くの観客が集まった。

(出典:Wikipedia)

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松嶋尚美(オセロ)

松嶋 尚美(まつしま なほみ、1971年12月2日 - )は、日本のお笑い芸人で、ある。

大阪府東大阪市出身。血液型A型。身長158cm、体重46.3kg。所属事務所は松竹芸能。漫才コンビ「オセロ」のメンバーで、「オセロの白い方」。またロックバンドKILLERSのボーカル担当。


【略歴】
樟蔭中学校・高等学校を経て樟蔭女子短期大学(現在の大阪樟蔭女子大学短期大学部)卒業。 松竹芸能タレント養成所に入り、テレビリポーターを目指す。 1993年4月29日に中島知子と「オセロ」を結成してお笑いに転向。1995年にオセロとして『第16回・ABCお笑い新人グランプリ』新人賞を受賞。 2006年8月16日、ロックバンド「KILLERS」のボーカルとして大阪城ホールでイベントデビュー。バンド内での名前はNAHOMI☆KILLERでそのバンドのプロフィール内では芸能活動を「裏家業」と言っている。


【人物】
■「オセロの白い方」でボケ担当。

■かなりの天然ボケで有名。(#松嶋の発言を参照)

■しかし本人はそこそこ賢いと思い込んでいるふしがある。

■漢字に案外詳しく、ジャポニカロゴスでの活躍はタモリも感心するものである。

■芸能人の中でも特に霊感が強い事で知られている。心霊スポットなどに連れて行かれると「いる、気持ち悪い、もうこれ以上近付けない」と本当に体調も精神状態も弱ってしまう。

■30歳を超えても若く見せるために、夏季を中心にミニスカート姿の場合が多い。何でも着こなしてしまう点、女性からの支持が高い。

■永久脱毛をしたり、Iライン脱毛にもチャレンジするなど、美容分野への関心も高い。

■身長については2006年7月28日放送の『きらきらアフロ』では158cmと言っていた。

■若い頃の今いくよに似ていると言われる。(今いくよ自身が認めている)

■風呂に入ると必ずストレッチをやる。そのため相方の中島は見たくない物を見せられた経験がある。(中島曰く『熱帯雨林』とのこと)

■記念館が実家の近くにあるというきっかけで司馬遼太郎を愛読。時代小説マニアの兆しが最近窺える。特に幕末の作品に強く、時に歴史や漢字の知識において博学ぶりを発揮しはじめている。(ただし歴史知識はすべて司馬遼太郎の作品からだといっているため、必ずしもその知識が正確であるとはいえない)

■実家ではドッグブリーダーとして何匹もの犬を育てている。

■愛車はトヨタ・タコマ。

■近年、エレキギターを1年間習ったが、現在ではCコードしか覚えていない。

■かなりの愛煙家で、喫煙によるビタミン不足で手が震える。ちなみに相方の中島はタバコを吸わない。そのため、タバコの件ではしょっちゅう中島に突っ込まれている。(以前知っとこ!の中で「JR東日本の新幹線と特急列車が全部禁煙化」という話題が出た時、中島は「分かりましたか、尚美ちゃん。」と冷ややかに突っ込んでいた。これに対し松嶋は「いやや〜、そんなの!」と絶叫していた。)

■名前は“なおみ”ではなく、“なほみ”であるが、相方の中島はそれを知っていながら未だに「なおみちゃん」と呼んでいる(NTTドコモのCMではなほみちゃんと呼称)。

■女優・タレントの原千晶およびジョン・ムウェテ・ムルアカと大の親友関係である。

■従兄の松嶋晃は東大阪市の市議会議員。

■芸能界に入った理由は、ジャニーズ事務所のアイドルであった忍者の正木慎也に会いたかったため。

■映画の取材でジョニー・デップに会って以来、好きなタイプの男性を聞かれるとジョニー・デップだといつも答える。

■松嶋が好きになるタレントやスポーツ選手は、松嶋が「好き」と公言した後、突然の死去や大怪我、活動休止を迎えることが多く(尾崎豊、X JAPANのhide、サッカー選手のベッカム、ORANGE RANGE、阪神の濱中治等)、業界人からは「オセロのホワイトデビル」と恐れられている。この「ホワイトデビル」という名称は、大阪のラジオ番組『サイキック青年団』で北野誠、竹内義和によって広められた。

■九品仏駅の二重の踏み切りにおいて、踏み切りと、踏み切りの間に挟まれた「安全地帯」で電車通過を待っているつもりが、横に並んでいた通行人のおじいちゃんと共に、踏み切りの内側で待っていたため、危うく電車に轢かれかけた。その後警察に事情聴取された。その一部始終を中井貴一に目撃されていた(2003年12月18日OA『ナインティナインのオールナイトニッポン』にて、ゲストで出演した笑福亭鶴瓶による)。


【松嶋の発言】
■西暦は地球が誕生してからの年数だと思っていた。

■ザラメを知らない。

■ハリウッドスターのニコラス・ケイジを本物の刑事さんだと思っていた。(島田紳助も同じ勘違いをしていた)

■ニコール・キッドマンを男だと思っていた。

■同様にハリウッド女優のメグ・ライアンを競馬の競走馬の名前だと思っていた(メジロライアンと混同していた模様)。

■チンパンジーは猿の英語版だと思っていた(チンパンジーとサルとは約3000万年前に進化過程が分化している)。

■マサチューセッツ工科大学は大阪府摂津市にあると思っていた。

■「阪大」とは、大阪大学ではなく「阪急大学」であると思っていた。

■トリノオリンピック開会式をテレビで見たにも関わらず、聖火を聖歌と勘違いし「聖火を見ていない」と力説(2006年2月10日OA『きらきらアフロ』にて)

■フィギュアスケートには有名な「スグリ」と言う名前の外国人選手がいると思っていたが、最近になって村主選手と同一人物と知った(2006年3月11日OA『きらきらアフロ』にて)。

■スイカが地中に実ると発言し、小学5年生に同情された(33才の時)。

■『花嫁は厄年ッ!』にて志村彰プロデューサーを「清水さん」と呼び、ナインティナインの矢部浩之(安土一郎役)に「プロデューサーの名前くらい覚えろや!」と突っ込まれた。

■目黒で自転車に乗っていたところ、頭の上にカラスが止まった。しばらくカラスだと気づかず、そのまま自転車を走らせていた(2006年5月27日OA『きらきらアフロ』にて)

■北朝鮮の金正日の肩書きは「総書記」または「国防委員長」であるが、それは言わずもがな、北朝鮮の政治体制によるものである。にもかかわらず、その肩書きを、学校における学級委員会で言うところの、「書記委員」と勘違いしていた。笑福亭鶴瓶からは、「書記じゃなく、風紀委員の方いませんか」などと突っ込まれる結果となった。(『きらきらアフロ』にて)

■パスポートに有効期限があることを知らず、期限切れを理由に空港で出国を拒否された。この時の目的はドラマのロケ撮影だったため、脚本家が大急ぎで書き直さなければならなかった。(『踊る!さんま御殿!!』にて)

■NAHOMI☆KILLERでライブした時あまりの盛り上がりと一体感に、500mlのペットボトル半分ほど失禁をした(『食わず嫌い王』、『ナインティナインのオールナイトニッポン』、『新堂本兄弟』にて本人談)。

