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村上ショージ

村上ショージ(むらかみショージ、本名村上昭二、1955年5月28日 - )は、日本のお笑い芸人。愛媛県今治市出身。吉本興業所属。我が国におけるすべり芸の第一人者である。


【人物】
瀬戸内海に浮かぶ愛媛県越智郡吉海町(現今治市)の伊予大島で村上家の三男として生まれる。「昭和の時代に生まれ、常に二番手を走れ、という意味で昭二と名付けられた。」と本人がたびたび話していたが、2007年3月3日放送の「MBSヤングタウン土曜日」で「本当は名前の由来は分からない。聞かれたときに何か答えなければならないと思い、上記のように答えていた」と話し、名前の由来すらもネタにしていたことが発覚した。よく「村上ジョージ」と間違われる。何故か全国的に知名度は高い。この辺りは異様に村上姓が多いが、いずれも村上水軍の末裔となる。幼少の頃に母親を亡くす。中学卒業後、親戚の伝で広島県因島市(現:尾道市)に移り、因島高校の定時制に通いながら日立造船因島工場で溶接工として働いた。この時何度か海に落ちた。1976年、造船所の溶接仕事の合間に見た「ヤングおー!おー!」(毎日放送制作・TBS系)の明石家さんまを見て、「この人になろう!」と決意する。この頃父親が病弱であったため、兄に「親父が生きているうちはやめてくれ」と吉本入りを反対される。しかし翌年1977年、無謀にも吉本入りを志願し大阪へ向かった。面接の時、 吉本の面接官から「何ができる?」と問われ「溶接です」と答えた。(このことから、初めて吉本から与えられた仕事が溶接の仕事だった。)

笑い方が汚らしい。

初の舞台でどじょうを一匹丸ごと飲み込んで、客が引いているときに笑っていたのが明石家さんまだったという。

当初、「楽そうだから」「優しそうだから」という単純な理由で吉本所属の漫談家だった故・滝あきらに弟子入り。その後、「ヤングおー!おー!」の『パッパラパーズ』のメンバーとなり、全国ネットのテレビ番組に出演。その後も「サタデーナイトショー」(テレビ東京)のゲスト出演等で東京進出を果たす。兄弟子に司会者の滝トール、タレントの九十九一らがいる。

1982年コンビNGIIとして今宮こどもえびす新人漫才コンクール奨励賞受賞。この時に大賞を獲ったのは結成まもないダウンタウンであった。

1980年代後半、人気バラエティ番組「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系)に、お笑いトリオの「何人トリオ」(旧・「難民トリオ」)の一員としてレギュラー出演。ギャグだけを売りにする“ギャグ芸人”の代表格で、「ドゥーン」「なにをゆう 早見優」などのダジャレ交じりのギャグで有名になる(ある日の「オレたちひょうきん族」では、いつものように村上が「なにをゆう」のギャグを言った後、突然早見優自身が実際に登場して「はやみゆう!」と叫んだ事が有り、その後失笑し続ける早見に対して、村上やさんま達が唖然とした表情で彼女を見つめるシーンが有った)。

近年はもっぱら「明石家さんまの相方」のような存在。出会った当初からさんまに惚れ込んでいたようである。時折、他の誰もがためらう様な「厳しいツッコミ」を、さんまに放つこともある。

年齢は同じだが、芸能界デビューが若干遅いため芸能界のしきたりで普段は「さんま兄さん」と呼んでいる。たまに、さんまの事を「お前」などとも呼ぶ事もあるが、さんまは別に怒らない。

「明石家マンション物語」の「ダメダメボーイズ」(フジテレビ系、1999年10月13日〜2001年9月26日)というコーナーでは、「ダメダメボーイNo.7」として出演し、スケッチブックを使って自分で描いた絵を披露。

芸能界では希に見るほどの不思議なキャラクターからか、同業者(=お笑い芸人)には絶大な人気がある。

「めちゃ²イケてるッ!」(フジテレビ系)など、様々な番組で「一般人」の扱いを受けているが、そもそも「芸がない」「ギャグがすべる」「一般人扱い」は全てショージの持ちネタの一つであり、誰でも突っ込めるようなベタなネタを平然と行うのが強みである。ギャグで笑わせるのではなく、ギャグがスベった後の妙な雰囲気とおかしさが観客の笑いを誘う、いわゆる「スベリ芸」を世間一般に広めた代表格の一人と言える。

