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ザ・たっち

ザ・たっちは、双子の兄弟によるお笑いコンビ。所属事務所はホリプロコム。栃木県下野市出身。

【メンバー】
■たくや(兄)(本名・角田拓也(かくた たくや)、1982年11月10日10時54分 - )
■かずや(弟)(本名・角田和也(かくた かずや)、1982年11月10日15時12分 - )

血液型はいずれもA型。星座はいずれもさそり座。一卵性双生児。生まれた時間はたくやの方が5時間ほど速い。

母親が漫画『タッチ』が好きで、二人が生まれた時、この漫画に登場する双子の兄弟「上杉達也」と「上杉和也」から名前を取りたいと思っていた。しかし、二人に名前を付けようとしていた当時『タッチ』の上杉達也(兄)はダメキャラで、上杉和也(弟)は野球部のエースだった。兄は達也のようになっては困るということで「達也」ではなく「拓也」と名付け、弟には「和也」と漫画通りの名前を付けた。その後、『タッチ』作中で弟の和也は死亡し、それにより達也は野球部のエースになっていく展開となったため、二人の命名に母親は後悔しているとのこと(以上、『東貴博 ニッポン全国 ラジベガス』『金スマ』『新堂本兄弟』にザ・たっちが出演した際の話による)。


【逸話】
■実家は理容店を経営。髪は二人とも実家に帰った際に切ってもらっている。父親は警察官(『徹子の部屋』2006年11月1日放送分で判明)。

■ホリプロのお笑い芸人養成学校「目黒笑売塾」の1期生。元々は『角田ペア』というコンビ名だったが、社長命令で連絡なしに『ザ・たっち』に変更され、ライブの出番表を見て自分達は出ないと思い、出番直前に名前が変わった事に気づいた。

■お互いが同じ日にお笑い雑誌を購入し、芸人になるのを決意していたほど常に気が合う。しかし、普段も同じ日に二人とも同じ本を購入してしまうため、同じマンガばかりが2冊ずつ増えていったと言う。

■高校時代は別々の高校に通っていたが、兄・たくやが教師に「双子で何かやりたい」と相談すると「サーカスかお笑いしかない」と言われた。

■2005年夏のタッチ再放送時の『タッチ探検隊』に出演した時、「こっち(漫画)がパクった」と発言していたが、実際には当然逆である。もちろんギャグの一環である。

■2006年7月放送の『おしゃれイズム』に出演した時、『タッチ』の作者あだち充と面会し、サイン色紙をもらったエピソードを披露した。この時、あだちに自分たちの名前やコンビ名が『タッチ』に由来する旨を語っており、あだちから「今はいいけど、これ以上売れたら潰す」と言われた。

■時折テレビで『タッチ』の話題が出ると、実際に上杉兄弟に扮して(明青学園のユニフォームを着用)登場することもある。しかし、物真似をしても似ていないので、共演者からブーイングを浴びることが多い。また、タッチのヒロインである浅倉南などのモノマネをやっている桜井ちひろとタッチのコントで共演した事もある。

■さらに、『めざましテレビ』『ラジかるッ』等の情報番組に出演する際、BGMは必ず岩崎良美の曲がかかる(『タッチ』『君がいなければ』等、タッチのテーマ曲)。

■二人は全く同じ服・靴を履いているので、どっちがどっちかわかり難いが、見分けるポイントとしては、かずやがたくやに比べ色白であり、かずやには左目の下にほくろが3つ並んでいる。

■二人とも小学校低学年時代は現在と同様に背が低く、身長順に並ばされると常に一番前だった。

■下着と靴下は共用。

■衣装は必ずといっていいほど半ズボンを着用。2007年3月に行なわれた第44回ゴールデン・アロー賞授賞式でも、着用していた3つ揃えのスーツのズボンはやはり半ズボンだった(おそらく既製のズボンの裾をひざ下でカット)。

■『ザ!世界仰天ニュース』2006年10月25日放送分に出演した際に番組でDNA型鑑定を受けたところ、彼らが一卵性双生児である確率が99.999 999 999 999 2%と診断された(ちなみに三倉茉奈・佳奈も同時に診断を受けた)。因みに、彼らにとって三倉姉妹は長文を2人同時に合図もせずにすらすらと言えるということで憧れの双子であり、「彼女たちはプロの双子だ」と評する。かずやはマナ、たくやはカナとタイプがそれぞれ違う。

