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有田哲平

有田 哲平(ありた てっぺい、1971年2月3日 - )は、熊本県熊本市出身のお笑いタレント。くりぃむしちゅーの主にボケ担当(デビュー当時はツッコミ担当)。相方は上田晋也。プライム所属。身長173cm、体重70kg。


【来歴】
■熊本大学教育学部附属中学校、熊本県立済々黌高等学校卒。在学中、ラグビー部の同輩として現在の相方上田晋也と出会う。現役時に明治大学法学部二部に合格していたが、上田に「一緒に早稲田に入ろう」と言われ浪人。一浪を経て、上田は早稲田大学に合格するも、有田は不合格。有田は上田がまた浪人してくれると思っていたが「お前は立教がいい」と言われ立教大学法学部に入学。一旦は弁護士を目指したが、芸能界に進む為中退(共にお笑いへ進む為、上田が一方的に有田の退学届けを出したらしい)。幼少の頃は裕福な家庭で育っていたが、この時父親が営んでいた広告代理店が経営破綻に追いこまれた事から大学の授業料を滞納しており、それに関する父親の報告と有田の中退の報告(父親は厳格な人物であった為有田本人は勘当覚悟の報告であったが「学費を納めなくていいなんてお前は孝行息子だ。それにやりたい事を見つけるなんて素晴らしい! 」となぜか絶賛されてしまう。後で考えるとその時点で会社が傾いていたということらしい)とが重なったと言われ、何度かネタにしている。また、弁護士を目指したのは元々父親の影響によるものだったからと言う。因みに、広告代理店の経営破綻後両親が離婚し、有田が実家へ帰ると有田家の表札が「長谷川」にいきなり変わっていたという。更にこれだけではなく同時期に祖母の病死、カード破産、叔父がセクハラで訴訟を起こされるなど身内で不運が連続し、止めを刺すかのように父親も亡くなる。そして上田晋也からの誘いを受けお笑いコンビ・『海砂利水魚』を結成。

■コント山口君と竹田君の付き人としてスタートする。

■後にTBS『ウンナンの気分は上々。 』にてさまぁ〜ずと改名を掛けた3度目の対決に敗れ、ウッチャンナンチャンの内村光良に『くりぃむしちゅー』と命名され改名、現在に至る。


【人物】
■中学2年生のときにアメリカにホームステイしていたことがある為、日常会話程度の英会話なら出来る。だが『ズバリ言うわよ!』(TBS系)では細木数子によく馬鹿呼ばわりされる。しかし、それはお笑いでのキャラであり実際は秀才で、熊本有数の進学校である済々黌を卒業、大学は中退とはいえ立教大学出身である。実際『ズバリ言うわよ!』でも他の売れないお笑い芸人の鑑定の際に細木は「あんたも有田や上田みたいに本当に馬鹿になりきれたら絶対売れるようになるわよ」と言うように細木も彼の馬鹿については十分承知しているようである。

■初体験は高校1年生の夏。

■相方上田とはラグビー部で知り合ったが、試合では上田がレギュラーで有田はベンチ要員だったらしい。しかも、ラグビーのルールをよく理解しておらず、ある試合で上田がボールを持ちトライする為ラインに向かって走ると、有田は何を思ったかチームメイトである上田にタックルをしてきたと言うエピソードがある。

■『笑いの金メダル』(テレビ朝日系)で笑金オールスターズとしてCDデビューが決まって『HEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMP』(フジテレビ系)に出演した際、高校時代にラグビー部の皆で将来の夢を話していたという話題になり、他の部員は真面目に将来の夢を語っていたが、有田にいたっては「俺は光GENJIに入る」と真顔で言っていたという。その時、ダウンタウンの浜田雅功が笑った後に有田の顎を掴み「この顎でか! この顎でか! 」と詰め寄った。そして、有田は浜田に「すいません浜田さん、顎は急所です。」とツッこんだ。

■高校時代、上田が応援団長で有田が副団長だった。

■『海砂利水魚のオールナイトニッポンスペシャル』で上田と対決し負け、勅使川原昭によって放送終了後、丸坊主にされる(2005年7月からは『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』としてレギュラーパーソナリティに昇格)。

