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エド・はるみ

エド・はるみ(生年非公開、5月14日 - )は、吉本興業東京本社(東京吉本)所属のお笑い芸人、女優。千葉県、東京都で幼少期から学生時代を過ごす。明治大学文学部文学科演劇学専攻卒業。身長156cm。年齢非公表。独身。A型。

2007年8月19日放送の日本テレビ『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』では、自ら「成人式を2度迎えました」と発言。また、品川祐のブログに「東京オリンピックの年に生まれた後輩芸人。僕の8コ上の若手。」との記述がある。


【来歴】
1988年に円・演劇研究所を卒業し、以降女優(主に舞台女優)として活動。またその一方で、マイクロソフト公認の資格(MOT=Microsoft Official Trainer)を取り、コンピューターインストラクターと、携帯電話の大手電気通信事業内で、マナー講師の仕事をしていた。

2004年から2005年頃、表現の方向を転換。お笑い芸人を志す。このことについて、本人は「ふつふつと湧き上がる笑いに対する情熱を抑えきれず」と話している。事務所に所属していないアマチュアとして芸人コンクールのR-1ぐらんぷり2005に出場、2回戦で敗退。その後、本格的にお笑いの勉強をするため、吉本興業の養成学校である東京NSCに、11期生最年長として入学。2006年4月に卒業。同年5月17日に東京都新宿区のルミネtheよしもとで芸人デビューをした。

東京NSC卒業から3ヶ月後の2006年7月22日、日本テレビの『エンタの神様』に初出演。これがお笑い芸人としては、地上波のテレビ番組の初出演となる。

前述のようにマナー講師をしていた事から、その言葉遣いや立ち居振る舞いは、礼儀に厳しい木村祐一をして「満点」と言わせしめたエピソードがある。

2008年2月17日CX系でOAされた「一瞬で笑えるネタ祭爆笑レッドカーペット祝1周年記念特別企画史上最高56組が大集結笑いっぱなしの3時間新ネタ新キャラ新芸人続々登場スペシャル!」で優勝。選者は石原良純。


【芸名】
お笑い芸人としては、基本的に「エド・はるみ」という芸名で活動しているが、テレビ番組『エンタの神様』のみ、「木村陽子」名義で出演する。(元日テレアナ・木村優子のパロディ)


エド・はるみの本日もGood!! - 公式ブログ


(出典:Wikipedia)

エスパー伊東

エスパー 伊東(エスパー いとう、本名:伊東 万寿男、(いとう ますお)、196X年12月26日 - )は、熊本県菊池市出身の自称高能力者のアネットに所属するコメディアンである。 年齢は非公開だが、2007年現在、30歳以上60歳未満。埼玉県立和光高等学校卒業。


【人物】
テレビでは上半身裸に黒スパッツ姿がトレードマーク。(江頭2:50と同じ格好)高能力と称して、怪しい体育会系の学生のやるような芸を実行し、失敗しては笑いをとっている天然ボケキャラクターである。口下手のため、ソロでは只の変ないじめられ役の田舎青年である。

一時は、お笑いと言えば土曜の夜8時、その時間のCX系列のバラエティ番組「めちゃ×2イケてるッ!」において、江頭2:50と並ぶファイナルウェポンとしての立場を確立していた時期もある。(天然対決では江頭2:50に勝ったことがある)

登場時のテーマソングは、東京ディズニーランドのエレクトリカルパレード。いろいろな「能力」を示そうとするが、大抵失敗しては「はい〜〜っ」と言ってごまかす。タイツ1枚で、顔だけを外に残して、手提げ鞄の中に全身入るというパフォーマンスが最も有名。

芸歴は長く、オールナイトフジあたりからテレビに露出していた。

一時期、電撃ネットワークと一緒に体を張ったギャグをやっていた。漫画を書くことが趣味。結婚式余興の営業等で日本全国を回っている。

ちなみに投稿!特ホウ王国での出演当時、コンビニエンスストアを経営していたこともあった(現在は不明)。なお特ホウ王国には本名の「伊東 万寿男」で出演。当時番組内で、手力(てぢから)で人気を博していた栗間太澄(Mr.マリック)に対し、体を張った無謀な挑戦シリーズはそのライバル的コーナーとして数々の対決を繰り広げた。かの有名なペットボトルロケットで空を舞うチャレンジはこのコーナーで登場したものである。

ここがヘンだよ外国人の日本の芸は世界で通用するのかコンテストにおいてゾマホン・ルフィンに「彼は能力がある」と評されている。ちなみに、このとき披露したのが「高速1分間梅干30個食い」と「ボストンバッグ入り」である。

アメブロではキーボードが打てないので、動画でブログを行っている。

エスパー菅沼という弟子がいる。


【逸話】
2006年8月26日放送の「絆はお台場を救う!(めちゃイケ)」で極楽とんぼの加藤浩次に「(日テレの)スッキリで泣いてたじゃん!」と禁句を発してしまった(詳しくは山本圭一を参照)。また、同番組で番組セットに設置されていた電飾によって自分の小道具バックを焦がしてしまい、穴を空けてしまった。

また、有栖川宮詐欺事件において、詐欺容疑で逮捕された男女が主催するパーティに出席していたことがスポーツ新聞などで報じられ、報じられたのが年末だったこともあり、正月の番組でパーティの全容を披露することとなった。