そのボケっぱなしで、受けようが、スベろうが関係ない自由な芸風はなんだかんだと言われながらも、雨上がり決死隊の蛍原徹や、中川家の剛(兄)等に影響を及ぼしている。

小道具を用いた一発芸には定評があり、バトルオワライヤルIIや笑いの金メダルでその才能が如何なく発揮された。

数年ごとに東京の全国ネット番組でレギュラーになり(大体はさんま絡み)、「今回こそ全国的に大ブレイクか」と思わせるが、毎度毎度何も無かったように引いていく。そして、東京では年末の「明石家サンタの史上最大のクリスマスプレゼントショー」ぐらいでしか顔を見ることもなくなり、さんまのトークの中に現れるぐらいになる。

若手時代、1,000人くらいの規模の会場で客6人相手にネタをやったことがあり、ショージにとっては最も苦い思い出になっている。

さんまがメインパーソナリティーを務めるラジオ番組「MBSヤングタウン土曜日」(毎日放送)では、村上が呟いた一言に明石家さんまや玉井健二だけが大笑いして他の出演者やリスナーがキョトンとする時がある。さんま曰く、「お前は俺だけに面白い」。

1989年にモデルと結婚(仲人は明石家さんま・大竹しのぶ)。長女も誕生するなど円満な家庭を築いているかに見えたが、その後離婚。なお、離婚直前に出演した「はなまるマーケット」(TBS)で、離婚をほのめかすような発言をしていた。

総合格闘技イベント「PRIDE」ではリングアナウンサーの一員を務める。紋付袴姿で登場して扇子を見ながら選手名を叫ぶのが基本スタイルで一切ギャグはない。他のリングアナが代替わりして、2000年からの参加なのに対して、1997年の第1回大会からリングアナを継続している村上は最古参のメンバー。最初は違和感を感じられて、一説には「第1回大会に村上和成選手と小路晃選手が出場して、「村上」と「小路」で主催者がギャグで起用した」と囁かれたりもした。回数を重ねるうちにいつの間にか「いるのが当たり前」となり、今ではアナウンスの前に観客から「ショージ!」と声援を受けるまでになった。大阪大会では一際人気が高い。

2005年にドラえもんの新声優オーディションを受けた。「ぼくドラえもんでっせ」という斬新な「関西弁のドラえもん」で関係者を爆笑させたが惜しくも落選。ちなみに、テレビアニメに出演したこともある。(こちら葛飾区亀有公園前派出所、「両さん、選挙に立つ」に特別ゲストとして出演。)

同年夏時点で全国巡業中の間寛平一座の大喜利コーナーでは、一切の持ちネタを封印し、ボケまくる回答者たちをハリセンを使いつつ仕切る進行役に徹した。

また、さんまだけでなく島田紳助とも親交があり、紳助司会のオールスター感謝祭(TBS系)の初回、「オールスター感謝祭'91秋 超豪華!クイズ決定版 この秋お待たせ特大号!」にも出演。紳助の食事代を払ったり紳助の実家にケーキを持っていったりするらしい。紳助はその行動を「仕事入れてくれ」と言うサインと受け止めているようで、実際「クイズ!ヘキサゴンII」に解答者としてゲスト出演させているが、「食べ物みたい」などの言い訳を言いまくる。しかし文系などの問題の解答率も高かったため、司会の紳助をはじめとする出演者を驚かすなどの一面もあった。

