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寺門ジモン(ダチョウ倶楽部)

寺門ジモン(てらかど じもん、1962年11月25日 - )は、日本のお笑いタレントでダチョウ倶楽部のメンバー。所属事務所は太田プロダクション。

兵庫県川西市出身。本名は寺門義人(てらかど よしと)。身長は169cm。血液型はA型。


【プロフィール】
もともとは役者を目指しテアトル・エコー附属養成所に所属していたが、将来に不安を感じ、お笑い芸人に転身することを決意。

同僚で同郷出身の上島竜兵と連れ立ってテアトル・エコーの先輩・渡辺正行に会いに行き、渡辺から肥後克広、南部虎弾を紹介される。これがダチョウ倶楽部の出発点となった。

メンバーからは絡みづらいといわれているため、テレビ出演や志村けん達との飲み会では肥後と上島でいることが多い(ジモンは酒が飲めない)。メンバー内では一番持ち芸が少ないが、実は1番面白いというのが浅草キッドの評。

最近では他のメンバーと比べてサスペンスドラマに出演する機会が多く、俳優としても成長中である(映画『黄泉がえり』では、役者として自然体の演技をみせている)。

足が短い、顔が大きい、体を異常なまでに鍛えているなどの特徴が相まって今田耕司に「体のバランスがおかしい」と言われている。東野幸治など、番組共演者の中には、何ものにも属さず他の追随を許さない孤高の精神に敬意を払う者も多い。

上島と同様、関西出身にも拘らず、関西弁を殆ど話さない。


《肉体派芸人》
趣味は体を鍛えることで、テレビ番組出演時の筋肉アピールは有名。本人は物真似の対象となることはなかったが、ものまねタレント・ホリがネタとして寺門の筋肉アピールを取り上げてからは、ネタや会話に詰まると自身の鍛えた筋肉をポーズでアピールする癖が一般に知られることとなった(ホリがネタにするまでは、寺門自身もこの癖に気付いていなかった)。

尚、一世を風靡したギャグ「聞いてないよ〜」は、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』でジモンがボソッとつぶやいた一言が元となっている。(何枚ものスチロールの壁を破ってゴールを目指すゲームのなかに、硬い壁が仕込まれていて、そこに激突したときに出た言葉)

ダンベルなどの人工的な重りを使わず自分の体重と重力のみを利用するゴッチ式トレーニングを30年以上毎日欠かさず実践している。『芸能人スポーツマンNo.1決定戦』初期の常連でもあった。特に腕立て伏せでは他を圧倒する成績を見せていた。その為、ダチョウ倶楽部内での通り名は「筋肉バカ」であり、あの江頭2:50ですらも、ジモンの筋肉バカぶりを「あいつはキチガイだ」と評している。この鍛錬が発展し、寺門は「ネイチャージモン」(後述)へと変貌していく。


《趣味・グッズマニア》
1990年代からは、ナイキのエアマックス、カシオのG-SHOCK等、多種多様な物を収集する「コレクター、グッズマニア」として知られる様になった。物に対するこだわりや豊富な知識、情報収集に掛ける情熱は趣味の範疇を逸脱しており、その道の専門家と独自に交流していることからセミプロの域に達していると言える。

芸能界では所ジョージと並ぶスニーカー通として有名。一時のエアマックスブームの際、大量にニセモノが出回った時には、目利きとしても活躍していた。『深夜水族館』など深夜の通販番組などでもコレクターマニアっぷりを披露している。また、下着はブリーフ派。

自身がオオクワガタの名産地出身のためかオオクワガタ採集・飼育も非常に好きで、クワガタ業界では有名人となっており、様々なクワガタ雑誌で数多くの記事を書いている(一番多いのは採集記)。自称、オオクワガタブームの先駆者とも言っている。今でも年に数回仲間や兄と共にオオクワガタ採集に出かけているそうである。冬季に入山し、夏に採集する際のルートを決めるとのこと。また、必要以上に乱獲したり樹木を破壊したりといったモラルの無い採集は絶対にしない。兄は薬学の研究員で、兄弟で菌糸ビン(オオクワガタの幼虫のエサとなる)の作成を計画している。クワガタを飼育する為だけの専用マンションを持っている。