■母は水泳のオリンピック候補になる程の選手だった。現在も熊本県内にある室内プールの管理者の傍ら、子供達に水泳の指導を行なっている。

■3人兄弟の次男。弟は放送作家の有田真平。兄は熊本で教師をやっている。

■主な持ち芸はアニマル浜口、長州力や高田延彦、アントニオ猪木などプロレスラーのものまね。大のプロレスファンで多くのプロレスグッズを所有し、毎週欠かさず週刊プロレスを愛読(第一号から全て)している。2006年6月18日に開催された「ハッスル・エイド2006」では、オープニングで自前の「高田総統」のコスプレをして登場した。

■テレビ番組『銭形金太郎』(テレビ朝日系)で、相方・上田のプライベートを暴露し司会の名倉潤の風貌を痛烈に批判する歌を歌い(今現在11曲)、同番組のエンディングテーマにもなっていた。また名倉潤の事を細身の顔立ちから時々ガイコツ・ラクダ・ナシゴレン・パクチー等と言う。

■クリームシチューが大好きと豪語していたが、『いきなり!黄金伝説。』(テレビ朝日系)の“1週間でクリームシチューを500杯食べきるコンビ”でかなりの野菜嫌いだったことが判明(人参、ブロッコリー、南瓜、椎茸、マッシュルーム)し、クリームシチューの殆どを相方・上田に食べさせていた。

■2000年10月にテレビ朝日系列で放送された本木雅弘主演のラブコメディドラマ「スタイル!」に「牛膝ジュン」役でレギュラー出演しており、現在と異なる“芸風と髪形”の彼を本作では見る事が出来る。なお当ドラマは現在CSの「ファミリー劇場」にて好評放送中である。

■ラジオ番組でニッポン放送での通称は「有田先生」(2005年6月24日放送『目からウロコ!24』まで)、TBSラジオの番組(『極楽とんぼの吠え魂』)では「タップ哲平」とも呼ばれたこともある。

■テレビやラジオ等でたまにTake2(主に東貴博)の悪口を言ったりしている。

■顎が年々、左の方へと曲がっている。

■好きな音楽ジャンルはヒップホップ。その為ヒップホップアーティストZEEBRAとも親交がありZEEBRAが司会として放送する番組『シュガーヒルストリート』では一緒に「ALI-T」という名前で司会として参加する。また、ZEEBRAのStop Playin’A WallではPVにも出演している。

■ネタ的によく語られる「親戚にいる大学教授のオジサンを見習えと言われていたが、その人セクハラで訴えられた」というのは、政治学者の矢野暢(日本初のノーベル賞の選考委員・スウェーデン王立アカデミー会員を務めた人物)。

■いとこは小説家の鵜波美布で代表作『武運』等。

■パワプロ9のサクセスモードを熱く語っていた為、パワポケ7には有田をモデルにした、「有田修吾」が登場した。また、サカつくも好きなようである。

■中学時代の2年先輩にラジオパーソナリティの荘口彰久がいる。

■「H/K(話変るけど)」という若者言葉を作った人物。『銭形金太郎』(テレビ朝日系列)の深夜放送時代にVTRの前フリで使用していた。芸能人が作った言葉は数あれど、若者限定で広まったその様な言葉は珍しい。

■最近痔らしい。

■爆笑オンエアバトルをHDDで撮って若手のチェックをしている。

■アンタッチャブルの山崎弘也と住んでいるマンションが同じである(山崎は後輩のため有田より下の階に住んでいる)。

■仮面合コンに参加したことがある。

■指1本でタクシー代を請求されたことがある。


【エピソード】
■アントニオ猪木の引退試合の観戦の際、入場時に熱いエールを送っていたが肝心の試合の時、居眠りをしていた事をダウンタウンDXのコーナー「視聴者は見た」で暴露される。ちょうどその収録に猪木本人も参加していたため、すぐにビンタ制裁を受けた。

■2001年6月、相方と共にMCとして出演していた瀬戸内海放送(KSB)の若者向け人気深夜番組ばちこい!内の企画でBachicco!という地域限定アイドル(ロコドル)をプロデュースし、見事デビューさせた。なおデビュー曲『ばっちり恋しよう!』には彼のラップパートが収録されている。現在もBachicco!のプロデューサーを務めている。