■『ナインティナインのオールナイトニッポン』に出演している(2006年11月30日OA)のに、ナインティナインをいきなり、「コントでもしとったの?ダウンタウンは!」と平然と言ってしまった。岡村は「誰がダウンタウンや!」とつっこみ、矢部は「お前、ホンマにすごいな」と呆れていた。

■鶴瓶が自らが「腸閉塞」にかかった話をしてるにもかかわらず、「偏平足」の話と思い込んで聞いていた(『きらきらアフロ』にて)。

■2007年3月3日OAの『めちゃ×2イケてるッ!』では加藤浩次の名前を加藤トキヤと呼んだ。更に山本の不祥事後のスッキリ!!の真似をした。

■ぴったんこカン・カンで、「このひき肉、ミンチにしてください」と言って、肉屋さんを凍りつかせた。

■肉屋で豚肉を買おうとしたとき分量を訊かれて「このくらい」と手で大きさを示して注文した。(『きらきらアフロ』にて)。

■ジョニー・デップにインタビューするはずなのに、スイッチを入れ忘れた海賊ゲームをして、「壊れた」と言いながら、はしゃいでいた。

■きらきらアフロで、体重計に片足だけ乗せて、もう片方の足を浮かせて体重計の外に出せば、体重計の表示が軽くなると言い張っていた。(笑福亭鶴瓶と口論になり、結局コーナーの最後に実際に体重計が持ち出される事態に)

■メトロノームをメトロノーズと発言。(2007年5月30日OA『きになるオセロ』にて)

■「千代大海が優勝した」と聞いて、「千代大会誰が優勝したん」と周りのスタッフに聞きまくった。

■「西遊記」の猪八戒をイノシシだと思っていた。今田耕司は「こんな知らん人珍しいわ。」と言っていた。

■関西の有名大学「関関同立 産近甲龍」を「関関同立 参勤交代」だと思っていた。

■女優の室井滋を「室井滋子」と発言。

■焼香を「しょうのう」だと勘違いし発言。

■四階をヨンガイと言う。

■太陽と月は同じだと思っていた。

■母親の誕生日に自動販売機をプレゼントしたことがある(『きらきらアフロ』にて)。

■東大阪に住んでいたころ、ベランダでハトが一生を終えた。

(出典:Wikipedia)

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きらきらアフロ 2005

きらきらアフロ 2005
【お笑い・演芸】 笑福亭鶴瓶とオセロの松嶋尚美がトークを繰り広げる人気TV番組「きらきらアフロ」の2005年放送分をダイジェストで収録した作品。取材風景、また番組では放送されていないプレミアム特典映像収録の2枚組。

中島知子(オセロ)

中島 知子(なかじま ともこ、本名同じ、1971年8月26日 - )は、日本のお笑い芸人・女優であり、「オセロ」のメンバーである。京都市山科区出身。A型。特技は詩吟。B'zの大ファン。愛称は「オセロの黒い方」。主にツッコミ担当。所属事務所は松竹芸能。

中井正広のブラックバラエティなどでの愛称は「知ちゃん」。


【略歴】
■小さいころから、家族が教室をやっていた詩吟を習っていた。

■京都市立音羽中学校、京都府立洛東高等学校、京都精華大学卒業。大学在学中にマドンナの物まねをして「ミス京都精華大学」に選ばれる。その時に松竹芸能のスタッフに誘われ授業料をタダにしてくれるということでタレント養成所に入る。当初はお笑いではなくタレント志望だった。

■タレント養成所で松嶋尚美と出会い、1993年にオセロ結成。同期にますだおかだがいる。

■2002年から女優としても活躍。2005年にはドラマ「ルームシェアの女」、映画「三年身籠る」で主演を務める。大河ドラマ「義経」にも出演。

■ツッコミ女芸人の代表格で、人を選ばない的確なツッコミには定評がある。

■同性からの支持が厚く、お笑い以外の要素も評価されていることから、女性芸人の中では久本雅美に匹敵する人気を誇る。

■数多くのお笑い芸人と共演しているが、ロンドンブーツ1号2号とは共演したことがない(松嶋は「ぷらちなロンドンブーツ」で共演済)。ロンQ!ハイランドに出演したことがあるものの、VTR出演という形でゲームにチャレンジしており、司会の菅谷大介のみ立ち会っていたためロンブーとは直接共演していない。

■中学の同級生でプライベートの親友は、THE BOOMのマネージャーをやっている。

■愛煙家である相方とは違い、嫌煙家である。そのため、東海道新幹線では禁煙車と喫煙車に別れて移動している。以前レギュラー番組「知っとこ!」で、「JR東日本管内の新幹線・特急列車が全部禁煙化」という話題が出た時、松嶋に対して「分かりましたか、尚美ちゃん。」と、冷ややかに突っ込んでいる。これを聞いた松嶋は、「いやや〜、そんなの!」と絶叫した。

■伊集院光の妻である元アイドルのMikaこと篠岡美佳と仲がよく、旅行に一緒にいくこともある。

■自他共に認めるB'zの熱狂的大ファンで、相方の松嶋も「くるくるドカン」の中でゲストのベッキーがライブに行くのが趣味という話で「関係者席にいると自由に盛り上がれないので」と言うと、「うちの相方もそうやねん。関係者席にいると自由に『稲葉さ〜ん』とか『松本さ〜ん』って叫べへんから、一般席を取るんやて」と言っている。

■大江千里のファンであることも公言している(日本テレビ「24時間テレビ・愛は地球を救う」でも語っていた)。

■相方の松嶋からは「みっちょん」という愛称で呼ばれている。

■メイク前とメイク後の顔が全然違うらしく、メイク前はロナウジーニョに似ているとのこと。

(出典:Wikipedia)

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オセロ

オセロは、日本の女性お笑いコンビである。所属事務所は松竹芸能。


【メンバー】
■中島 知子(なかじま ともこ、1971年8月26日〜)
・別名「オセロの黒」。京都市山科区出身。京都府立洛東高等学校→京都精華大学卒。大学時代には「ミス京都精華大学」に選ばれたこともある(学園祭ではマドンナに扮したこともあるという)。ツッコミ担当。
・2005年3月まで京都府立洛東高等学校で「学校評議員」を務め(芸能人として初)、学校運営等に関するアドバイザーとして活動した。
・嫌煙家。

■松嶋 尚美(まつしま なほみ(※「なおみ」ではない)、1971年12月2日〜)
・別名「オセロの白」、「白い悪魔」。大阪府東大阪市長瀬出身。大阪樟蔭女子短期大学卒。ボケ担当。プライベートでも天然ボケだという。
・ピン仕事については相方の中島に先を越されたが、近年は松嶋も単独でバラエティーや舞台、映画出演など幅広い活動を行っている。
・中島と知り合った当時芳本美代子に似ていたので、普段は相方を「みっちょん」と呼んでいる。
・愛煙家。
・KILLERSのボーカル。
・レッド・ホット・チリ・ペッパーズの大ファン。


【略歴・概要】
■1993年4月29日に結成。同期にますだおかだがいる。

■コンビ名の由来は、2人が色黒・色白と対照的でオセロの白黒の駒を連想させることから来ているが、松嶋があっけらかんとした性格であるのに対し、中島はどこかお局様的で腹黒いという含みもある。

■二人とも松竹芸能タレント養成所のタレント養成コースに在籍していたが、同期生のますだおかだのアドバイスで、お笑いコンビへ転向したと言われるが、実際は養成所時代に講義そっちのけでおしゃべりばかりしていたので、講師から「そこのオセロ!そんなにしゃべりたければお笑いのほうへ行け!」と言われたからである。コンビ名もこの時の「そこのオセロ!」に由来している。

