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ジミー大西

ジミー大西( - おおにし、本名:大西 秀明(おおにし ひであき)、1964年1月1日 - )は、元 お笑いタレントで、現在は画家である。吉本興業所属。大阪府八尾市出身。


【来歴・人物】
大阪府八尾市立安中小学校時代は、ボーイズリーグ八尾フレンドに所属。4年後輩に桑田真澄がいた。八尾市立成法中学校時代も野球部で活躍、高校はスポーツ推薦で強豪の大商大堺高校に進学した。しかし、ベンチのサインが覚えられずにレギュラーになれなかった。高校在学中から吉本へ入り、なんば花月の舞台進行役を経てぼんちおさむに弟子入り。その後吉本新喜劇などを経て「おおにしこにし」という漫才コンビを結成したが、どうしてもジミーだけが目立ってしまうため長続きしなかった。

明石家さんまが運転手としてジミーの面倒を見るようになってからは、さんまによって才能を引き出され、数々の一発ギャグを身に着けていく。この運転手時代に料金所で車の窓を開けるのを忘れて手を窓に思いっきりぶつけて手を骨折してしまったというエピソードがある。特に、人から決まった言葉を振られた後に返すタイプのギャグが有名。「ジミーちゃんやってる〜?」と振られたあとの「やってる、やってるぅ〜」や、「ジミーがんばれよ」と振られたあとの「お前もがんばれよ!」、股間を触られたときに発する「ふるさと〜」または「エクスタシー」など。これらのギャグが評判となり、天然ボケ芸人として全国的に人気を博した。芸人として絶頂期を迎えていた1996年頃に、後述するテレビ番組の企画によって芸術の才能を見出され、芸術家の道を歩むことになった。松本人志は引退に際し、「もったいないな!あいつには誰も勝たれへんで!辞めなあかん奴いっぱいおんのに」とジミーの才能を絶賛していた。

萩本欽一に「このボケが意図的であればチャップリン以来の天才喜劇役者だ」と言われた。しかし個室で2人きりで話をして部屋から出てきた萩本の第一声は「天然だったね…」というがっかりした声であった。

山崎邦正も、初対面でジミーと個室で2人きりになったときに、山崎が何を聞いても、ジミーは「ウホッ、ウホッ」としか話さなかったと述懐している。

異常に嗅覚が鋭く、ある番組の企画で犬に勝ったことがある。またパニックに陥ると頭や顔を掻きむしる癖がある。

現在は画家に専念しているが、さんまの舞台公演への出演、それ以外にも時折テレビにも出演し、かつてのオトボケぶりを発揮している。但し現在、TV では妻の親族から昔のようなギャグやボケをするのを禁止されているらしい。しかし振られるとついつい反応してしまうそうだ。 テレビ出演で有名なものは、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!の罰ゲームスペシャルでのビデオ出演など。

さんまの舞台公演「明石家さんまプロデュース 今回もコントだけ」については、画家転向後の一時期は出演を見合わせたが、2002年に10年目の記念ということでゲストとして復帰、2004年のPart.11以降は再びレギュラー扱いになっている。

「ひょうきん予備校」に出演していたときは(本名の大西秀明名義)現在では考えられないほどのしっかりもののキャラで、キレのあるボケやツッコミで周囲を爆笑させていた。

2006年出演の「いつみても波瀾万丈」にて岡本太郎は目標、明石家さんまは親みたいなものと答える。


【画家として】
「EXテレビ」「世界ウルルン滞在記」などのTV番組企画にて絵画作品が抽象画家などの専門家によって評価され、1993年に初めて個展を開催。動物などをテーマとしたシュールな画風と鮮やかな色彩感覚で画家として注目脚光を浴びた。また、作風としなやかな発想が山下清に似ていた事から「平成の山下清」と称された。

旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)のキャッシュカードと通帳、ボジョレー・ヌーボーのラベル、bloodthirsty butchersのアルバム『未完成』のジャケットなどを手掛けた。

香川県坂出市の川崎造船坂出工場で建造された天然ガスタンカーにはジミーと地元小学生が原画を担当した「さかな」「カニ」「エビ」「かめ」の4種類の絵が特殊フィルムによってプリントされている。なお、これは乗り物としては世界最大のラッピングであるという。

