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ケンドーコバヤシ

ケンドーコバヤシ(1972年7月4日 - )は日本のお笑い芸人。所属事務所は吉本興業。本名小林 友治(こばやし ともはる)。福井県福井市生まれ。大阪市育ち。大阪NSC11期生。大阪市立中野中学校→初芝富田林高等学校。愛称は「ケンコバ」「コバ」「ヤッシー」。身長172cm、体重80kg。


【略歴】
1992年4月NSCに11期生として入学。NSC同期の芸人には陣内智則、中川家、たむらけんじ、ハリガネロック、烏川耕一らがいる。在学中に「沖・小林」を経て、現ハリガネロックの松口祐樹と「松口VS小林」を結成、ボケを務める。ツッコミにドロップキック等のプロレス技を用いたり、ネタをしながら互いにプロレス技を掛け合うといったアンタッチャブルな芸風でコアなお笑いファンから人気を得るが、1995年解散。

その後同期の村越周司と「モストデンジャラスコンビ」結成。一応ツッコミ担当ではあったが、全くボケ・ツッコミの区別がつかない破壊的なネタを生み出し続けた。 両コンビとも一般層には受け入れられがたい芸風ではあったが、折りしも訪れた心斎橋筋2丁目劇場ブームに乗り、また小林の実力を高く評価した千原兄弟を初めとする先輩芸人の後押しもあり活躍する。モストデンジャラスコンビは村越の芸人引退の希望もあり(村越はフリーのピン芸人として2006年復帰)、2000年3月解散。

以後ピン芸人としてbaseよしもと(2003年9月よりうめだ花月)を中心に活躍。 関西お笑いシーンにおいてカリスマ的支持をうけるバッファロー吾郎にも評価されており(コバヤシも若手時代からバッファローを慕っていた)、彼ら主催の大喜利イベントダイナマイト関西には初回から参加、優勝経験もある。その他各種イベントやMBSラジオ『スッごい!おとなの時間』などテレビ・ラジオ番組で数々共演。彼らは主にシュールな笑いを得意とし、小籔千豊、野性爆弾、ザ・プラン9、笑い飯らも含め、メディアからはバッファローファミリーとも称され、「アメトーーク」でも取り上げられている。また、FUJIWARAもテレビ大阪「吉本超合金」で小林を重用。後番組「吉本超合金K・ケンコバ大王」では初の冠番組を務めた。

2001年4月から開始した「見参!アルチュン」「?マジっすか!」(共に毎日放送)に出演。「アルチュン」ではその類希なる妄想力を発揮し、番組は密かに人気を呼ぶ。「?マジっすか!」では女子中高生中心の客層の中トーナメント・ランキング戦などで苦戦するも、司会の陣内を初めとする他の芸人に対する的確なボケ・ツッコミ、暴走する自身のVTRなどで番組を盛り上げた。

この頃から同期の陣内智則が関西圏でブレイクし始め、2丁目時代からことあるごとに陣内との対立(陣内との関係は後述)をネタにしていたコバヤシは、同時期に起こったbaseよしもとブームも後押しする形となり図らずも知名度を上げていく。

さらに毎日放送の昼の看板番組「ちちんぷいぷい」のレギュラー(〜2006年4月)がスタート、一般層にも顔が知られる存在となった。普段は若手芸人に対してあからさまな対抗意識を顕にする角淳一であるが、コバヤシに対してはそれらとは少し毛色が異なり、なにかとコバヤシのことをいじりつつも、ある種のリスペクトを払うような素振りを見せていた。「?マジっすか!」のコバヤシ製作のVTRにも友情出演を果たしている。 2006年の夏には毎日放送のイベント「オーサカキング2006」の一環として、特別番組「ケンドーコバヤシのオーサカ夜キング」が放送された。イベント開催期間中限定ではあるが、社運を賭けた大型企画に関連する看板帯番組の司会という大役を任される。「なるトモ!」における陣内智則が「読売テレビの朝の顔」であるならば、コバヤシはまさに「毎日放送の夜の顔」であった。同番組にはその陣内をはじめとし、元モストデンジャラスコンビの相方である村越周司など、コバヤシ所縁の多数のお友達ゲストが日替わりで登場した。好評につき翌年の2007年にも一部内容をリニューアルし「オーサカ夜キング ケンコBAR」として放送されている。