【エスパー伊東の「高能力」】
■「スプーンねじきり」

■「ビールをジョッキで3杯一気飲みした後30回転しても目が回らない男」

■「ペットボトルで空を飛ぶ」 - エアをつめた業務用ペットボトル数本を背中に背負って噴射しキリモミしながら空を飛んだ
(ただしディスカバリーチャンネルの怪しい伝説において、やらせであることが明かされている。)

■「エアバッグで空を飛ぶ」- ハンドルの上に座り、エアバッグを膨らませて空を飛んだ。「ハンドルでナニしちゃう男」として紹介された。

■「地獄車」

■「0cm読書」

■「高卒電話帳破り」- 電話帳を破る。本来は高卒でなく「高速」であった。

■「ラベラーヌンチャク高速貼り」- ラベラー2つを紐でつないだものをヌンチャクのように振り回しながら牛乳パックにバーコードを張っていく。

■「手んぷら」

■「ドライアイス食い」

■「指ドリル・指ペンチ 」

■「小指1本突きダンボール穴あけ」

■「扇風機舌止め」

■「三歳児の服を着る」

■「火炎ガラス渡り」

■「爆裂手袋鼻息割り」 - 医療用ゴム手袋を頭からかぶり、鼻息で膨らませて割るというもの。
(番組テロップで高能力名はこうなっていたが、エスパー伊東本人の口では「爆裂ゴム手袋鼻息割り」と言っていたと思われる。)

■「テニスラケット軟体くぐり」

■「熱々おでんニコニコ食い」

■「高熱たこ焼き串いらず」- たこ焼きを指でひっくり返す。

■「高熱おしぼりヒラリハラリ」- 次々と投げられる沸騰した湯に浸したおしぼりをかわし続けるというもの。

■「激辛饅頭ニコニコ食い」

■「激辛唐辛子バーガーニコニコ食い」-

■「激辛ワサビドッグニコニコ食い」

■「高速1分間梅干し30個食い」−かつて、ここがヘンだよ外国人にて外国人に披露したところ、梅干しがもったいないだけだと外国人から非難されたことがある。

■「高速わんこ飲み」

■「高速目覚まし止め」

■「高速ほえすた祭り」

■「高速大工さん」- すばやく釘を打ち、板の上を銀色にするというもの。

■「高速真っ黒」- ホワイトボードを水性ペンで全てを真っ黒にするというもの。

■「高速チラシはさみ」

■「高速踊る大交差点」- 全方向から来るミニ四駆を欠かさず受け止めるというもの。

■「360°敵だらけ」- 360°から放たれる枕をマトリックスのように華麗にかわすというもの。

■「トイレットペーパー高速巻取り(上級者編)」

■「I am チャッカマン」

■「本気(マジ)キックネバーギブアップ」- キックを受けても痛がらず、逆にキックを打つ人のほうが疲れるというもの。

■「熱々流しそうめんハシいらず 〜次の人ごめんなさい〜」

■「激辛ハバネロールニコニコ食い」

■「高速キャップもどし万寿男」

■「長距離ハッピーバースデートゥーミー」

■「360°亀田祭りネバーギブアップ」

■「激辛真っ赤福ニコニコ食い」

(出典:Wikipedia)

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江頭 2:50

江頭 2:50(えがしら にじごじゅっぷん、本名:江頭 秀晴(えがしら ひではる)、1965年7月1日 - )は、日本のお笑いタレント。芸能事務所大川興業の所属にして同社の筆頭株主であり、かつ同社の前総裁でもある(現総裁は大川豊)。愛称は「エガちゃん」。血液型はB型。佐賀県神埼郡千代田町(現:神埼市)出身。九州産業大学経済学部経済学科中退。身長178cm。


【人物・来歴】
テレビではとにかく暴走する、暴走キャラ。スタッフから「今日は生放送だから何もしないように」と言われると、本人は脳みその独自のフィルターを通して「何かやれ!!」と解釈する(『誠のサイキック青年団』出演時の発言より)。しかし、これが江頭最大のセールスポイントであり、コアなファンを掴む要因にもなっている。また、これに関しては本人も、「客を引かせることが何より楽しい」と語っている。

芸人になったきっかけは、ばってん荒川に憧れたためである。2:50という芸名は、夜中に酒を飲んで酔いが回ると必ずと言っていいほど深夜2:50以降に暴れだし、ゲイキャラになることから名付けられた。

本人は大川興業に入社した経緯について、「大川興業の書類応募に、ラサール石井の本を丸写しして出した。こいつは天才だと言うことで面接に呼ばれた」、「面接でいきなり「持ちネタを披露してください」と言われ困った挙句、芸人になる前に経験したアムウェイの訪問販売を実演したところ、大ウケして採用された」とラジオ番組で語っている。

元々はコンタキンテと共に「男同志」というコンビを組み、「タモリのボキャブラ天国」等に出演していたが、コンタキンテが大川興業を退職しフリーとなったため、コンビは解消。2007年現在のスタンスは基本的にピン芸人だが、時々寺田体育の日と組んで「おやじ同志」として活動している。


【芸風・エピソード】
■テレビでは上半身裸に黒スパッツ姿がトレードマーク。そのスタイルとアクションはUSAのパンクロック歌手・イギー・ポップに由来しているという噂がある。また、一見同じに見える黒スパッツ(黒タイツだと思われがちだが、実際はチャコット製の黒いスパッツと黒い靴下)には、数多くの種類がある。