■1995年に「第16回ABCお笑い新人グランプリ」新人賞を受賞。

■事務所でデビュー当時の宣材など昔の写真を見つけると、処分しているためそれらはほとんど事務所に残っていない。デビュー当時の写真で現在残っているのは、ますだおかだが所有している物と、お世話になった方達に送った年賀状に載っている物くらいだと言われている。

(出典:Wikipedia)

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福田充徳(チュートリアル)

福田 充徳(ふくだ みつのり、1975年8月11日 - )は、日本のお笑い芸人。所属事務所は吉本興業。コンビ・チュートリアルのツッコミを担当している。相方は徳井義実。身長174cm。血液型O型。


【略歴】
京都府京都市左京区出身。1998年、高校の同級生でNSC13期生であった徳井義実を誘ってチュートリアルを結成。2006年、M-1グランプリにチュートリアルとして出場し、優勝。NSC卒業生でない吉本興業所属芸人の中で、M-1グランプリで優勝したのは彼が初めてである。この活躍により、2007年7月、卒業した京都府立北稜高等学校より徳井と共に名誉卒業生として表彰された。


【特徴】
デビュー当初は、脂性であることを特徴としていた。JUNONの脂性ランキングで1位に輝いたこともある。 また、「チュートリアル油とりがみ」というグッズが「マンスリーよしもと」の定期購読の特典として作られた。現在はダイエットによってかなり改善している。

歯並びが悪いことを漫才のツカミとして使うこともあったが、2006年12月に前歯などを含めた上下6本ずつを差し歯にかえた。以来、仮歯のままの生活が続いている。

チュートリアルの「地味な方」とよくいじられるが、彼のツッコミの切れ味や安定感は評価されている。


【人物】
趣味はツーリング、サイクリング、料理、ひとり酒。学生時代はサーフィンもしていた。一人で酒を飲むことが好きで、自宅で晩酌をする様子がDVD「チュートリアリズム」に特典映像として収録された。

また、趣味の料理をテレビ番組などで披露することがある。

(出典:Wikipedia)

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徳井義実(チュートリアル)

徳井義実(とくい よしみ、1975年4月16日 - )は、日本のお笑い芸人。所属事務所は吉本興業。コンビ・チュートリアルのボケ、ネタ作りを担当している。相方は福田充徳。身長178cm。


【略歴】
京都府京都市左京区出身。河合塾を経て、花園大学仏教学科中退。大学在学中に大阪NSC13期生として入学。NSC卒業とともに高校時代の同級生と組んでいたコンビ「チューイング」を解散し、芸人をやめ職を転々とする。1998年、幼稚園から予備校まですべて同じ学校に通っていた友人・福田充徳を誘い、お笑いコンビ「チュートリアル」を結成。4年ブランクがあるため、その間にデビューした他の芸人との先輩後輩関係は曖昧である。2006年のM-1グランプリにチュートリアルとして出場し優勝した。2007年にはR-1ぐらんぷりに徳井義実として出場し準優勝している。この活躍により、2007年7月卒業した京都府立北稜高等学校より福田と共に名誉卒業生として表彰された。


【人物】
高校時代は同級生と「赤とんぼ」というコンビを結成しティーアップのネタをそのままコピーして学園祭等で披露していた。(その後「チューイング」というコンビを組みNSCへ入る)

エロスという用語を番組出演時に用いることがある。エロ三羽烏(徳井、ランディーズ・中川貴志、すっちー)のひとり。「スタイリスト(=コスプレ)徳井」の異名を持つ。

小学3年の頃より広島東洋カープのファンである。

2003年から2005年まで吉本興業が刊行する情報誌「マンスリーよしもと」の吉本男前ランキングで3年連続1位を獲得し、殿堂入りしている。

2007年7月現在、東京での仕事が増えたため、大阪本部に所属したまま東京に住んでいる。


【ヨギータ】
ヨギータ・ラガシャマナン・ジャワディーカは、徳井がコントなどで演じる架空の人物で、南アジア系の外国人。片言の日本語で「ショート落語」を披露する。師匠は山椒亭小粒(さんしょうていこつぶ)。R-1ぐらんぷりにはこのヨギータのネタで2年続けて出場し、2005年は準決勝進出。2006年は準優勝に輝いた。もとはコント中の一役であったが、R-1ぐらんぷりの他、単独ライブや「笑いの金メダル」「なにわ人情コメディ 横丁へよ〜こちょ! 」などにも登場する。

出身と職業はコントごとに変化し、設定は決まっていないが、実家は農村で貧しいと設定されていることが多い。

相手の名前や日本語を上手く発音することができないという設定になっている。日本語の「シ」という音が英語のC[si:]に近い発音になってしまうことや、「形容詞/動詞 + だから/だけど」などの文法的におかしい話し方が特徴である。

(出典:Wikipedia)

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チュートリアル

チュートリアルは、徳井義実と福田充徳の2人による日本のお笑いコンビである。所属事務所は吉本興業大阪本部。1998年3月結成。2006年M-1グランプリ王者。


【メンバー】
■徳井義実(とくいよしみ、1975年4月16日 A型 - )
ボケ担当。立ち位置は向かって左。

■福田充徳(ふくだみつのり、1975年8月11日 O型 - )
ツッコミ担当。立ち位置は向かって右。


【概要】
チュートリアルの漫才は基本的に、ショートコントや決まり文句、小道具などを用いない、『正統派しゃべくり漫才』である。漫才の途中で徳井のテンションが豹変し、様々な妄想をエスカレートさせてゆくネタは『妄想漫才』と銘打たれM-1グランプリなどをきっかけに有名になった。テレビ番組や単独ライブなどではコントを披露する事もあり、徳井扮する変人が暴走するというストーリーが多い。ネタの中にエロネタが多いこと、コントでは不可思議な(シュールな)オチが多いことも特徴である。

徳井がネタのすべてを書いている上、マンスリーよしもと男前ランキング2003〜2005年の三年連続一位で殿堂入り、変態、など強い個性を確立していることに対し、福田は一見地味な印象を持たれることから、この二人の対照的なキャラクターがコンビの特徴とされている。

コンビ名の由来は、二人が高校・浪人生時代に通っていた河合塾にある「チュートリアル(Tutorial)」(週一で行われる、連絡や模試の結果の返却など事務的な時間)から。その他の候補としては、『ギロチン』『行かないで、』『初夏の潮風に誘われて』などがあった。


【略歴】
徳井は京都市山科区、福田は同市左京区出身。幼稚園(菊の花幼稚園)・小学校・中学校(京都市立修学院中学校)・高等学校(京都府立北稜高等学校)・予備校(河合塾)とずっと同級生であった。二人とも大学受験に失敗し、一浪して徳井は花園大学、福田は大阪学院大学に進学する。高校・浪人時代は喫茶店で8時間話しても足りず、帰宅してからも電話で話すほど仲が良かったと語っている。

徳井は浪人中にNSCに13期生として入学、卒業後相方と解散し大学に進む。解散した徳井を福田が誘ったが、しばらく活動せず互いに大学生活を別々に送る。福田が大学卒業の1998年3月にコンビを正式に結成。徳井は大学中退。そのため徳井の芸歴は1994年から始まるが福田の芸歴は1998年からであり、コンビ内で芸歴に差がある。福田はNSCに通ったことはない。初舞台は心斎橋筋2丁目劇場であった。