大のウエスタン好きであり、専門雑誌『コンバットマガジン』でコラムを掲載していた。また、モデルガンのピースメーカーを使った抜き打ちにも精通しており、アクロバティックなテクニックを習得しており、各地で開催されるウエスタンスタイルの早撃ちコンテストの常連でもある。それゆえ、マニアックな物真似で知られるくじらと『草野☆キッド』で共演し、「早撃ち名人メドレー」のマーク渡辺のモノマネを披露したくじらを「デタラメ」と一刀両断にして、マーク渡辺の早撃ちの特徴について専門的かつ詳細な解説を始め、くじら本人のみならず出演者の誰もジモンの解説を理解できず周囲を困惑させた。

あるラジオ番組で寺門ジモン系のネタが多くででいる。


《ネイチャージモン》
近年の寺門は「ネイチャージモン」と呼ばれることが多い。名づけ親は『やりすぎコージー』で共演した東野幸治だと思われる。これは、彼の趣味である肉体鍛錬、自然探訪、知的探求が独特の形で結実し、結果として「自然と同化した芸人・寺門ジモン」を誕生せしめたことによるものである。偏執的なほどのサバイバルに対する造詣や、説得力があるようでハッタリにも見える独自のセオリーなどで人気を博した。浅草キッドの水道橋博士のコラム執筆により認知された面も大きい。

山ごもりは1年に6度も行っている。「山ではヒクソンに勝てる。自然の掟をわかっている。そこに到達できたのは、大山倍達、宮本武蔵と自分だけだ」「ミルコ・クロコップを倒せる」と豪語している。また山篭りをする際は、軍事用の懐中電灯を携帯している。これは接近戦では強い光で目をくらませることで、相手を動けなくする事ができるというシロモノ。ジモン曰く、

■「完全に山と同化した時は、10km先の相手が自分の悪口を言ったことがわかる。」

■「山は歩くんじゃない。泳ぐんだよ。」

■「横隔膜を鍛え抜けば最強になれる。」

■「人間は一週間、山にいると蚊に刺されなくなる。蚊に刺されないニオイみたいなのが出てくる。」(これは山はデコボコのために脳を使いながら歩くため、脳と生物としての本能が活性化するからとジモン自身は言っている。)

だそうである。これにより、クマを自慢の横隔膜を使い4度撃退したことがあると語っていた。

ジモン曰く、

■自分はいついかなる時も戦闘を想定して行動しており、テレビ局のスタジオでも他の芸人達より常に半歩下がって背中を見せず、椅子には立ち上がり易いように浅く腰掛ける。

■見知らぬ建物等にテレビ出演等で進入した際には、必ず緊急時の脱出の事を想定し最初に非常口の位置を確認しておく。

■暗闇でも辿り着けるように立ち位置から非常口までの歩数と経路を把握し、窓の硬度を殴って割れる強度か等も念入りに調べる。

という。他にも、「心臓を保護するために英和辞典を入れたバッグを左胸にあてている(22口径の拳銃で撃たれても貫通しない厚さ)」「世界最小放射能探知機を常に携帯している」「地震等で閉じ込められた時に備えてドライ納豆を携帯している」「食事中に襲われた時に備えて武器にもなる箸を使う」など、防災・護身については枚挙に暇がない。

寺門の格言: 「筋肉は変形してこそ本物」 「肉好きが買える」 「ナイスネイチャー」 「バッドネイチャー」 「人を見るときに顔を見るな背中を見ろ」 「耳を警戒しろ」 「俺は地球を掴んで歩いている」(特殊なスクワットを30年間行った結果、足の指が第一関節から曲がるようになったため)


【エピソード】
■ダチョウ倶楽部としてテレビ番組に出演した場合、肥後克広と上島竜兵の陰に隠れあまり目立たない存在だが、『徹子の部屋』(テレビ朝日系、2005年11月15日放送)へ12年ぶりに出演した際、司会の黒柳徹子に一番気に入られた。3人が順番に持ち芸を披露し、寺門は数少ない持ち芸のひとつ「般若の面」を披露。メンバーの肥後と上島は久米宏や西田敏行の物真似を披露したが、当人を良く知る黒柳はあまり関心を示さず、寺門の「般若の面」を絶賛。カメラマンにアップの映像や様々な角度から寺門を写すよう指示した。同番組は収録番組だが基本的に編集を行わない生放送スタイルのため、この模様がそのまま放送された。寺門は黒柳のリクエストに応え、計6度「般若の面」を繰り返して披露した。