2003〜2005年にかけてテレビ東京のハロープロジェクト関連の番組、ダウンタウン司会「考えるヒト」(フジテレビ)等のレギュラーに抜擢され、関西エリア外にも着実にファンを増やした。 お笑いブームの最中にある現在、「人志松本のすべらない話」、「アメトーーク」、「やりすぎコージー」等で、実力を遺憾なく発揮。陣内、たむらけんじらと並び全国区での活躍がますます顕著である。 現在の東西の活躍の割合はほぼ半々であり、新幹線で東京と大阪を週に約4往復もする生活が続いているという(「ナインティナインのオールナイトニッポン」より)。


《芸風》
ほとんどのトークが妄想ともいえる“ウソ”、作り話である事や、下ネタ・プロレス・ガンダムについてのトークが多いので、他のお笑い芸人と比べて圧倒的に男性ファンが多い。無類の『週刊少年ジャンプ』(特に『ジョジョの奇妙な冒険』や『太臓もて王サーガ』)、『3年B組金八先生』のファンでもある。ゲーム、漫画、アニメ、音楽等の知識も豊富である。又、阪神タイガースを中心にプロ野球にも精通しており、2005年の阪神のリーグ優勝の折にはサンテレビの特番の進行役等もこなした。山本小鉄のモノマネが得意で、始めは無断で芸を披露していたことが心残りたったらしく番組のロケで本人に会い、芸を披露したところ本人は喜んで承諾してくれた。 その髭面の無骨な風貌と、只者ならぬ雰囲気から、ともすればTV等で初めて彼を観た人間の第一印象は「怖い人」と捉えられがちだが、実は人一倍礼儀正しく、先輩や後輩、そして女性思いであり、吉本きっての紳士である。また、低音の渋い声質からナレーションなどの声の仕事も多い。


《芸名》
芸名の由来は諸説ある。

1.
ピンでやって行く決意を固めた際、それ迄の人生で体験した事が無かった3つの事「結婚」「アナルセックス」「剣道」のどれかから芸名を付けようと思い立ち、「ケンドー」を選んだと語っている。(朝日放送「ナンバ壱番館」、「踊る!さんま御殿!!」より)

2.
プロレスラーのケンドー・ナガサキが好きで、「桂」や「笑福亭」の様に屋号のつもりで勝手に「ケンドー」という屋号を受け継いだ(毎日放送「いざゆけ!八木裕!」、TBS「個人授業(プライベートレッスン)〜正しい和田アキ子の作り方〜」)。
いずれも本人が語っていた事ではあるが、如何せん虚言癖が売りの芸風である為100%の信用を置くのは難しい。

今の芸名を名乗るようになってからは「ケンコバ」、あるいはそれ以前から使用されている「コバ」と呼ばれる事が一般的である(蛍原徹だけは「コバ」の「コ」の部分を上げる独特のイントネーションで呼ぶ)。また、明石家さんまなど、稀に「ケンドー」と呼ぶ共演者もいる。

ちなみに、かつてのコンビ名「モストデンジャラスコンビ」は「キン肉マン」に登場するブロッケンJrとウルフマンのタッグチーム名に因んだ物。ハリウッドザコシショウ提案によるものであるという。


【エピソード】
《他の人物との関わり》
同期の陣内の事を良くいじるが、コバヤシは陣内の売れなかった時代を知っている良き理解者であり、公私共に仲が良い。陣内の藤原紀香への告白を後押ししたのもコバヤシだとされている。最初は当然玉砕されるだろうと冗談まじりで発破をかけていたが、それが功を奏する結果となった。のちに披露宴にて陣内がピアノの弾き語りを披露した際、最初こそ笑ってしまいそうになったが、次第に素で感動し、たむらと共に泣いてしまったと翌日の『なるトモ!』で語っている。なお、陣内司会の『なるトモ!』出演時は、コバヤシが普段は身につけない大胆かつ奇抜なファッションで登場するのが恒例となっている。