2003年までは『baseよしもと』を中心に活動。同年夏にbaseよしもとを卒業後、うめだ花月でネタもん・芝居もんなどにレギュラー出演、同劇場でトークライブ「チュートリアルのシャベルケ?」などを開催。関西を中心にいくつかのレギュラー番組をもつ。2006年、M-1グランプリにて念願の初優勝を果たした。賞レースで最優秀賞を獲得したのは、彼らにとってこれが初めてのことであった。


《M-1グランプリでの苦渋と歓喜》
M-1グランプリの決勝戦には過去3回進出したが、2001年は審査員の得点で10組中10位、会場票を含めると10組中8位と散々な結果だった。後に振り返って「小部屋に閉じ込められて、あのときのビデオを四方から見せられたら死ぬ」とコメントしている。その後3年連続で準決勝敗退を喫するが、2005年は決勝に進出し、彼ら独特の漫才を見せ5位。優勝候補の一角として出場した2006年の決勝戦、審査員全員から1位の評価を受けトップで通過、続く最終決戦でも審査員全員の票を集め、史上初の完全優勝を果たした。徳井は優勝後「M-1によって傷つけられ、M-1によって報われた」と語っている。

■2001年の時のキャッチフレーズは「お笑い陰陽師」(京都出身であるため)。2005年は「暴走するイケメン漫才」、優勝した2006年は「華麗なる妄想族」(翌年1月から放送されることで話題だったドラマ「華麗なる一族」とかけた)であった。

■普段の賞レースではネタの順番を決めるくじを引くのは徳井の役目だったが、愛読雑誌クロワッサン12月号の占いでしし座のくじ運がよかったからこの時に限り福田が引いた。


《年表》
■1994年04月 - 徳井がNSC入学。
■1998年03月 - 福田が徳井を誘って、チュートリアル結成。
■2000年01月 - ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞受賞。
■2000年09月 - 深夜番組『新しい波8』に出演。
■2001年03月 - 初単独ライブ「惑星チュートリアル」をbaseよしもとで開催。
■2001年10月 - 爆笑オンエアバトルで初オンエア。
■2001年12月 - 第1回M-1グランプリ決勝進出(8位)。この年のネタは「昔話桃太郎」。
■2002年04月 - KBS京都ラジオ「キョートリアル!コンニチ的チュートリアル」開始。
■2002年10月 - ラジオ大阪「よしもとエンタテイメントステーションGOYODA」開始。
■2003年03月 - NHK上方漫才コンテスト優秀賞受賞。
■2003年03月 - 徳井、吉本男前ランキングで1位に。
■2003年03月 - 爆笑オンエアバトルファイナル初進出。結果は、514KBで9位。
■2003年07月 - baseよしもと卒業。
■2003年10月 - 映画「ガキンチョ★ROCK」に出演。
■2003年12月 - 上方お笑い大賞新人賞受賞。
■2004年01月 - KBS京都ラジオ「キョートリアル!コンニチ的チュートリアル」放送100回記念。
■2004年03月 - 上方漫才大賞新人賞受賞。
■2004年03月 - 爆笑オンエアバトルファイナル2年連続進出。結果は、762KBで8位。
■2004年04月 - TBSドラマ「ほーむめーかー」に出演。
■2004年10月 - ヨシモトファンダンゴTV「ワイ!ワイ!ワイ!」に月曜日MCとして出演(〜2005年11月)。
■2005年03月 - 徳井、吉本男前ランキングで3年連続で1位に。殿堂入りを果たす。
■2005年08月 - 東京初単独ライブ「甘いチュートリアル」を開催。
■2005年12月 - 第5回M-1グランプリ決勝進出(5位)。この年のネタは「バーベキュー」。
■2006年01月 - KBS京都ラジオ「キョートリアル!コンニチ的チュートリアル」放送200回記念。
■2006年04月 - 徳井初のピンライブ「徳井義実ライブ2006〜桜の舞〜」開催。
■2006年07月 - チュートリアル初単独DVD「チュートリアリズム」発売
■2006年10月 - チュートリアル初(※)メイン番組『恋愛バラエティ・ピンどん』10/9(月)がKTVで放送開始。 ※地上波では初。
■2006年12月 - 第6回M-1グランプリ優勝。決勝のネタは「冷蔵庫」、最終決選は「チリンチリン」。
■2007年02月 - 徳井、R-1ぐらんぷりの決勝に出場。キャッチフレーズは「M-1王者が2冠を狙う」。同点1位で決選投票の末、2位となる。
■2007年04月 - 「ヨシモト∞」火曜日2部ナビゲーターを務める。
■2007年04月 - 日本テレビ「歌スタ!!」で初の全国ネットレギュラーをつとめる。
■2007年04月 - 読売テレビ「ブラマヨ・チュートのまる金TV」で初の冠番組をブラックマヨネーズと共につとめる。
■2007年07月 - M-1グランプリなどの活躍により、卒業した京都府立北稜高等学校より名誉卒業生として表彰された。

(出典:Wikipedia)

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チュートリアリズムU

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【お笑い・演芸】 前作が大ヒットしたチュートリアル待望のDVD第2弾!各方面で引っ張りだこの、2006年M−1グランプリ覇者“チュートリアル”がその実力を惜しみなく放った単独ライブ「チュートリアリズムU」を収録したDVD。新たなコント、録り下ろしVTRなど盛り沢山。

山根良顕(アンガールズ)

山根 良顕(やまね よしあき、1976年5月27日 - )は、アンガールズのボケ担当。ワタナベエンターテインメント所属。広島県広島市出身。広島県立祇園北高等学校、広島修道大学法学部国際政治学科卒業。血液型はO型。星座はふたご座。身長180cm(181p説あり)。体重51kg。体脂肪率15%(2006年11月現在)。


【来歴・概要】
■2002年、田中卓志と共にアンガールズを結成。コンビ結成前は、広島市民球場でチケットもぎりのバイトをしていた。田中の山根に対する第一印象は「気持ち悪い」だった。

■広島出身である為、広島東洋カープやサンフレッチェ広島のファンである。

■小学・中学・高校の9年間サッカー部に所属、ただし9年間補欠だった。サッカー部時代の一番の思い出として試合でいつもベンチに座ってばかりいて、ある日股間が痛く「何故だろう?」と思いつつ痛みが止まないのでパンツを降ろすと、足から這い上がってきたデカイ蟻が睾丸に噛み付いていた(ごきげんよう、2007年1月4日)

■広島ビッグアーチでサンフレッチェの試合のボールボーイもやったことがある。三浦知良にボールを渡すときはドキドキした。また1994年のワールドカップはスタジアムで試合を観戦した。

■他にプロ野球やサッカーに限らず、スポーツ全般何でも好きで、格闘技やNBA等にも詳しい。

■田中と同様でこっぱち(額が広く少し出っ張っている様の事)で「断じてハゲてきている訳ではない」と言い張っている。

■アゴが無い。せめて「ここがアゴだと分る様に」と、狭いアゴらしき部分にヒゲを生やしている。しかしヒゲも薄く、結局アゴの位置もヒゲの有無も分かり辛い結果になっている。