ジミーの絵が初めて笑っていいともに紹介された時、司会のタモリは、これを半ば馬鹿にした様なニュアンスで取り上げており、また、スタジオの観客からも感心というよりは驚いた様な反応があった。(ただし、この時点で既に現在の画風を確立している。)

絵が評価され始めた頃、先輩芸人や知人達から絵を描いて欲しいと依頼され描いていたが、現在は吉本興業が管理している為、吉本興業の許可が無い限り描いてもらえないようになっている。 しかし明石家さんまからの頼みは別のようで、松尾伴内、木村拓也、工藤静香などに描いている。 (その都度さんまからお小遣いをもらう。)

岡本太郎にはじめて絵画をみてもらったときには、「描く紙が四角いことにとらわれている。キャンバスは大地。大地はもっとヤバい」という感想をもらっている。これは後の作風に大きな影響を与えている。また、ジミーは岡本から紫色の絵の具を贈られている。


【年譜】
■1994年 - TBSテレビ系列「オールスター感謝祭」の赤坂5丁目ミニマラソンで、海パン一丁で走ったが、心無い者に沿道からエアガンで狙撃される。生放送されたため、赤坂警察署が捜査に乗り出すことになった。この一件をきっかけにTBS側の警備が強化された。

■1994年7月 - フジテレビ系列「FNS総力スペシャル1億2500万人の平成夏休みバラエティー」の企画で、フジテレビ(河田町時代)玄関で23時間かけて巨大アートを制作。画家への転向のきっかけとなる。ちなみにこの作品は秋田テレビが優勝賞品として獲得した。

■1996年 - 尊敬する上岡龍太郎に自身の絵画を褒められたことから画家として生きていく事を決意し、芸能活動を引退、絵画に専念する。岡本太郎から「君は画家になりなさい」と手紙をもらった事も引退を決意した要因の一つ。

■2002年 - 個展「ジミー大西のEnergy of Nature展」を東京・京都で開催。

■2003年 - ボジョレー・ヌーボーのラベルデザインに採用される。

■2005年 - 個展「ジミー大西のキャンパスからはみだせ」を全国で開催。

■2005年 - ボジョレー・ヴィラージュ・ヌーボーのラベルデザインに採用される。

■2006年5月 - ジミーがカレンダーに描いた絵の贋作を作り売った男らが、大阪府警に逮捕されている。

■2006年〜2007年ダウンタウンのガキの使いやあらへんで内で録画という形であるものの年越しを飾った(前述の罰ゲームの為の出演であり、持ち前の天然で浜田、遠藤、山崎の爆笑を誘っている)


【主なギャグ・名言】
■「ジミーちゃんやってる?」「やってる、やってるぅ」「やめろっちゃ」

■「ジミー、がんばれよ!」「お前もがんばれよ!」

■「ウ〜、ウゥ!」

■「桃が二つありました、桃が三つありました、合わせて?」「ももももも!」

■「口になんか付いてるよ?」「唇です」「何階建て?」「5 階建て」

■「ジミーちゃん、大丈夫!」「(鼻つまんで)ダイジョウブ!」

■「キャビアは何の卵?」「ドラえもん!」

■「古今東西、お題は『欽ちゃんファミリー』!」「良い子悪い子普通の子!」

■「12 ÷ 3 は?」「えーっと....1 あまり 4」

■「電車の窓から頭を出してきゅっきゅっきゅーきゅっきゅっきゅー」

■「しっかりせぇ」「よーしわかった」

■「ストレッチ」「えーっと一人エッチ?」

■「メキシコ、メキシコ〜、アミーゴ!」

■「そこへ官房長官(本人曰く「喧嘩の仲裁をする人」)がやってきて、お金で始末する始末でした」

■(英語で1から100まで)「ワン、ツー、(略)、ナインティーン…テンテン…テンテンワン、テンテンツー、(以下「テンテンテンテンテンテンテンテンテンテン」まで)」

■(松本人志の肛門を押し付けられ)「鼻の上にウンコ乗ったみたいやった!」

■(山崎邦正との英語の本読み対決で)「お前三人称単数現在がめちゃめちゃやんけ!」

■「四字熟語は?」「春分の日」

(出典:Wikipedia)

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