■斉藤祥太・斉藤慶太兄弟を、キャラが被るということで、勝手にライバル視している。

■2人とも同じレンタルビデオ店でアルバイトをしていたことがある。最初はかずやだけが働いていたのだが、仕事ぶりが店長に褒められ、「お前みたいな奴がもう一人いればな」と言われたので、たくやを紹介した。その後、たくやが客とトラブルになった際、たくやがいない間に何も知らないかずやが客の前に出てきたため、いきなり怒鳴られた事がある。

■身長、体重、体型などほぼ同じであるためブレイク前から実験番組などの出演が多く、事務所ではモルモット芸人と呼ばれたこともある。

■『タモリ倶楽部』空耳アワーのVTRに登場したことがある。

■二人ともお気に入りのAV女優はみひろだとの事。

■『嵐の宿題くん』にて、兄弟で逆立ちと似顔絵対決をした結果、運動神経や画才は、かずやの方にやや分があることが判明した。

■マナカナとは同じ一卵性双生児である事から、度々比較されている。また、たっちが売れ出してからマナカナも再び露出が増え始め、マナカナがたっちの事に関する話をすると話題になる為、相乗効果が発生しているともいえる。マナカナとは様々なエピソードがあり、マナカナがキングコング西野に「おまえら、たっちと付き合えって!」と何度も言われた時には真顔で「ほんとに嫌なんです」と本音コメントしていた。マナカナと合コンをした事があるが、マナカナは「ただご飯を食べただけ」と一蹴。両者共に『双子同士が結婚し、産まれた子供同士は似ているのか』という疑問を持たれるらしく、その疑問に応える為に結婚し、子供を産めと冗談で言われた事もある。マナカナはたっちの「ちょっと!ちょっとちょっと〜!」(後述の芸風)というギャグを他番組でよくしている。双子なので言動が揃うというイメージがある為か、たっちが「合図をして揃えている」と発言すると共演者は驚くが、マナカナは早くからこれを見抜いており、たっち曰く、唯一見抜いた人だとか。

■兄たくやは辛い物が苦手だが、弟かずやは逆に辛い物が好き。双子でも微妙に相違点があるらしい。

■兄たくやの右腕と弟かずやの左腕には、同じ様な位置に同じ様な形のアザがある。

■ある舞台の本番前に、緊張しすぎた弟かずやの左の鼻の穴から鼻血が出始めたため、鼻にティッシュを詰めて本番に望んだ。ところが今度は本番中に兄たくやの右の鼻の穴から鼻血が出始めた。弟かずやの鼻の詰め物も限界に達し、2人で鼻血を流したまま芸を演じ続けた。

■声優としてYes!プリキュア5の映画に出演したとき、演じるのが難しかったと語っている。


【芸風】
双子である事を上手く使ったショートコントや、物真似芸などを得意とする。

ネタの合間には「ハイ、キュッキュッキュ」と二人で窓拭きをするような仕草でブリッジを入れる。『爆笑問題のバク天!』の『バク天芸人』コーナーではたったの2秒しかネタを披露できなかったというエピソードがある。以前は、ライブドア前社長の堀江貴文のモノマネをネタとして使っていた(『お笑いLIVE10!』での共演時は堀江と共に持ちネタの「キングギドラ」を行った)が、堀江が証券取引法違反の疑いで逮捕された事をうけて、今後このネタを封印すると宣言した。以降、同じ双子の芸能人であるおすぎとピーコのモノマネでの漫才披露を主としている。