■2006年9月11日放送の「クイズプレゼンバラエティーQさま!!」で、「10m高飛び込み」に肥後、上島と挑戦した時は、上島が飛び込んだ直後に、怖がる所を一切見せずに飛び込んだ。この「10m高飛び込み」はアンタッチャブル柴田英嗣が「2秒」という最速タイムで飛び込んでいるが、もし公式ルールで挑戦していれば、これに匹敵するほどの記録が出た、と思われる。

(出典:Wikipedia)

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TIM

TIM(ティーアイエム)は、レッド吉田とゴルゴ松本からなる日本のお笑いコンビ。ワタナベエンターテインメント所属。


【メンバー】
■レッド吉田(レッド よしだ、本名:吉田 永憲(よしだ ながのり)、1965年10月30日- )京都府出身。東山高等学校、佛教大学文学部卒。既婚で子供もいる。
・主にツッコミ。照れ屋で赤面症だったことに由来する芸名通り当初は目立たないキャラだったが、『内村プロデュース』で、五文字の言葉やニセ英語を擁する「レッド語」を駆使した“レッドワールド”を確立。勢いに乗ると湯水の如くアドリブ芸が繰り出されるサマは見もの。
・主なレッド語:「ありがトントン・ワシントン」「ウェスポン」「チェベックス」「パンパン、ココJAPAN」「父ちゃん、母ちゃん、ロドリゲス!!」「サナダムシ」「ファーイナルジャケッツ!」「オオサキのカットメン!」「このあたりがロッカッケー!!」など。

■ゴルゴ松本(ゴルゴ まつもと、本名:松本 政彦(まつもと まさひこ)、1967年4月17日- )埼玉県出身。埼玉県立熊谷商業高等学校卒。既婚。
・主にボケ。ブレイク当時の人文字芸(後述)に加え、猫の物真似「にゃぁ〜!!」、ヒーローものの変身のポーズから変形する「へん〜差値7!!」「へん〜桃腺腫れちゃった!!」など、一発芸に長ける。
・以前は葉巻がトレードマークだったが、実は煙草が大の苦手。飲み会等ではヘビースモーカーに「吸い過ぎはよくないよ!!」と説教する程だという。几帳面で、自宅は独身時代は一人暮らしながら整理整頓が行き届いていた。最近は“(親戚の)おじさん”キャラに染まりつつある。
・最近はチョビヒゲをトレードマークの一つにもしており、人によっては似合う似合わないという賛否両論もある。


【略歴】
レッドは3年夏の全国高等学校野球選手権大会、ゴルゴは3年春の選抜高等学校野球大会にてベンチ入りした経験を持つ。それぞれ役者を目指して上京後、たまたまアパートで隣同士になったのをきっかけに意気投合し、1994年コンビ結成。TIMは「Time Is Money(時は金なり)」を略して名付けた。芸人としてのデビューは遅いため、「時間を大切にしたい」という思いが込められているらしい。ちなみに当初のコンビ名の表記は「T・I・M」だったが後に現在の表記になる。自己紹介の「俺たちTIM!!」を始め、「命」「火(メラメラ…)→炎」「ネ(しめすへん)+兄 → 祝」「シャネル」等、人文字ネタでブレイク。以後、コンスタントに活動している。 おそろいのカバンを使うほど仲が良く、さまぁ〜ずの三村に「TIMは本当に仲いいからね」と言われた際、同時に「仲いいですね」「はい」と即答するほどである。また、同じアパートに住んでいた当時はおそろいのベッドを使っていた。 非常にファン層が広く、トークライブ等、TIM関連のイベントには子供から年配まで参加している。

(出典:Wikipedia)

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出川哲朗

出川 哲朗(でがわ てつろう、1964年2月13日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優。神奈川県横浜市神奈川区出身。マセキ芸能社所属。血液型B型。身長160cm。愛称「てっちゃん」。劇団SHA.LA.LA.座長(リーダー)。夫人は元レースクイーンの阿部瑠理子。旧芸名、出川哲郎。


