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近藤春菜(ハリセンボン)

近藤 春菜(こんどう はるな、1983年2月23日 - )は日本の女性お笑い芸人。お笑いコンビ「ハリセンボン」のツッコミ担当。相方は箕輪はるか。東京都葛飾区出身。

身長155cm、体重74.1kg。星座は魚座。血液型はA型。

狛江市立狛江第一小学校、狛江市立狛江第一中学校、国本女子高等学校、桐朋学園大学短期大学部(現・桐朋学園芸術短期大学)卒業。通称は「春菜」(箕輪と同じく先輩にそう呼ばれる)。

【人物/エピソード】
■容姿・体型
まだ24才なのだが、大幅に老けて見られ、容姿も話し方も中年女性そのものとされる。また、自他共に認める角野卓造似であり、近藤自身もそれを逆手に取って持ちネタにしている(話し相手が「角野さん」と言うと自分の顔を指して「角野卓造〜じゃねぇよ!」)。あまりに角野卓造に似ているといわれるため、ワイプで角野の写真を使うときに、角野の所属事務所に許可の電話を入れると「あっ、その件ですね。」ということで、スムーズに許可が下りる。他に似ているとされる人物に、カンニング竹山、マイケル・ムーア監督、サンボマスター(厳密にはサンボマスターのボーカル山口隆に似ているということのようだが、実際番組等でいじられる際には専ら”サンボマスター”というバンド名で呼ばれる。)らがいる。リアクションは角野卓造に似ていると言われた場合と同じである。(そのワンパターンぶり自体を一個の芸風としている。)また、計測により体重74.1kg、体脂肪率42.9%と判明。ちなみに箕輪の体脂肪率は27%であった(2007年6月28日の『笑っていいとも!』による)。その体形から訪問先のグアム島でスモウレスラーかと尋ねられたことがある。

■趣味・造詣
インターネットと音楽鑑賞が趣味で、ファンクラブに加入するほど安室奈美恵ファン。男性タレントでは箕輪と共に嵐の二宮和也がタイプ。『嵐の宿題くん』ではデート(妄想ではあるが)を楽しんだ。また、中学時代はバスケットボール部に所属していた。

■特技
口を使ったパントマイム・料理

■その他エピソード
・初キスは2005年12月6日、ヨシモト∞の生放送中の罰ゲームで。相手はリットン調査団の水野透。後日近藤はこの時のことを「ビジネスキス」と呼んだ。
・2006年11月22日、漫画家でタレントの蛭子能収の再婚相手が「近藤似」と報道され、話題となった(当初は近藤と蛭子が結婚するものと勘違いしたファンもいた)。ハリセンボンは既に売れっ子の域に達していたが、この報道を期に一般への知名度は格段に上昇した。
・父親は警察官。
・「10カラット」などで共に仕事をした櫟本憲勝は近藤を「アドリブがきいて、頭の回転の早い人」と評している。


オフィシャルブログ『よしもと芸人ハリセンボン近藤春菜のまぁまぁのブログだね。』


(出典:Wikipedia)

箕輪はるか(ハリセンボン)

箕輪 はるか(みのわ はるか、1980年1月1日 - )は日本の女性お笑い芸人。お笑いコンビ「ハリセンボン」のボケ担当。相方は近藤春菜。東京都北区出身。身長160cm、体重45kg。星座は山羊座。血液型はA型。

以前は生年月日が1980年9月27日であった。

【人物】
■最終学歴は早稲田大学第二文学部卒業。ちなみに2006年8月23日放送の『ワンナイR&R』にて、奨学金と自分で稼いだアルバイト代のみで卒業したことが明らかになった。

■高校時代、バドミントンで都大会ベスト16になったことがある。

■趣味はサッカーと剣玉とミニカー(トミカ)集め。

■けん玉1級。図書館司書の資格を持つ。

■あだ名は死神。歯が特徴で、前歯のうち1本の神経が死んでいて黒ずんでいる(小学生の頃に道に転がってた鉄パイプに乗って転がして遊んでたら、顔面から転んで前歯の神経が死んだとのこと)。ただ、別に検査したわけでもなく、自分でそう思っているだけなので、本当に歯の神経が死んでいるのかは不明。


【エピソード】
■通称「はるか」。天才てれびくんMAXでは視聴者公募で決まったニックネームで「みのぽー」と呼ばれている。相方の春菜には「しゃれこうべ」などと呼ばれることがある。なお、『Goro's Bar』の企画で、整形外科医に「とんでもない原石」とコメントされた。なお、アンガールズの山根良顕に似ていて、テレビに出演し始めた頃は女版山根良顕と言われていた。

■水道メーターの検針員のアルバイト経験があり、作業中に不審者と間違えられたことがある。

■初キスは2006年5月15日放送『アメトーク』のイケメンディレクターと。

■大学時代に友達が一人も出来なかったので、性格を明るくするために芸人を志した。

■前歯だけでなく奥歯も虫歯による欠損が多く、唐揚げを一個食べるのに1時間を要すほど咀嚼に時間がかかる。その口元を隠すと堀北真希に似ていると言われることもあるが、相方の春菜と「テレビでは化粧をしない」と誓いを立てていた。ところが、ロンドンハーツの企画「格付けし合う女たち」に化粧をして出演したことがあり、司会の田村淳に「化粧したら思ったよりイケるじゃん」と高評される。ちなみに、相方の春菜は、はるかが勝手に化粧してテレビ出演したことが気に食わないらしい。

■また、スレンダーでスタイルが良く、2006年8月3日放送『うたばん』では倖田來未のメイク指南により美人に変身した。その時の本人の発言→「女って綺麗じゃなきゃ意味無いし」

■エジプトの壁画の女性のものまねをする。フィフィにも似ている。

■大喜利系に強く、『ダイナマイト関西』では女性初の決勝進出者となった。女性初の優勝も期待されている。

■2007年1月2日放送の『芸能人格付けチェックこれぞ真の一流品だ!!'07お正月スペシャル!』内、本職の映画監督と素人が製作した作品を見極めるという主旨の問題で、素人側として短編作品を製作。本職の方は阪本順治が監督したものだったが、多くの出演者がはるかの作品を選び、彼女のクリエイターとしての才能を窺わせる結果となった。

■母は看護師、幼少時代から母の仕事の都合上一人で過ごすことが多く剣玉をやっていた結果、とても上達したという。今でも剣玉はよくやるとのこと。


【入国審査トラブル】
■番組の企画でアメリカに行った時、春菜やスタッフは通過できたがはるかが入国審査に引っかかり、取り調べを受けた。空港側には「日本人に見えない」「職業は何だ」と疑われていた。

・春菜が近づいてみると、空港側が「Are you Mexican?(あなたはメキシコ人ですか?)」とはるかに聞いていた。はるかはそれに対し「私は日本人です」と言うつもりで「I'm Japan!(=私は日本だ!)」と言ってしまった。さらに職業を聞かれ「Picture (写真です)」(これは本人曰く「人に見られる仕事だということを言いたかった」)。しかし当然のごとく理解されず、それどころか取調室へ連行されてしまった。

・取調室では日本語を少し話せる女性職員が出てきて「本当の事言わないとあなた二度と日本に帰れないよ!」と空港中に響き渡るほどの声で凄まれたという。挙句の果てに、女性職員がいたにも拘らず男性職員がはるかをボディチェックし始め、日本人女性であるのに(検査終了後も)メキシコ人男性と思われていたことが発覚。あげくの果てに「お前はもっと女らしい格好をしろ」と説教まで受けたという。本人は「もう二度とアメリカに行きたくない」と言っていた。

■『ダウンタウンDX』や『ライオンのごきげんよう』などでこのことについて語っていた。「ごきげんよう」では一月の月間MVPに選ばれている。


(出典:Wikipedia)

ハリセンボン

ハリセンボンは、吉本興業東京本社所属の女性お笑いコンビ。東京NSC9期生。2003年結成。略称「ハリセン」。

実年齢とはかけ離れているおばちゃん顔が2人の特徴。

【メンバー】
■箕輪はるか(みのわ はるか、1980年1月1日 - )東京都北区出身。身長160cm、体重45kg、星座やぎ座。ボケ担当。早稲田大学卒

■近藤春菜(こんどう はるな、1983年2月23日 - )東京都葛飾区出身。身長155cm、体重74.1kg、星座うお座。ツッコミ担当。


【略歴】
■コンビ名の由来は「ハリセンボン(魚の方)は顔はかわいいが、鋭いとげがあり近づくと危険」という考えからつけられた。

■吉本興業所属の若手芸人ユニット「劇団ガッツ」を犬の心が結成し、この劇団のメンバーに選ばれた。メンバーはハリセンボンの2人の他にミルククラウン・グランジ・もう中学生。

■2005年、TBSテレビの芸人オーディション番組「ゲンセキ」にて、1年後輩のオリエンタルラジオらと共にコント番組「10カラット」のメンバーに選抜される。

■「10カラット」や、ドラマ「ライオン丸G」をきっかけに2006年からブレークし、様々なテレビ番組に出演。週刊誌「フラッシュ」[1]では『久々に現れた大型女性コンビ』と評されるなど、森三中ら女性芸人を脅かす存在となった。近頃はレギュラー番組も増えてきて、いわゆる「売れっ子」の仲間入りを果たした。

■2007年3月7日にシングル「ともだちのうた」を発売しR and CからCDデビュー。「吉本のPUFFY」を目指している。オリコン最高195位。発売3週間の売上がわずか400枚であることが「オールスター感謝祭」(2007年3月31日放送)で出題されたことで明らかになった。また11月29日の天才てれびくんMAX内で公表した時にはてれび戦士に「CD出してたの?!」と素で言われてしまった。

■2007年10月に放送されたTBS系お笑い番組「リンカーン」にて、ハリセンボン担当マネージャーの田中杏奈が登場した。田中マネージャーは、箕輪はるかや近藤春菜とは異なり、いわゆる美人キャラであった。

■2007年に行われたM-1グランプリでは、決勝に進出したが敗者復活したサンドウィッチマンに敗れ、4位に終わった。因みにキャッチフレーズは「(デブ+ヤセ)×ブサイク=爆笑」。


【顔ネタ】
■はるか
・死神
・エジプトの壁画の女性
・山根良顕(アンガールズ)
・堀北真希(口を隠すと似ているため)

■春菜
・角野卓造
「角野卓造さん?」と聞かれ「角野卓造じゃねえよ!」か、「角野卓造じゃねーし!」と返すのがお決まりになっている。アタック25に出演した際も、司会の児玉清に同様の質問をされ、同じように返した。
・仲本工事
・カンニング竹山
竹山自身も春菜の顔を見て「他人とは思えない」と言うほど似ている。ちなみに二人はメガネの度も一緒だそうである。
・山口隆(サンボマスター)
・マイケル・ムーア
・吉村作治
・古田敦也(東京ヤクルトスワローズ)
・亀井静香


(出典:Wikipedia)

ギャル曽根

ギャル曽根(ギャルそね、1985年12月4日 - )は、日本のタレント、フードファイター、グルメコメンテーター。本名、曽根 菜津子(そね なつこ)。京都府舞鶴市出身。

ギャルソネと表記されることもある。ワタナベエンターテインメント所属。キャッチコピーは「大食いクイーン」。

【来歴】
■京都府立西舞鶴高等学校卒業。調理師免許所持。

■身長162cm、体重43kg。

■地元でアパレル関連の仕事をしていたが、2005年から大食いのテレビ番組に出演するようになり、2006年の『元祖!大食い王決定戦 新爆食女王誕生戦』、2007年の『元祖!大食い王決定戦 新爆食女王限界死闘編』(テレビ東京)などで優勝。『ラジかるッ』、『大笑点』(日本テレビ)では、同じく大食いのジャイアント白田(白田信幸)と大食い対決している。