最近(2006年現在)では、以下の同時ツッコミや一発ギャグがある。

■「ちょっと!ちょっとちょっと!」 - ※はなわからもらったネタだが、マナカナにネタを取られることが良くある。
■「なんで!なんでなんで!」
■「お前、いつか、殺す!」(最後に投げキッス)
・「殺す!」の部分がゴールデン番組では放送上の関係から「ぶっ飛ばす!」または「踏んづけてやる!」になることもある。
■「幽体離脱〜」(二人が上下重なった状態から上のほうが起き上がる)
・その後再び重なり合い、「…からの蘇生〜」というパターンもある。
・又、顔一つ分ずらした状態で重なり起き上がる「帝王切開」もある。
■二人が前後に立ち、EXILEの『Choo Choo TRAIN』のイントロの振り付けのようにグルグル回りだす「残像」
■映画・転校生(おれがあいつであいつがおれで)をネタにして「わー、なんだこの顔、この体、俺のじゃない」とか、2人が取っ組み合いになり、ぐるぐる回っているうちにどっちがどっちだか分からなくなるという、双子ならではのギャグも持っている。
■2002年のPRIDE.21での高山善廣vsドン・フライの壮絶なパンチ合戦を模したギャグがあるが、「高山選手とドン・フライ選手の男と男の拳での語り合いを下賎なコントのネタにした」としてネット上では格闘ファンから痛烈な非難を受けている。
■おつまみギャグ…「裂けるチーズ」
■「グッド!グッドチョロリン!」
ちなみにこれらのネタをする際は兄たくやが合図をするため、微妙にズレることがある。合図を出していると唯一見抜いたのがマナカナである(前述)。

また「ますだおかだのオールナイトニッポン」出演時、多数のギャグを譲り受けるもややすべりの模様。


【物真似レパートリー】
■おすぎとピーコ
本人は「ザ・たっちはキャラクター使用料を払っていないので認めていない」と公言している。だが、2006年12月27日に放映された「笑っていいとも!特大号」で、おすぎとピーコ自らが「ザ・たっちのやるおすぎとピーコ」および「ショートコント・幽体離脱」の真似を披露した。
■記者会見場から出てくるライブドア前社長・堀江貴文(逮捕後はネタを封印)
■武部勤
■竹中平蔵
■佐々木健介 & 北斗晶夫妻
■美輪明宏 & 江原啓之
和田アキ子がゲスト出演した時のオーラの泉の場面を演じるのだが、厳密には二人が演じるものはその時の場面とは少し異なる。
ダブル江原という形で真似することもある。
■キングギドラ(顔写真のお面を使用)
■横峯さくら & 横峯良郎
■彦摩呂


(出典:Wikipedia)

サンドウィッチマン

サンドウィッチマンは、伊達みきおと富澤たけしの2人による日本のお笑いコンビである。フラットファイヴ所属。1998年9月にコンビ結成。2007年M-1グランプリ王者。

【メンバー】
伊達みきお(だてみきお、1974年9月5日 - )
■ツッコミ担当。パワフルな突っこみはプロの間で定評がある。
■宮城県仙台市泉区出身。身長170cm。体重88kg。趣味は野球を始めとするスポーツ。
■仙台藩家臣で一家の家格をもっていた大條氏(独眼流で有名な伊達政宗の9代前の当主・伊達宗遠の息子が分家)嫡流で明治期に伊達姓に復姓した家の出である。

富澤たけし(とみざわたけし、1974年4月30日 - )
■ボケ担当。ネタ作りも担当している。
■東京都生まれ宮城県仙台市泉区育ち。身長170cm。体重76kg。趣味はTVゲーム、ワールドサッカー観戦。

コンビ名はサンドウィッチマンに由来。後述するようにもともとメンバーが3人だったため、結成初期より「3(サン)」の入った言葉をコンビ名としており、サンドウィッチマンもその理由でつけられた。ほかに候補として三途の川、三角関係、三角州などがあった。


【ネタ】
多用されるシチュエーションとしては次のようなものがある。
1ヤクザのような外見をしている伊達を富澤が「暴力団の方ですか?」「出所祝いですか?」などといじり、伊達がつっこむ。
2富澤が言葉を勘違いし、伊達が「言ってねぇよ」と指摘する。
3伊達の話に対して富澤が「ちょっと何言ってるかわかんないですね」とボケ、「なんで何言ってるかわからないんだ」とつっこむ。
4元ラガーマンのため二人共体格は似ているが、相対的に恰幅のよい伊達の体型を富澤がいじる。
なお本人達はネタ以外ではボケ、ツッコミの役割分担は気にしていないため、フリートークでは自由なポジションで対応している。