■先述したようにテレビでは暴走キャラであるため、いきなり出演者に体当たり(江頭アタック)し、暴言や説教をしたり、客席に飛び込んだり、男女問わず出演者にキスを強制するなど、とにかく徹頭徹尾暴れ回る。また、コンビ時代から学園祭などに呼ばれた際には必ずと言っていいほど全裸になっており、現在も録画番組でしばしば全裸になることもある。

■大川興業で行われている本公演と呼ばれる芝居では、テレビとは全く違った舞台役者としての江頭を見ることができる。役柄については真面目な好青年、狂気的なサラリーマンなど演技の幅は広い。

■卑猥で下品な芸風は、日経エンタテインメント!の「嫌いな芸人」ランキングにおいて前人未到の6年連続ダントツ1位に輝いている。また、江頭はこの他に「消える芸人」部門でも(一発屋と見なされる芸人が上位を占める中で)常に10位以内、ananの寝たくない男性芸能人ランキングでは常にベスト3、そして2006年、2007年には「嫌いな男」第1位など、数々のランキング調査に名を連ねている。

■テレビで描写される江頭しか知らない視聴者には蔑まれる傾向があるが、共演者の話や楽屋の隠し撮り場面などに現れる素顔の江頭は真面目で礼儀正しい常識人である(非常に大人しくて腰が低く、週刊文春の芸能人特集でも「店員が恐縮するほど礼儀正しい人」と記載されるほどである[2])。むしろ、真面目過ぎるために自身に対する期待を理解し、それを踏まえた上で暴走している、とも言える。

■「借金取りから逃げるために、畳の裏に穴を掘り部屋の外まで繋いだ」、「何かと巧妙に理由を付けられては、ついつい彼に金を貸してしまう」、「『「ぷっ」すま』に出演しようと、番組ホームページの掲示板に「エガちゃんだして:がっぺ25」と自作自演」、「大川総裁に PHS を無料でプレゼントし、GPS で行動を把握して楽しむ」などのアイデアを発想し、実行している。

■特技の一つに料理があり、『「ぷっ」すま』の料理企画で腕前を披露し、味見した料理の材料を細かく当てる等、味覚も優れているようである。更には学力においても優秀で、2006年10月のめちゃイケでは不祥事により転校(番組降板)した山本圭一に代わり、抜き打ちテスト企画・第5回『W.B.C(ワールド・バカ・クラシック)』決定戦に参戦。初参戦ながらも成績5位という成績で、万年最下位の濱口優を含む出演者達を驚愕させた。しかし、本人は勝手が分からなかったのか、笑いを全く取れなかった(結局2回しかイジって貰えず、しかもスベっている)ために酷く落ち込んでしまい、「俺、この番組に要りますか?」とネガティブな発言をした。

■草g剛やナインティナインなど、芸能界内にも多くのファンが存在し、彼らの出演する『「ぷっ」すま』や『めちゃ²イケてるッ!』には何度もゲストで呼ばれている。なお、『めちゃイケ』では準レギュラー扱いになっており、突然乱入してはゲスト出演者に「お前に一言もの申す!」と説教をするコーナーが設けられていた。

■「1クールのレギュラーよりも、1回の伝説」をモットーに掲げており、テレビ出演のたびに「伝説残してやるよ!」と叫ぶのが常となっている。そのため、大川興業仕込みの危ない橋渡り的やり方でネタを披露することが多く、特に『「ぷっ」すま』では大量の塩(塩の摂取致死量である30〜300グラムを遥かに超える量)を丸飲みしたり、ボトル3〜4本分のワインを一気飲みしたりするなど、下手をすれば死にかねないような行為を後先考えずに実行することが多い(※バイアグラ卒倒事件も参照のこと)。

■彼がテレビで広く知られるきっかけになった番組・『浅草橋ヤング洋品店』では、水中で息止めをして時間を測る企画(江頭グランブルー)で4分14秒の記録を出す(しかし、安全性の問題から再度の計測は行われなかった。なお、江頭はその後に大川興業の公演を控えていたが、周囲が代役をたててはどうかと懸念するほど、心神共に耗弱しきっていた)。また、同番組ではお菓子CMに出演した際のギャラ500万円を元に、ブローバ・カウンタック(ランボルギーニ・カウンタックのレプリカ)を新車で購入したものの、すぐに350万円で売り払った。

■『笑っていいとも!』に準レギュラー同然の扱いで出演していた時期もあった。しかし、ある日の番組中にゲストの橋田壽賀子が、「トルコに行ったら江頭のせいで同じ日本人という事で被害を受けた」(※トルコ全裸事件参照)と話し始めた途端、江頭は橋田を口止めするかのようにキスを行ったため、江頭はこの一件以降『いいとも!』への出入りを禁止されてしまった(橋田本人には激怒したような様子はなかった)。『ネプベガス』ではこれらに関する自分の体験を、オリエンタルラジオの「武勇伝」スタイルで披露した。

■ある番組の素人参加のコーナーにて、母親同伴で上半身裸・黒スパッツで、本人のものまねをする「女の子」が出てきたことがある(現在は諸般の事情により自粛)。ただし、当コーナーを仕切っていたヒロミはその際、「もう今日限りにしてね」とのコメントを残している。