■当初は素人としての番組出演だったが、2006年に大手芸能事務所のワタナベエンターテインメントと契約してタレント活動を始めた。2007年4月に、辻希美(妊娠脱退により安倍麻美が参加)、時東ぁみと共に藤田志穂のプロデュースによるパラパラギャルユニット・ギャルル結成を発表。曽根は「そねね」として登場した。初代リーダー辻の脱退により、二代目リーダーとなる。

■2007年度『日本新語・流行語大賞』にて「大食い」がトップテンに入賞し、その受賞者となる。


【人物・エピソード】
■家族は母と姉と弟。大食いは家族や母から受け継がれたものであり、母の料理は普段から量が多く家族も皆沢山食べていたこともあって、幼い頃から大食いであった。父は地元企業の社長で豪邸に住む等裕福な生活だったが、小学校3年の時にギャンブルで借金を作った事が原因で失踪され、豪邸を手放す等裕福から一転し質素な生活を余儀なくされた。しかし、母はそれでもめげずに大食い料理を作っており、高校生時代3年間付き合っていた彼氏を度々自宅に招き、家族と食事を共にした際、母は「男の子は沢山食べるでしょう!」と、ハンバーグ合計7枚などの大量の食事でもてなした事もあった。

■中学校時代、姉と共に陸上部に所属し、複数の市民マラソンに出場しては姉妹揃って1位・2位を取っており、地元の市民マラソン常連者の間では、市民マラソン荒らしの異名を取っていた。

■憧れの芸能人は浜崎あゆみで、中村有志が命名した芸名の通り、ギャル系メイクが特徴。大食い対決の途中でメイクを直したことがある。

■他の大食い選手が必死の形相で手当たり次第に食物を口に詰め込むことが多いのに対し、好きなものばかりをよく噛みながらマイペースで美味しそうに口に運ぶ、大食いとしては異色な(食事としては健全な)行動が目を引き、人気を博す(なお、大食い対決・大会以外の食事も同様のスタイルである)。

■マヨネーズを常に携帯しているという「マヨラー」でもあることからギャルマヨとも呼ばれている。3日で1本消費するといい、いつも箱買いしている。

■大食いタレントとしては珍しく食べ物の好き嫌いが多いのが特徴。好物は、大トロ・特上カルビ・ウニ・卵料理・ピンクレモネード・爽健美茶・アクエリアスなど。不得手は、蕎麦・魚介類(カニ・魚を除く)・数の子・レバー ・豆腐・こんにゃく・メロン・ココナッツなど。

【姫路在住時代・東京生活関係】
■2007年夏までは兵庫県姫路市に住んでいたが、 東京が主な仕事場であり、仕事が忙しいため姫路にはあまり帰らず、実家や東京に住む友人宅(着替えの衣類も置いてもらっていた)やインターネットカフェにいたりそこで寝泊りすることが多かった。そこで同年夏に東京に引っ越してきた。

■姫路在住時代は、普段の食費を節約しつつも大食いしたいため、もやしを大量に買い込んで消費していた。

■東京に引っ越し後、普段の日等は財布を持ち歩く事はなく、チャレンジメニュー実施店で夕食を取って賞金を稼いでいたり、また別のお店では食事永久無料のカードを持っており利用している。また、以前より質の良いものを食べるようになった。

【身体関係】
■2007年7月17日放送のラジかるッにて内臓(胃)のレントゲン写真が本人不在ながら公開されていた。通常時は普通の人とさほど変わらない胃の大きさであるが(同年7月22日行列のできる法律相談所でも同様の本人談有)、大食い時はほぼ全面胃しか写っていない状態に見えるほどかなり大きく膨れ上がっていた(なお、他の内臓は背中方面に押し寄せられてしまうと西川史子が説明していた)。その時の外見は同番組の大食い対決コーナーで何度か映っている様にまるで妊婦の様になっている。2007年9月29日放送オールスター感謝祭では、食前のウエストが約63cm(服を着た上から計測)だったのに対し、食後に計測した際には83cmと20cmも膨れ上がっていた。

■テレビ番組では彼女の内臓について医学的検証を複数の医療機関の協力の元にて行っている。それによると、ビフィズス菌がきわめて多いこと(腸内細菌の検査をしたところ、一般女性の平均は10%〜15%に対し、50%以上をビフィズス菌が占めることが判明、「生まれたての赤ちゃんのよう」と評された)。食べても血糖値がほとんど上がらず脳内の満腹中枢が刺激されないこと、普通の人は寝るときは体の代謝が少なくなるが、サーモグラフィーによる調査では寝ているにも関わらず体の活動が起きているのと同じ状態に近いこと、などの特徴が挙げられている。実際に糖の検査に当たった医師は「50年近く医療に携わってきた医師として、極めてまれなケース」と証言している。

■2007年8月28日、右臀部骨折が発覚。軽症のため自然治癒にまかせた。仕事のスケジュールに影響無し。

【大食い対決・大会関係】
■勝ち負けよりも「自分の食べたいように食べる」ことにこだわるようである。

■2005年10月23日放送の『元祖!大食い王決定戦』における食パン大食い対決では、ジャムを大量に使い、食パン7斤=2.33kgを食べるのにジャム1kg以上を用いた(バター、ジャムなどは好きに付けて良いルールとなっていたが、その重量はカウントしないルールである)。この勝負では最後の一枠で勝ち残ったが、負けとなる最下位との差はわずか6gであった。

■同番組での蕎麦対決では、競技の終盤で蕎麦に飽きてしまい、おかずの天ぷらのみを食べ、勝負に負けてしまった(食パンと同様、蕎麦のザルの枚数のみがカウントされ、天ぷらは競技の対象外だった)。競技終了後も、蕎麦のみを食べた隣の選手が残した天ぷらを食べており、余力を残して負けると言う大食いでは珍しい負け方をしたことにより、勝ち負けにこだわらない姿勢が注目を集めた。

【地元での知名度関係】
彼女の出身地は京都府舞鶴市であるが、彼女を幼少の頃から知る人たちが彼女を大食いクィーン「ギャル曽根」と知る過程には時間差が生じていた。彼女が一躍有名になったのは2006年の『元祖!大食い王決定戦 新爆食女王誕生戦』であるが、関西でこの番組が放送されているのはテレビ東京系列のテレビ大阪で、京都府でも大阪から直線距離にして約100km離れている舞鶴市では受信不可地域となっている(テレビ東京系列の番組を舞鶴市で視聴することは、一部ならBSジャパンで可能となる)。

このような放送環境のため暫くの間、地元では彼女の活躍を目にする機会が少なく、大食いクイーン「ギャル曽根」としての認知度は低かった。その後、彼女が他局の番組にたびたび出演するようになり、テレビで目にする機会が増えたことから、地元の人間にも大食いクイーン「ギャル曽根」=曽根菜津子という一致事項が出来上がるようになった。


ワタナベエンターテインメントの公式プロフィール
ギャル曽根BLOG ごはんは残さず食べましょう


(出典:Wikipedia)

ジャイアント白田(白田信幸)

白田信幸(しろた のぶゆき、1979年4月20日-)は日本の元フードファイター、タレント、実業家。愛称、ジャイアント白田(ジャイアントしろた)。栃木県真岡市出身。既婚。フリー。神奈川大学理学部卒業。

【概要】
身長195cm、体重86kgと体格がかなり大きいことからジャイアント白田の愛称があり、近年はこの名称で活動する方が多い。そのほか、フードバトルクラブでは、「大食い大魔人」という異名を取る。現在、バラエティ番組、イベントなどで活躍中。

テレビに出演することが多い為、大食いタレントとして扱われることが圧倒的に多いが、芸能事務所の所属は無くフリーランスであることを理由に素人に分類されることもあり、本人曰く『大食いタレントなのか素人なのか微妙な立場である』という事を公式ブログに書いている。

これまでも多くの番組に出演しており、『フードバトルクラブ』(TBS)などでは、ライバルの小林尊を破り幾多もの優勝を勝ち取っている。


【経歴】
■2001年
・4月 「TVチャンピオン 恐るべし!九州横断ニューフェイス決戦」(テレビ東京系列)で射手矢侑大に次いで準優勝。
・9月 「TVチャンピオン 大食いスーパースター頂上決戦」で射手矢侑大を破り優勝。リベンジをはたした。
・10月 「フードバトルクラブII」(TBS系列)で優勝。

■2002年
・1月 「フードバトルクラブThe King Of Masters」で優勝。フードバトルクラブ2連覇達成。
・4月 「フードバトルクラブThe Speed」で優勝。フードバトルクラブ3連覇達成。
・因みに、この戦いはスプリント競技(早食い)中心の大会で、大会前は誰もが白田のライバルである小林尊が圧倒的に有利だろうという予想だった。しかし、その下馬評を覆して白田が優勝した。今まで早食い系競技をやや苦手としていた白田だったが、この大会においては圧倒的な早食い力を見せた。
・その後、愛知県の中学生が給食中に早食いをして死亡する事件が発生したため、大食い・早食い番組が消滅。同時に、小林尊とともに活動していたFFA(フード・ファイター・アソシエイション)が自然消滅する。
・大食い・早食い番組消滅後、調理師免許取得のため辻調理師専門学校に入学したため(2003年3月に卒業)、大食い・早食い活動をしばらく中断した。

■2004年
・7月 「ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権」に日本代表として出場。12分間にホットドッグを38本完食し、小林に次ぐ2位となった。

■2005年
・テレビ東京系列の「元祖!大食い王決定戦」に出場し、次なるライバルは山本卓弥になる。決勝の燕三条系ラーメン勝負で無念のドクターストップとなった。

■2006年
・「元祖!大食い王決定戦」で宿敵山本を下し、見事に優勝。貫禄を見せ付けた。このころから、バラエティ番組(ラジかるッなど)やイベント(フードバトルスタジアムズなど)に数多く出演するようになる。

■2007年
・9月 大会前に大食い大会からの引退を表明。最後の大会となる「元祖!大食い王決定戦」で宿敵山本を下し見事に優勝、有終の美を飾った。引退の理由として、今後飲食店をオープンさせる為時間的な問題で胃袋を限界まで鍛えることが難しいという事や精神的・身体的負担など。今後もバラエティ番組やイベント等への出演は継続する。
・12月 ハッスルで川田利明と「大食い対決」ではなく「プロレス対決」を行うが、ギブアップ負けを喫する。


【主な記録】
■寿司20皿 36.14秒(フードバトルクラブ3 TheSpeed・2002年)
■ホットドッグ38個(ネイサンズ国際ホットドッグ早食い選手権)
■カレー20杯 18分56秒(フードバトルクラブThe King Of Masters・2001年)
■30分で寿司85皿(TVチャンピオン・春の新人戦・2001年)
■ショートケーキ68個 16分52秒(フードバトルクラブ2・2001年)
■シュークリーム5分・64個(フードバトルクラブ2・2001年)
■60分で牛丼22杯(フードバトルクラブ2・2001年)


【エピソード】
■元ライバルである小林尊とは仲が良く、2人でよく居酒屋に行っている。また、小林以外にもギャル曽根とテレビ番組で共演したり、山本卓弥や射手矢侑大などさまざまなフードファイターとも交友がある。


ジャイアント白田の大食いブログ


(出典:Wikipedia)

ザ・たっち

ザ・たっちは、双子の兄弟によるお笑いコンビ。所属事務所はホリプロコム。栃木県下野市出身。

【メンバー】
■たくや(兄)(本名・角田拓也(かくた たくや)、1982年11月10日10時54分 - )
■かずや(弟)(本名・角田和也(かくた かずや)、1982年11月10日15時12分 - )