【来歴】
■2人は仙台商業高等学校の同級生で、高校時代のラグビー部で知り合う。
■卒業後、お笑い芸人になりたかった富澤は、アルバイトの傍ら1995年に創立された仙台吉本に所属して別の相方と組んでいたが、本来は伊達と組みたいと考えていた。
■仙台事務所が閉鎖されたため、富澤は福祉関係の仕事に就いていた伊達を誘い、1998年に二人で上京(これは同期だったポプラ並木が上京し、お笑い芸人として活動を始めた影響とのこと)。
■二人はまず『親不孝』と言うコンビを結成、その後、浜田ツトムを入れたトリオで『サンドウィッチマン』を結成。浜田が脱退(現在は『メインストリート」』というコンビで活動)した後も元のコンビ名には戻さず、そのままになっている。
■かつてはホリプロやH・R事務局に所属していた。
■2005年・2006年のM-1グランプリでは準決勝まで進み、2007年では敗者復活戦から決勝前半戦を1位通過、最終決戦でも審査員7人中4票を獲得し、優勝を果たす。またM-1グランプリ史上初、敗者復活戦枠から決勝及び最終決戦まで進み見事優勝を勝ち取ったコンビとなった。


【エピソード】
■憧れているお笑いコンビはさまぁ〜ず。
■2007年10月27日、2人の母校・仙台商業高等学校の文化祭「仙商祭」に出演した。ただし、2人が在学中の頃の青葉区の校舎から、泉区に新築移転していた。
■東京進出9年の今でも、コンビ2人でアパートに住んでいる。
■「ヤクザに似ている」ことをネタにされる伊達だが、実際に歌舞伎町を歩いていたら本物のヤクザに「大久保さんですよね?!」と組の偉い人に間違われた事があるという。


【受賞歴】
■第7回M-1グランプリ優勝(2007年)


サンドウィッチマン(公式サイト)
サンドウィッチマン 伊達みきおオフィシャルブログ「もういいぜ!」
サンドウィッチマン 富澤たけしオフィシャルブログ「名前だけでも覚えて帰ってください」


(出典:Wikipedia)

桜塚やっくん

桜塚やっくん(さくらづかやっくん、1976年9月24日 - 、男性)はお笑いタレント、声優。通称「やっくん」。なお現在は年齢非公表で活動している。以前は本名の斎藤 恭央(さいとう やすお)で活動していたが、改名した。神奈川県出身。日本大学高等学校、日本大学芸術学部映画学科演技コース卒業。トップコート所属。血液型B型。2006年に歌手としてもデビューした。


【活動履歴】
■お笑いコンビあばれヌンチャクのツッコミ(場合によってはボケ)&絵描き&ネタ作成を行っていたが、コンビは解散。芸を模索していたところ、オフィス★怪人社のIKKANにスケバンのネタをやろうと進言され、「スケバン恐子」というキャラクターが作られた。現在はこの桜塚やっくん(さくらづかやっくん)と改名し、『エンタの神様』(日本テレビ系列)を中心に活動中である。なお、うたばん出演時も石橋貴明らにあばれヌンチャクの件に関してしつこく問われたが、自分からは口に出さなかった。しかし、ゲストで呼ばれていたコージー富田にあっけなくばらされた。

■声優としての活動歴もあり、2002年にアニメ『満月をさがして』のオーディションを受け合格、これをきっかけに声優業の活動を始める。同作品では主役級のタクト・キラ役を演じ、その甘い声と繊細な役柄から若い女性のアニメファンを中心に支持を得た。同番組の企画CDではタクト・キラ役で歌「ETERNAL SNOW」も披露している。これが初めての歌の仕事であったことを、同時収録の声優対談で明かしている。現在は声優としては開店休業状態で、公式サイトにおいても全く触れられていないが、本人はいくつかのインタビューで「人を喜ばせるのが好きだから、お笑いだけじゃなくドラマでも映画でもいい」旨の発言をしており、「声優・斎藤恭央」の復活も視野に入れているようである。

■2006年7月19日、歌手として、自身が作詞した「ゲキマジムカツク」でCDデビュー。(作曲:Anchang(SEX MACHINEGUNS))。

■2006年10月18日には2ndシングル「1000%SOざくね?」を発売。タイトルはシブがき隊の「100%…SOかもね!」と、若者言葉の「うざくね?」をあわせたもの。