■ネタの中では後輩役でダメキャラを演じ、田中に突っ込まれる。ネタの内容によってはツッコミに徹する事もある。

■トーク番組でもしばしば田中に突っ込まれている。が、田中の勘違い発言に冷静なツッコミを入れる事の方が多い。

■飾らない性格で、見た目とは裏腹に女性芸能人からの人気が高いが、実は人見知り且つ人酔いしやすい。本人曰く「マネージャーさんに何か買ってきて下さいとか躊躇して言えない」「誰かにオマエも何か要る?と聞かれないと○○お願いしますと言えない」「後輩に物を頼むのにも勇気が要る。どうしても頼む時はお金を多めに渡して、お釣り取っといていいよ、と言わないとドキドキする」と言う、相方を遥かに上回る気弱っぷりである。因みに某番組で「うつ病になりやすいタイプ」と診断された事がある。

■ポーカーフェイス。感情や体調が表情や態度に殆ど出ないが、実は子供の頃から口数が少なく極度のアガリ症で赤面症。常に協調性を重んじるが、最近は番組で思ったことを無表情でハッキリと言うことが多い。

■売れる前、ズボンや洋服ははほとんど事務所の先輩ふかわりょうのものであったが、最近は仕事の合間等に頻繁に服を買いに行くのが何よりの楽しみでありストレス解消になっている。今では有名ブランドからお得意様限定の展示会等への招待状が届く程。

■かなりファッションには精通。特に気に入っているブランドは、APC、TSUMORI CHISATO、CABANE de ZUCCA、HYSTERIC GLAMOUR、LAD MUSICIAN、FRED PERRY、Laundry、アランジアロンゾ(大人用)等、実に幅広い。なかなか合うサイズの無いボトムス等は、スタイリストの友人から安く売って貰ったり、タダで貰う事も多い。

■相方同様、既製のズボンや長袖シャツ、特にスーツ等は、長過ぎる手足のせいで必ず寸足らずになる。

■髪型は以前は友人のヘアメイクの人にカットしてもらっていた。一時前髪が極端に斜めにカットしてあったのは、自分で切って失敗した時「わざとこうしている」と言い訳をする為。2006年1月6日に「顔の作りが薄いので少しでも表情が見える様に」と前髪を自分で丸くカットした。因みにカットの際、自宅の風呂場で鋏を持ったまま滑って前へ転倒し、危うく「顔に鋏が刺さりそうになった」と語っている。現在はオールフロントが基本の髪型だが、単独ライブDVD『88』を見るとわかる通り、ブレイク以前は短髪だった時やオールバックにしていた時もある。現在のヘアスタイルは原宿の某カリスマ美容師による「ボブベースのアシンメトリーマッシュ」が基本。「以前の様なマッシュルームカットだとふかわりょうとキャラクターが被る為、敢えてアシンメトリーにしている」と『踊る!さんま御殿』で発言した。

■かなりのヘビースモーカー。吸っている煙草は中国製の「中南海」の1r。しかし最近息切れが酷くなってきた、歯のヤニが幾ら磨いても落ちなくなった、吸った後の自分の指が臭くて嫌等の理由で禁煙したいらしい。

■相当な酒豪である。自宅や飲み屋等でほぼ毎日飲む。大人数でも1人でも飲む。ワインやカクテル系より、ビールや日本酒や焼酎などオヤジ臭い方が好きらしい。酔うとテンションは上がるが喋るペースは普段より更に下がる。記憶を失う程酔う事は自宅以外では経験がない。

■アンガールズでは衣装・ネタの最終確認を担当している。自分がリーダーだと言い張っているが、相方に認められているかどうかは微妙である。相方よりも多くギャラをもらっている訳でもない。相方は「リーダー」ではなく「ハンコ係」と言っている。

■趣味は、音楽鑑賞(ちなみにイギリスのロックバンド「OASIS」のファン)とスポーツ観戦とファッション系を中心としたショッピング。時々某有名クラブに1人で行く事も好き。薄暗く、長身の外国人が多い為、変装無しでも殆ど気付かれないので、落ち着いて好みの音楽を聴きながら酒を飲めるからだそうだ。そこで様々な職業の友達を作るのも趣味の1つ。だが最近は招待された時しか行かなくなった。

■特技は書道であり、7段を有する。拓本を見たり、書道家の個展に出かけるのも好きである。最近身に付けた特技は「もの凄く速く走る時のエヴァンゲリオンの物真似」。

■雑学王にしてクイズ王。その知的な一面から島田紳助に「キショ賢い」と呼ばれている。またテレビ朝日の『虎の門』の「しりとり王」でも好成績を挙げている。また、クイズ!ヘキサゴンIIの予選ペーパーテストではいつも相方に勝っていて、1位を獲ったこともある。芸能界雑学王1決定戦出演時は、伊集院光、東貴博などとトップ争いを毎度のように繰り広げており、優勝したこともある。

■家庭環境をあまり語らないが、父親はトラック運転手で主にブロックを運搬している。他に2005年末に結婚した弟が1人。姪っ子も生まれた。

■自他共に認めるマザコンである。どちらかと言うと他人の相談や愚痴を聞く側だが、唯一自分の相談や愚痴を話せるのが母親である。高校一年生の頃に母親に耳掃除をして貰っていたと語っている。

■相方同様、風俗店に行った事がない。理由は「怖いから」。先輩芸人などに誘われ女性が接待する飲み屋に行く事もあるが、気疲れしてしまう。

■地元にいる頃からの重度の花粉症である。くしゃみ・鼻水・目の痒みは勿論、喉もやられて声が枯れてしまう程。その為、プライベートでは傷まない様、傷んでしまってからの為にドデカいマスクをしている事が多い。鼻水等ですぐ小鼻周辺が肌荒れするので、それを隠す為の必須アイテムでもある。

■プライベートで眼鏡をかけている事が多いのは、体質的に眩しさに弱いからであり、元々オシャレ目的ではない。明るさを弱める専用の無色レンズや淡い色の付いたものをかける事はあっても、濃い色や黒いサングラスなど絶対かけない。春先等は花粉症対策にも眼鏡は必須である。

■プライベートで帽子を愛用しているのは、寝癖で割れてしまった前髪を隠す為と、自宅で酔い潰れて寝てしまいシャンプー出来ないまま仕事に出向かないといけない時の為が主である。冬場は耳が霜焼けにならない様に温める為にも必須となる。夏場は勿論、目を保護する為に愛用。しかし仕事となればタンクトップと短パンで、ただでさえ眩しいプールサイドや南国の海辺を、相方よりハイテンションで動き回る。

■歌はあまり上手くない。生まれつき声帯が細いので、大きな声を出し辛く声域も狭い。(ロバートの山本博に録音した自分の歌声を聞かせたら何も言わず悲しい顔をされたらしい。)

■憧れている芸人は相方と同じく東野幸治。

■売れない頃に一度挫折し、広島に帰ってしまったことがある。そのときは実家で特に何もせずに一ヶ月ほどぶらぶらしていたが、ある日おねしょをしてしまい、「このままでは俺は人として駄目になる。」と思い、再び上京したという。

■同事務所の波田陽区からは河童と呼ばれている。


【似ている芸能人】
同じくお笑い芸人・ハリセンボンの箕輪はるかや、声優の長沢美樹が彼に似ていると言われている。なお、どちらも女性である。

(出典:Wikipedia)

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田中卓志(アンガールズ)

田中 卓志(たなか たくし、1976年2月8日 - )は、お笑いコンビアンガールズのツッコミ・ネタ作り担当。まれにボケ。ワタナベエンターテインメント所属。血液型はB型。星座はみずがめ座。身長188cm(プロフィール上は187cm。「188だったら引くでしょ?」という理由で1cm詐称した)。体重58kg。体脂肪率5%(2006年11月現在)。視力は1.0。広島県府中市(旧・甲奴郡上下町)出身。