過去に野性爆弾、カネシゲタカシと4人で「公共オマンコ機構」と言う、放送出来ない名前のパンクバンドを組んでいた事がある。

次長課長井上と師弟関係にある。井上が大阪で活動していた時期、相方河本準一が椎間板ヘルニアで入院した際に、代わりにコバヤシとコンビを組み、学園祭を廻ったことがある。また、2002年関西ローカルで深夜に放送されたドラマ「日常」では、2人で仮面ドライバーというフォークソングユニットを演じ、2006年同作品が劇場公開された際には再び井上と組んで各種イベントに出演した。 「base SUMMER SMILE O2 OSAKA」では、井上、バッファロー吾郎竹若と共にV作戦のモビルスーツの着ぐるみをダンボールで製作し「哀・戦士」を熱唱した。ガンダム=竹若、ガンキャノン=井上、ガンタンク=コバヤシと担当したものの、それぞれの顔が見えず、なおかつ若いファンは置き去りのネタであり、残念ながらその場での反応は薄かった。しかし、翌年の「base SUMMER SMILE O3 OSAKA」でも懲りずに野性爆弾城野、 ザ・プラン9浅越ゴエらを新たにメンバーに加え、「超時空要塞マクロス」に挑戦。デストロイド・モンスター=コバヤシ、ワンマン戦闘ポッド・リガード=城野、VF-1J バトロイド・バルキリー=竹若、VF-1S ガウォーク・バルキリー=浅越と扮し、「愛・おぼえていますか」を披露した。

前述のように熱狂的プロレスファンであり、専門誌にコラムも執筆していた。 2005年2月13日には、大阪プロレスにレスラーとして参戦を果たす。イステリアと組み、タイガースマスクと1対2の変則マッチを行い、タイガースマスクに敗れた。 特に越中詩郎と彼が率いる平成維震軍のファンのようで、自身が越中になりきったビデオ作品を作ったり、「アメトーーク」の持ち込み企画案として「越中詩郎大好き芸人」(コバヤシ、バッファロー吾郎の木村と竹若、博多大吉の4人)が越中について語り合う企画を発表したことがある。2007年1月25日に放送された土田晃之率いるガンダム芸人との対抗戦の反響は大きく、越中を知らない視聴者層にもその魅力をアピールした。放送後、越中本人の公式サイトでは、アクセスが集中して閲覧不能になったほどである。以降も同年5月2日、越中のIWGP挑戦の際、観客への煽り映像のナレーターを務める、同年6月22日のプロレス興行「カスイチ」にて、越中組のセコンドを行うなど、越中ブームを巻き起こした張本人としての活躍があった。さらに越中との共著として扶桑社より単行本「やってやるって!!」を出版した。

この「越中詩郎大好き芸人」に続き、『ジョジョの奇妙な冒険』好きの芸人を集めた企画「ジョジョの奇妙な芸人」を同番組に持ち込み、視聴者からの投票で番組プレゼン企画史上トップの77992票を得て見事採用された。コバヤシ本人の他にバッファロー吾郎、野性爆弾らが出演し、2007年8月2日に放送された番組は本作の読者でないと分からないマニアックなトークや企画で占められ好評を得たが、関西地区では「第31回全英オープンゴルフ」中継のため放送されず、関西在住のファンを嘆かせた。この件に関してはネット局の朝日放送に対して、多数の問い合わせや苦情が殺到。朝日放送ではこの要望を汲み、後日放送する事を決定した。当初、他の地域では「アメトーーク ゴールデンSP」の事前特番が放送される枠を潰して2007年9月13日に放送されることが発表されたが、さらに変更され9月20日深夜0時29分から放送されることが追加発表された。

2007年8月、メッセンジャー黒田と音楽ユニット「コバクロ」(ユニット名はコブクロにちなむ)を結成し音楽活動もインディーズで開始。

ダウンタウン松本は、ラジオ番組で「今、実力ある若手って誰がいる?」と言う質問に、コバヤシの名を上げ「あいつはやりよる。達者や」と評していた。そのこともあってか、人志松本のすべらない話にも準レギュラーとして出演している。 オール巨人は「オールザッツ漫才」にて、本当は自分もコバヤシのような下ネタで笑いをとる存在になりたかったと衝撃の告白をしている。 また、『ナインティナインのオールナイトニッポン』にゲスト出演した際は、その尽きる事の無い嘘話と猥談の巧みな話術を岡村隆史は繰り返し「素晴らしい」と絶賛した。


