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村上ショージ

村上ショージ(むらかみショージ、本名村上昭二、1955年5月28日 - )は、日本のお笑い芸人。愛媛県今治市出身。吉本興業所属。我が国におけるすべり芸の第一人者である。


【人物】
瀬戸内海に浮かぶ愛媛県越智郡吉海町(現今治市)の伊予大島で村上家の三男として生まれる。「昭和の時代に生まれ、常に二番手を走れ、という意味で昭二と名付けられた。」と本人がたびたび話していたが、2007年3月3日放送の「MBSヤングタウン土曜日」で「本当は名前の由来は分からない。聞かれたときに何か答えなければならないと思い、上記のように答えていた」と話し、名前の由来すらもネタにしていたことが発覚した。よく「村上ジョージ」と間違われる。何故か全国的に知名度は高い。この辺りは異様に村上姓が多いが、いずれも村上水軍の末裔となる。幼少の頃に母親を亡くす。中学卒業後、親戚の伝で広島県因島市(現:尾道市)に移り、因島高校の定時制に通いながら日立造船因島工場で溶接工として働いた。この時何度か海に落ちた。1976年、造船所の溶接仕事の合間に見た「ヤングおー!おー!」(毎日放送制作・TBS系)の明石家さんまを見て、「この人になろう!」と決意する。この頃父親が病弱であったため、兄に「親父が生きているうちはやめてくれ」と吉本入りを反対される。しかし翌年1977年、無謀にも吉本入りを志願し大阪へ向かった。面接の時、 吉本の面接官から「何ができる?」と問われ「溶接です」と答えた。(このことから、初めて吉本から与えられた仕事が溶接の仕事だった。)

笑い方が汚らしい。

初の舞台でどじょうを一匹丸ごと飲み込んで、客が引いているときに笑っていたのが明石家さんまだったという。

当初、「楽そうだから」「優しそうだから」という単純な理由で吉本所属の漫談家だった故・滝あきらに弟子入り。その後、「ヤングおー!おー!」の『パッパラパーズ』のメンバーとなり、全国ネットのテレビ番組に出演。その後も「サタデーナイトショー」(テレビ東京)のゲスト出演等で東京進出を果たす。兄弟子に司会者の滝トール、タレントの九十九一らがいる。

1982年コンビNGIIとして今宮こどもえびす新人漫才コンクール奨励賞受賞。この時に大賞を獲ったのは結成まもないダウンタウンであった。

1980年代後半、人気バラエティ番組「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系)に、お笑いトリオの「何人トリオ」(旧・「難民トリオ」)の一員としてレギュラー出演。ギャグだけを売りにする“ギャグ芸人”の代表格で、「ドゥーン」「なにをゆう 早見優」などのダジャレ交じりのギャグで有名になる(ある日の「オレたちひょうきん族」では、いつものように村上が「なにをゆう」のギャグを言った後、突然早見優自身が実際に登場して「はやみゆう!」と叫んだ事が有り、その後失笑し続ける早見に対して、村上やさんま達が唖然とした表情で彼女を見つめるシーンが有った)。

近年はもっぱら「明石家さんまの相方」のような存在。出会った当初からさんまに惚れ込んでいたようである。時折、他の誰もがためらう様な「厳しいツッコミ」を、さんまに放つこともある。

年齢は同じだが、芸能界デビューが若干遅いため芸能界のしきたりで普段は「さんま兄さん」と呼んでいる。たまに、さんまの事を「お前」などとも呼ぶ事もあるが、さんまは別に怒らない。

「明石家マンション物語」の「ダメダメボーイズ」(フジテレビ系、1999年10月13日〜2001年9月26日)というコーナーでは、「ダメダメボーイNo.7」として出演し、スケッチブックを使って自分で描いた絵を披露。

芸能界では希に見るほどの不思議なキャラクターからか、同業者(=お笑い芸人)には絶大な人気がある。

「めちゃ²イケてるッ!」(フジテレビ系)など、様々な番組で「一般人」の扱いを受けているが、そもそも「芸がない」「ギャグがすべる」「一般人扱い」は全てショージの持ちネタの一つであり、誰でも突っ込めるようなベタなネタを平然と行うのが強みである。ギャグで笑わせるのではなく、ギャグがスベった後の妙な雰囲気とおかしさが観客の笑いを誘う、いわゆる「スベリ芸」を世間一般に広めた代表格の一人と言える。