血液型はいずれもA型。星座はいずれもさそり座。一卵性双生児。生まれた時間はたくやの方が5時間ほど速い。

母親が漫画『タッチ』が好きで、二人が生まれた時、この漫画に登場する双子の兄弟「上杉達也」と「上杉和也」から名前を取りたいと思っていた。しかし、二人に名前を付けようとしていた当時『タッチ』の上杉達也(兄)はダメキャラで、上杉和也(弟)は野球部のエースだった。兄は達也のようになっては困るということで「達也」ではなく「拓也」と名付け、弟には「和也」と漫画通りの名前を付けた。その後、『タッチ』作中で弟の和也は死亡し、それにより達也は野球部のエースになっていく展開となったため、二人の命名に母親は後悔しているとのこと(以上、『東貴博 ニッポン全国 ラジベガス』『金スマ』『新堂本兄弟』にザ・たっちが出演した際の話による)。


【逸話】
■実家は理容店を経営。髪は二人とも実家に帰った際に切ってもらっている。父親は警察官(『徹子の部屋』2006年11月1日放送分で判明)。

■ホリプロのお笑い芸人養成学校「目黒笑売塾」の1期生。元々は『角田ペア』というコンビ名だったが、社長命令で連絡なしに『ザ・たっち』に変更され、ライブの出番表を見て自分達は出ないと思い、出番直前に名前が変わった事に気づいた。

■お互いが同じ日にお笑い雑誌を購入し、芸人になるのを決意していたほど常に気が合う。しかし、普段も同じ日に二人とも同じ本を購入してしまうため、同じマンガばかりが2冊ずつ増えていったと言う。

■高校時代は別々の高校に通っていたが、兄・たくやが教師に「双子で何かやりたい」と相談すると「サーカスかお笑いしかない」と言われた。

■2005年夏のタッチ再放送時の『タッチ探検隊』に出演した時、「こっち(漫画)がパクった」と発言していたが、実際には当然逆である。もちろんギャグの一環である。

■2006年7月放送の『おしゃれイズム』に出演した時、『タッチ』の作者あだち充と面会し、サイン色紙をもらったエピソードを披露した。この時、あだちに自分たちの名前やコンビ名が『タッチ』に由来する旨を語っており、あだちから「今はいいけど、これ以上売れたら潰す」と言われた。

■時折テレビで『タッチ』の話題が出ると、実際に上杉兄弟に扮して(明青学園のユニフォームを着用)登場することもある。しかし、物真似をしても似ていないので、共演者からブーイングを浴びることが多い。また、タッチのヒロインである浅倉南などのモノマネをやっている桜井ちひろとタッチのコントで共演した事もある。

■さらに、『めざましテレビ』『ラジかるッ』等の情報番組に出演する際、BGMは必ず岩崎良美の曲がかかる(『タッチ』『君がいなければ』等、タッチのテーマ曲)。

■二人は全く同じ服・靴を履いているので、どっちがどっちかわかり難いが、見分けるポイントとしては、かずやがたくやに比べ色白であり、かずやには左目の下にほくろが3つ並んでいる。

■二人とも小学校低学年時代は現在と同様に背が低く、身長順に並ばされると常に一番前だった。

■下着と靴下は共用。

■衣装は必ずといっていいほど半ズボンを着用。2007年3月に行なわれた第44回ゴールデン・アロー賞授賞式でも、着用していた3つ揃えのスーツのズボンはやはり半ズボンだった(おそらく既製のズボンの裾をひざ下でカット)。

■『ザ!世界仰天ニュース』2006年10月25日放送分に出演した際に番組でDNA型鑑定を受けたところ、彼らが一卵性双生児である確率が99.999 999 999 999 2%と診断された(ちなみに三倉茉奈・佳奈も同時に診断を受けた)。因みに、彼らにとって三倉姉妹は長文を2人同時に合図もせずにすらすらと言えるということで憧れの双子であり、「彼女たちはプロの双子だ」と評する。かずやはマナ、たくやはカナとタイプがそれぞれ違う。

■斉藤祥太・斉藤慶太兄弟を、キャラが被るということで、勝手にライバル視している。

■2人とも同じレンタルビデオ店でアルバイトをしていたことがある。最初はかずやだけが働いていたのだが、仕事ぶりが店長に褒められ、「お前みたいな奴がもう一人いればな」と言われたので、たくやを紹介した。その後、たくやが客とトラブルになった際、たくやがいない間に何も知らないかずやが客の前に出てきたため、いきなり怒鳴られた事がある。

■身長、体重、体型などほぼ同じであるためブレイク前から実験番組などの出演が多く、事務所ではモルモット芸人と呼ばれたこともある。

■『タモリ倶楽部』空耳アワーのVTRに登場したことがある。

■二人ともお気に入りのAV女優はみひろだとの事。

■『嵐の宿題くん』にて、兄弟で逆立ちと似顔絵対決をした結果、運動神経や画才は、かずやの方にやや分があることが判明した。

■マナカナとは同じ一卵性双生児である事から、度々比較されている。また、たっちが売れ出してからマナカナも再び露出が増え始め、マナカナがたっちの事に関する話をすると話題になる為、相乗効果が発生しているともいえる。マナカナとは様々なエピソードがあり、マナカナがキングコング西野に「おまえら、たっちと付き合えって!」と何度も言われた時には真顔で「ほんとに嫌なんです」と本音コメントしていた。マナカナと合コンをした事があるが、マナカナは「ただご飯を食べただけ」と一蹴。両者共に『双子同士が結婚し、産まれた子供同士は似ているのか』という疑問を持たれるらしく、その疑問に応える為に結婚し、子供を産めと冗談で言われた事もある。マナカナはたっちの「ちょっと!ちょっとちょっと〜!」(後述の芸風)というギャグを他番組でよくしている。双子なので言動が揃うというイメージがある為か、たっちが「合図をして揃えている」と発言すると共演者は驚くが、マナカナは早くからこれを見抜いており、たっち曰く、唯一見抜いた人だとか。

■兄たくやは辛い物が苦手だが、弟かずやは逆に辛い物が好き。双子でも微妙に相違点があるらしい。

■兄たくやの右腕と弟かずやの左腕には、同じ様な位置に同じ様な形のアザがある。

■ある舞台の本番前に、緊張しすぎた弟かずやの左の鼻の穴から鼻血が出始めたため、鼻にティッシュを詰めて本番に望んだ。ところが今度は本番中に兄たくやの右の鼻の穴から鼻血が出始めた。弟かずやの鼻の詰め物も限界に達し、2人で鼻血を流したまま芸を演じ続けた。

■声優としてYes!プリキュア5の映画に出演したとき、演じるのが難しかったと語っている。


【芸風】
双子である事を上手く使ったショートコントや、物真似芸などを得意とする。

ネタの合間には「ハイ、キュッキュッキュ」と二人で窓拭きをするような仕草でブリッジを入れる。『爆笑問題のバク天!』の『バク天芸人』コーナーではたったの2秒しかネタを披露できなかったというエピソードがある。以前は、ライブドア前社長の堀江貴文のモノマネをネタとして使っていた(『お笑いLIVE10!』での共演時は堀江と共に持ちネタの「キングギドラ」を行った)が、堀江が証券取引法違反の疑いで逮捕された事をうけて、今後このネタを封印すると宣言した。以降、同じ双子の芸能人であるおすぎとピーコのモノマネでの漫才披露を主としている。

最近(2006年現在)では、以下の同時ツッコミや一発ギャグがある。

■「ちょっと!ちょっとちょっと!」 - ※はなわからもらったネタだが、マナカナにネタを取られることが良くある。
■「なんで!なんでなんで!」
■「お前、いつか、殺す!」(最後に投げキッス)
・「殺す!」の部分がゴールデン番組では放送上の関係から「ぶっ飛ばす!」または「踏んづけてやる!」になることもある。
■「幽体離脱〜」(二人が上下重なった状態から上のほうが起き上がる)
・その後再び重なり合い、「…からの蘇生〜」というパターンもある。
・又、顔一つ分ずらした状態で重なり起き上がる「帝王切開」もある。
■二人が前後に立ち、EXILEの『Choo Choo TRAIN』のイントロの振り付けのようにグルグル回りだす「残像」
■映画・転校生(おれがあいつであいつがおれで)をネタにして「わー、なんだこの顔、この体、俺のじゃない」とか、2人が取っ組み合いになり、ぐるぐる回っているうちにどっちがどっちだか分からなくなるという、双子ならではのギャグも持っている。
■2002年のPRIDE.21での高山善廣vsドン・フライの壮絶なパンチ合戦を模したギャグがあるが、「高山選手とドン・フライ選手の男と男の拳での語り合いを下賎なコントのネタにした」としてネット上では格闘ファンから痛烈な非難を受けている。
■おつまみギャグ…「裂けるチーズ」
■「グッド!グッドチョロリン!」
ちなみにこれらのネタをする際は兄たくやが合図をするため、微妙にズレることがある。合図を出していると唯一見抜いたのがマナカナである(前述)。

また「ますだおかだのオールナイトニッポン」出演時、多数のギャグを譲り受けるもややすべりの模様。


【物真似レパートリー】
■おすぎとピーコ
本人は「ザ・たっちはキャラクター使用料を払っていないので認めていない」と公言している。だが、2006年12月27日に放映された「笑っていいとも!特大号」で、おすぎとピーコ自らが「ザ・たっちのやるおすぎとピーコ」および「ショートコント・幽体離脱」の真似を披露した。
■記者会見場から出てくるライブドア前社長・堀江貴文(逮捕後はネタを封印)
■武部勤
■竹中平蔵
■佐々木健介 & 北斗晶夫妻
■美輪明宏 & 江原啓之
和田アキ子がゲスト出演した時のオーラの泉の場面を演じるのだが、厳密には二人が演じるものはその時の場面とは少し異なる。
ダブル江原という形で真似することもある。
■キングギドラ(顔写真のお面を使用)
■横峯さくら & 横峯良郎
■彦摩呂


(出典:Wikipedia)

ゴリ(ガレッジセール)

ゴリ(本名:照屋 年之 てるや としゆき 1972年5月22日 - )は、お笑い芸人。コンビ「ガレッジセール」のボケ担当である。所属事務所は吉本興業。沖縄県立首里高等学校卒業、日本大学藝術学部中退。身長173.7cm。左利き。

【来歴】
■沖縄県那覇市で本土復帰の1週間後に生まれた。「りんけんバンド」のリーダー・照屋林賢は父方叔父(従って照屋林助は父方祖父にあたる)。

■1995年、川田広樹とガレッジセールを結成。同期はフットボールアワーなどがいる。当初は本名で活動していたが、事務所の1年先輩であるロンドンブーツ1号2号の番組をきっかけに芸名を「ゴリ」にする。名づけたのは田村淳。

■『笑っていいとも!』などに出演し、持ちギャグである「エンジョイプレイ!」がうけ、大ブレイク。現在では冠番組を持つようになるほどである。

■テレビではネタをほとんどやらないがネタ作りを担当している。

■ソフトモヒカンがトレードマークで、デビッド・ベッカムが行って2002年に流行したソフトモヒカンの先駆者だと語っていたが、「5年でハゲる」と言われたり、セットに30分かかるなどの理由から、2007年6月18日放送の『笑っていいとも!』からストレートに変更した。また、腕毛が多いことをよくネタにしている。

■ブレイクダンスが得意であり、『めちゃ×2イケてるッ!』ではナインティナインの岡村隆史とブレイクダンスで争ったが、岡村の圧勝に終わった(ヘッドスピンを岡村は成功させたが、ゴリは失敗した)。