■2004年8月、深田恭子とのお泊まりデートが写真週刊誌にスクープされ、更に8月19日発売の週刊誌で山崎弘也と合コンを行った帰りにラブホテルに入る所を撮影され、別の女性とも同棲しているとも言われ、ルックスに似合わずプレイボーイとして有名。しかし深田恭子との一件以来モテなくなったと発言している。これは業界内で「有田には気をつけろ」と言われ始めアイドル事務所が所属アイドル達に事前注意を行い始めたからである。

■写真週刊誌の一件以来、合コンなどを自粛する一方で何故か相方の上田晋也の2人の姪っ子にハマり、二人と遊ぶ為に休みの日にわざわざ熊本まで帰っているという(上田抜きで)。理由としては「どんなにユルいことを言ってもウケるから気分がいい」とのこと。因に二人とも小学生で、有田のことを「ありぶす」と呼び、「ありぶすお前顎伸びたな〜。」等散々なことを言われるらしい。

■『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)において、以前番組内で天然パーマをストレートパーマにさせられた相方・上田が「合コン好きの有田を懲らしめてほしい」と番組に依頼し、騙しの合コンをセッティング。この企画は3回行われたが、全て番組が仕掛けた落とし穴に落下している。女の子と2人きりになった時、「クルトンって呼んで♥」と言ったことから、ロンドンハーツでは「クルトン」(クルトン有田、因みに悪いワルトンもいる)と呼ばれるようになった。因みに現在は裏番組である『ズバリ言うわよ!』に出演中の為、『ロンドンハーツ』の出演はない。

■『内村プロデュース』(テレビ朝日系)において、性格診断テストを受けた結果、内村光良に対してライバルである、番組を乗っ取ろうとしている等と診断された。その後『内村プロデュース』のレギュラー放送が終了し、『くりぃむナントカ』がその時間に時間変更されて、本当に番組を乗っ取ったようにも見える。

■2005年6月11日深夜に放送されたテレビ朝日の深夜番組『くりぃむ・鶴瓶・ロンブーのゆく年くる年への道SP』によると上田に対して「『おしゃれカンケイ』終わらせやがって、お前は……」と言ったのに対し、上田に「いや、別に俺が終わらせたわけじゃねーし」と言われたり、「(おしゃれカンケイを)とったんですよ、こいつ。」と言って上田に「とったわけじゃないよ。」と返されていることから、相方の上田が『おしゃれイズム』に出演しているのが信じられないらしい。上田は「一部コーナーやゲストで有田も番組に出しましょうよ」とスタッフに提案したが、苦笑いで返されたとくりぃむしちゅーのたりらリラ〜ンで発言している。

■2005年7月5日、山崎弘也、矢作兼と共に夜に中華料理屋へ行き、後輩のその2人から酒を勧められ、その後の仕事で『オールナイトニッポン』(この日が初回放送だった。)があるからと言い断ろうとしたが、後輩のその言葉に負け、その後仕事があるのにもかかわらず、飲み、オールナイトの本番で相方の上田に叱られる。

■2006年4月5日放送の『くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン』特番『ガンバレくりぃむ!恋の赤恥ベタベタSP』内で公開された有田哲平監督・脚本・主演『ベタドラマ』『101回目のベタポーズ』では、意外に高い演技力を見せた。

■2006年8月3日放送の『Qさま!』で、山崎チームとして参加したもののプレッシャーに弱く、情けない姿をさらした。

■番組収録の合間に後輩芸人(山崎弘也やおぎやはぎ、次長課長等)を集めて芸に対するアドバイスやダメ出しを行う事が多いが(「有田塾」と呼ばれている)、内容は「全くタメにならない話ばかり」しているらしい(『アメトーク』で土田晃之が暴露していた。因みに土田は有田に「『銭形金太郎』のロケで泣け」というアドバイスを受けたことも話していた)。

■アンタッチャブルの山崎が大便をすると有田に「しました。」とメールが来る。(2006年内に終了)

(出典:Wikipedia)

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祝!ど-てい卒業しました!
Excerpt: 西川先生みたいな女の人に37マモナ買ってもらえました! 
Weblog: けいた
Tracked: 2007-07-02 07:36

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