そのボケっぱなしで、受けようが、スベろうが関係ない自由な芸風はなんだかんだと言われながらも、雨上がり決死隊の蛍原徹や、中川家の剛(兄)等に影響を及ぼしている。

小道具を用いた一発芸には定評があり、バトルオワライヤルIIや笑いの金メダルでその才能が如何なく発揮された。

数年ごとに東京の全国ネット番組でレギュラーになり(大体はさんま絡み)、「今回こそ全国的に大ブレイクか」と思わせるが、毎度毎度何も無かったように引いていく。そして、東京では年末の「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」ぐらいでしか顔を見ることもなくなり、さんまのトークの中に現れるぐらいになる。

若手時代、1,000人くらいの規模の会場で客6人相手にネタをやったことがあり、ショージにとっては最も苦い思い出になっている。

さんまがメインパーソナリティーを務めるラジオ番組「MBSヤングタウン土曜日」(毎日放送)では、村上が呟いた一言に明石家さんまや玉井健二だけが大笑いして他の出演者やリスナーがキョトンとする時がある。さんま曰く、「お前は俺だけに面白い」。

1989年にモデルと結婚(仲人は明石家さんま・大竹しのぶ)。長女も誕生するなど円満な家庭を築いているかに見えたが、その後離婚。なお、離婚直前に出演した「はなまるマーケット」(TBS)で、離婚をほのめかすような発言をしていた。

総合格闘技イベント「PRIDE」ではリングアナウンサーの一員を務める。紋付袴姿で登場して扇子を見ながら選手名を叫ぶのが基本スタイルで一切ギャグはない。他のリングアナが代替わりして、2000年からの参加なのに対して、1997年の第1回大会からリングアナを継続している村上は最古参のメンバー。最初は違和感を感じられて、一説には「第1回大会に村上和成選手と小路晃選手が出場して、「村上」と「小路」で主催者がギャグで起用した」と囁かれたりもした。回数を重ねるうちにいつの間にか「いるのが当たり前」となり、今ではアナウンスの前に観客から「ショージ!」と声援を受けるまでになった。大阪大会では一際人気が高い。

2005年にドラえもんの新声優オーディションを受けた。「ぼくドラえもんでっせ」という斬新な「関西弁のドラえもん」で関係者を爆笑させたが惜しくも落選。ちなみに、テレビアニメに出演したこともある。(こちら葛飾区亀有公園前派出所、「両さん、選挙に立つ」に特別ゲストとして出演。)

同年夏時点で全国巡業中の間寛平一座の大喜利コーナーでは、一切の持ちネタを封印し、ボケまくる回答者たちをハリセンを使いつつ仕切る進行役に徹した。

また、さんまだけでなく島田紳助とも親交があり、紳助司会のオールスター感謝祭(TBS系)の初回、「オールスター感謝祭'91秋 超豪華!クイズ決定版 この秋お待たせ特大号!」にも出演。紳助の食事代を払ったり紳助の実家にケーキを持っていったりするらしい。紳助はその行動を「仕事入れてくれ」と言うサインと受け止めているようで、実際「クイズ!ヘキサゴンII」に解答者としてゲスト出演させているが、「食べ物みたい」などの言い訳を言いまくる。しかし文系などの問題の解答率も高かったため、司会の紳助をはじめとする出演者を驚かすなどの一面もあった。

三代目松鶴家千とせから、自身の没後に四代目を襲名してもかまわない、との許可を貰っている。

木田優夫は師匠と慕っている。ちなみに明石家さんまは大師匠とのこと。

「痛快!明石家電視台」の特別企画で1時間ネタを披露し続けたこともある。なお、ルミネtheよしもとでは、中川家、ダイノジなどのお笑いコンビと組むことが多い。

2006年から2007年のデビュー30周年に向けて、関係者の間にてイベントを計画していたと言う。実際2007年6月10日と17日に単独ライブを開催。

TBSテレビ系で2006年9月24日に放送されたゲームアトラクションバラエティー番組「DOORS 2006」では予想外の健闘を見せ、数多い若手芸人に勝る意外(?)な運動神経を見せた。富士急ハイランドのジェットコースター「ええじゃないか」に乗りながらのクイズには唯一の全問正解を成し遂げ、マウンテンバイクで湖の上の浮き橋を疾走するゲームでは最高ポイントを獲得する。決勝戦では惜しくも品川祐(品川庄治)に敗れるが、番組中に獲得したポイント(125P)は、全参加者の中で最多であった。他の参加者が「テレビ受け」を意識したボケ行動をとる中、終始、真摯にゲームに参加した姿は、村上本人が普段から見せる「すべり芸」とは全く異なるものであった。