■『ワンナイR&R』の小川直也との試合でバック宙(プロレス技で言えばムーンサルトプレスから着地)を披露。また、同番組内では鉄棒の大車輪をこなしたり、正面飛びドロップキックで宮迫を吹っ飛ばすなど、かなりの運動神経の持ち主である。

■『ワンナイR&R』のキャラクター「松浦ゴリエ」が有名。同キャラクターでCDデビューやモデル雑誌の表紙になるなどの人気になる。また同番組内ではハードなアクションやダンスを披露していたり、「落武者」として韓国やタイ、中国などへ行き、それらの国の本物の軍事教練に参加している(本人はこの企画に関しては、相当嫌がっているようである)。

■私生活では2002年に結婚した。翌年には子供が生まれ、さらに相方の川田広樹も結婚し、おめでた続きであった。

■2005年の大晦日、第56回NHK紅白歌合戦に「ゴリエ」のキャラクターで歌手として紅組で出場。バックダンサーと共にフジサンケイグループおよびNHKのシンボルマークの人文字を作り、フジのスタッフは絶賛したが、パンチラを披露したことから、司会のみのもんたにダメ出しされた。

■山田優は出身中学校の後輩である。

■『笑っていいとも!』の1コーナー「ギリギリヒント!当たっちゃドカン!」で、ゲストに3回ドカンワードを当てられてしまい、自宅にドラム缶が送り付けられてしまった。

■『おはスタ』の「Drゴリの研究所」では、しばしばキッズ達にはわからなそうな古い曲(ピンクレディーの「ペッパー警部」、早見優の「夏色のナンシー」など)をかけさせ、意味不明なことを言うのでキッズ達は困惑する。

■2007年3月10日放送の『メレンゲの気持ち』にて、知花くららと父親同士がいとこ、すなわちはとこにあたることがわかったが、本人は本番で知花に言われるまで全く知らなかった。

■近年は映画、ドラマなどと幅広く出演する個性派俳優でもある。

■漫画『HUNTER×HUNTER』(グリードアイランド編)の登場人物の1人、ゴレイヌのモデルとされている(顔立ちは本人とほぼ似ている。髪型がモヒカン。腕の毛が濃い。左利きなどが挙げられる)。

■沖縄が舞台のドラマなどに多く出演しており、愛県心が強いと思われる。


【エピソード】
■沖縄時代のゴリは相当の不良でならしたことで有名。友人五人と深夜スーパーマーケットに侵入して、アクション映画さながらの警察捕り物を繰り広げた経験あり。本人もこれを公共の電波で暴露している。学校の先生の必死の指導と、周囲に謝罪する母の涙を見たことにより改心した後は勉学に励み、県内でもトップクラスの進学校と大学に進学するまで成長した。ちなみにこの経緯は沖縄県教育委員会で『照屋年之君の更生の記録』として小冊子となっているほどだという。ゴリ自身も、中学校卒業時に校長先生の計らいによって、全校生徒の前で中学時代の一連の経緯を綴った作文を朗読させられ、読み終えた瞬間、その場にいた全員から割れんばかりの拍手を送られたという。

■東京に出てしばらくは方言ネタを封印していた(というか忘れていた)。最近になってコンビの時は方言ネタも披露するようになったが、これは平良とみと共演したあるトーク番組収録後平良とみ本人から直々に『方言を大切にしないこと』に対してダメ出しを喰らったのがきっかけらしい。(それほど平良とみは沖縄の芸人に対して影響力がある)あの平良とみを本気で怒らせた芸人はガレッジセールくらいであろう。

■父親は非常に女癖が悪く、名護に自身が経営している店にアルバイトで入ってきた女性と住む為の家を建てた事もあった(人志松本のすべらない話より)。

■両親はダブル不倫がきっかけで結ばれた。


(出典:Wikipedia)

川田 広樹(ガレッジセール)

川田 広樹(かわた ひろき 1973年2月1日 - )は、吉本興業東京支社所属のお笑い芸人で、ガレッジセールのツッコミ担当。沖縄県那覇市出身。身長177cm、血液型A型。本名同じ。沖縄県立真和志高等学校卒業。2005年4月2日より、芸名を『川田』から本名である『川田広樹』に改める。因みに『川田』は”かわだ”ではなく”かわた”と濁らないのが沖縄での普通の読み方である。


【人物】
1995年に中学校の同級生であるゴリとコンビ結成。担当は主にツッコミ。ブレイクダンスもゴリに匹敵するほどであり、運動神経抜群である。

性格は控えめだが、かなりの天然ボケである。100円ショップで「これいくらですか?」と言ったり、東京に来て初めて電車に乗った時に手を挙げたなどというエピソードもある(恐らく沖縄の習慣『バスを止める時は手を挙げる』をそのまま実践してしまったのだろう)。また笑っていいとも!の放送終了後、他のメンバーと「叩いてかぶってじゃんけんぽん」をした際、何故かピコハンで自分の頭を叩いた(しかも2回)。 実は彼の母親も天然ボケであり、沖縄での凱旋ライブの時に母親が息子に挨拶したいとの理由でいきなり舞台に上がってきたことも。

売れない時期はロンドンブーツ1号2号の田村亮の自宅に住んでおり、2000年にバイク事故で田村亮が両腕を骨折した時には生活全般すべての世話をしていた。

2003年に大阪出身の女性と結婚し、2005年11月には娘が生まれた。


【裏話】
彼の母親も前述の通り天然ボケで有名だが、あるとき川田が北海道に営業に行った際『白い恋人』と間違えて『白い愛人』をお土産にねだったことがあるらしい。


(出典:Wikipedia)

ガレッジセール

ガレッジセール(Garage Sale)は日本のお笑いコンビ。所属事務所は吉本興業東京本社。「ガレージセール」で活動していたこともあった。略称「ガレッジ」。

【メンバー】
■川田広樹(かわた ひろき 1973年2月1日 - )
長野県岡谷市出身。生後9ヶ月からは沖縄県那覇市で育つ。A型。ツッコミ担当。愛称は「川ちゃん」。沖縄県立真和志高等学校卒業。

■ゴリ(本名:照屋 年之 てるや としゆき 1972年5月22日 - )
沖縄県那覇市出身、A型。ボケ担当。沖縄県立首里高等学校卒業、日本大学芸術学部中退。左利き。


【来歴・概要】
中学時代の同級生で、元々は別のコンビを結成していた。因みに、「中華人民共和国」ネタは、川田が組んでたコンビのネタである。

1995年 東京吉本総合学院(東京NSC)第1期生への入学を希望するが、既に入学受付は終了しており、係員から渋谷公園通り劇場への参加を勧められる。吉本では初舞台からが芸歴の始まりとカウントされるため、東京NSC第1期生である品川庄司はガレッジセールのことを先輩として接している(アメトーークより品川談)。

コンビ名は「ガレージセールのように気軽に売り出せる笑いを」の思いを込めて渋谷公園通り劇場の作家に命名してもらったもの。当初は「ガレージセール」であった。しかし、2人は当時、「ガレージセール」が言いにくく、最初のーの部分をッに変えたら言いやすかったという事から今の「ガレッジセール」になった。只、反抗の意味がないと言うわけでもない。ちなみに、ボツになった芸名としては「さとうきび畑でつかまえて」「具志堅ようこそ」がある。

その後ガレッジセールの2人は、ロンドンブーツ1号2号が司会の『ロンブー荘』(日本テレビ系深夜番組)をきっかけに出演機会を増やしていく。ちなみに川田・ゴリ共、『ロンブー荘』出演時は“年齢は共に19歳”という年齢詐称をしていた。この番組内で田村淳が本名で活動していた照屋を「ゴリ」と名付け、そのまま芸名として使うようになった。

その後自分たちの冠番組をもてるまでに成長した。今は「ゴリエ」と「川ちゃん」という、「ワンナイR&R」の番組から生まれた二人のキャラクターが人気を集めた。出身地の沖縄が舞台のNHK連続テレビ小説『ちゅらさん』でも2人で出演していた。

ゴリの体力は凄まじく、鉄棒で大車輪を行ったりジャッキー・チェン並のアクションなどを行っている。

その一方で川田は、ボケ志向が強く、たまにボケたりもする。母親が天然ボケであったというのも要因の1つである。またバイクのテクニックはプロ並みである。

本来はショートコントが持ちネタであり、現在でもルミネtheよしもとなどの舞台で披露している。2002年ごろまではテレビ番組でも登場時にネタのブリッジである「エンダンス、エンダンス、エンダンス、エンダンス、エンダンス、ダンス、ダンス、ダンス、エンジョイプレイ」を行っていた。しばらく行っていなかったが、2005年12月23日放送の「鶴の間」スペシャルで久々に披露した。さらに最近では2007年6月7日放送の「とんねるずのみなさんのおかげでした」で久しぶりに披露した。

2007年2月19日のフジテレビ森田一義アワー 笑っていいとも!で劇団ひとりが春一番のものまねをスベり(=ウケなかった)、番組終了後のトークで再現した際、「永六輔じゃねえかよ!!!!」とツッコミを入れた。結果として、吉本興業にとって、先輩芸人はもちろんの事、本社首脳でさえ口を憚るほど扱いづらい存在である永の名前を出した事となった(※この模様は同年2月25日の笑っていいとも!増刊号にて放送された)。


(出典:Wikipedia)

アメリカザリガニ

アメリカザリガニは、日本のお笑いコンビ。所属事務所は松竹芸能。略称はアメザリ。

【メンバー】
■柳原哲也(やなぎはら てつや、1972年9月1日 - )
大阪府枚方市出身。出生地は滋賀県八日市市(現在の東近江市)。血液型はO型。大阪府立長尾高等学校→大阪経済大学卒業。ツッコミ担当。身長170p、体重67s。
小学生の頃からお笑い芸人を志す。ハイトーンかつハイテンションなツッコミが特徴だが、平井の不用意なアドリブにも対応する事のできる腕も持つ。ちなみに、この声については「俺の声はうるさい」と自覚しているようである。同じく声が特徴的なことで有名な安田大サーカスのクロちゃんと二人で「松竹ソプラノブラザーズ」とネタにされた。この二人はGyaOの番組こちら!カタムキテレビ制作会社で共演している。
かなりマメかつ几帳面な性格で、外出する時はブレーカーを全て落とすらしい。仕送りを欠かしたことがなく、何度も旅行に連れて行ってあげるほどの親孝行者である。女性に対しては奥手で、どちらかと言うと女より芸を優先するタイプ。初体験も遅かった。しかし下ネタで暴走を始めるのは、大概が柳原の方である。

■平井善之(ひらい よしゆき、1973年3月12日 - )
大阪府枚方市出身。出生地は兵庫県宝塚市。血液型はA型。大阪府立長尾高等学校卒。ボケ担当。身長173p、体重68s。
柳原に誘われ、お笑い芸人を志す。しかし、本人によると「芸人になったのは働きたくなかったからだ」と言う。ニックネームは「かんた」。ローテンションで冷めたボケが特徴。柳原とは正反対で、かなりいい加減な性格。家族は「元モデルで恋多き」母親、「いい子なんだが、暴走族で背中に刺青を入れてしまった」弟、「霊感が強く、絵ばかり描いている」妹(「」内は本人談。ちなみに平井本人も霊感が強い)。本当の父親の顔を覚えていない等、複雑な家庭環境で育つが、基本的に家族仲は良好。先輩であるよゐこの有野晋哉の家に3年5ヶ月も同居していたが、有野の結婚と同時に追い出された。有野夫人には有野の後輩芸人の中で唯一「平井」と呼び捨てにされているとのこと。芸能人の友達が多く、スピードワゴンの井戸田潤と安達祐実を引き合わせ、結婚するきっかけを作ったのは平井である。
自身は2007年1月13日、元タレントの江川有未と結婚。家に同じハードが2台ずつある・お互いをモンスターハンターのハンドルネームで呼び合う等両者のゲーム好きを伺えるエピソードが多く、かつて「ゲームのやりすぎで彼女に振られた」経験のある平井にとっては大変喜ばしい趣味の一致となっている。