【来歴】
男3人兄弟の次男。兄弟の中で1番の高学歴・高身長である。広島県甲奴郡上下町(現:府中市)に生まれる。広島県立世羅高等学校から一浪して広島大学工学部第四類(建築系)卒。同大学大学院に合格していたが、それを蹴ってお笑いの道へ。山根良顕と、広島の大学の旅行サークルで知り合い、意気投合。2000年に山根とコンビ結成。2002年に、アンガールズとなる。山根の田中に対する第一印象は「似とるやつがおるなあ」。コンビ結成前は、広島市民球場でジュース販売のアルバイトをしていた。


【人物】
■実家は農場。

■家族構成は父、母、祖父、兄、弟、犬らしい。

■首に鶏にしかない筈の骨がある。と、思いきや。単に、姿勢が悪すぎて、そういう骨に見えるだけらしい。(2007年6月16日放送・グッドルッキンクラブより。)「このエピソードは面白いので隠しといてください。」と相方・山根が言っていた。

■山根と同様でこっぱち(額が広く少し出っ張っている様の事)で、絶対に禿げてきている訳ではない、と言い張っている。

■コントでは主に山根の勘違いに突っ込むという先輩のキャラクターを演じる。ネタ作り担当で、いつも渋谷の喫茶店「ルノアール」でネタ作りを行う。最近は渋谷とも限らない。要するにルノアールなら何処でも良いらしい。

■相方の山根が失敗をすると「な〜にやってんだよ山根!」と言う。

■好きな人は「デパートの一階にで働いている人」らしい。

■国連加盟国192ヶ国の首都を全部暗記している。

■特技は「野球拳のバックバンドのドラムのまね」と「パチンコ店員のアナウンスの真似」。「違う音を20回連続(ドカーン、バコーン、バンッ、ズドーン・・・・と言う感じ)で言う」と言うのもあったが世界まる見え!テレビ特捜部で実際やったら同じ音を言ってしまった事がある。(因みに唾がよく出てた)スポーツ実況の真似も密かな特技ということで、2006年2月17日放送の『爆笑問題の検索ちゃん』(テレビ朝日系)では、「田中の特技は何か?」というクイズがこの検索ページから出題されたが、本人も答えられず、実際に披露した「ドーハの悲劇の実況」はあまり特技といえないようである(本人の回答は「王貞治」だったがこちらの方が特技と言える特技であった)。

■趣味は紅茶と囲碁と読書、そしてツーリングである。中型免許を所持。現在の愛車はYAMAHAのTW200。

■ロバート・山本博、ドランクドラゴン・鈴木拓とぱっとしない同盟と称し、城巡り等小旅行を楽しむ。(「山本軍団」とも呼ばれる。)

■レミオロメンの神宮司治と仲がよく、声も似ているらしい。

■相方と正反対で煙草も酒も全く駄目だったが酒はビール位なら少しは飲める様になった。しかしすぐ寝てしまう。

■相方と違って倹約派。コツコツ貯金して、バイクやパソコン等高価な物を買う。ドケチ疑惑等も持ち上がっている。

■なよなよとしているが、小学生時代は空手(3級)、中学では陸上部所属など、意外にスポーツが出来る。

■広島大学の入試の物理では満点を取った。

■有名国立大学卒にもかかわらず、「クイズ!ヘキサゴンII」の予選ペーパーテストでは無名私立大学卒の相方にいつも負けてしまう。2006年12月27日放送分では、それを悔しがっていた。これは、ペーパーテストの問題に島田紳助が得意な文系の問題が多いことに関係しているとも思われる(田中は理系、山根は文系である)。

■ここ最近では、「ヘキサゴンII」でキレキャラ化しつつある。

■幼少期に「田中タクシー」(本名の「卓志」をもじったもの)と呼ばれ、からかわれていた事が爆笑問題のバク天!で発覚した。

■一番憧れている芸人は東野幸治である。これは相方の山根も同じ。

■ネタとして敢えてやっているのか、本心からそう思っているのかは分からないが勘違い発言が多く、自分のことを格好良いと思っている。その為か相方と違い女性にモテない。また、トーク番組での勘違い発言が相方に突っ込まれることも多い。

■ツッコミ担当だが恐ろしい程の天然ボケで、更に信じられない程のマイペースでもある。これらに関するエピソードは非常に多い。

■鼻声で滑舌が悪い。かなり特徴的な喋り声で、ホリに物真似されている。

■以前は洋服は殆ど事務所の先輩ふかわりょうのものであった。最近は相方がスタイリストを兼ねているのでセンスが良くなった。あとはファンのプレゼントのセンスの良さに頼っている。極度の寒がりで冬場はTシャツキャラからニットキャラに変る。

■相方同様、既製のズボンや長袖シャツ、特にスーツ等は、長過ぎる手足のせいで必ず寸足らずになってしまう。

■フリートークでは、特にエキサイトすると喋りながら両腕を動かすのも特徴。その様子は、明石家さんまからは「寿司を握っている」「大きな鯉を釣り上げた」などとギャグにされ、田村淳(ロンドンブーツ1号2号)からは「カマキリ」と形容された。

■ネタやトークでエキサイトすると、喋りながらツバを飛ばす。更に涎や鼻水が出る。食事中も箸の持ち方やテーブルマナーはきちんとしているのに、口に入れた食べ物をボロボロこぼす。これらは歯が出ているせいだと思われる。

■2005年3月に放送された『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』復活SPの企画『芸能人社交ダンス部』で榊原郁恵とペアを組んだ。榊原が彼を選んだ理由は「可哀想だから」らしい。因みに相方の山根は選ばれず補欠だった。

■2005年5月に『金のA様×銀のA様』の企画で公式上映の招待状を獲得し、南仏カンヌで開催中のカンヌ国際映画祭で、レッドカーペットを歩いた。

■清涼飲料水『バブルマン』のCMの声を担当していた。母親も出演している。

■DVD『単独ライブ"88"』では田中の母親が電話で出演した。

■母親や祖父は彼の現状をあまり喜んでいなかったが最近はそうでもないらしい。

■実家から田中が買ったと思われるブラジャーが出てきたことがある。田中の部屋のタンスから出てきて、その部屋を掃除したお母さんが偶然発見した。田中はコントで使用するので買ったと弁明するも、相方の山根はブラジャーを使うコントは作っていないと断言しており、このブラジャーについては真意不明なままである。因みに出てきたブラジャーは3つでその中の黒の物はサイズがぴったりだったため、母親が使用しているそうだ。

■『ロンドンハーツ』で、『この男の子供は産みたくない』『キスが下手そうな男』で1位。『器の小さそうな男』で2位になっている。実際キスは確実に下手である。と何故か相方が知っている。

■ネタでなく、本当に人生のうちで1人の女性としか付き合った事がない。更に人生のうちで20回程(『お台場お笑い道』の罰ゲームで山根と2回、『少女B』のコント中でだいたひかると1回)しかキスの経験がない。しかも風俗店に行った事もない。田中にとって恋愛のバイブルは少女漫画の世界らしい。