■登場時のBGMは、布袋寅泰の『スリル』。元々は『笑っていいとも! クリスマス特大号』のモノマネ歌合戦において、ナインティナインの矢部浩之が江頭のモノマネをしてこの曲を歌ったことに由来する。江頭本人は、『イケてるCDTV』のコーナーで布袋のシングル・『サーカス』の PV のパロディーを披露したところ、後に布袋に自身の横浜アリーナでのコンサートに招待されたと語っている(その際、布袋は「俺のイメージがボロボロだぁ…」と冗談めいていたのだが、途端に江頭から首を絞められかけたらしい)。『「ぷっ」すま』や『アメトーク』に出演した際、プロレスラー・蝶野正洋の入場テーマである『クラッシュ!』が BGM として流れたこともある。

■実父は佐賀県で酒屋を営んでいたが、息子が有名になってから江頭2:45(えがしら にじよんじゅうごふん)の芸名で(勝手に)タレント活動を始めた。きっかけは、江頭2:50の地元の高校(佐賀県立鳥栖商業高等学校)の文化祭への出演依頼が父親の元に来た際、勝手に「スケジュールの都合で江頭2:50は来れない」と断り、父親自身が文化祭に出演したことによる。かつて裁判形式のバラエティ番組・『ウンナンの桜吹雪は知っている』 (TBS) にて、江頭が「父親が自分の芸をパクって、勝手に芸能活動をしている」として父親のタレント活動を抑制してほしいと訴え出るも、その後人権無視の暴言を連発したために敗訴した。なお、江頭2:45は2006年に息子の任期満了に伴う第3代大川興業総裁選に出馬しているが、落選した。なお、江頭2:45は福岡県立大川工業(おおかわこうぎょう)高校、江頭2:50は佐賀県立神埼高校を卒業しており、このことについて大川総裁は、「江頭とはユングの共時性を感じる」と語っており、大川の実家の隣家の名字が“江頭”であったことを明かしている。

■2004年2月に体調を崩し(本人がラジオで語ったところによると、「表情がなくなる病気・感情表現が出来ない病気」)、芸能活動を休止。その後同年9月に復帰するが、休業している間に髪が薄くなっていた。休業中に、生活のためにスポーツ新聞に掲載された「ヌードモデル募集」の広告を見て面接に行った際のエピソードをラジオおよび「電気グルーヴのモグラネグラ」で語っている。

■平成19年6月10日に放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のコーナー・『おもしろ廊下歩きコンテスト』に出演した際、珍しく江頭の私服姿が公開されている。上半身裸に黒スパッツのイメージが強い彼だが、普段はニット帽にサングラス、古着のジーンズといった出で立ちで、スタイルの良さと相まって非常にオシャレで格好良く、ガキメンバーからは驚愕されつつも絶賛されていた。しかし、当の江頭はあまりそこには触れられるのは不本意であるようなリアクションをしていた。

■映画についての造詣が深く、3日に1回、年間約120回は劇場に足を運び映画を見るという。その知識を基にした『江頭2:50のピーピーピーするぞ!』の映画紹介コーナー・『エィガ一刀両断』は同番組の人気コーナーとなっており、紹介する映画のシーンを江頭が演じて再現するといった、映画紹介の手法をとっている。


《持ちネタ》
■左右狂い跳ね
意味もなくただ左右に倒れるように飛び跳ねる。下記の前のお約束として使われる。

■シャチホコ立ち(別名:エガちゃんブリッジ)
シャチホコのように顔を地面に付け、両足を揃えて上に向けて直立する。

■観客席ダイブ
雄叫びをあげながら、観客席に飛び込む。観客が怪我をすることもある。

■坐禅飛び
胡座をかいてジャンプする。

■アナル芸
肛門から小麦粉や水を吹きかける。

■江頭アタック(プロレス技のヒップアタック)
ターゲットへ尻を向けて飛んでいく。

■キレて全裸になる
文字通りである。テレビでは担当スタッフが局の上層部から始末書を書かされるほどの危険な芸。

■陰茎押し付け
文字通りである。かつてはテレビ出演時にもやっていたが、現在は即出入り禁止になる芸。

■「テポドン」(別名:ドーン)
スパッツに手を突っ込んで相手に体当たりする。後述のハッスルでも披露した。

これ以外に『アメトーーク!』では、モノマネも披露している(ただし、喋り方や表情を変えながら名前を言うのみ)。

また、腰を引いて両手を出す動作は、素人時代に勤めていたテレビ工場での工程のひとつ・「ブラウン管をカバーに入れ、次の工程に渡す(取って、入れて、出す)」の表現である。同僚たちはこのあまりの奇妙な動作を嘲笑していたが、江頭の主張通りにやってみた結果、スピードアップが図れるようになった。そして江頭が工場を辞める頃には、同僚の誰もがこの動作をしていたという。


【事件簿 〜1クールのレギュラーよりも1回の伝説〜】
ここに挙げるほとんどの伝説が、テレビ等というメディアの中で突如黒スパッツを脱ぎ、全裸になって性器を露出するストリーキングまがいの狼藉行動に発展している。

■鮭フェラ事件
1991年12月、ニッポン放送のラジオ番組・『高田文夫のラジオビバリー昼ズ』での生放送中、江頭は中継で鮭のつかみ取りに参加し、生きた鮭に自分の性器をくわえさせている。ラジオだったために大事には至らなかったが、この一件は「鮭フェラ」として東京スポーツの一面でも報じられ、それまで無名だった江頭を世間に知らしめることとなった。

