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サンドウィッチマン

サンドウィッチマンは、伊達みきおと富澤たけしの2人による日本のお笑いコンビである。フラットファイヴ所属。1998年9月にコンビ結成。2007年M-1グランプリ王者。

【メンバー】
伊達みきお(だてみきお、1974年9月5日 - )
■ツッコミ担当。パワフルな突っこみはプロの間で定評がある。
■宮城県仙台市泉区出身。身長170cm。体重88kg。趣味は野球を始めとするスポーツ。
■仙台藩家臣で一家の家格をもっていた大條氏(独眼流で有名な伊達政宗の9代前の当主・伊達宗遠の息子が分家)嫡流で明治期に伊達姓に復姓した家の出である。

富澤たけし(とみざわたけし、1974年4月30日 - )
■ボケ担当。ネタ作りも担当している。
■東京都生まれ宮城県仙台市泉区育ち。身長170cm。体重76kg。趣味はTVゲーム、ワールドサッカー観戦。

コンビ名はサンドウィッチマンに由来。後述するようにもともとメンバーが3人だったため、結成初期より「3(サン)」の入った言葉をコンビ名としており、サンドウィッチマンもその理由でつけられた。ほかに候補として三途の川、三角関係、三角州などがあった。


【ネタ】
多用されるシチュエーションとしては次のようなものがある。
1ヤクザのような外見をしている伊達を富澤が「暴力団の方ですか?」「出所祝いですか?」などといじり、伊達がつっこむ。
2富澤が言葉を勘違いし、伊達が「言ってねぇよ」と指摘する。
3伊達の話に対して富澤が「ちょっと何言ってるかわかんないですね」とボケ、「なんで何言ってるかわからないんだ」とつっこむ。
4元ラガーマンのため二人共体格は似ているが、相対的に恰幅のよい伊達の体型を富澤がいじる。
なお本人達はネタ以外ではボケ、ツッコミの役割分担は気にしていないため、フリートークでは自由なポジションで対応している。


【来歴】
■2人は仙台商業高等学校の同級生で、高校時代のラグビー部で知り合う。
■卒業後、お笑い芸人になりたかった富澤は、アルバイトの傍ら1995年に創立された仙台吉本に所属して別の相方と組んでいたが、本来は伊達と組みたいと考えていた。
■仙台事務所が閉鎖されたため、富澤は福祉関係の仕事に就いていた伊達を誘い、1998年に二人で上京(これは同期だったポプラ並木が上京し、お笑い芸人として活動を始めた影響とのこと)。
■二人はまず『親不孝』と言うコンビを結成、その後、浜田ツトムを入れたトリオで『サンドウィッチマン』を結成。浜田が脱退(現在は『メインストリート」』というコンビで活動)した後も元のコンビ名には戻さず、そのままになっている。
■かつてはホリプロやH・R事務局に所属していた。
■2005年・2006年のM-1グランプリでは準決勝まで進み、2007年では敗者復活戦から決勝前半戦を1位通過、最終決戦でも審査員7人中4票を獲得し、優勝を果たす。またM-1グランプリ史上初、敗者復活戦枠から決勝及び最終決戦まで進み見事優勝を勝ち取ったコンビとなった。


【エピソード】
■憧れているお笑いコンビはさまぁ〜ず。
■2007年10月27日、2人の母校・仙台商業高等学校の文化祭「仙商祭」に出演した。ただし、2人が在学中の頃の青葉区の校舎から、泉区に新築移転していた。
■東京進出9年の今でも、コンビ2人でアパートに住んでいる。
■「ヤクザに似ている」ことをネタにされる伊達だが、実際に歌舞伎町を歩いていたら本物のヤクザに「大久保さんですよね?!」と組の偉い人に間違われた事があるという。


【受賞歴】
■第7回M-1グランプリ優勝(2007年)


サンドウィッチマン(公式サイト)
サンドウィッチマン 伊達みきおオフィシャルブログ「もういいぜ!」
サンドウィッチマン 富澤たけしオフィシャルブログ「名前だけでも覚えて帰ってください」


(出典:Wikipedia)



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