【明石家電視台のクイズコーナー】
同番組内の最終問題、ポーカーチャンスやアタック7を解答者に当てさせるコーナーがあるが、決まってショージは常識外の解答を繰り返す。(一部の個人ファンサイトや2ちゃんねるなどではポーカーチャンスについては、ファイブカードストッパーとも揶揄されている)半ば素人出演者に賞金を与えないようにとも捉えられる。毎回にわたる不誠実、常識外の回答が繰り返されるのに対し、同番組のファンの京唄子からゲスト出演にもかかわらずその後クイズコーナーに乱入し酷く注意された。一時は落ち着いたものの、暫くするとまた同じ様に素人出演者には迷惑な回答が繰り返されている。度々、客席からブーイングを浴びている。


【ギャグ】
■「ドゥーン!」(鼻柱をつまんで手を素早く前に動かしながら)
(さんま)「山寺の」(ショージ)「ドゥンドゥンドゥン」というパターンも存在する
痛快!明石家電視台では「Yes,I ドゥーン!」で大爆笑を誘った。
ルミネtheよしもとでは、3日に1回以上とかなり高い頻度でこのギャグが見られ、それだけに意外に有名なギャグらしい。笑っていいとも!で「外国人に教えたいギャグは?」というアンケートがあったが、何と100人中2人が「ドゥーン!」を挙げていた。ちなみに痛快!明石家電視台で共演している間寛平は、「かいーの」で1票獲得、一方でレイザーラモンHGの「フォー!」は0票に終わっている。
元ネタは、ショージの父親が、よく手鼻をかんでいたのを真似したものであると本人が語っている。

■「ボンジュ〜ル、マドモアゼ〜ル、かき混ぜ〜る」
アサヒビール「カクテルパートナー」のCMで、太田光がこのギャグを使っている。(ただし、“ボンジュ〜ル”は付かない)

■「さみち〜の」ペペロンチーノと絡ませての三段ギャク

■「何を言う〜!早見優〜!」
オレたちひょうきん族でこのギャグを連発したところ、一度ひょうきん族収録中に本物の早見優が飛び入り参加、ショージの目の前で「早見優〜!」と言ってのけた。
志村けんはこのギャグに「北天佑〜!醤油!ラー油!アイラブユ〜!」と付け加えている。

■「ウェルカム、腕噛む、どこ噛むねん!」

■「長州、チャーシュー、皆の衆!」

■「ティモン、肛門、見えたもん!」

■「なんやそれそれ、腋も剃れー!アソコ剃れ剃れ、どんとそーれー」

■「軍隊、変態、そうですたい!」

■「おいどん、牛丼、西郷どん!」

■「牛タン、塩タン、何言ーたん!」

■「I want you(アイウォンチュー)、ホッペにチュー、僕3ちゅう!」

■「変態(ヘンターイ)、止まれ!お父ちゃんやめてあげて!」

■「イヤーン、バカンス娘たち、やめて!」

■(主にさんまが北海道の事を口にすると)「でっかいどう!」

■「そんな○○な訳ないやん…ホンマや!」

■痛快!明石家電視台のクイズコーナーで
(さんま)「あーこれ、もう絶対(答えが)わかるわ」
(ショージ)「わかるわけないですやん」
(さんま)「絶対わかるって!」
(ショージ)「わからへんって!」
(さんま)「わからへんか?」
…このやりとりが何度か続く
(ショージ)「えっ、何でわかるの?」
(さんま)「だって俺、答え知ってるもん」
(ショージ)「え゛ぇぇぇぇぇっ!!」

■「痛いの痛いの、屯田兵!!」

■「オレはアレか!」「どれや!」

ほか多数


【何人トリオとひょうきん族】
■「ラブユー貧乏」のコーナーでの貧乏話は、何人トリオの貧相な魅力の真骨頂を発揮した(ロス・プリモスの代表曲「ラブユー東京」の歌詞を貧乏ヴァージョンに歌い替えた曲「ラブユー貧乏」をバックで歌っていた)。以下主な貧乏話。
「皆さん、『若いうちは買ってでも苦労しろ』って言いますよね…。売ったるから買って!!」
「皆さん、親の形見を質屋に入れたことありますか?僕何回かあります…。入れるの簡単やけど出すの結構難しいね、アレ!」
「金持ちで病弱なのも嫌やけど…、貧乏で健康なのも結構つらいのよ!」

■「何人トリオ」は本来は「難民トリオ」であるが、諸般の事情で「何人トリオ」となった。

■「ラブユー貧乏」はシングルも発売。「何人トリオ」のセリフ編とロス・プリモスの歌唱編からなる。

■「かまへんライダー」のコーナーではイエロー役(レッドはさんま、ブルーはラサール石井、グリーンは前田政二、ピンクはMr.オクレ)。

(出典:Wikipedia)

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