■トルコ全裸事件
江頭が引き起こした最も有名な事件であり、当時は大規模なニュース沙汰にも発展した。
・全容
1996年、江頭はテレビ東京の『ザ・道場破り!』の企画の一環として、オイルレスリング交流試合の会場に前座として乱入、3000人以上のトルコの観衆の前で一発芸を披露した。事前に準備した持ちネタの「座禅縄跳び」が予想以上にウケたため、江頭は調子に乗り芸をエスカレート。しまいにはふんどしを脱いで「3号機発射!」と叫び、毎度おなじみの全裸パフォーマンスを敢行する。そして肛門にでんでん太鼓を刺して逆立ちした瞬間、会場には一気にブーイングの嵐が巻き起こった。逆立ちしたまま退場した江頭は、その後トルコ警察に拘束され、当然ながらわいせつ物陳列罪で逮捕されてしまった(イスラム教国のトルコでは戒律の関係上、公衆の面前で全裸になることがタブー視されており、それを行うと逮捕される)。

トルコは戒律が厳しくないため、江頭は逮捕と罰金(日本円で75円)のみでことを済まされた。この話には後日談があり、その際居合わせたトルコの民衆が危うく暴徒になりかけたため[3]、江頭はほとぼりが冷めるまでトイレで身を潜めていたらしい。この件に対し、日本のトルコ大使館は「詳しい話は聞いていないが、決して嬉しい話ではない」とコメント。後にトルコ国営放送や地方紙に大きく報道された結果、日本はトルコ中からの笑い物となった。このことが日本でもマスコミに暴露された際、ニュースでは露木茂から「国辱者」と厳しく批判され、昼のワイドショーでも水前寺清子から「情けない、最低」とけなされた。

なお、このことについて大川豊は、個人的な意見として「彼だけ責めるのは冷静に見ておかしい」、「でんでん太鼓状態までかなり間があり、ふんどしを外した時点でなぜ誰も止めなかったのか」と述べており、「半分ブーイング状態でもネタを続けたのは、彼なりの焦りの現れではないか」と語ると、「というのも彼は'もそもオイルレスリングをするためにトルコ入りしたが、練習中に頭部を二針も縫う怪我をこうむり、やむなく急遽ネタをする運びとなった。この事件は誠実な迷惑をかけてすまないという思い、彼なりの負い目からことに及んだのではないか、件の VTR の江頭からはその様に感じる」と推察、「また、彼は現地コーディネーターに「SEX を連想することはタブー」と注意されていたが、自身は「オレのはもっとバカバカしい」と思っていたようだ」と証言している。

・影響
同時期に放送された『進め!電波少年』では、ある週のラストに「トルコの江頭はウチではありません」という注意書きが出た。これは当時の「電波少年」が“アポなし取材”を特徴としており(国内外の様々なところへタレントが押し掛け、騒動を起こす様を放送するスタイルだった)、トルコの全裸事件も「電波少年」によるものという誤解が生じたためと思われる(あるいは、それを逆手に取った制作側のギャグとも取れる)。

また、しばらく後に行われたトルコ国内の調査において、江頭は有名な日本人として第2位に選ばれた(第1位はオノ・ヨーコ)。

・事件後
2002年のワールドカップ日韓大会の際、江頭は六本木でトルコ料理店を経営する在日トルコ人に見つかってしまう。在日トルコ人から「お前があの江頭か!」、「トルコを応援したら個人的には許してやる云々」と言われた江頭は、贖罪のつもりでトルコ戦開催のスタジアムやトルコ料理店で必死にトルコを応援した。決勝トーナメントの日本VSトルコ戦でもトルコを応援している。この件について江頭は、開催終了後のライブにて「今年のワールドカップは日本・韓国・江頭の共催だった」と発言している。


■(やしきたかじんの顔面に)性器押し付け事件
関西ローカルの人気番組・『たかじんnoばぁ〜』に出演した際、江頭は椅子に括り付けられて身動きが取れないやしきたかじんに対し、顔面に性器を押し付けた。たかじんの東京嫌いがひどくなった原因として、一つに江頭に性器を押し付けられたこと、そして続編番組・『たかじんnoどォ!』で江頭絡みの狼藉事件をしでかし、当時の読売テレビ社長に叱責されたことがトラウマになった結果、東京に行ったらいつ江頭に会うか分からない恐怖に駆られているという説がある。


■泥レス性器露出事件
『とんねるずのハンマープライス』にて、江頭と泥レスができる権利がオークションに懸けられたことがある。落札者と泥レスの試合を行った際、落札者に黒スパッツを脱がされ、性器を露出させられた。なお、試合終了後にとんねるずから感想を聞かれた江頭は、「これっておいしいよね?」とコメント。このハプニングが面白かったのか確認している。


■総裁顔面嘔吐事件
飲み帰りの車中、江頭は助手席に座っていた大川豊に対し「総裁、総裁! こっち向いて!」と話しかけると、振り向いた大川の顔面にゲロを吐いた。大川が「何するんだ、江頭!」と激怒すると、途端に江頭は車から飛び出し逃走。そして、しばらくすると暗闇から、江頭が指を鳴らしながらやって来たという。