三代目松鶴家千とせから、自身の没後に四代目を襲名してもかまわない、との許可を貰っている。

木田優夫は師匠と慕っている。ちなみに明石家さんまは大師匠とのこと。

「痛快!明石家電視台」の特別企画で1時間ネタを披露し続けたこともある。なお、ルミネtheよしもとでは、中川家、ダイノジなどのお笑いコンビと組むことが多い。

2006年から2007年のデビュー30周年に向けて、関係者の間にてイベントを計画していたと言う。実際2007年6月10日と17日に単独ライブを開催。

TBSテレビ系で2006年9月24日に放送されたゲームアトラクションバラエティー番組「DOORS 2006」では予想外の健闘を見せ、数多い若手芸人に勝る意外(?)な運動神経を見せた。富士急ハイランドのジェットコースター「ええじゃないか」に乗りながらのクイズには唯一の全問正解を成し遂げ、マウンテンバイクで湖の上の浮き橋を疾走するゲームでは最高ポイントを獲得する。決勝戦では惜しくも品川祐(品川庄治)に敗れるが、番組中に獲得したポイント(125P)は、全参加者の中で最多であった。他の参加者が「テレビ受け」を意識したボケ行動をとる中、終始、真摯にゲームに参加した姿は、村上本人が普段から見せる「すべり芸」とは全く異なるものであった。


【明石家電視台のクイズコーナー】
同番組内の最終問題、ポーカーチャンスやアタック7を解答者に当てさせるコーナーがあるが、決まってショージは常識外の解答を繰り返す。(一部の個人ファンサイトや2ちゃんねるなどではポーカーチャンスについては、ファイブカードストッパーとも揶揄されている)半ば素人出演者に賞金を与えないようにとも捉えられる。毎回にわたる不誠実、常識外の回答が繰り返されるのに対し、同番組のファンの京唄子からゲスト出演にもかかわらずその後クイズコーナーに乱入し酷く注意された。一時は落ち着いたものの、暫くするとまた同じ様に素人出演者には迷惑な回答が繰り返されている。度々、客席からブーイングを浴びている。


【ギャグ】
■「ドゥーン!」(鼻柱をつまんで手を素早く前に動かしながら)
(さんま)「山寺の」(ショージ)「ドゥンドゥンドゥン」というパターンも存在する
痛快!明石家電視台では「Yes,I ドゥーン!」で大爆笑を誘った。
ルミネtheよしもとでは、3日に1回以上とかなり高い頻度でこのギャグが見られ、それだけに意外に有名なギャグらしい。笑っていいとも!で「外国人に教えたいギャグは?」というアンケートがあったが、何と100人中2人が「ドゥーン!」を挙げていた。ちなみに痛快!明石家電視台で共演している間寛平は、「かいーの」で1票獲得、一方でレイザーラモンHGの「フォー!」は0票に終わっている。
元ネタは、ショージの父親が、よく手鼻をかんでいたのを真似したものであると本人が語っている。

■「ボンジュ〜ル、マドモアゼ〜ル、かき混ぜ〜る」
アサヒビール「カクテルパートナー」のCMで、太田光がこのギャグを使っている。(ただし、“ボンジュ〜ル”は付かない)

■「さみち〜の」ペペロンチーノと絡ませての三段ギャク

■「何を言う〜!早見優〜!」
オレたちひょうきん族でこのギャグを連発したところ、一度ひょうきん族収録中に本物の早見優が飛び入り参加、ショージの目の前で「早見優〜!」と言ってのけた。
志村けんはこのギャグに「北天佑〜!醤油!ラー油!アイラブユ〜!」と付け加えている。

■「ウェルカム、腕噛む、どこ噛むねん!」

■「長州、チャーシュー、皆の衆!」

■「ティモン、肛門、見えたもん!」

■「なんやそれそれ、腋も剃れー!アソコ剃れ剃れ、どんとそーれー」

■「軍隊、変態、そうですたい!」

■「おいどん、牛丼、西郷どん!」

■「牛タン、塩タン、何言ーたん!」

■「I want you(アイウォンチュー)、ホッペにチュー、僕3ちゅう!」

■「変態(ヘンターイ)、止まれ!お父ちゃんやめてあげて!」

■「イヤーン、バカンス娘たち、やめて!」

■(主にさんまが北海道の事を口にすると)「でっかいどう!」

■「そんな○○な訳ないやん…ホンマや!」

■痛快!明石家電視台のクイズコーナーで
(さんま)「あーこれ、もう絶対(答えが)わかるわ」
(ショージ)「わかるわけないですやん」
(さんま)「絶対わかるって!」
(ショージ)「わからへんって!」
(さんま)「わからへんか?」
…このやりとりが何度か続く
(ショージ)「えっ、何でわかるの?」
(さんま)「だって俺、答え知ってるもん」
(ショージ)「え゛ぇぇぇぇぇっ!!」