■『めちゃ2イケてるッ!』のフジテレビ警察にバイクに乗ると高さオーバーになるという理由で道路交通法違反で逮捕されている(無論、本物でなく難癖による逮捕)。

■最近30歳になったと言う事で、体力が衰えないようにとボクシングを習い始めた。元々格闘技が好きなので、スポーツジムではなく、敢えてボクシングにしたらしい。

■最近「ようやく同年代の社会人の方位のお給料になった」ので、やっと風呂無し四畳半から人並みのマンションへ引越した。

■まだ童貞である(『「ぷっ」すま』でゲスト出演した時に彼本人が言っていた。)と語っていたが、2005年5月31日のライヴ『HANAWA JACK Vol.15』にて初体験について赤裸々に語ったことがあり、それによると初体験は22歳のときである。

■おぎやはぎの小木博明と仲が良い。2006年の24時間テレビではマラソンゴール直後「小木さーん!」と叫んだ(しかし小木はボウリングをしており、ゴールの瞬間を見ていなかった)。翌日海に連れて行ってもらったらしい。ただ、後に2006年年末番組で「すべった」と語っている

■ネプリーグでは田中が問題を考えている顔をみてネプチューンの堀内健が「楳図かずおの漫画に出てきそうな顔だよね!」と言った。すると、画面の下あたりに楳図かずおの漫画の絵が出てくる。非常に似ている。爆笑問題の検索ちゃんでは「それよりも楳図かずお本人に似てる」と言われた。

■かなりのビビリであり、ドッキリではターゲットにされることが多い(山根が仕掛け人になることもある)。だが実際の所、山根の方が相当なビビリであるためとも考えられる。

■相方と比べて割と歌がうまい。カラオケにもよく行くらしい。(ただキャラのせいか全く褒められない)

■「クイズ!ヘキサゴンII」で共演している山本モナに思いを寄せている。プライベートでもメールのやりとりや野球観戦に誘ったりしている(野球観戦のときは山口美沙が勝手についてきたが)が、島田紳助からは「田中(との恋愛)はカモフラージュやで」と言われている(その後、モナの元恋人の恋愛が週刊誌に掲載され紳助の読みは的中したかに思われたが、モナは後に「この恋愛は本命ではない」と発言したため、今のところは大丈夫のようである)。

■同番組のスペシャルのコーナー「嫌でもクイズに答えよう(早押し)ご指名クイズ」で代表者になった際、同じチームになったほしのあきや大桑マイミらの不正解続きに大激怒し、大爆笑を誘った。島田紳助は「この番組での田中はおもしろくて、好き」と絶賛された。

(出典:Wikipedia)

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アンガールズ

アンガールズはお笑いコンビ。所属事務所はワタナベエンターテインメント。


【メンバー】
■田中卓志(たなか たくし、1976年2月8日 - )身長は187cm。体重は58kg。体脂肪率は5%。視力は1.0。好きな食べ物は酢豚。嫌いな食べ物はレバー。広島県甲奴郡上下町(現:府中市)出身。広島県立世羅高等学校、広島大学工学部第四類(建築系)卒。血液型はB型。ツッコミ・ネタ作り担当。

■山根良顕(やまね よしあき、1976年5月27日 - )身長は180cm。体重は53kg。体脂肪率は15%。好きな食べ物はラザニア。嫌いな食べ物は納豆。広島県広島市安佐南区出身。広島県立祇園北高等学校、広島修道大学法学部国際政治学科卒。血液型はO型。ボケ・リーダー。ネタの最終確認を行う。


【来歴】
2000年春頃、先に田中が、後に山根が友達2人を連れて上京。男3人(田中以外)で生活をはじめるが、友人が次々挫折。仕方なく残った田中と山根のふたりで同年9月頃コンビ結成。現在のプロダクションのオーディションに合格し、2002年1月付で正式に「アンガールズ」としてデビュー。

2004年、『爆笑問題のバク天!』内のコーナー『恐怖のバク天芸人』(『エンタの神様』に絶対出られないような珍芸人を紹介)に登場し、番組内で人気を得る。その後『エンタの神様』や『バク天!』のレギュラーとして出演している。

2004年、『笑いの金メダル』(初期の番組内容時)初登場で決勝進出し対戦相手のダイノジと番組初の同点で引き分けとなり結局両者とも金メダルを取った。

2004年、第2回お笑いホープ大賞受賞。

2004年10月にはニッポン放送「オールナイトニッポン2部」の特番「アンガールズのオールナイトニッポンR」を担当した。

2005年2月、『笑いの金メダルSP』で「決めポーズはプロレスラー・武藤敬司から無許可でパクった」と告白。武藤本人が登場するドッキリを仕掛けられた。

2005年5月、『金のA様×銀のA様』でカンヌ国際映画祭のレッドカーペットに立てる権利を田中が獲得した。尚、山根は招待状を貰っておらずカーペットを歩けなかった。

2005年6月、同じく『金のA様×銀のA様』の企画で東京シティ競馬のレース名になる権利を獲得し「アンガールズドリーム賞」が行われた。尚、芸能人の名前がレース名になったのは北島三郎以来。

2005年11月23日にカンニング竹山、いつもここからと共にU.N.O.BANDという企画ものユニットでCDデビュー。田中はギター、山根はベースを担当。

2006年8月26日〜8月27日放送「24時間テレビ 「愛は地球を救う」」にて、2人でマラソンに挑戦した。複数での参加は1994年のダチョウ倶楽部以来12年ぶりで、芸人の参加は2003年の山田花子以来。完走を危ぶむ声が多数聞かれ「史上最弱ランナー」と下馬評は最悪だったが、完走。史上初めてサライを熱唱し、司会などから「史上最強ランナー」と評された。

2007年、白石昌則著の生協の白石さんの第2弾『生協の白石さん 木洩れ日』の付録CDで正式にアンガールズとしてCDデビュー。木洩れ日(作詞・作曲白石昌則)を歌っている。 田中曰く、Mr.Children並の高音を出せないと歌えないくらい高いらしい


【エピソード】
コンビ名の由来は、二人ともナヨナヨしていて女っぽいということから田中が「ガールズ」と名付けようとしたが、山根の反対によって否定を意味する「アン(UN)」を付けたことによる。ぴったんこカン・カン及びぐるぐるナインティナイン出演時、セイン・カミュに「『ungirls』という英語の文法は正しくない。『Notgirls』だ」と指摘されている。同じく「アン」の付くアンジャッシュとアンタッチャブルに間違われることもしばしばある。もうひとりメンバーが増えると、「アンアンアンガールズで〜す」と、アンを3回つける(アンで否定、アンアンで肯定、アンアンアンでもう一度否定)。ただし、2005年4月の『内村プロデュースSP』でTIMのゴルゴ松本と組んだときは、「アンゴルズ」という名前になっている。また、コンビ名の他の候補としては、「タモリス」(タモリに好かれようと思って)、「巨神兵」(風の谷のナウシカより)というものがあった。また、初めのころ「UNガールズ」としていたため「アンガールズ」ではなく「ユーエヌガールズ」とよばれたことがあるらしい。そのため、現在のように全てカタカナ表記にしたと語っている。

2人の出会いは大学時代の「ボルケーノ」と言う旅行(正確には旅行企画)サークル。当初は違う大学である事と、ルックスがかぶり過ぎで何となく敬遠し合っていたが、サークルの連絡ノートに田中が自分の名前を「たくしのり」と記入していたのを山根が見て、同じ東野幸治ファンだと知り、声をかけたのがきっかけで友人関係となる。