■北海ジャンジャン性器がぶりつき事件
フジテレビ深夜番組・『たまにはキンゴロー』の初回にて、江頭は酒乱王として番組内でスポットが当てられていた。たけし軍団の面々と飲みに行った結果、案の定酔っ払ってしまった江頭は、「僕は今から魚になって北海に潜りまーす!」と宣言し、北海ジャンジャンのパンツの中に頭を入れ、彼の性器にかぶりついた。周りの面々は江頭の尻毛に点火しジャンジャンから引き離そうと試みたが、それでも江頭は離れようとはせず、危うくジャンジャンの性器を食いちぎるところであった。


■『「ぷっ」すま』レギュラー獲得 (?) 事件
『「ぷっ」すま』でユースケ・サンタマリアと料理素材当て対決をした際、江頭はローリエなどの細かい材料までも言い当て、見事ユースケに勝利。その結果、ユースケからレギュラーの座を奪い、草g剛と共にg頭というコンビを結成した。その後は『「ぷっ」すま』宣伝のため、コンビでスタッフへのあいさつ回りや一般人へのアピールを行ったが、多くの人が江頭を見るやいなや敬遠し、ある女性の2人組からは「江頭は終わっている!」と暴言を浴びせられる。このことに逆上した江頭は、女性の前で露出行動に及び、草gやユースケがそれを止めようとした際に映像はストップし、「エガちゃん今までありがとう、そしてさようなら」のテロップとナレーションが流れることとなった。


■バイアグラ卒倒事件
1997年、中野駅に近いパブでホステス4人をはべらせていた江頭は、ブランデーの水割りを次々と一気飲みしていた。調子に乗った江頭は「一気飲みするゾ。オレは不死身だ!」と絶叫するやいなや、周囲のウケを狙ってバイアグラ5錠を水割りと共に飲み干し、その結果、当然ながら江頭は卒倒。救急車で病院に担ぎ込まれ、急性アルコール中毒と診断され点滴治療を受けることとなった(その後まもなく回復した江頭は、入院することなくそのまま自宅へと帰宅している)。この事件は一般紙を含むメディアで大きく報道され、この結果バイアグラの厚生労働省による認可が遅れたという伝説が残っている。これについて医療関係者は、「バイアグラは単独で服用しても、人によっては突然死の危険性をはらんでいるのに、アルコールと一緒に飲むとは自殺行為に等しい。回復したのは運がよかった」と語っている。後日にテレビでコメントを求められた専門家も言葉を失い、またしても水前寺清子から呆れられてしまうこととなった。その後、『めちゃ²イケてるッ!』に出演した江頭は「生きてて良かった」と発言。


■『ポンキッキーズ』事件
1998年夏、『めちゃ²イケてるッ!』にて子供番組・『ポンキッキーズ』イベント会場でのロケが行われた際、ポンキッキーズのキャラクター・Pちゃんに酷似したEちゃんの着ぐるみで会場に登場した江頭は、山本圭一と Folder (後の Folder5)とのダンス対決の最中、突如自らの性器を露出。会場には約6000人にものぼる一般の子供達が居合わせており、露出の際にすぐさま映像は伏せられたが、BGM の『シング』に合わせて Folder のけたたましい悲鳴などが放送され、画面が元に戻った後には茫然自失となった子供の姿が映し出された。なお、Folder の AKINA はその後『うたばん』に出演した際、「男性のアソコはもっと綺麗なものだと思っていたんですよ」と発言した。


■『ロンドンハーツ』事件
同番組のコーナー・「彼氏のためにやるキッス」のロケに江頭が仕掛け人として出演した。参加したカップルの女性は他の男性に次々とキスをするのだが、さすがに江頭とのキスとなると、女性の彼氏から次々と静止が入るようになった。しかし、その回数があまりに多かったため、業を煮やした江頭は露出を行い、ロケを見物していた女性の観衆に江頭が突っ込んだため、現場はパニック状態と化し、結果としてロケ自体が中止へと追い込まれる事態に陥った。


■浦和レッズサポーター大激怒事件
2000年7月、鳥栖スタジアムでサガン鳥栖対浦和レッズの試合が行われた際、ハーフタイムショーに江頭が登場し、左右狂い跳びとエガちゃん倒立を披露した後、「俺は(SMAP 中居の)27時間テレビを断ってここに来たぞー!」と宣言。これに鳥栖サポーターは大興奮し、試合でも鳥栖が2-0で浦和に勝利する空前の波乱劇を引き起こした。試合終了後、調子に乗った江頭は勝利者インタビューにおいて、「サガン鳥栖のためにばんざーい!! 浦和レッズなんてがっぺむかつく!!」と発言。すると、この暴言に激怒した浦和サポーターがフーリガンと化し、江頭への攻撃を開始してしまう。当の江頭本人は浦和のユニフォームを着てその場を脱出した。


■『クイズ$ミリオネア』暴動事件
2001年5月17日放送の『クイズ$ミリオネア』にて、江頭はスーツ姿にメガネの身なりで、サポーターの寺田体育の日と共に条件付きのもと、補欠枠で出場していた。補欠1位通過でスタジオ入りした江頭だが、試合の状況によりサイレンが鳴り放送時間が終了。それに不満を漏らした江頭は、突如着ていたスーツを脱いで全裸となり、(映像はほとんどカットされていたものの)観客席に上がり込んでエンディングを私物化する残念な行為に走ってしまった。当然放送後にはクレームが殺到した。