■「痛いの痛いの、屯田兵!!」

■「オレはアレか!」「どれや!」

ほか多数


【何人トリオとひょうきん族】
■「ラブユー貧乏」のコーナーでの貧乏話は、何人トリオの貧相な魅力の真骨頂を発揮した(ロス・プリモスの代表曲「ラブユー東京」の歌詞を貧乏ヴァージョンに歌い替えた曲「ラブユー貧乏」をバックで歌っていた)。以下主な貧乏話。
「皆さん、『若いうちは買ってでも苦労しろ』って言いますよね…。売ったるから買って!!」
「皆さん、親の形見を質屋に入れたことありますか?僕何回かあります…。入れるの簡単やけど出すの結構難しいね、アレ!」
「金持ちで病弱なのも嫌やけど…、貧乏で健康なのも結構つらいのよ!」

■「何人トリオ」は本来は「難民トリオ」であるが、諸般の事情で「何人トリオ」となった。

■「ラブユー貧乏」はシングルも発売。「何人トリオ」のセリフ編とロス・プリモスの歌唱編からなる。

■「かまへんライダー」のコーナーではイエロー役(レッドはさんま、ブルーはラサール石井、グリーンは前田政二、ピンクはMr.オクレ)。

(出典:Wikipedia)

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村上知子(森三中)

村上 知子(むらかみ ともこ、1980年1月2日 - )は、神奈川県横浜市磯子区出身の吉本興業所属のお笑いタレント、女優。女性お笑いトリオ森三中のメンバー。担当はツッコミ。立ち位置は真ん中。別名「森三中の太っちょ」。身長146cm、体重60kg、血液型O型。橘女子高等学校(現・橘学苑高等学校)卒業。吉本総合芸能学院4期生。

また本人は優香や小倉優子に似ているとテレビで発言したり、胸もEカップある事もあり、お笑い界のMEGUMIとも自称したりしている。


【人物・エピソード】
■1998年結成。勘違い発言を売りにしている。自分のことを可愛いと思っていて、「SMAP×SMAP」の企画で稲垣吾郎と2人きりで旅をして最後にキスをされたが、稲垣吾郎が可哀想でキスをしてやったんだと言う程。後にドラマ「ブスの瞳に恋してる」では、稲垣の相手役でヒロインとして選ばれた。ココリコミラクルタイプでも幅広い役を演じており、その演技力には定評がある。

■料理(特に小麦粉を使った料理)が上手で「いきなり!黄金伝説。」の「芸能人1か月1万円生活」で優勝する程の腕前である。

■品川庄司の庄司智春には「結婚するなら村上のような人がいい」と言われたことがある。

■顔が多少バナナマンの日村勇紀に似ている。

■ドラマ・番組などでキスの経験はあるが、未だに処女である。

■学生時代はショートカットで、同じグループの大島によく似ていた。

■アイドルが嫌いでよく悪口を言ったりしている。

■マナーはあまりよくなく、地方の営業でも楽屋、ステージ脇で痰を吐くのが癖。本人は「出物腫れ物所嫌わず」と番組で暴露された際、釈明していた。

■単独ではココリコミラクルタイプに出演中で共演中の加藤夏希と「日給8000円」というユニットでCDデビューを果たした(加藤夏希とはメル友であるが加藤夏希がよくギャル文字でメールをしてくるので読めないと嘆いていた)。ちなみにCD発売日は同じ番組で共演中の遠藤章造・品川祐・八嶋智人のユニット「時給800円」と同日だった。オリコン初登場15位だった。(時給800円は3位)

■ガキの使いやあらへんで!でダウンタウンの浜田雅功によく胸を揉まれる。(浜田曰く、叩くでも口で言うでもなく胸をもむことでツッコミを表しているとのこと。)

■政治好きで知られる。

■シャル・ウィ・ダンス?〜オールスター社交ダンス選手権〜第2回お笑い芸人大会にて優勝。デブでも出来ることを見せ付けた。

(出典:Wikipedia)