【来歴】
中学生の頃、お笑いユニットを結成。当初は「劇団アメリカザリガニ」という5人組だった。脱退した3人全員が現在では実業家として大成功を収めているらしく、平井は「あいつらは俺たちの何倍も金を稼いでいる」とぼやいている。1994年に現メンバーで本格的に活動を始める。


【受賞歴】
■1998年 第19回 ABCお笑い新人グランプリ 審査員特別賞
■1998年 第28回 NHK上方漫才コンテスト 最優秀賞
■1998年 第27回 上方お笑い大賞 最優秀新人賞
■1999年 第34回 上方漫才大賞 新人賞
■2002年 第31回 上方お笑い大賞 最優秀技能賞
■2003年 第38回 上方漫才大賞 奨励賞
■2001年 第1回 M-1グランプリ 3位 (当時のルールでは最終決戦進出が2組だったため惜しくも進出できなかった)
■2002年 第2回 M-1グランプリ 9位
■2003年 第3回 M-1グランプリ 7位

またNHKのお笑い番組爆笑オンエアバトルでは、16回挑戦して16回ともオンエアを獲得するという記録を持っている。


【アメザリとアニメ】
両者共に熱狂的なアニメファンで、アニソン限定カラオケのオフ会を開いた事もある。学生時代には2人で「魔法のプリンセスミンキーモモ」のポスターをアニメイトまで買いに行ったというエピソードもある。また、アニソンがテーマの漫才もネタにある。柳原は「カウボーイビバップ」の大ファンで、DVDを全巻購入し何度も繰り返し見ているという。「スレッドキング」のコーナーはガンダム絡みの物が多く、アニソンのコーナーも設けている。また山寺宏一、松本梨香、山本麻里安等、声優業界にも広い交友関係を持つ。そのせいか、声優としても多数のアニメに出演している。「単独イベントのポスターは漫画家に描いてもらう」と公言しており、その最初の作者は寺田克也となった。ゲームも大好きであり、GyaOの番組ファミ通ギャオス!やファミ通のDVD番組キカイノカラダなどでリポートを行っている。この関連で、CAPCOMのオンラインゲーム「モンスターハンター」では、ゲーム内イベント「キカイノカラダ釣り大会」の依頼人として名前が登場し、アメザリ防具と呼ばれる真紅のエビ型の鎧も作成でき、ファミ通WAVE DVDで連載されていたハンター日誌2の第4,6話で彼らをモデルとしたキャラクターも登場している。。

「しんどい男」 柳原は相方の自宅から道頓堀のB1角座まで、後輩(なすなかにし・那須)の運転する車に乗せてもらい移動している。ますだおかだが司会を務める朝日放送深夜番組「角パァ!」の取材で、移動中の片道約1時間、柳原は後輩の迷惑を顧みず車内でアニソンばかりかけたり、CD交換の合間には自分の好きなアニメの話ばかり語ったりしている(当然後輩はそのアニメのことを詳しく知らず、会話についていけない様子であった)。カラオケではマイクを離さずアニソンばかり歌い続け、他の人がアニソンを選曲して歌うと「歌い方がなってない」といちゃもんをつけ、マイクを奪い自分が歌いだす姿がVTRで放映された。これにより、柳原はこれらの事象について諸々の意味を込めた「松竹で一番しんどい男」という称号を与えられた。


【逸話】
■アニメには関係ないがしんどいエピソードには上記以外にもエピソードがあり、執拗に嫌がるなすなかにしの二人をメシに誘い、一緒に回転寿司屋に行った柳原。なすなかにしの二人は柳原よりも下流に座って食べていたのだが、気が付いたら自分達のもとに流れてくる寿司にネタが乗っていなかった。柳原が「ボケのつもりで」ネタのみを食べていたのである。なすなかにし曰く「僕らは回転寿司屋やなくて、回転シャリ屋に行ってたんですよ。」とのこと。

■ほとんどの若手芸人が下積み時代に数多く行う舞台やテレビ番組の前説経験がほとんどない(平井曰く「3回ぐらいかな」)。これは前説を始めた頃に複数の芸人が事務所を去ってしまい、その穴を埋めるために繰上げで舞台に出演しなければならなくなったのが主な理由である。

■若手芸人達と新幹線で大阪へ移動中、たまたま同じ列車で京都に向かっていた松岡由貴らとトークを展開。大阪到着時には下車した柳原達が土下座をしながら送り出したというエピソードが、アニメ番組で共演した金田朋子によって暴露されている。

■2006年8月5日未明、Yahoo!ブログにおいて、「アメザリ柳原」と名乗る人物がブログを開設し、大きな騒動になる。一部で「これは本当に本人のブログか?」と疑う声が聞こえ始めた頃、柳原を名乗っていたブログ開設者が、実は偽者で偽装であったことが確認された。これについて、関係者はもちろん、一部インターネットユーザーをも、著しく混乱させる結果となった。これは、近年のインターネット上における、悪質ないたずらのひとつである。まったく無名、或いは素人の一個人がテレビなどで活躍する有名人の名前を勝手に借用し、あたかもその有名人本人が書いた・作ったHPに見せかける。そして、それを見た人々の反響を楽しむという、いわゆる愉快犯の類である。今回の騒動により、柳原本人が知らぬ間に、騒動の「被害者」になってしまった形になる。

■2007年1月30日放送の「スレッドキングABC」で平井がお相手の江川有未とのことについて語り、新聞報道を訂正した。曰く、報道時点ではまだ籍は入れていない(母親が平井に「(婚姻届に)サインして送ってくれ」と頼まれたのを郵便局に行くのをめんどくさがってなかなか送り返さなかったのが原因らしい)。知り合ったのは飲み会ではなく、平井の友人と江川が知り合いで平井の友人に会いに来た時、たまたま居合わせたのがはじまり。その場で意気投合はしておらず、むしろ「こっちががんばって色々話してんのに全然喋らへん(平井→江川)」「なんだか怖い(江川→平井)」と互いにかなり印象の悪い初対面であった。「江川が芸能界引退のころすでに平井と一緒に暮らしていた」というのは言葉足らずであり、平井とラブカップルの増田香と一緒に暮らしていたというのが正確な表現である。ちなみに「こいつとは絶対しゃべらへんやろな、二度と」とまで思っていた二人が本当に意気投合したきっかけは北斗の拳の聖帝サウザー(について真剣に語り合ったこと)らしい。


アメリカザリガニ公認HP
アメリカザリガニ平井のブログ


(出典:Wikipedia)

クールポコ

クールポコとは、日本のお笑いコンビ。ワタナベエンターテインメント所属。

【メンバー】
■せんちゃん(1977年8月4日 - )本名、仙庭 健太郎(せんば けんたろう)。
・東京都中野区出身。ツッコミ担当。立ち位置は、向かって左。
・趣味はカクテル(カクテル協会に在籍)。特技は、サッカー、卓球。

■小野まじめ(おの まじめ、1977年7月21日 - )本名、小野 頼孝(おの よりたか)。
・東京都練馬区出身。ボケ担当。立ち位置は、向かって右。
・趣味は、トランペット、大工。特技は、ラグビー(名門・目黒高校ラグビー部出身)、指相撲、パンスト綱引き。
・大学で4年間青森県にいた。


【来歴】
インターネットの相方募集の掲示板で知り合う。当時、路上コントをしたもののコンビは組まなかった。せんちゃんは別の相方と組んでいて小野はピンだった。その後2000年11月にコンビを結成。

2001年10月に、コンビ名をサシャナゴンに改名。せんちゃんがお菓子の紗々が好きで、小野がセイショウナゴンが好きなところから取られた。

最終的に決まった現在のコンビ名は、事務所の先輩、ネプチューンの名倉潤が名付け親。クールは2人の行きつけの美容室(蒲田駅東口・coeur)の名前。ポコは名倉がせんちゃんの顔を見て決めた。


【エピソード】
■2007年2月に自主的に東北行脚「男は黙って・みちのく旅」を決行。東北各県「福島・山形・宮城・秋田・岩手・青森」を廻り、「男とは何か」を探しながら、各県の主要駅で路上ライブをしたという。最後の青森では雪に降られながら青森駅前で路上ライブをした。そしてそれだけでは終わらず、さらに本州最北端の大間まで行き、路上ライブを決行。前日に青森のローカル番組にださせてもらって大間でのライブを告知したらしいが見に来てくれた客は、子供2人だけだった(しかもほとんどウケなかった)という。
■「ザ・挑戦」という企画で2人はそれぞれの大事な物を賭け、わさび歯磨きをした。最初に辛い顔をした方が大事なものを潰されるというルールで、せんちゃんが負け、黒夢の清春のサイン入りCDが小野に粉々にされた。
■また携帯サイトでも「ザ・挑戦」と同じような内容の企画ムービーが配信されている。2人はそれぞれの大事な物を賭け、あっち向いてホイをし、負けた方が大事なものを潰されるというルール。小野が負け、子供の頃父親に買ってもらったバス釣りのルアーがせんちゃんに粉々にされた。
■小野は引越しが得意で、軽トラを所有しているという。せんちゃんが小野の引越しを手伝った際には、「なってない!」と、怒られた。
■小野が失恋したときに、独りでいるのが辛いのでせんちゃんに連絡を入れ、すぐに来てもらったが、小野の家に泊まるのは拒否をされた。そのときにせんちゃんは「決勝戦まで行ったよ」という、よく分からない励ましをしたという。
■歌手の山下達郎夫妻は、クールポコのファンである。


【ネタ】
以前はヒップホップ調のネタをやっていた。

現在は、杵と臼を使い、餅つきのようなスタイルで男らしく女にもてるところをついていく。 ラストでは「もてようとして舞台の上ではさらしを巻いて、杵を持って…」と、小野がネタにされ、プライベートが暴露されることがある。 なお、エンタの神様出演時は「やっちまったな!!」のセリフは最初のネタのときだけにつける。

2007年2月現在、他のネタのパターンは確認されていない。

杵が2500円・臼は1000円で購入したそうである。

□パターン
■前フリ
・小野 - 「おーし!今日は一丁女にモテるところ、突いていくか!」
・仙庭 - 「へい!師匠、お願いします!」
・小野 - 「よーし!じゃあ世の中にはどんなモテようとしているヤツがいるんだ!?」
■ネタ(例)
・仙庭 - 「モテようとしてオートロックの部屋にすんでいる男がいたんですよ〜」
・小野 - 「な〜にぃ〜?やっちまったな!!」
・仙庭 - 「男は黙って」
・小野 - 「南京錠!」
・仙庭 - 「男は黙って」
・小野 - 「南京錠!」
・仙庭 - 「何時の時代だよ〜」
・小野 - 「次!」
・※ネタはこのパターンの繰り返しである。ライブの場合は中休みが入ることがあり、そこで軽いトークなどを行う。
■締め
・(ライブのみ)小野の暴露ネタ、小野がもてようとしてやったがふられた話、そして小野の自虐ボケで締めへ。
・小野 - 「本日は以上!」
・二人 - 「クールクールクールクールクールポコ! オス! あっした!」


ワタナベエンターテインメントのプロフィール
クールポコのやっちまったなーブログ
クールポコ公式サイト


(出典:Wikipedia)