《レイザーラモンHGとの関わり》
2002年、baseよしもと出演の際、レイザーラモン・住谷正樹が腰を激しくグラインドしながらダンスをしていた姿からコバヤシは「お前はハードゲイか!」とツッコんだ。これが住谷がHGキャラを作りだしたきっかけとされている(その日の本番後、住谷はコバヤシの楽屋をおとずれ「女子中高生の前でハードゲイはないでしょ!」と詰め寄った。だがその後住谷はコバヤシに言われた「ハードゲイ」という単語が気になって仕方なくなり、ハードゲイの研究を始めるのである)。

又その年、奈良の大学の学園祭にレイザーラモンが出演した際、住谷はアドリブで観客に向かって「奈良フー!」と絶叫した。観客は全くの無反応だったが、共演したコバヤシは住谷に「お前『奈良フー』って何やねん!」とツッコみ、以降住谷は「フー!!」を連呼するようになった。

この様に、住谷がHGキャラを構築する過程に於いて、コバヤシの存在が大きく関わっている。その為コバヤシはHGに「アイデア料」を請求し、HG人気爆発後はその額は2億円にまで高騰している(勿論冗談である)。ちなみに相方である出渕誠の市川海老蔵のモノマネキャラ「市川AB蔵」もコバヤシ考案によるものである。

同じ筋肉キャラのなかやまきんに君の別キャラキャプテン☆ボンバーを生み出したのもコバヤシである。きんに君が住谷のブレイクで焦ってコバヤシに助言を求めたのがきっかけとされる。「新喜劇ボンバー!!」では第一回にコバヤシが「キャプテン★モスクワ」として出演した。

たむらけんじのふんどし&サングラスのスタイルを後押ししたのもコバヤシらしく、「なるトモ!」において海原やすよ・ともこは「コバのプロデュースしたキャラはヒットする」と評した。ただしコバヤシ自身はHGも含めて「貶める目的で勧めたらなぜかヒットしてしまった」と語っている。


《その他》
ロンドンハーツで、売れない時期は夜の生活で金を稼いでいた事を、たむらけんじに暴露された。

大好物はうどんで、1日1食は食べないと気が済まないと言う程好きである。共演者にうどんのどういう所が好きかと尋ねられ「セックスアピールがあるでしょ?」と言い返した。また、その拘りぶりからうどんに関するコラムを執筆したりもする。

戸籍上の結婚歴はないが、18歳の時に同じ病院に入院していた女性と2人だけで結婚式をあげた事があり、本人は「バツイチ」を自称している(「笑っていいとも!」で告白)。しかしその後、その女性は他県の病院に転院したらしく、それからは連絡を取っていないという。

東大阪市にある高校の学園祭への営業の最中、近くのビデオ屋で及川奈央がサイン会をやっていること聞き、ネタの時間を15分与えられたにも拘らず、5分で切り上げ、同じ営業グループだったサバンナにも5分で切り上げるよう無理強いして、残りの40分を友近に任した。この時、同行していた吉本の社員も怒るどころか一緒にサイン会へ駆けつけたため、友近は独り学園祭会場に残された。 特番『ケンドーコバヤシ妄想劇場』(『緊急特別DVD 追悼ケンドーコバヤシさん』にも収録)でも及川奈央を妻役としてブッキングするなど、熱の入れようが伺える。舞台裏では「及川奈央の電話番号を聞き出すように」と友近へ指示。友近は及川から電話番号を聞いたものの、「他人のプライバシーを勝手に教えることはできない」、とコバヤシへ教えることを拒否したため、コバヤシは激怒した。「CanCam」のインタビューでも、タイプの女性は性格を含めて及川だと答えている。ちなみに昔は南野陽子の顔が大好きだったらしい。

2007年2月21日放送の「明石家さんちゃんねる」にて、構成作家の勝木友香に本気でお付き合いをしてほしいとの告白をした。しかし、勝木友香は自身のブログで「あくまでお笑い」と説明しており、またコバヤシの芸風がウソと妄想であることに加えて、この時にはすでにコバヤシに彼女がいたため、これらはあくまで番組上のネタと捉えるべきである。その時のゲストの一人の美少女クラブ31の高部あいからゲストをほっぽらかしてひどいですと叱られる(もう一人のゲストは原幹恵だった)。そのこともあって明石家さんちゃんねるで告白のコーナーができた。