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ムーディ勝山

ムーディ勝山(ムーディかつやま、1980年6月11日 - )は、日本のお笑いタレント。本名、勝山慎司(かつやま しんじ)。福岡県で生まれ、幼い頃に滋賀県大津市へ転居。さらにその後大阪府高槻市へ引っ越して現在に至る。血液型O型。私立金光第一高等学校 (現・金光大阪高等学校)中退。「ムーディ勝山」はムード歌謡ネタを披露する際の歌手名、キャラクターであり、普段は漫才コンビ「勝山梶」としてbaseよしもとで活動しているサライブメンバーである。「ムーディー」と伸ばされることがあるが正式には「ムーディ」である。大阪NSC23期生で、吉本興業所属である。


【芸風】
■顔は真面目顔で、横に伸ばしたちょび髭で、服装は白いタキシードと黒の蝶ネクタイ、髪型はポマードを付けたような横分けで、右手に金色(若しくは銀等の派手な色。しかし、必ずしも色つきのマイクを持つと言う訳では無い)のマイクを持ち、左手は腰のあたりで肘を曲げて拳を握ったような格好で、一点をずっと見たまま、アカペラで持ち歌(ネタ)を披露する。

なお、彼が歌う歌の最後には必ず「♪あ〜あ〜(この)○○○〜」と歌詞が入る。※この○○○には演歌・歌謡曲のタイトルや歌に関連する地名が入る。

具体例)東京砂漠、鳥取砂丘、神戸ポートピアランド(現在は閉館・廃業。なお、跡地には外資系高級家具メーカーの大型アウトレットモールが出店する予定)、知床半島(加藤登紀子が旧ポリドール(現・ユニバーサルJ)時代にシングル盤としてリリースした代表曲・『知床旅情』の舞台となった北海道の半島名から)他。


【これまでの経歴】
■ムーディ勝山はいつも突然現れ、持ち歌のムード歌謡をアカペラで歌う。その独特の芸風で主にお笑いライブ、お笑い番組に出演している。

■ダイアン津田の結婚披露宴パーティー会場にて「右から来たものを左へ受け流すの歌」を披露し、会場にいた芸人にバカうけする(この模様は、ヨシモトファンダンゴTVにて「ダイアン津田の結婚披露宴パーティー」という特番として放映された)。

■そのため番組関係者からオファーが殺到し、今や売れっ子芸人となった。

■ヨシモトファンダンゴTVにて放送中のヨシモト∞大阪2部若手芸人ネタコーナーにて、司会のブラックマヨネーズらの前で「右から左へ受け流すの歌」を歌いきり、それまで2部に『DJ KATUYAMA』名義で出演していた記憶が消されてしまうくらいに、ムーディ勝山の名前が一瞬にして浸透した。

■2006年11月3、4日にヨシモトファンダンゴTVにて放送された「ヨシモトファンダンゴTV6周年特番 29時間生TV」の中の「baseよしもと男芸人祭り」にて「上から下に落ちてくるものをただただ見ている男の歌」を披露している。

■2006年から2007年にかけての年末年始特番は「オールザッツ漫才」(毎日放送)「さんまのまんま2007年新春スペシャル」(関西テレビ)に出演した。

■オールザッツ漫才2006で「右から来たものを左へ受け流すの歌」を披露。審査員であった陣内智則、若槻千夏、ケンドーコバヤシは勝山の存在を知らなかったが、歌い終わった後、全員が爆笑し、見事陣内の結婚式2次会へ呼ばれることになった。しかし司会のサバンナ高橋は1次会へ勝山を呼び、「右から左へ入場しましょうよ」と言ったものの、陣内に「何で勝山きっかけで入場しなあかんねん」と断られた。そのとき陣内が「右から左だけなん?上から下はないん?」と聞くと、高橋と勝山は言葉を濁した。その数時間後、また勝山が登場し「上から下に落ちてくるものをただただ見ている男の歌」を披露すると、陣内は「悪い、知らんかった。後で歌うんやったら言うてくれたらええのに。ごめん。」と言い、ケンドーコバヤシは「さっきの陣内のフリにおどおどしてるなと思ってたらこういうことやったんか」と発言し、高橋は「録画してる皆さん。さっきふられたときの勝山君の慌ててる顔を見てください」と言われた。