■2006年のNHKの紅白歌合戦に、個人男性としては前年のゴリエに次いで史上2人目となる紅組としての出場が報道されていたが出場者としては選ばれなかった。


【人物】
■昔ジャニーズJr.に所属していたこともあり、整った顔立ちをしている。

■漫画収集が趣味で5000冊以上所持している。

■エンタの神様で、女性客から「やっちゃ〜ん」という声援が聞こえ「何でアタイの小学生時代の愛称を知ってるんだよ!」っと突っ込み、自分で小学生時代の愛称を暴露した。

■かつては「ピンク・レモネード」と言うバンドでボーカルをしていた。あばれヌンチャク時代のインタビューのほか、自身のブログでも語った。その際には作詞などもしていたが、あまり真剣なものではなかったと語っている。

■たいがー:りーは中学校時代の先輩。(2007.6.2のエンタの神様より)

■2007年4月21日、甲子園での阪神対巨人との試合で、始球式を担当した。その日、放送席で自ら「阪神ファン」であることを明かした。


【スケバン恐子】
■スカート丈の長いセーラー服(06年10月からスカーフが水色になった)、竹刀、ロングのパーマかつらを装備した女装キャラクター。一人称は「アタイ」。コージー冨田に「あゆに似てるな」といわれたのをきっかけとして誕生。関東スケバン連合の初代総長という設定。舞台上から観客を指名しツッコミ役をさせるという芸風が評判となりブレイク。2006年9月3日の「東京ガールズコレクション2006 A/winter」出演や、映画「スケバン刑事 コードネーム=麻宮サキ」特命宣伝刑事にと、幅広いジャンルで活躍している。

■ネタの内容は、初めに数名の観客を指名し、スケバン恐子のボケに対して指定された言葉(例:「早いよっ!」「ダジャレかよ!」など)を観客にツッコませるというもの。2006年4月からは有名は童話やテレビ番組などの紙芝居をするという内容になり、観客には作品に登場する人物などの役をやってもらうようになった。

■指名する観客の数は当初は3人だったが今は2人である(ただし現在もまれに3人になることがある)。観客を指名する際には、変わった呼び名を付けることがある。

■女装キャラとしては異例の美形なため、女性ファンが多い。観客に「カワイイ!」と言われると逆ギレする。

■芸の内容上、ネタ時間の調整が比較的容易にできるため、生放送の帳尻合わせにも使われる。大晦日のエンタの神様拡張版とも言える番組「輝け!今夜決定2005年お笑いネタのグランプリ」では審査員が大賞を選考している間にネタを行っていた。

(出典:Wikipedia)

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ザ・ちゃらんぽらん

ザ・ちゃらんぽらんは吉本興業東京本社所属のお笑いコンビ。1996年4月結成。2007年2月17日までは『ライセンス』というコンビ名であった。


【メンバー】
■井本貴史(いのもとたかふみ) 1978年1月27日生まれ。171cm、59kg。B型、奈良県北葛城郡王寺町出身。ツッコミ担当。

■ファミレスでメロンソーダばかり頼む人にもキレ、好きなおでんの具を聞かれただけでもキレ、自分の気に入らない携帯の着信音が鳴るだけでもキレる。藤原いわく「ヤクザ」。auショップや銀行で店員の態度にキレまくり、最新機種の携帯に変えてもらったり、袋いっぱいの粗品をもらったりしている。

■やんちゃだったことがあり「元ヤングランプリ」という企画で圧倒的な強さを見せ2回連続優勝。恐ろしい武勇伝を語った。昔は紫の坊主頭だったらしく、満員電車に乗っても井本の周りだけ空くような怖さであった。寝る時は壁に沿ってうつぶせ、高校時代は枕を持参していたと、「ヨシモト∞」で語っていた。


■藤原一裕(ふじわらかずひろ) 1977年9月20日生まれ。181cm、69kg。O型、奈良県生駒市出身。ボケ担当。

■近所の大学生とよく遊んでいる。

■小学校高学年から中学2年にかけてほとんどしゃべらなかった。久しぶりに口を開いた時にはすでにあの低音になっていた。

■爽健美茶のことを爽健美ティーと言う。

■別名、バキューム藤原。


【略歴】
■1996年4月 - 「ライセンス」結成。元は奈良県立上牧高等学校(現:奈良県立西和清陵高等学校)の同窓生で、当初は藤原・井本・別の友人の3人組だったが、後に藤原・井本のコンビになった。NSCの卒業生ではなく、オーディションで大阪吉本興業入りした。