『ケンドーコバヤシ妄想劇場』など、メディア上では壮絶な家庭環境のもとに育った(「銀貨五枚で身を売られた」「僕は獄中出産」等)とコメントしているが、実は育ちがよく、とても行儀よく育てられた様子が他の芸人から暴露されている。母は習字教室の先生である。

性癖はかなりのM。彼女が男役、コバヤシがブラジャーとパンティを身に付けて女役になりきり、彼女から無理やりやられるというプレーをしていた。
テレビ朝日の深夜番組『美しき青木ドナウ』のコーナー「御冠」に出演した際、高校時代にやっていたラグビーで、人より体が小さいのをカヴァーするため、力を瞬間的に出せるからと括約筋を締める訓練をしていたせいで、現在では括約筋が思うように緩めることが出来ず、「ドMなのにアナルプレイが出来ない!」と怒り嘆いていた。

初めて出演した全国ネットのテレビ番組は、「警視庁24時」である。これはメッセンジャー黒田など芸人同士で飲んだ帰りに、悪ふざけで騒いでいた際、警察に注意された場面を放送されたと本人は語る。放送では「街で暴れる若者達」という内容で、モザイクをかけられた状態で出演していた。この手の番組が好きなコバヤシは自分が出ているのを見てビックリしたと語る。


大ケンドーコバヤシの大日記(本人ブログ)

(出典:Wikipedia)

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日常 恋の声

日常 恋の声
【邦画】 ありふれているけど思わず笑ってしまう、そんな大阪の街の日常を描いた「日常」の続編。今作は男女の他愛ない会話や、すれ違いによって生じる風景を笑いを散りばめ描いている。ケンドーコバヤシ、井上聡、友近、麒麟をはじめ吉本興業の人気芸人が出演。

劇団ひとり

劇団ひとり(本名・川島 省吾・かわしま しょうご、1977年2月2日生まれ )は、お笑いタレント、俳優、作家。千葉県千葉市出身。身長176cm、体重75kg。血液型はA型。太田プロダクション所属。


【プロフィール・来歴】
■父親の仕事がパイロットだった関係で、小学校2年から5年まで、米国アラスカ州アンカレッジに住んでいた帰国子女。当時、同じように父親がパイロットだったフィギュアスケートの村主章枝が近所に住んでいたため一緒に遊んだことがある。ただし現在の英会話能力は、日常会話程度であると自認している。

■千葉市立幕張本郷中学校卒業後、金剛学園高等専修学校(現・桜林高等学校)に入学後数週間で中退、同年に編入扱いで千葉県立京葉工業高等学校(機械科)に入学するが(理由は「学ランを着たかったから。」らしい)1年弱で中退後千葉県立船橋高等学校定時制普通科卒業。高校生活は計4年間になる。当時はヤンキーで、番組でヤンキー時代の写真が公開された。

■高校1年の1992年に、『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』内のコーナー「お笑い甲子園」に、バーテックスというコンビを組んで出場。その後太田プロダクション(以下、太田プロ)に所属しデビュー。なお、単独での契約だったが、これはバーテックスで相方を務めた男性にプロ入りの意思がなかったことによる。

■太田プロに入ってからは、一時代子役として活躍した経歴のある劇団日本児童出身の秋永和彦とお笑いコンビ「スープレックス」を組み漫才を展開。当時より川島の才能や完成度は、コアなファンやお笑いライターに評価されていたが、ボキャ天ブームや『進め!電波少年』で、太田プロがU-turnや猿岩石などのグループをメインに売り出していたことや、川島自身の遅刻・ドタキャン癖が影響し、『爆笑オンエアバトル』などには出場していたものの、ブレイクの機会を逸したまま2000年5月に秋永の蒸発を理由にコンビを解散、川島はピン芸人として再出発することとなった。

■ピン芸人になるにあたり芸名をネット掲示板で募り、そこに書き込まれた「カツカレー」を名乗ったことがある。しかし事務所に「カツ」という芸名の人物がいたために反対され、この芸名を使ったのは1週間ほどであった。