■さんまのまんま2007年新春スペシャルでは、番組ゲストである今田耕司が毎年紹介している「2007年注目の若手芸人」3組のうちの1人として紹介され、明石家さんまの前で「右から来たものを左へ受け流すの歌」を(時間の関係上ショートバージョンだったが)歌いきる。

■2007年1月28日に「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」(日本テレビ)にて毎年行われているガキの使い大新年会にて山崎邦正プレゼンツで行われた「山-1グランプリ」のコーナーに出場。会場一の笑いをさらい、ダウンタウンの両者にも大ウケし、ネタの放送時間も一番長く取っていた。好評につき優勝かと思われたが、審査委員長である山崎の「浜田さんの突っ込みドカーン、君の歌ドカーン、出来上がってるんです。そんな怖い若手はいらない!」という理由により獲得点数は11点と無惨な結果に終わった(満点は20点、優勝はにしおかすみこ)。ちなみにこの番組放送終了後に彼はよくお笑い番組やバラエティ番組に出るようになったが、この番組がキッカケで他番組によく出るようになった可能性が高い(ただ、本人はオールザッツ漫才がきっかけだと言っているが)と言える。ちなみに、この番組でも「ムーディー」と伸ばされて紹介されてしまっている。

■「爆笑レッドカーペット」(FNS)では、案の定「右から左へ受け流すの歌」を披露し、その後、番組セット内のベルトコンベアを利用してポーズを決め、「右から左へ受け流される〜♪」とベルトコンベアの動きに合わせ見事に締め、大笑い(本番組独自の評価システム)を獲得しアンコールを要求され高評価を得た。ちなみにアンコールでは「上から落ちてくるものをただただ見ている男の歌」を披露した。

■毎日放送の生情報番組「ちちんぷいぷい」で20分間取り上げられ、歌を披露した後、角淳一からインタビューを受けた。勝山が「右から来たものを左へ受け流すの歌」を歌っている間、若手に厳しい角が珍しくにこやかだった。この前週、勝山のコンサートを開くことを番組内で知らせ、当日の客を公募した。このとき行われた街角アンケートでムーディを知っていた観客は100人中17人であった。

■2007年3月10日、エンタの神様に初出演し「右から左へ受け流すの歌」を披露。普段相方がやっている「何が?」「だから何がだよ」などのツッコミを司会の福澤朗がつとめた。しかし、この演出に対して視聴者の評判はあまり良くなく、翌週の3月17日放送分で「数字の6に5を足した歌」を披露したときには福澤の声は入らなかった。

■2007年3月18日の「爆笑レッドカーペット」(FNS)では、新ネタ「2日前から後頭部に違和感がある男の歌」を披露し、審査員から「満点大笑い」の高評価を得る。アンコール版では、同じく「後頭部に違和感がある男の歌」を熱唱、レッドカーペット賞には選ばれなかったものの見事に満点を獲得する。ちなみにこの放送分では歌を披露する際に必ず言う『それでは、ミュージックスタート!』と言うセリフ(フリ)を言わず、そのままネタを開始した。

■2007年3月23日金曜の「笑っていいとも!」ではピーコに「最近人気が上がっている歌謡曲のスタイルで意味の分からない歌を披露する人」と評された、ちなみにその日のコーナー、「クイズ!まちがったっていいじゃないか だって芸能人だもの」でムーディを知っていた観客は100人中27人であった。そして同年5月24日の木曜コーナー「人間プロファイリングQ ハメ込みナンバーズ」に出演し、2006年の年収が24万円であることや、交際している彼女の話などを明かした。その際、やたらと彼女がいるという事を強調しており、出演者の顰蹙を買った。

■「ドッカ〜ン!」(TBS)では「歌う工場見学先生」として製品のできる過程をムード歌謡に乗せて紹介している。現在までに「コアラのマーチ」や、「ひよ子」、「タイヤ」ができる過程を歌った。

■2007年5月30日、陣内智則・藤原紀香の結婚披露宴にて「右から来たものを左へ受け流すの歌」と「19(しち)時に始まり21(く)時半に終わる披露宴の歌」の2曲を披露した。