【人物】
いわゆる「リアクション芸人」の代表格。お笑いコンビのウッチャンナンチャン、俳優の入江雅人とは専門学校時代の同級生。なお、自他共に「お笑い芸人」と称しているが、本来の肩書きは「喜劇俳優」である。

その声を聴いただけで本人と判る、舞台仕込みの大きなダミ声が特徴的。「やばいよやばいよ」などの口癖は多くの共演者達にものまねされている。

女性ファッション誌読者が選ぶ「抱かれたくない男性タレントNo.1」など、世間的にはいわゆる「嫌われキャラ」で売っているが、ネタを振れば確実に返し、場の空気を読んで盛り上げ役に徹することが出来る「計算できるタレント」として、バラエティ番組の共演者・スタッフからの評価は高い。仕事を選ばないそのフットワークの軽さから、芸能界に多くの人脈を持つ。また、後輩の芸人たちの中には彼が座長を務める劇団SHA.LA.LA.の芝居を見て熱心に研究していた者も多く、彼ら若手芸人も含め、俳優、ミュージシャン、作家などの間では秘かに彼を尊敬する者も少なくない。

夢は「単独司会のレギュラー番組を持つこと」と語るが、周囲から求められているものと異なるため実現の可能性はかなり薄いようである。なお、2007年現在準レギュラーの番組はいくつかあるもののレギュラー番組は、1本もない。


【略歴】
横浜市立栗田谷中学校、私立武相高等学校を経て、1985年横浜放送映画専門学院(現・日本映画学校)卒業。

1987年2月、専門学校時代の同級生だった内村光良・南原清隆・入江雅人らと劇団SHA.LA.LA.(当初は「Project team SHA.LA.LA.」)を旗揚げし、公演を開始する(〜1998年8月)。

1990年4月からは日本テレビ系列のバラエティー番組『ウッチャンナンチャン with SHA.LA.LA』に出演し、この頃からテレビタレントとして本格的に活動を始める。その後、『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(日本テレビ系)などにおける立ち振る舞いやドッキリ企画等の際のリアクションの面白さが徐々にお茶の間に浸透し、お笑い芸人としての地位を確立していった。

また、これとほぼ同時期にウッチャンナンチャンがパーソナリティを務めるラジオ番組『ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン』(ニッポン放送、1989年4月〜1995年4月)に出演し、「男・出川哲朗!」のコーナーでフィーチャーされるなど人気を博した。

その後はテレビ番組において欠かせない「汚れ役」の第一人者として数々の番組に出演。一方、有名税から色恋沙汰をはじめとしたプライベートな時間も犠牲にされ、多くの写真週刊誌・ゴシップ紙の恰好のターゲットとなった(もっとも本人はそのことすらネタにしてしまっている)。またこの「汚れ」キャラクターが世の中に浸透していくにつれ、女性視聴者層から敬遠される傾向が出始め、女性ファッション誌「an・an」が毎年行なっている読者アンケート「嫌いな男ランキング」では毎年上位にランクインするようになった(その後2001年〜2005年度に5年連続1位を達成し、「殿堂入り」扱いとしてアンケートから除外対象となった)。

2004年4月5日、元モデル・レースクイーンの阿部瑠理子と結婚し、世間を騒がせた。プロポーズの際には、テレビ朝日系列のバラエティ番組『ロンドンハーツ』が全面バックアップ。推定5,000万円の制作費を費やしてイタリア・ローマ市内でロケーションが行なわれ、一連の模様が全国ネットで放送された。

2007年に劇団SHA.LA.LA.旗揚げから数えてデビュー20周年を迎える。


【特徴・持ちネタ】
■大事な所で言葉をかむ

■「やばいよやばいよ」「リアルに〜」などが特徴的な口癖

■「ぶっちゃけ、正直に話しましょうよ」とトークバラエティ番組で共演者に言うが、自身の「ぶっちゃけ話」はあまりしない

■中指で人や物を指差すことが非常に多い

■よく赤ちゃん言葉になる

■よくむせる、特に錠剤が上手く飲み込めない

■人に笑われたら「アハハじゃないよアハハじゃ!」とキレる

■声が大きく、内緒話が内緒にならない

■物の名前を正しく言えないことがある、もしくは言い間違いを最初は必死に否定し、VTRで確認してようやく納得する

■図星を指されると「ちょっと言ってる意味がよくわからないなー」とごまかす

■「アンタらにはつくづくだよ!!」という捨てゼリフギャグがある

■指で数を数えるとき親指から数える(そのため4を数えるのに苦労する)