■様々なキャラクターを演じ分ける一人芝居風のコント(後述)が評判になり、お笑いライブや『新しい波8』『完売劇場』などのテレビ番組で徐々に知名度が上がる。

■2004年2月、『めちゃ²イケてるッ!』の「笑わず嫌い王決定戦」に出演。以降、メディアでの露出が次第に増える。また、俳優として、テレビドラマや映画などに活躍の場を広げる。

■2006年1月、小説『陰日向に咲く』で小説家デビュー。
(2008年新春、『陰日向に咲く』がV6の岡田准一主演で映画化予定。)

■2006年11月13日、“最も万年筆が似合う著名人”に贈られる「万年筆ベストコーディネート賞2006」を受賞。同賞は、輸入・国産筆記具メーカーや日本筆記具工業会など28社(協会)が共同で行っているプロジェクト。


【人物・エピソード】
■泣き芸が得意。事務所の先輩で同じく泣き芸を持つ上島竜兵からは「泣き芸をやめてくれ」と言われている。泣き芸には「仕込み」が必要だが、それは常に携帯しているわけではないので、長時間のロケなどの場合は「仕込み」が間に合わず泣くに泣けないこともある。テレビ番組で川島いわく、それは上島直伝の技である。

■ネタで演じるキャラクターはマニアックな人物が多いが、実際にはマニアックな物には興味が無いらしく、『中井正広のブラックバラエティ』や『タモリ倶楽部』の出演時に「この番組、僕には向いてないと思うんですけど」と発言している。

■友人で先輩の長井秀和がブレイクするきっかけとなったフレーズ「間違いない」は、もともと劇団ひとりが長井のものまねをする際に加えたものである。それを聞いていた長井本人が気に入り自らのネタに用いるようになった。

■「ひとりさん」と呼ばれることが多いが、タモリからは「劇団」、「ゲゲゾッゾ」、くりぃむしちゅーや後輩のスピードワゴンからは本名の「川島」「川島さん」と呼ばれることがある。本人は「なんとお呼びすればいいですか?」と聞かれると「“おい”とか“お前”で結構です」と答える。『SMAP×SMAP』では、「“省吾”って呼ばれたい」、『笑っていいとも!』では、「劇ピーって呼んでください」と発言(NEWSのメンバー、山下智久が山ピーと呼ばれていることに由来)。

■仕事上のプレッシャーに弱いと自覚しており、対談番組内で野球選手のイチローに「プレッシャーを克服する方法を教えてください」と質問したところ「ない」と即答され落胆した。

■日課は、盆栽に水をやることと、日能研の中学受験用ドリルを解くこと。中学受験に失敗した過去があり、学力をつけいつか落ちた中学の合格ライン以上の点数を取りたいと考えている。

■ルービックキューブが得意で、6面を42秒で合わせることが出来る。しかし、2006年7月30日に行われた「ルービックキューブ東京大会2006」に参加したものの133人中68位と予選落ちし、「今日でルービックキューブを置きます」と"引退宣言"を行った。

■家族関係のプロフィールについて、メディアで多く語られている。

■両親は日本航空勤務(父は現役国際線パイロット、母は元客室乗務員)で職場結婚。二男で兄、妹がいる。母はミス札幌選出歴があり、現在はマナー教室を主宰。川島の母と長年交際があるという土田晃之の母が語るには「(川島の母は)本当に品格のある方」だという。SF作家の川島ゆぞはおじにあたる。

■『リンカーン』で、母親の写真が公表されたときは、あまりの美貌に他の出演者からうらやましがられた。また妹もかなり可愛いが、性格がものすごくきついらしい。

■2ちゃんねる利用者であることを公言している芸人の一人。また太田プロが運営する掲示板に「桜子」というハンドルネームで「劇団ひとりって良いよね」と書き込んだことがある(『ロンドンハーツ』の「格付けしあう若手芸人たち」(2005年8月30日放送)より)。

■平成教育予備校で、辰巳琢郎・宇治原史規の京大卒2名に伍してユビキタス社会という用語を正解したことを司会のユースケ・サンタマリアにスルーされ、「パソコンをよく自作してるからですよ」と自分からアピールするハメになった。