2人とも広島に本拠地を置く、プロ野球・広島東洋カープ、Jリーグ・サンフレッチェ広島のファンであり、中国新聞にカープについてメッセージを寄せたり、山根は2005年5月2日放送「関口宏の東京フレンドパークII」(TBS系列)の「ビッグチャレンジ」でサンフレッチェのグッズを希望し、見事に獲得している。だが2人がブレイクする前、2004年1月5日に放送された同番組の「阪神タイガース感謝祭スペシャル」では、阪神ファンの芸能人による応援団の一員として出演した過去を持つ。この時は松村邦洋や千秋といった有名な阪神ファンの他に、アンガールズを含めたこの当時あまり売れていないタレントも大勢いたため、スタッフが適当にブッキングさせたとしか言いようが無い。

田中はaikoの大ファンであり、それをとある番組で言ったところから雑誌で対談し親交を深める。しかしTOKIOの国分太一は彼らを嫌っている。理由は「なよなよしているのが体育会系の自分は我慢ならない」から(めちゃイケの「笑わず嫌い」という企画内でのこと)だというが、実際の所、国分はお笑い好きであり、このコメントは本心ではないらしい。

キングオブコメディともコンビぐるみで仲が良い。プライベートでの付き合いは互いに時間が合わずなかなか出来ないので、時々仕事で一緒になると必ず4ショットの記念写真を撮るほど。

ソニー・コンピュータエンタテインメントのゲームソフト「サルゲッチュ3」の中に「ウキナカ・ウキネ」と言う隠れキャラとして登場する。アンガールズになった「ピポサル」がジャンガジャンガをするらしい。勿論ウキネはおかっぱヘア。また、おはコロシアム内のアニメでも登場し声を当てている。

2005年5月23日に放送された日本テレビ「先端研」で、1996年12月に発生したペルー日本大使公邸人質事件で有名になった元ペルー大使の青木盛久と共演した。

日本テレビ「踊る!さんま御殿!!」にて、田中自ら「田舎者は声が大きい」とトークし、共に出演していた出川哲朗に苦笑いされる(出川は横浜市出身)。山根の「俺も広島出身だけど、そんな大声じゃない」とのトークに対しては、「お前は広島でも都会の方(出身)じゃん!」と、大声で反論していた。

2人とも雑学王という一面を持っており、爆笑問題の雑学王決定戦に出演し、好成績を残した。また、TBSオールスター大感謝祭では、コンビ揃って25万円を獲得した。2006年6月29日放送の爆笑問題の検索ちゃん雑学王決定戦では山根が伊集院光、後藤輝基に次ぐ3位を獲得。2007年1月8日放送の雑学王決定戦では山根は2回戦敗退、しかし田中が3回戦敗退しながらも、敗者復活戦を唯一勝ち抜き、決勝まで進むと、伊集院、東貴博、品川祐、小原正子に次ぐ5位を獲得。この放送で田中は「山根が調子悪ければ田中が調子を出す。アンガールズは良く出来ています」と発言している。

彼らの先輩であるふかわりょうは、彼らのライブを見て「これは面白い」と思ったらしく、彼らをテレビに出演させた。ところが、彼らが瞬く間にブレイクして以来、ふかわは彼らをライバル視し始め、「同じ髪型なのに、あっという間に抜かれた」と内村光良(ウッチャンナンチャン)に話していたらしい。『爆笑問題のバク天!』などのバラエティ番組でも、2人をライバル視しているかのような節が時々見受けられるが、実際は普段から仲が良いらしく、売れて無い頃は、2人でふかわの自宅に行ったり洋服を貰ったりと世話になった。

松本人志はエッセイの中で、「今の若手芸人で一番面白いと思うのはアンガールズ。コントもよく練られている。」と語っている。

自分達から前に出るのが苦手な彼らを、ライブで積極的に前に出したり、テレビ番組に「面白い奴らがいる」と宣伝し続けたのは、前述のふかわりょうやいつもここから等の同じ事務所の先輩達であったり、他事務所の爆笑問題や次長課長やアンタッチャブル等の先輩達であったと言う。他の誰にも真似出来ない独特の笑いのセンスと、人柄の良さや意外な器用さを活かし、最近では、お笑いブーム後も大丈夫ではないのかという説も持ち上がっている。実際、ギャグやコントをあまり求められてないバラエティ番組(「ぷっ」すまなど)へのゲスト出演も増えているようだ。


【特徴・芸風】
痩身、長身のルックスと、どこでオチるか解らない、グダグダ感を前面に出し、他人から「きもい」と言われるのが売りのシュール芸が特徴(“キモカワイイ”とも言われる)。どことなく力の抜ける雰囲気から、「脱力ネタ」とも呼ばれていて、独特な世界観が話題を呼んだ。やしきたかじんからは、「栄養失調みたいな体型」とのこと。

キモカワイイを売りにしているが、『ロンドンハーツ』では、田中が“キモ”、山根が“カワイイ”とされている。また、『クイズ!ヘキサゴンII』においては予選ペーパーテストの結果が2人とも優秀なことが多いため、島田紳助から「この番組(ヘキサゴン)ではお前ら『キショかしこい』やから」と毎回のように言われている。

主にロング・ショートコントを行う。ショートコントは、ただ噛んだだけ、ただぶつかっただけなど気まずい事柄をオチとし、今までになかった手法を用いている。

2人がブレイクしたきっかけでもある「ジャンガジャンガ」と呼ばれる動作は、ショートコント間を結ぶブリッジとして使用している。田中が屈んでその後ろに山根が重なって「はい!ジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャンガジャ〜ン♪」と両手をクロスさせて広げる、決めのアクションとなる。このアクションは、田中が左手の甲に書いたショートコントのネタ順の一覧をカンニングするという役目も持っている。クロスする手は必ず右手が内側となるが、その方が左手の甲を見やすいからかどうかは定かではない。クロスは1回のみで、他人がものまねで「ジャンガジャンガ」をやるとき手を複数回クロスさせることに対して格好悪いと評している。 ちなみに「ジャンガジャンガ」はプロレスラーの武藤敬司の「プロレスLOVEポーズ」を元にして作られた。 ギターを弾く人が入るはずだったが、結局入らなかったので「ジャンガジャンガ」と口で言うことになったと語っていたことがある。

一方、ロングコントは、田中が指導者や先輩役・山根が生徒や後輩役となり、山根のとぼけた言動に田中がしつこくツッコむという形式が多い。通常ではあまり使わない言い回しで、片手をブラブラさせながら怒るのが特徴。山根のボケに耐え切れなくなった田中がブチ切れて終わる形式が多い。 現在はコント専門だが「M-1グランプリ2003」では漫才を行ったこともある(3回戦出場)。

事務所的に、とても扱いやすい優等生コンビとして大事にされている。ブレイク当初は「ジャンガジャンガ・・・」のネタだけのすぐ消えそうな芸人かと思われていたが、2005年はジャンルを問わず色々な番組に出演し、意外と何をさせてもソツ無くこなし、誰と絡んでも無難に対応出来る器用さを見せたり、見た目と違って体育会系の仕事や体を張る仕事もこなせることもアピールし、また学歴を活かした知的な一面を見せるなど、多くの人々に翌年以降も活躍出来るのではと思わせる活躍ぶりであった。

番組でトークなどをする時は田中は山根のことを苗字で呼び捨てで呼ぶが、山根は「(うちの)田中さん」と呼ぶことが多い。これは理由の一つとして田中が山根より一学年上であることが考えられる。

憧れの芸人は東野幸治。

(出典:Wikipedia)

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