■「鼻水はリアクション芸人にとってダイアモンドの結晶だ!」「全身タイツはリアクション芸人にとってのフォーマル(正装)だ!」などの名言を持つ

■自称プレイボーイで、「恋愛に方程式はない」が持論

■上島竜兵と口げんかの挙句、キスをする(カンニング竹山もやっている)

■上半身裸になったときに胸板の厚さを共演者に指摘されたり、競泳や潜水などの泳ぐ企画に参加したりする際には「栗中水泳部でしたから」と誇らしげに言う(『栗中』は、彼の出身校である「栗田谷中学校」のこと)


【ものまね】
その特徴あるダミ声から、数多くの芸人仲間にものまねされている。このとき、出川の口癖である「やばいよやばいよ」というフレーズが使われることが多い。またかつて出演していた『ボキャブラ天国』(フジテレビ系)のイメージが強いのか、語尾が「タモさ〜ん」で締められる事も多い。

学生時代の同級生である内村光良は出川のものまねについて、「みんなてっちゃんのものまねをする時『やばいよやばいよ』って言うけど、『ほったら〜(そうしたら〜)』の方がよく使っている」として、「ほったら〜」を多用する。また内村は、「ないしょ」のポーズ(「しーっ」のアクション、普通は人差し指を唇の前に立てる)で何故か人差し指を眉間に当てる出川の細かい形態模写をする(出川本人曰く、目は口ほどにものを言うからだとか)。

松村邦洋は出川がまだあまり世間に知られていない頃からものまねを続けており、「あとは出川さん待ちですから」と出川の芸能界での成功を応援しものまねをやり続けた、という逸話がある。


【晴れドキでの出演情報】
■中部日本放送(CBC)土曜日のローカル番組『晴れドキ』ではテンションが高く、板東英二によく注意される。

■ネタトークとしてだが青木まなアナが出川に告白して、当時既に現夫人と付き合いがあった為出川が断ったという話がある(当の青木アナは出川がゲストという立場を気遣って「出川哲朗に振られたアナウンサー」と自分で言うこともある)。

■2004年中日ドラゴンズのリーグ優勝の時は、ヤクルトスワローズのファンにも拘らず、スタッフの必死の頼み込みでドラゴンズのユニフォームを着て番組に出演した。その10年前には「大阪の巨人ファンのために」と背番号33番のユニフォームを着て大阪で宙に舞っていた。

■島田紳助の事件の時に芸能ファイルというコーナーでは、ノーコメントのますだおかだに対して「紳助さんは理不尽な事では怒る人ではない」と自信を持って弁護していた(翌日の『アッコにおまかせ!』でもほぼ同様の発言)。

■2005年9月24日放送で、念願の愛知万博の中継をした。当初の予定ではトヨタ記念館なども回る予定だったが、結局企業パビリオンや外国館の手前でスタッフの万博の思い出を聞くコーナーとなってしまった。また、Tシャツや帽子・バッグなども愛知万博グッズに揃えていた。イタリア館で若狭敬一アナに「出川さん、イタリアにはどんな思い入れがあるのですか?」という問いに、「僕は前の奥様にプロポーズした場所です」と答え、速攻に「前の?」と突っ込まれ慌てて訂正していた。余談だが、空いているキューバ館の入場をしきりに視聴者に薦めていた。

■2005年9月24日午後の芸能ファイルは万博会場のCBCスタジオで芸能情報でのコメントをする為待機。安達祐実と井戸田潤の結婚の話題の時には、安達親子とはカレーのCM以前からの面識があり、母親の安達有里と兄とも仲が良い事も明かした(この事は『クイズ!ヘキサゴン』で安達と共演した時にも話題となった)。さらに2006年4月22日にも安達有里と面識がある事を語り、写真集を見て「違った意味で興奮している」と語った。

■以前出演していた佐藤めぐみが久しぶりにゲストに来た時には異様な仲良しぶりをアピールし、話もよく振っていた。

■2006年1月28日放送の『晴れドキ』の芸能コーナーで、ナインティナインの岡村隆史と熊田曜子のデート報道に「ふざけんなよー」と怒っていた。

(出典:Wikipedia)

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