■モー娘。強制ディープキス事件
2001年、モーニング娘。がスペシャル番組・『モーニング娘。13人がかりのクリスマス』(きくち伸と片岡飛鳥の共同制作)に出演した際、番組のラスト、メンバーの紺野あさ美が座っていた四角の箱の中に隠れた江頭を発見すると江頭が「いよー!!」と絶叫し姿を現したため、メンバー全員が恐怖に駆られ逃げ惑った。江頭は標的をYに絞ると、Yを捕らえて押し倒すやいなや、彼女の唇に無理やりディープキスした(なお、映像はモーニング娘。の所属するアップフロントエージェンシーの社長の意向によってカットされている)。Yは号泣し、その結果モーニング娘。のメンバーから非難を浴びた江頭は、後日アップフロントエージェンシーの社長から厳重警告を受けている(当然ながら、この一件はモーニング娘。のプロデューサーであるつんく♂にも知れることとなった)。以降江頭とモーニング娘。の共演は実現していない。


■北朝鮮で禁句事件
2000年頃、江頭は大川豊と共にお笑いの勉強のために赴いていた北朝鮮で現地の放送局からインタビューされ、その模様が北朝鮮中に流されたことがある。また、その放送を傍受していた日本の放送局では「江頭が北朝鮮のテレビに出ている!」と大騒ぎになり、夕方のニュースで放送される事態となった。

また、江頭は2003年に再び訪朝した際、現地の人々と交流。そのパーティーの席で、当時流行していたテツandトモの「なんでだろう」の朝鮮語バージョンを披露。同行した通訳らの喝采を受けた江頭は、現地の人に友好の印としてステッカー(「なんでだろう」の楽譜がハングルで書かれている)をプレゼントした。しかし、乗車したバスの運転手がそのステッカーを胸に貼っていたため、江頭らは当局の事情聴取を受け、危うく反乱分子として身柄を拘束・逮捕されかけた。


■『ハッスル』事件
2006年の夏、プロレス『ハッスル』に江頭が現れ、左右狂いはねを披露すると「俺は伝説を残しにここ(『ハッスル』)にやってきたんだよ!!」とマイクパフォーマンス。そしてカンニングの竹山隆範よろしく「ここでう○こするぞぉー!!」と絶叫するやいなや、黒スパッツを下ろし尻と性器を露出してしまう。

(出典:Wikipedia)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?b=20070904-00000923-san-ent


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遠藤 章造

遠藤 章造(えんどう しょうぞう、1971年7月13日 - )は、お笑いコンビ・ココリコのメンバーで、ツッコミ担当。相方は田中直樹。大阪府豊中市出身。血液型はO型。藤井学園寒川高等学校卒。妻は、タレントの千秋。かに座。義妹がいる。


【人物】
■結婚の前後から眉毛をいじったり顎ひげをたくわえるようになり、お笑い界きってのイケメンと言われるようになった。が、かつては意外にぽっちゃりしたタプンタプンの体型(本人も「ラ・フランス」の様な体型だと自虐的に言っていた)、いわゆる”隠れ肥満”だった。そこで「いきなり!黄金伝説。」の企画で肉体改造を行い、体型を引き締めた。現在は多少ましにはなったが、決して引き締まっている訳ではなく、相変わらずタプンタプンの体型である。

■自他共に認めるナルシストであり、自身のレギュラー番組で「(ナルシスト)でなければ芸人があごひげなど生やさない」と公言したことがある。

■バラエティ番組の仕切りをこなす一方、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!のキャラクターである、「ホホホイ」や「ダイナマイト四国」などのギャグが大人気に。ビートたけしのモノマネが得意だが、「ガキの使い」ではなぜかブリーフ一丁でマネをする。

■性に関してあらゆる興味を持つ、芸能界屈指のド変態・ドMである。独身時代、性感マッサージで店員に「自分の喘ぎ声をみんなに聞かせたいから、窓を開けてくれ」と頼んだという逸話も残っている。また風俗嬢に「遠藤君は本当に全身性感帯ね〜」と感心されたという。

■友人が多く、携帯電話の登録人数は500人近くいる。特に元極楽とんぼの山本圭一とは公私共に仲が良く、軍団山本という組織に属しており、そこではロンドンブーツ1号2号の田村淳と共に運営役を務めている。独身時代に同じマンション、しかも1階違いの同じ部屋に住んでいた。またベッドの枕元にはお互いの写真をそれぞれ飾っていたという。酔った山本が、もし自分が肉体を求めたらどうするとの問いに「僕…山さんやったら…いいです」と答えている。気を使っての発言か本心は不明だが、その要求には応じるようだ。

■ところが2006年7月に山本は淫行事件により吉本を解雇された。遠藤は山本に関して公のコメントを出していなかったが、2007年4月21日、TBSラジオJUNK2加藤浩次の吠え魂に出演した際、現在の山本との関係を聞かれ、昨年の9月頃から連絡を取り、今でも連絡しあう関係は続いていると、事件後初めて語った。

■野球が上手く高校時代はプロ(中日、広島)からのスカウトもあったという。高校進学時に11の名門校からスカウトが来たが高校野球激戦区の大阪を避け、香川県の高校に進学。しかし、スカウトを受けた高校のうち、自分が選んだ高校だけが3年間で甲子園の土を踏めなかった。ちなみに当時尽誠学園の谷佳知選手に最後の打席でファインプレーをされてプロ野球の夢をあきらめた。伊良部秀輝選手とも対戦経験がある。またガキの使いで、松本が150km/hの球を打つという企画のなかで、松本を肩車しながら150km/hの球を打った。プロ野球の阪神タイガースファン。ダンカンや松村邦洋らで構成する「中野猛虎会」の一員である。SHINJOとは阪神タイガース時代からの親友。

