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板尾創路

板尾 創路(いたお いつじ、1963年(昭和38年)7月18日 - )は、大阪府富田林市出身のお笑いタレント、俳優である。お笑いコンビ・130Rのボケ担当。吉本興業所属。吉本総合芸能学院 (NSC) 4期生。既婚。血液型A型。


【来歴・人物】
ケーキ店「パルナス」三国ヶ丘店(堺市北区)に勤める両親の息子として生まれる。10代の頃にケーキを持って島田紳助の家にいきなり押しかけ、弟子入りを志願したことがある。紳助には当時すでに弟子が1人いたため断られるが、吉本興業のタレント養成所であるNSCへの入学を勧められ、のちに同校の第4期生として入学した。

NSCでは「ホンコン・マカオ」というコンビを組み、「ホンコン」の芸名を名乗ったが程なくコンビ解消。のちに同期の蔵野孝洋(現・ほんこん)に「ホンコン」の名を譲り渡し、蔵野が2代目「ホンコン・マカオ」を結成。しかし2代目「ホンコン・マカオ」も長くは続かず、1986年6月に板尾と蔵野で新たにコンビ「130R」を結成した。

1991年よりフジテレビ系列『ダウンタウンのごっつええ感じ』にレギュラー出演したのを機に、全国区にその名を知られるようになる。同番組内のコントの代表作に「板尾係長」に始まる「板尾○○」シリーズ、「シンガー板尾」などがある。『ごっつ』以後、ダウンタウンがメインを務める番組を中心に様々な番組に出演し、その飄々としたキャラクターで人気を博す。

1994年、当時14歳の女子中学生を相手に淫行に及んだとして、大阪府青少年健全育成条例違反容疑で逮捕された。これにより一時芸能活動を停止したが、松本人志ら芸人仲間たちの働きかけもあり1年後に復帰した(事件は相手の少女が別件で補導された際に発覚したもので、少女は板尾に対して18歳と自称したこと、合意の上での行為であったことなどから、所属事務所解雇という最悪の処分までは至らなかった)。ただし復帰後はお笑い芸人という職業柄、松本に収録中「よっ! 犯罪者!」と呼ばれるなど、愛のある「イジり」をもって迎えられた。また復帰後の『ごっつええ感じ』のコント「いたぴー」の中では、休憩中に『女子高生カタログ』なる雑誌を読んでいたことを指摘され、共演者のYOUに「またなの? また半年休むの? あんたにとってレギュラーって何なのよ!」と罵倒されている。

顔と芸風に似合わずド天然であり、数々の板尾伝説がある。

近年は深夜枠のバラエティ番組を中心に出演している。『虎の門』(テレビ朝日)の「しりとり竜王戦」ではそのシュールな発想力を発揮し、「永世しりとり竜王」として歴代最多の優勝回数を誇った。また2001年には、木村祐一と漫才コンビ「イタキム」を結成してM-1グランプリに出場、準々決勝まで勝ち進んだ。

『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(日本テレビ系列)では、しばしば「板尾の嫁」と称する外国人女性(「娘」と称する外国人の少女がいることも)と共に登場し、番組収録に無理やり乱入しては理不尽な出演料をせびる不気味なキャラを演じている。今現在「板尾の嫁」を名乗っている人物は3代目であり、初代は番組との契約解消後にヌード写真を写真週刊誌に披露した。ちなみに、板尾の本当の妻は日本人である。このシリーズでの怪演ぶりが各方面からの注目を集め、後にドラマや映画、舞台など、俳優としても活動。脇役ながら独特の存在感を放ち、映画『ナイン・ソウルズ』で共演した原田芳雄からは「板尾は良すぎる」と手放しの賞賛を贈られたほか、松尾スズキは自著の中で「(板尾は)お笑い芸人の中で圧倒的に芝居が上手い」という趣旨の記述をしている。

(出典:Wikipedia)



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