■1999年3月 - 第29回NHK上方漫才コンテスト優秀賞。

■1999年4月 - 吉本興業所属の4組によるユニット「news」からなかよしが抜けてライセンスが加入。他のメンバーはガレッジセール、シャンプーハット、アップダウン。

■2000年 - ランディーズ・ロザンと共に関西の若手男前芸人によるダンスグループ「WEST SIDE」のメンバーに選ばれたが、東京進出のため辞退。代わりにキングコングが加入。

■2001年2月 - baseよしもとを卒業、ボケ・ツッコミを入れ替え、東京進出。この頃から、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の前説を始める。

■2006年12月24日 - M-1グランプリ敗者復活戦に勝利し、コンビ結成10年目にして初めて決勝進出を果たした。(結果は6位)

■2007年2月18日 - コンビ名を「ザ・ちゃらんぽらん」に変更。2月7日放送の世界バリバリ★バリューにて、島田紳助の提案した罰ゲームがきっかけとなり、2月13日に正式に決定した。「ライセンス」としての活動は2007年2月17日の月1単独イベント『LICENSE Vol.ENJOY』が最後となり、翌2007年2月18日のアッコにおまかせ!出演が「ザ・ちゃらんぽらん」として最初の仕事。


【概要・エピソード】
■ライセンスというコンビ名は英語の辞書を適当に開いて目に入った単語からとった。

■このコンビ名からダウンタウンの松本人志から「無免許芸人」と揶揄されたことがある。

■藤原の独特のボケと井本の関西弁の突っ込みが若い女性層で人気。藤原の低音の美声が持ち味の一つ。漫才よりもコントに定評がある。しかし、若手漫才師日本一を決めるM-1グランプリにおいても、常に準決勝まで進出していた。

■二人の関係はジャイアンとのび太。ジャイアンが井本、のび太が藤原である。藤原はジャイアン井本にしじゅう騙されたり、虐められたりするが、困ったときは優しく助けてくれる井本を見て、「ジャイアンはいつものび太を虐めるけれど,本当はのび太のことが好きなんだ」と悟ったらしい。ちなみに、M-1の決勝でもドラえもんのネタをした。

■藤原が喘息の発作を起こした時、一人暮らしでどうすることも出来ず苦しんでいた経験から、現在でも井本は藤原が遅刻する度にメールをする。

■以前は「男前コンビ」とビジュアルを表に出した売り方をしていたが、実際にどちらも「マンスリーよしもと」の男前ランキングでは2007年度の第8位が藤原、第9位が井本とコンビ揃ってランクインしている。

■初めての仕事のギャラは700円だったらしい。(本人たちがインタビューにて公表)[要出典]

■奈良にいる頃、ネタ合わせ中にUFOとミステリーサークルを見たらしいが、誰にも信じてもらえなかった。井本はUFOを3回見た事がある。井本の母はUFOを至近距離で目撃した。(おしゃべりやってま〜す 水曜日より)

■井本は渋谷に行くと必ず職務質問される。

■藤原は2月12日の「ヨシモト∞」で肥満であることが判明した。

■2007年4月より「ヨシモト∞」木曜2部のナビゲーターを務める。

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さまぁ〜ず

さまぁ〜ず (SUMMERS) は、日本のお笑いコンビ。大竹一樹と三村マサカズの2人からなる。所属事務所はホリプロ。2000年10月以前は「バカルディ」というコンビ名で活動していた。


【メンバー】
■大竹 一樹(おおたけ かずき)
・1967年12月8日生まれ
・東京都墨田区出身
・主にボケ担当で、ネタの草案作りも担当する

■三村 マサカズ(みむら - )
・本名: 三村 勝和 (読み同じ)
・1967年6月8日生まれ
・東京都墨田区出身
・主にツッコミ担当


【略歴】
東海大学付属高輪台高等学校の同級生として出会う。

1988年5月、友人に連れられてホリプロの事務所に遊びに行ったことがきっかけでお笑いの道へ進む(当初はB21スペシャルに憧れ3人組であった)。1989年4月、ホリプロのお笑いライブに出演し、お笑いコンビ「バカルディ」として活動を開始。「バカルディ」はネタを考えていた時に着ていたTシャツの文字から適当に取った。