■『ココリコミラクルタイプスペシャル』(2005年10月放送)で、ファンとの交流を深めたいという名目で女性と交際したことを告白した。『ダウンタウンDX』(2006年10月26日放送)での話によると、芸人としての伝説をつくるために何人のファンの女の子に手を出せるかという挑戦をしたらしい。

■滝川クリステルの大ファンである事を公言している。『クイズ!ヘキサゴンII』出演時に滝川クリステルと5回食事をする券がもし買えるならば、900万円払うと真剣な顔で言った。また、滝川の所属する共同テレビにファンレターを送ったという(が、本人曰く、事前に却下されたらしい)。「万年筆ベストコーディネート賞2006」の授賞式では、同賞を受賞した滝川クリステルが、スケジュールの都合で授賞式を欠席していた為、「滝川さんに会いたかった・・・。」と嘆いていた。しかし、一度メイク室が同じになった事があるが、本人は、わざと気付いていないフリをして話しかけなかった。

■AIBOを2年ほど飼っている。不審者を感知して写メールを自動撮影・送信する機能があるが、自身が帰宅すると必ず不審者扱いされ写メールを撮られるとテレビ番組で発言。

■『爆笑問題の検索ちゃん』での発言によると、女性への口説き文句に「今夜、劇団ふたりになっちゃおうか?」という、自らの芸名に引っ掛けたジョークを使う。

■中学時代はバスケットボール部に入っていてキャプテンを務めたらしい。

■ダウンタウンの松本人志が認める、面白い若手芸人の一人。「ひとり」という芸名が企画会議などで紛らわしいため「芸名変えたほうがええ」とも言っている。

■ある日焼肉がどうしても食べたくなったが誘う人がおらず、一人で焼肉店に行き、店員には「友達があとから来るから」と言って電話で友達と話すふりをし、友達が来れなくなったことにして一人で焼肉を食べたことがある。また、クリスマスにやはり一人でケーキと鶏肉を買い、見栄を張って店員の前でわざと恋人と電話しているふりをしたこともある(『爆笑問題の検索ちゃん』より)。川島本人が書いた小説「陰日向に咲く」の本に上記と似たような内容がある。

■『やぐちひとり』で共演している矢口真里からは「頼れる人」として認識されている。

■『やぐちひとり(C)』内で、一人暮らしの料理の非効率性(一人分という分量とコスト、時間のアンバランス)を解消するための新調理法、具ッバイクッキングを考案。いわゆる「具なし料理」で、番組内では(具なし餡のみの)具なし中華丼、(たこやネギのない)具なしたこ焼き、(バターとマーガリンのみの)具なしサンドイッチ、(ネタのない)具なし寿司を試食したが、全体を通して好評といえるものではなかった。ただ企画の最後には、具ッバイクッキングを通して「日頃の寂しい料理、例えばお母さんが作ってくれたそっけないの料理も、愛情という一番おいしい具がかかっていると考えると、さらにおいしく食べられる」ことを伝えたかったと漏らした(2007年5月15日放送『やぐちひとり(C)』より)。

■『ダウンタウンDX』内で、「地球最後の日の晩餐は?」(2006年放送)というお題に対して、「ドミノ・ピザのドミノ・デラックスとシーフード・スペシャルのハーフ&ハーフにポテナゲを付けて食べたい」と答えている。この発言がきっかけとなったのかは不明だが、2007年夏より宅配ピザチェーンのドミノ・ピザのイメージキャラクターとなり、ドミノ・ピザのファン代表「ドミノ★スター」として、TVCMで山本リンダの名曲「どうにもとまらない」の替え歌で「ド〜ミノとまらない♪」を熱唱している。ちなみにダウンタウンの浜田雅功は、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』内で、何故かたまにドミノ・ピザのロゴマークがプリントされたTシャツを着ていることがある。


【芸風】
■さまざまなキャラクターを演じる一人コント。

■川島省吾を「座長」とし、川島演じる数々のキャラクターを「団員」と呼ぶ。


《団員リスト》
・尾藤武
・つっぱり亭津田沼
・ウォン・チューレン
・北八先生
・山岡春樹
・ピーナッツ雷太
・ペペ
・ミラクル羽山
・川島マネージャー
・城波流夫
・オマール
・滝沢翼
・満田丹五郎
・堀口 進(ハンマー堀口)
ほか多数。

(出典:Wikipedia)

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