大西ライオン

大西 ライオン(おおにし ライオン、1979年11月13日 - )は、日本のお笑いタレント。本名:大西功二(オオニシコウジ)。吉本興業東京本部所属。吉本総合芸能学院東京校5期生。大阪府豊能郡生まれ、茨木市出身。私立金光第一高等学校(現・金光大阪高等学校)中退、大阪府立刀根山高等学校卒業。血液型B型。星座はさそり座。プスンパスン、ザ・カスタネッツを経て、今に至る。 上半身裸に腰巻姿で、劇団四季版のミュージカル「ライオン・キング」の物真似芸が有名。持ちギャグは「心配ないさ〜!」。元ネタは、「ライオンキング」の1幕終盤に歌われる「ハクナ・マタタ(気にするな、の意)」の中で、主役であるシンバが子供から大人に成長した際の第一声である。原曲に比べかなりキーを上げて歌う場合が多いが、高音部も非常に伸びやかに歌い上げることができる。 だが、実際にライオンキングを見たのは一回だけである。

趣味はキャンプをすること。幼い頃から、キャンプに参加していて、今もちびっ子と一緒にキャンプしているとのこと。 キャンプ仲間の間からは、ジーコと呼ばれている(本名が、コージの為)。キャンプ仲間のマナブーは、ライオンの師匠であり、単独ライブの演出家。


【主な物真似作品】
■劇団四季関連
・ライオン・キング
・ウェストサイド物語
■ディズニー関連
・アラジン
・白雪姫
・ピーター・パン


(出典:Wikipedia)

トータルテンボス

トータルテンボスは吉本興業・東京本部所属のお笑いコンビである。

【メンバー】
■大村朋宏(おおむら ともひろ、1975年4月3日 - )
・ボケ担当。静岡県御殿場市出身。身長177cm。血液型O型。
・静岡県立沼津東高等学校卒業、明治大学中退。高校時代はハンドボールをしていた。
・2006年4月に誕生日が同じ女性と入籍。相方と同時発表した。11月に第1子誕生。
・甘口カレーとプッチンプリンが好物。
・実家は菖蒲苑と言う雀荘で、トークライブの名前になっている。
・藤田をはじめさまざまな人にいたずらを仕掛けており、その様子は本人のブログで見られる。
・1つ下の妹と10歳違いの弟がいる。

■藤田憲右(ふじた けんすけ、1975年12月30日 - )
・ツッコミ担当。静岡県御殿場市出身。身長181cm。血液型A型。
・静岡県立小山高等学校卒業、中央学院大学中退。高校時代は野球部のエースだった。
・2006年4月に相方と同時に結婚を発表し、11月に第1子が誕生。
・アフロが特徴。ネタやトークなどでよく似ていると言われるスキマスイッチの常田真太郎にプライベートでも間違えられたことがある。
・大食いである。いきなり!黄金伝説。のオーディションでは牛丼を9杯食べ、番組内でパッション屋良、クワバタオハラ小原と共に大食いメニューベスト10の料理を食べつくした。しかし、このコーナーでジャンボ海鮮丼が出たとたん、明太子が苦手で「最初に食べればよかった」と言うが最後の1個で進まず、気合を入れてやっと娘のために挑戦し、食べることができた。


【概要】
■1997年4月コンビ結成。東京NSC3期生。大村が大学時代にロンドンブーツ1号2号の深夜番組を見て芸人を志し、小学生からの同級生であった藤田を誘ったことがコンビ結成のきっかけとなった。
■主に漫才を行っている。2006年10月1日から「ニッポン全国漫才ツアー47」を開催。2006年に12都市で開催し、2007年に残りの全都道府県でも順次開催した。
■M-1グランプリには2002年度より参加して3度決勝に進出(2002~2003及び2005年大会は準決勝敗退)。2004年大会で7位、2006年大会で5位と順位を上げ、コンビ結成10年目の2007年大会は優勝候補の一角として出場。優勝はならなかったものの、2位の好成績を残した。
■主にルミネtheよしもとでの活動を行う傍ら、2007年2月まで宗田義久・元チャイルドマシーンの樅野太紀と共にSausage Butterfly Pasta Festaというバンドを組み、音楽活動も行っていた。


【略歴】
■1997年4月、コンビ結成。
■2004年12月、M-1グランプリ2004で決勝7位。
■2005年3月、第7回爆笑オンエアバトルチャンピオン大会出場。ファイナル10位。
■2006年3月、第8回爆笑オンエアバトルチャンピオン大会出場。ファイナル10位。
■2006年8月、オロナミンCCMバトルにて優勝、賞金100万円を獲得しCMにも出演。
■2006年12月、M-1グランプリ2006で決勝5位。
■2007年3月、第9回爆笑オンエアバトルチャンピオン大会出場。ファイナル7位。また、この大会でゴールドバトラーに認定された(ゴールドバトラーについての詳細は爆笑オンエアバトルを参照のこと)。
■2007年12月 M-1グランプリ2007で決勝2位。


【芸風】
■「ハンパねぇ」などをはじめとする言葉遣いから渋谷系と呼ばれることがある。ちなみに「ハンパねぇ」を使うのは主に藤田で、大村は「おやおや、穏やかじゃないね〜」と言うギャグを使う。それを逆手にとってわざと古い言葉(浮世離れ、致し方ない等)を使うこともある。
■また最近では、大村が「俺○○やってみたいんだけどご存知」とネタの設定となる職業を発表し、藤田がそれに対し「存知ねえよ」と突っ込み、その職業に合わせる役柄を演じようとすると、大村「忍びねぇな」、藤田「構わんよ」と掛け合ってネタに入ることが多い。
■漫才では最後に「今日のネタのハイライト」と称して漫才の一番の見せ場をもう一度スロー演技で再演する。(ただし、時間制限のあるオンエアバトルなどではやらない場合もある)最近はやらないことのほうが多い。やらない理由に『自分達が面白いと思ったところと客が面白いと感じたところの認識が若干、ズレていることが多くなったから』だそう。
■藤田の髪型からスキマスイッチの常田真太郎やパパイヤ鈴木、サイババ ボボボーボ・ボーボボに似ているとよくネタにする。
■ケンカのシーンで大村が藤田の股を殴るくだりがあり、『なぜ内股だぁ〜〜〜!!相場は肩だろう〜!』というのが一種のお決まりのネタになっている。
■アフロモンキーズというお笑い芸人の軟式野球チームを結成。ダイノジ率いる俺軍とよく対戦している。メンバーには、オリエンタルラジオの藤森慎吾やアームストロングの栗山直人、POISON GIRL BANDの吉田大吾、ピン芸人の大西ライオンなどがいる。


「トータルテンボスの底知れねぇ伝説」(本人によるブログ)
トータルテンボスののっぴきならナイト(番組HP)


(出典:Wikipedia)

なかやまきんに君

なかやまきんに君(なかやまきんにくん、本名:中山翔二 - なかやま しょうじ、1978年9月17日 - )は、福岡県北九州市出身のお笑いタレント。吉本興業所属。

【プロフィール】
■身長176cm・体重74〜76kg。3サイズは104/76/95(筋肉留学前。現在は一回り大きくなっていると思われる)。血液型はAB型。
■福岡工業大学附属城東高等学校卒業。
■吉本総合芸能学院(NSC)22期生。
■芸名の名付け親はFUJIWARAの原西孝幸であると言われるが、原西が考えた名前は「なかやま」がない単なる「きんに君」。


【人物】
■吉本入団前の素人時代、1998年10月30日放送分の探偵!ナイトスクープに「世界一指を早く回せる男」として出演経験がある。(「探偵ナイトスクープDVD Vol.4 爆笑小ネタ集33連発〜 恐いモノに追われると速く走れる?編」に収録)
■スポーツジムで知り合ったアメリカ・シカゴ出身の女性(通称:シカゴの暴れ牛)と熱い一夜を共にして以来、外国人女性出演のアダルトビデオに興味を持つようになったという。また、芸恋リアルでは、ジャスミン茉莉花に告白した事もある。
■見かけによらず占いに凝っていて、週に5回通うこともあるとか。
■準レギュラーで出演している「せやねん!」(毎日放送テレビ)では、人気企画「ピーンと来たら激写メール」(視聴者から送られた、カメラ付き携帯電話やデジタルカメラで撮影した面白写真を紹介する企画)のリポーターとして、吉本の先輩・たむらけんじと共に番組限定のコンビ「おもしろーず」として活動している。
■高校の同級生に日下部基栄(元福岡県警察官、シドニーオリンピック柔道女子57kg以下級銅メダリスト)がおり、「ナイトシャッフル」(FBS福岡放送制作)のロケゲストとして出演した際、今や同局のレギュラータレントと化した日下部が現場に乱入し、高校時代の行状を暴露された。日下部のテレビにおける発言は歯に衣着せぬところがあり批判も少なくない。それだけにきんに君にとって、その場はさながら地獄のようだった。
■千鳥のノブとは新喜劇ボンバー!!で「ザ☆元気」というユニットコンビを組んだことがある。
■食事は味をあまり気にせず、筋肉をつけるのに役立つことを重視している。例えば「ささ身のボイル・青汁がけ」など。
■ロンブーの田村淳と顔がよく似ているため、一部で兄弟説が流れている(きんに君は実兄だが、弟である淳がきんに君を嫌っており兄弟と公表しないことが吉本在籍の条件など)が、デマである可能性が高い。
■2007年M-1グランプリのために同じく筋肉質の芸人八木真澄と漫才コンビ「ザ☆健康ボーイズ」を結成。


【来歴】
■2001年、吉本新喜劇に入団。筋肉質な体を生かし、笑いを取る時は、筋肉アピールをしながら喋ったりする。
■2003年1月、第24回ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞を受賞。
■2006年6月、大阪府泉南郡岬町にある「みさき公園」の「ぷ〜るらんどRiO」イメージキャラクターに起用された。

筋肉留学
■2006年の体育の日である10月9日から一年間の予定で芸能生活を休業し、ボディビルの聖地・ロサンゼルスへ“筋肉留学”を行なった。
■2006年10月22日(23日早朝)毎日放送ラジオのスペシャルウィークにて放送されたケンドーコバヤシ、サバンナパーソナリティーの「コバンナ」にて、筋肉留学後初のメディア出演を電話で果たした。
■現地時間で2007年2月9日(金曜日)(キンニクの日にかけている)カリフォルニア州サンタモニカで全編英語のライブを行った。当初一回公演の予定だったものの現地の観客が多数詰め掛けたため、急遽二回公演に変更し、およそ100人ほどの聴衆を前にライブを披露した。現地では「nobody knows your comedian style(誰もあなたのコメディアンスタイルを知らなきんに君「めちゃ嬉しい」米国初単独ライブ大成功(『スポーツニッポン』2007年2月11日)
■2007年7月28日、毎日放送のオーサカキング特番「開幕!オーサカキング 今年は5時間アツアツバトル大阪真夏の陣!陣!陣!」に毎日放送の新人アナウンサー・吉竹史への応援VTRで出演し、留学で鍛えた筋肉を披露した(しかし司会の陣内智則からは、アメリカのボディビルコンテストに出場して予選落ちしたことを暴露されてしまった)。また、オーサカキング期間の深夜特番「オーサカ夜キング ケンコBAR」にも8月5日(6日未明)に電話で出演した。
■現地時間で2007年8月31日、初めて自らが主演・監督・脚本を担当した35分の自主製作映画「キャプテン☆ヒーロー」を公開。現地で行われた出演者のオーディションには180人の応募があった。スポンサーには「ガネル航空」と先輩芸人たむらけんじの「炭火焼肉たむら」が付いている。
■2007年8月12日放送の『新婚さんいらっしゃい! in LA』冒頭にゲスト出演、筋肉花火を披露する。三枝師匠は「ますますからみづらくなった」と苦笑。
■2007年9月6日放映回の『Goro's Bar』で、次長課長とディラン&キャサリン(なだぎ武・友近)のロサンゼルスロケVTRに出演。一同から、笑いのテクニックが留学前から全く進歩していないとダメ出しを受ける。特になだぎはディランのキャラクターを忘れ、素に戻って説教をしていた。