1990年代前半、ホンジャマカらと共に関東期待の若手芸人としてテレビ・ラジオ等で活躍。しかし90年代半ば頃からメディア露出の機会が減り、しばらく不遇の時期を過ごした。その後は主な活動の場を舞台へと移し、コンスタントにライブ活動を続けていた。

2000年に出演した『新ウンナンの気分は上々。』(TBS系)の企画において、コンビ名を「さまぁ〜ず」に強制的に改名させられた(後述)。これをきっかけに再び世間の注目を集め出し、三村独特の「〜かよ!」に代表されるツッコミ芸(通称「三村ツッコミ」)が認知されブレイク。これを足掛かりに徐々にその活動の場を広げていった。

2000年以後のお笑いブームの中にあって、いつでも一定以上の仕事が出来る中堅コンビとしてテレビ番組や舞台、書籍など様々な分野で活動中。2003年、第41回ゴールデン・アロー賞芸能賞受賞。


【特徴・エピソード】
■その芸歴の影響か、大竹が書くネタの原点には常に何かしらのネガティブな発想が扱われる。反面、即興芸の場では2人ともに下ネタを好む。

■低迷していた頃、三村は大竹に「ヨゴレ仕事は全部オレが引き受けるから、お前は思う存分ネタを書け」と言い続けていた。

■持ち芸の「悲しいギャグ」をまとめた本・『さまぁ〜ずの悲しいダジャレ』『さまぁ〜ずの悲しい俳句』は、いずれもベストセラーとなった。

■コントの代表作に「美容室」「家庭教師」「芝刈り機」「銀行強盗」など。

■登場時の「つかみネタ」として、汗を拭うフリをしながら三村が「冬なのにさまぁ〜ず!(大竹がやらず)・・・やれよっ!」と言うものがある(春・秋も同様、夏の場合は「夏だから、さまぁ〜ず!」となる)。また主にネタ見せ番組などでの出囃子(登場する際のBGM)として、「さまぁ〜ず (SUMMERS)」に引っ掛けてTUBEの「SUMMER CITY」などが使われる。

■毎朝三村の車に同乗して仕事場にやって来るなど、とても仲のいいコンビ(大竹も車は所有している)。大竹曰く、「うちらはキャイ〜ンの次ぐらいに仲が良い」。

■2005年には自身のコントライブから派生したバンド「マイナスターズ」として、CDアルバム『ネガティブハート』を発売。その後も不定期でマイナスターズとして音楽活動を行っている。


【改名】
TBS系列のバラエティ番組『新ウンナンの気分は上々。』において、海砂利水魚(のちのくりぃむしちゅー)と因縁の対決として数々の企画が組まれた。当初は芸能界引退を賭けた勝負であったが、3回目の対決となった2000年10月20日放送分において、卓球対決を行い、敗れた方が罰としてコンビ名を屈辱的な名前に改名させられることになった。

「さまぁ〜ず」というコンビ名は内村光良(ウッチャンナンチャン)とYOUによって命名された。由来は2人とも好きな季節が夏だから、という単純なもの。当初改名は期間限定の企画であったが、ビーチバレー対決の頃になると「さまぁ〜ず」の名で徐々に人気が上がってきたこともあり元に戻す必要性がなくなってしまったため、有田の提案で負けたら個人の芸名をそれぞれ「ビーチ三村」と「大竹すいか割り」にする予定になったが、結果は海砂利が負け、幻の芸名となり、海砂利の方が改名させられた。

お笑い芸人の看板とも言うべきコンビ名を安易に替えてしまった内村はその責任を重く感じ、その後両コンビ(特にさまぁ〜ず)を自身のレギュラー番組などで積極的に起用していった。これが不遇の時期を過ごしていた両コンビに世間の目に触れる機会を与え、のちのブレイクを後押しする形となった。

(出典:Wikipedia)

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