■妻は同い年の千秋。2002年に結婚した。関西ローカルの深夜番組「ココリコ海上火災」(毎日放送)での共演がきっかけで、同じ阪神タイガースファンであるなど共通点も数多い。プロポーズの言葉は「お前と一緒なら、お爺ちゃんお婆ちゃんになっても楽しく過ごせる気がする」だったとか。ちなみに遠藤が東京に来て初めて生で見た芸能人は千秋だった。結婚後は妻と共演するケースは皆無だったが、2005年10月12日放送の「ココリコミラクルタイプSP」では、遠藤に内緒で千秋がサプライズゲストとして乱入。貴重な共演シーンや交際するに至ってのエピソードが見られた。また2006年12月31日放送の「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!! 大晦日年越しスペシャル・絶対に笑ってはいけない警察24時!!」では罰ゲーム中、午前10時の時報VTRに出演。このVTRの中で千秋が遠藤を「おにい」と呼んでいた。「おにい」は交際中からの呼び名で(「お兄ちゃん」ではなく芸人用語でいう「兄さん」的な意味合いらしい)、現在も家では「おにい」と呼ばれているとか(因みに千秋は、それまで対外的には「“遠藤くん”と呼んでいる」と話していた)。

■ダウンタウンの中では「浜田ファミリー」に属す。浜田からは「章造」と呼ばれて(但しテレビでは「遠藤」と呼ばれている)可愛がられており、毎年正月には、浜田一家らとグアムに旅行している。

■世間のイメージとは違って意外と天然キャラであり、アルファベットが全て言えないらしい。「R(アール)」のところを「アンド」と言っている。英語はハローとサンキューしか言えず、まったく話せないと千秋が語っていた。そのため海外旅行の時は一切英語を話さず会話は全て千秋任せらしい。漢字も苦手で、「動悸(どうき)」を読めなかったり、「解毒(げどく)」を「かいどく」、「泥酔(でいすい)」を「どろよい」、「率先(そっせん)」を「りっせん」、「流石(さすが)」を「りゅうせき」と読むなど、誤読の数々は枚挙に暇がない(「老若男女(ろうにゃくなんにょ)」は辛うじて読めた)。「遠山の金さん」を「東山の金さん」と書いた事もある。あと、加藤浩次と焼肉を食べに行った際、焼肉の焼き方で「ウェルダン」を「ウェルカム」と言ったことがある。

■ロンドンブーツ1号2号の田村淳と温泉旅行に行ったことがあり、2人が温泉で体を洗っていた時に田村淳からオシッコをかけられたことがある。

■大阪府出身だが、四国の高校に通っていた事から四国出身にされてしまい、「四国が生んだM芸人」と「ガキ使」で言われている。


【デビュー当時のエピソード】
■東京に親戚がいた為、田中と違って売れてない時代も裕福に過ごしていた。

■初は田中とは別に遠藤もネタを書いていたが、田中のネタしか受けてないのが分かり遠藤はネタを書かなくなった。

■ココリコ結成当時、既にダウンタウンと面識のあった田中のつてで「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」の楽屋に初めて挨拶にいった時、遠藤は直前にナンパで知り合った女性を伴っていた。これは遠藤にとって今から考えると顔から火が出る様な忘れられないトラウマ的エピソードであるらしく、本人の口から番組等で語られることは無いが、松本人志が番組中に、ココリコがデビュー当時いかに駄目だったかということを語った時に、一つのエピソードとして喋っている。

■今でこそイケメン芸人と呼ばれているが、デビュー当時は”漁師顔”と呼ばれるなどルックス的にはパッとしなかった。

■デビュー当時、ツッコミという立場ながら滑舌が悪く、現在メインの番組での仕切りぶりからは考えられないダメっぷりであった。そのせいか、ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!に出始めの頃は、ツッコミにもかかわらずボケることによって前に出ようとするが多かったのだが、間が悪く、喋ることも寒かった為、(山崎邦正のように意図的ではなく)天然で寒いキャラとしていじられることが多かった。挙句の果てには松本から「遠藤!お前もう喋るな…」と本気で呆れられる始末である。田中がデビュー当時から、それなりに才能の片鱗を見せていたのに対し、遠藤は田中の足を引っ張っているように見られることが多かった。

■そんな遠藤が芸人として変わっていったきっかけは、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」のオープニングで行われたリットン調査団と前説の座を賭けて対決する企画でのハイテンション対決であった。この時、その後の遠藤の大ヒットギャグ「ホホホイ」が生まれている。尚、これが後のガキの使いオープニングの人気企画となった『ハイテンション ザ・ベストテン』に発展している。そしてその中で、上述にあるみすぼらしいブヨブヨの隠れ肥満である事も判明し、芸人としての魅力が徐々に周囲に浸透していった。

過去のホホホイシリーズ
・愛 〜ほほほほーい〜
・よし! ハリケーンジェラシー
・愛 〜ほほほほーい〜 バンザイコレステロール編
・脱・ほほほほーい 2000
・たら・れば言うな!
・冒険しながら探検しよう

(出典:Wikipedia)

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