筋肉留学から帰国
■2007年9月7日筋肉留学から帰国。帰国した模様が同日に放送の「ちちんぷいぷい」で取り上げられた。2008年年明けにも再渡米する予定。この日以降の仕事は、帰国会見での服装での登場が多い。
■2007年9月8日、「せやねん!」に生出演。帰国後初のテレビ番組出演。
■2007年9月10日、「なるトモ!」生出演。
■2007年9月29日、「せやねん!」に帰国後2回目の生出演。レギュラー番組に復帰した。(現在のレギュラーは新喜劇出演とこの番組だけである。)

再度ロスへ筋肉留学
■「1年間程度では大した成果が出ない」とのことで、2008年1月23日から今度は永住覚悟で再びロスへと渡り筋肉留学(無期限)の予定。


【スポーツ特番での活躍】
肉体派を売りにしているだけあって、運動神経は芸能人の中でも1, 2を争う。その筋肉が見せ掛けではない事は、民放で行なわれる「スポーツ特番」(TBSの筋肉番付シリーズ)などで、過去に数々の優秀な成績を収めていることからも見て取れる。

■スポーツマンNo.1決定戦芸能人サバイバルバトルにて前人未到の大会4連覇を成し遂げ(2006年10月)、計5回総合No.1となっている。また、2006年1月1日放送のプロスポーツマンNo.1決定戦でも総合4位に入賞している。
■SASUKEにも過去7回出場しており、2回2ndSTAGEまで進出している。
■そんな運動神経抜群の彼ではあるが、実は泳げない。また、バランス感覚も悪い。
■筋肉留学から帰国後、芸能人サバイバルバトル第18回大会で復帰するも、ブランクが響いたのか総合7位で自身初のファイナル落ちとなったほか、2008年1月1日放送のプロスポーツ大会でも散々な結果で終わってしまった。


【主なギャグとネタ】
とにかく筋肉をアピールしたがる。九割方一発ギャグである。基本的に失笑を伴うすべり芸だがなぜか憎めない。くせになる芸風である。内村光良や宮迫博之は気に入ってる模様でよく物真似をしている。本ネタよりも前フリのほうが受けていることがよくある。

■(腕で筋肉ポーズを取りながら)それは言えません!
■(全身でポーズを取りながら)な〜か〜や〜ま〜きんに君です。
日曜笑劇場「1、2、駐在さんダァ〜!!」ではほぼ毎回、以下のお約束的なやりとりがあった


(石田)「ちょっと君!こんな所で何をしている?」(挙動不審なきんに君を警官役の石田靖が職務質問)
(なかやま)「それは言えません!」
(石田)「名前は?」
(なかやま)「な〜か〜や〜ま〜きんに君です。」
(石田)「なかやまきんに君ね…」
(なかやま)「それは言えません!」
(石田)「今言ったやないか!!」
(なかやま)「(腕で筋肉ポーズを取って)言っていません!!」
(石田)「名前は?」
(なかやま)「な〜か〜や〜ま〜きんに君です」(このやり取りが何回か続いた)
■ムキムキになって、○度目の夏!!(2000〜2001年の間にムキムキになったらしい。2005年だと5度目)
■今日も〜!朝ごはん〜!い〜っぱい食べてきた!
■1、2、3、パワー!
■拍手を下さいっ!!
■さあ来い!さ〜ぁ来い!
■健康のためなら〜死んでもいい!
■義務!義〜務っ!む〜ぎっ!
■ドーナツ化現象!現象化ドーナツ!!
■言うな〜〜〜!それ・を・言うな〜〜〜!!(U・N・A、言うな)
■……(嫌なことがあったとき、普段の笑顔とかけ離れた死んだ目・顔になり、反応が極薄になる)
■筋肉しりとり!
■筋肉じゃんけん!
■筋肉三・三・七拍子!
■筋肉玉すだれ!
■筋肉レーダー
■筋肉紙芝居
■おい!オレの筋肉。おい!オレの筋肉。さあ、やるのかい?さあ、やらないのかい?どっちなんだい!?や〜らない!!(それから他のメンバーからやらんのかいと突っ込まれる。)
■そうです、○○です……ってこ〜れ〜で〜も〜か!
■今あなた、なんて言いました?僕を怒らせるとどうなるか、解ってますか!?この〜、(腕組みして)筋肉プンプン!
■(腕を叩かれて)筋肉明太子!
■筋肉爆弾!
■筋肉時計!12時!3時!6時!9時!
■おい おい見せちゃうのかい おい 筋肉ルーレット! オープーン!!
■俺がこのタンクトップを脱いだらどうなるかわかるか?(タンクトップを脱ぎ捨て)裸やー!
■池乃めだかや烏川耕一が、張り合うことがある。
■(池乃)「俺がこの上着を脱いだらどうなるかわかるか?地味な色やー!」
■(烏川)「俺がこのシャツを脱いだらどうなるかわかるか?デブやー!」
■おい○○!おい○○!(人や物の名前)
■(何も使わずに胸を動かしながら喋る)
■きんにクリスマス&筋肉ベル
■(服を脱いだ状態で立ち去る時)あれ?来た時より寒いなー?
■でも、笑いの筋肉は読めません!
■それはまてにあたいする!(横丁へよ〜こちょ! 限定)
■「ホウレンソウ」を取り出し、「ポパイがホウレンソウを食べると強くなります。ということは、もともと筋肉のある私がホウレンソウを食べれば、最強になります。」などと言ってホウレンソウを食べ、「さあ、かかってこい!」。ところがなぜか思ったように力が入らない。よくよく見ると…「あ、これ小松菜やー!母さん間違えてるよ!」他の出演者からは「それ位自分で買ってこい」などと失笑される。そして「(小松菜だけに)困っつなー」と、ダジャレで締めるところは、いかにも島木譲二の後継者らしい。
■その島木譲二に張り合って大阪名物パチパチパンチを披露することもある。
など、筋肉を使ったギャグは数え切れない。

ギャグ前の前フリの段階で「オゥオゥオゥ、ダブルバイセップス…」等、ポージングの名前を呟いている事がある。

また、自作のイラストを利用したネタもあるのだが、テレビではほとんど披露していない。

ちなみに2005年5月14日放送分「バンド解散の危機!」では、「俺がこのタンクトップ〜」のネタを「俺がこの筋…、タンクトップを脱いだら〜」と間違えたため、吉田ヒロに「なぜ筋と言ったんですか?」、小籔千豊に「キンクトップになりますやん」と突っ込まれた。


【キャプテン☆ボンバー】
2006年イチオシのキャラクター。アメリカの文化を日本に紹介するため、ノースキャロライナ州からやってきた男である。星条旗を施したキャップ、タンクトップ、短パンを身につけ、アメリカンにキメている。常にアメリカンなことを口走り、決め台詞は「ボンバー!!」。R-1ぐらんぷり2006ではキャプテン☆ボンバーとして出場、決勝まで進出。このときは舞台上になかやまきんに君の遺影を置き、きんに君とは別人という設定(きんに君と呼ばれても否定)でネタを披露した(結果は8人中最下位)。

2006年4月からはキャプテン☆ボンバーを主役に据えた新喜劇イベント、「新喜劇ボンバー!!」がスタートした。

レイザーラモンHGがブレイクしたきっかけは、「爆笑問題のバク天!」でのきんに君のコーナーの「筋肉紙芝居」に作画担当として出場したことである。当時無名のHGが今やきんに君をはるかに追い越してしまい、なおかつ筋肉芸人としてかぶってしまった。きんに君は、今になってHGを売り出すきっかけを作ってしまったことを後悔しているらしい。そんな現状に嫉妬したのか、きんに君は“HGは性格が悪い”と噂を流したり、レイザーラモンHGのスケジュールを妙に把握したりしていた時期もあった。しかし、HGの人気にヒントを得て「自分も別人格のキャラクターを編み出せば…!」ということで誕生したのがキャプテン☆ボンバーである。とはいえ、HGのように素顔を隠しているわけでもなく、芸風も普段と大差なく、普段のきんに君以上にすべり所が多く、ある意味レイザーラモンRG以上にツッコミ所も多いキャラクターではある…が、やはり何故か憎めない。ちなみにキャプテン☆ボンバー誕生の陰にはHG同様ケンドーコバヤシの助言があったとされている。

3月24日の笑いの金メダル日曜お引越しスペシャルのワンミニッツショーでもキャプテン☆ボンバーとして出た(くりぃむしちゅーの上田などに尋ねられても、きんに君であることを否定した)。

4月20日、大阪府立体育会館にて行われたハッスル16でプロレスデビューを果たす。有酸素運動マン(サバンナ八木)をタッグパートナーに島木譲二・ユウキロック組と対戦。試合前、ユウキロックの「なかやまきんに君ですよね〜?」という挑発には「ボンバープンプン!」で対抗、試合ではコーナーに登ったユウキロックに対して秘技、ステルスボンバー(周りの人に見えなくなる)を披露した。 キャプテン☆ボンバーは、アメリカに“帰国”するため芸能界休業と言う扱いになっている。その後、2007年2月にサンタモニカで行われたきんに君のライブで友情出演し日本とは逆に日本の文化をネタにしていた。

【主なギャグ(と言うよりお約束)】
■聞き手「好きな食べ物は?」→
キャプテン「ハンバーガー…チーズバーガー…チキンナゲット…(胸を張り右腕を力強く突き上げ)ボンバーーーーー!!!」
■聞き手「一番ほしい物は?」→
キャプテン「エアフォースワン…ボンバーーーーー!!!」
■聞き手「尊敬する人は?」→
キャプテン「ジョージ・ワシントン…ジョン・F・ケネディ…ボンバーーーーー!!!」
■聞き手「日本に来て楽しかったことは?」→
キャプテン「京都…ボンバーーーーー!!!」

【マッスル体操】
■ボン・ジョヴィの「It's My Life」をBGMに本場仕込みのボディビルのポージングを決める。最後はいつもの決めゼリフ「パワーーーーー!!!」もしくは単なる雄叫び。
■発展形として「マッスルクッキング」というネタがある。


【受賞歴】
■「ABCお笑い新人グランプリ」審査員特別賞
■「壮絶筋肉バトル!スポーツマンNO.1決定戦」総合第1位(第11回、第13回〜第17回)
■「R-1ぐらんぷり2006」第8位(キャプテン☆ボンバーとして参加)


オフィシャル
MuscleComedy.com - 英語オフィシャル

サンドウィッチマン

サンドウィッチマンは、伊達みきおと富澤たけしの2人による日本のお笑いコンビである。フラットファイヴ所属。1998年9月にコンビ結成。2007年M-1グランプリ王者。

【メンバー】
伊達みきお(だてみきお、1974年9月5日 - )
■ツッコミ担当。パワフルな突っこみはプロの間で定評がある。
■宮城県仙台市泉区出身。身長170cm。体重88kg。趣味は野球を始めとするスポーツ。
■仙台藩家臣で一家の家格をもっていた大條氏(独眼流で有名な伊達政宗の9代前の当主・伊達宗遠の息子が分家)嫡流で明治期に伊達姓に復姓した家の出である。

富澤たけし(とみざわたけし、1974年4月30日 - )
■ボケ担当。ネタ作りも担当している。
■東京都生まれ宮城県仙台市泉区育ち。身長170cm。体重76kg。趣味はTVゲーム、ワールドサッカー観戦。

コンビ名はサンドウィッチマンに由来。後述するようにもともとメンバーが3人だったため、結成初期より「3(サン)」の入った言葉をコンビ名としており、サンドウィッチマンもその理由でつけられた。ほかに候補として三途の川、三角関係、三角州などがあった。


【ネタ】
多用されるシチュエーションとしては次のようなものがある。
1ヤクザのような外見をしている伊達を富澤が「暴力団の方ですか?」「出所祝いですか?」などといじり、伊達がつっこむ。
2富澤が言葉を勘違いし、伊達が「言ってねぇよ」と指摘する。
3伊達の話に対して富澤が「ちょっと何言ってるかわかんないですね」とボケ、「なんで何言ってるかわからないんだ」とつっこむ。
4元ラガーマンのため二人共体格は似ているが、相対的に恰幅のよい伊達の体型を富澤がいじる。
なお本人達はネタ以外ではボケ、ツッコミの役割分担は気にしていないため、フリートークでは自由なポジションで対応している。


【来歴】
■2人は仙台商業高等学校の同級生で、高校時代のラグビー部で知り合う。
■卒業後、お笑い芸人になりたかった富澤は、アルバイトの傍ら1995年に創立された仙台吉本に所属して別の相方と組んでいたが、本来は伊達と組みたいと考えていた。
■仙台事務所が閉鎖されたため、富澤は福祉関係の仕事に就いていた伊達を誘い、1998年に二人で上京(これは同期だったポプラ並木が上京し、お笑い芸人として活動を始めた影響とのこと)。
■二人はまず『親不孝』と言うコンビを結成、その後、浜田ツトムを入れたトリオで『サンドウィッチマン』を結成。浜田が脱退(現在は『メインストリート」』というコンビで活動)した後も元のコンビ名には戻さず、そのままになっている。
■かつてはホリプロやH・R事務局に所属していた。
■2005年・2006年のM-1グランプリでは準決勝まで進み、2007年では敗者復活戦から決勝前半戦を1位通過、最終決戦でも審査員7人中4票を獲得し、優勝を果たす。またM-1グランプリ史上初、敗者復活戦枠から決勝及び最終決戦まで進み見事優勝を勝ち取ったコンビとなった。


【エピソード】
■憧れているお笑いコンビはさまぁ〜ず。
■2007年10月27日、2人の母校・仙台商業高等学校の文化祭「仙商祭」に出演した。ただし、2人が在学中の頃の青葉区の校舎から、泉区に新築移転していた。
■東京進出9年の今でも、コンビ2人でアパートに住んでいる。
■「ヤクザに似ている」ことをネタにされる伊達だが、実際に歌舞伎町を歩いていたら本物のヤクザに「大久保さんですよね?!」と組の偉い人に間違われた事があるという。


【受賞歴】
■第7回M-1グランプリ優勝(2007年)


サンドウィッチマン(公式サイト)
サンドウィッチマン 伊達みきおオフィシャルブログ「もういいぜ!」
サンドウィッチマン 富澤たけしオフィシャルブログ「名前だけでも覚えて帰ってください」


(出典:Wikipedia)

世界のナベアツ(渡辺鐘)

渡辺 鐘(わたなべ あつむ、1969年8月27日 - )は放送作家で、お笑いコンビ・ジャリズムのボケ担当。滋賀県高島郡安曇川町(現在の高島市)出身。吉本興業所属、大阪NSC10期生。身長174cm。

【人物】
ジャリズム結成前ハマっていた『スクール☆ウォーズ』や『東京湾ブルース』(テレビ朝日)などのテレビドラマ等を良くコントのネタにして書いていた。コントがあるバラエティ番組に携わることが多いため、「コント作家」とも呼ばれている。番組に出演する際は「渡辺あつむ」、構成作家としては「渡辺鐘」とそれぞれ名義を使い分けている。

ますだおかだの増田英彦とは同級生。中川家とも同じ学校で渡辺の弟は中川家礼二と同級生。

第一次ジャリズム時代は「声がデカい」ということで有名であったが、放送作家専業時代のラジオでは出演者に配慮してボソボソとしゃべることも多かった。兼業である現在は比較的自由に話していることが多く、長く関わっている雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!!では第3の出演者といえるほどである。

コントでは声色を使い分けて多彩なキャラクターを演じている。素は芯のある優れた声質で、それを活かしたネタも多い。例えばジャリズムの代表的なコント「葬式DJ」は、渡辺がリアリティ溢れるDJを違和感なく演じる事で成立している。

鼻の下にちょび髭を生やしておりよくいじられる事がある。

【世界のナベアツ】
2007年後半から「世界のナベアツ」というキャラクターでネタ番組(「あらびき団」など)に出演。

主な持ちネタは、

■「3の倍数と3の付く数字だけアホになります」
■「3の倍数と3の付く数字だけアホになり、8の倍数だけ気持ち良くなります」
■「3の倍数と3の付く数字だけ憤りを感じます」
■「T-BOLANを知らない子供達」
■「声カッター」
■「九九を熱演」
等がある。

2007年12月17日放送の爆笑レッドカーペットにて第5回レッドカーペット賞を受賞。受賞を契機にTVへの出演が多くなる。

東野幸治から「彼、面白いですけど、その前にジャリズムなんとかせいよ!」と注意されたことがある。

ちなみに世界のナベアツは渡辺のブログ名からきているが、名付け親はメッセンジャーのあいはらである。(なるトモにて発言)

【経歴】
1991年11月、山下しげのりとコンビ結成。

1999年、ジャリズムを一度解散し、放送作家に。

2003年10月、千原兄弟のコントライブ『プロペラを止めた、僕の声を聞くために。』に出演。

2004年2月、ルミネtheよしもとにて「元ジャリズム祭り」を開催し再結成を宣言。『登龍門F』(フジテレビジョンで2004年5月4日放送)を皮切りにコンビ、ピン芸人としても様々なテレビ番組に出演している。

また、ジャリズムとして、以下の賞を受賞している。

■「ABCお笑い新人グランプリ」審査員特別賞
■「上方お笑い大賞」銀賞
■「上方漫才大賞」新人賞


【担当番組】
■エンタの神様(日本テレビ系)
■めちゃ²イケてるッ! (フジテレビ系)
■森田一義アワー 笑っていいとも!水曜日→金曜日→火曜日→金曜日→月曜日→木曜日→火曜日(フジテレビ系)
■笑う犬シリーズ(フジテレビ系)
■感じるジャッカル(フジテレビ系)
■ロバートホール水 (フジテレビ系)
■リチャードホール(フジテレビ系)
■ワンナイR&R (フジテレビ系)
■ポンキッキーズ(フジテレビ系) ※『爆チュー問題の部屋』コーナー
■働くおっさん劇場(フジテレビ系)
■モーニングビッグ対談(フジテレビ系)
■ウチムラ7(フジテレビ系、2004年9月28日放送)
■空飛ぶ!爆チュー問題(フジテレビ721)
■アメトーク!(テレビ朝日系)
■水曜JUNK 雨上がり決死隊べしゃりブリンッ!!(TBSラジオ) ※構成作家として


■ジャリズム渡辺鐘「世界のナベアツ」
■ジャリズム公式ホームページ
■ATSUMU IN THE SKY HIGH!

小梅太夫

小梅太夫(こうめ だゆう、本名:赤井 貴(あかい たかし))は、東京都杉並区出身の日本のお笑い芸人である。SMA NEET Project 所属。旭川大学経済学部中退。

【略歴】
■1972年4月20日 - 東京都で生まれる。
■1995年 - 梅沢富美男劇団に所属し、明治座などの舞台に立った。女形をしていた時期もある。
■1997年 - お笑いに転身。2000年から「赤井貴」名義で外山某とJUMP‐2000というコンビを組み、担当はボケであった。その当時から、現在の「小梅太夫」に類似した衣装で出演することもあった。のち、コンビを解消、単独でアマゾネースを名乗っている。エンタの神様出演後公式サイトには小梅太夫(アマゾネース)と表記されているが、改名したのかどうかは不明である。
■2005年 - 『エンタの神様』(日本テレビ系)に初出演、小梅太夫としてブレイク。
■2007年6月18日 - 同年2月に元OLの女性と婚姻していたことが報道された。
■2007年7月7日 - 第一子となる男児が生まれたと報道された。

【人物像】
■「赤井貴」として、2002年頃、TBS系列のガチンコ!の「日本一もてない男」にも出演。レッドと呼ばれメイン出演する等の活動をしていた時期がある。
■2008年1月3日に放送された「芸能人ウワサの美女妻顔出し解禁100連発スペシャル」(日本テレビ)にてテレビ初公開となる自身の素顔を公開した。

【小梅日記】
『小梅日記』(こうめにっき)とは、小梅太夫の持ちネタである。常に着物を着付け、顔や腕は白くメイクされ、ゴム製のかつらをかぶっている(ズレることがある)。普通は扇子を持っているが2006年8月19日の『エンタの神様』(日本テレビ系)では浴衣姿にうちわを持っていた。放送のみネタはすべて裏声で発声される(ただし最近の『エンタの神様』内では地声を発することが増えてきている)。

「私(わたくし)、狂い咲き小梅太夫と申します。徒然なるままに書き散らした『小梅日記』、お聴き下され〜」の口上で始まる。この口上は、TV放映ではカットされる場合がある。『エンタの神様』では、一度マイケル・ジャクソンのものまねを披露したことがある。また、同番組の2006年9月9日放送分ではシャ乱Qの『ズルい女』を披露した。

2005年10月29日付けの放送で『エンタの神様』に出演したところ、大反響があったとして2006年5月20日まで連続出演を果たすなど、同番組では強く推されている。2006年5月27日の放送では出演せず、連続出演は終わったものの、6月3日にエンタに再び出演、以降も連続出演を果たしていた(7月29日の放送には出演せず)。番組内でのキャッチコピーは、「狂い咲きの艶道(あでみち)」。番組内では賛否が分かれており(ネタの最後に「チクショー」などと叫ぶシーンがあるが、カメラワークによる演出(引きとアップを繰り返す)に頼らねばならないことから)、ネタ自体に対して厳しい評価が多い。

2006年5月10日にCD『小梅日記』(CRCP-10138 1200円)を日本クラウンから発売。発売した週のオリコンチャートでは初登場36位を記録した。因みに売り上げ枚数は20,000枚(推定)。CDの内容は曲ではなく「エンタの神様」で行っている「小梅日記」のネタを3トラック分、カラオケバージョンを3トラック、計6トラック収録。

自身の着うたが30万件ダウンロードとなり、ゴールド配信大賞を獲得した。その後、着うたが60万件ダウンロードを突破し、プラチナ配信大賞を受賞した。その後、80万件ダウンロードを突破している。

2006年11月18日の出演後4ヶ月ほど『エンタの神様』には出演していなかったが、2007年3月10日に「小梅太夫 with High! Cheese」としてユニットで同番組に出演した。ネタは小梅日記と同様の自虐ネタだが、歌の調子は変わっており、ほぼすべて同じ音程でラップ調であった。さらにネタとネタの間に地声でのトークを挟んでいる。また、2007年7月7日放送分の同番組で同じユニットで登場したが、顔が白塗りから黒塗りに変わり、髪ももじゃもじゃになった。ネタは同じくラップ調だったが、ダンスの披露を織り交ぜていた。 2007年9月22日に『エンタの神様』に復活し、宇宙人にさらわれて改造されたという設定で顔全体が銀色に染められていた。


■小梅太夫公式ブログ
■小梅太夫公式ページ

(出典:Wikipedia)

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