■2007年6月、「右から来たものを左へ受け流すの歌」がiTunes Storeのダウンロード初登場で2位にランキングされる。

■2007年6月21日、ナインティナインのオールナイトニッポンにゲストとして登場し、タカシィー岡村こと岡村隆史とすべらない歌対決をして勝利した。


【その他】
■テレビなどで、「ムーディー勝山」と誤って呼ばれることが多々あり、正確には「ムーディ勝山」であるが、本人はあまり気にかけていない。なお「ムーディ」表記で強調するようになったのは「ちちんぷいぷい」出演以後である。

■よく友達などから「阿部寛に似ている」等とも言われるらしく、そのため、「ちちんぷいぷい」にて『そうですねぇ、僕は良く友達から阿部寛に似ていると言われます』と発言、その後観客の多くはは「ええ…!?」や「確かに似ているかも」、「ああ…」等と漏らしていた。

■前述の通り、本当は「勝山梶」と言うコンビで「梶剛」と言う相方が居るが、その事は世間からはあまり知られていない。彼自身は「ピンでも2人でも売れたい」という。

■歌は携帯に吹き込んで作ったものである。

■「ちちんぷいぷい」に出演した際に語った事によると、最初彼は掃除機で掃除をしている時に掃除機に合わせ「右から来る〜♪」と鼻歌で歌っていたところ、彼自身が「これは面白いぞ!」と思い、後日携帯に歌を吹き込み、その後色々唄が発展し、今の唄の形態になったという。その為、レギュラー出演者等からは「自分でこの歌はイケるぞ、って思う事が凄い」と絶賛された。

■学生時代は野球部に所属。


【持ち歌】
レパートリーは10近くあるが、基本的に皆同じメロディである。

《右から来たものを左へ受け流すの歌》
■フルコーラスバージョンでは6分程の長さがある。タイトルを『右から左へ』と略されることにはとても不満を感じているというが、自分自身も直前にイントロを忘れてしまい、近くにいた芸人に確認するなど案外いい加減な扱いをしている。突然やってくると続く。なお、2007年5月16日以降iTunes Storeでも販売されており、一部のファンだけでなく同ストアの利用者の間での間で話題を呼んでいる。

■後付だと思われるが歌には「みなさんも悲しみや不安を受け流して欲しい」という解釈がある(2007年5月4日放送、「ザ・ワイド!」より)。

■いつも右から来たものは「ご想像におまかせします」と答えていたが、「自分では何が来たと思って歌っているのか」と言う質問で自分では「ポップコーン」だと思って歌っていると、「ジャイケルマクソン」2007年6月13日放送分で本人により明かされた。


《上から落ちてくるものをただ単に(ただただ)見ている男の歌》
■2006年のオールザッツ漫才にて司会の陣内智則から無茶振りをされた際に歌詞ができた。


《数字の6に数字の5を足したの歌》


《2日前から後頭部に違和感がある男の歌》
■「後頭部に違和感を感じた歌」や「後頭部に違和感がある男の歌」もある。

■ムーディ自身のことを歌った歌で、現在も後頭部には少し違和感があるらしい(2007年5月4日放送、「ザ・ワイド!」より)。


《37歳の唄》
■メッセンジャー黒田の37歳の誕生日を祝って相方のあいはら、ビッキーズ須知を前に歌ったもの(2007年2月「メッセ弾」にて)。


《嫁はんがチョイスしたシャツを着てるの歌》
■犬井ヒロシとのコラボ。バッファロー吾郎木村について歌ったもの。


《窓から虫が入ってくるのを気にしない女の歌》


《19時に始まり21時半に終わる披露宴の歌》
■陣内智則・藤原紀香の披露宴で披露した歌(2007年5月30日)。


《窓から虫が入ってくるのを気にしない歌》


《死相の歌》
■「ロンドンハーツ」の名物企画「格付し合う○○たち」でこの芸人の子供は産みたくないランキングの一般女性ランクワースト2に入った理由に「死相が見えそう」というのがありこれをネタにしたもの。その結果、次長課長の河本準一、宮川大輔などに不評を買わされることになった。(2007年7月3日放送分より)。


【ボツ作品】
■ただ単にキノコのことを歌った歌

■無意識のうちにフランス人にプレッシャーをあたえる歌

■タイトルのみ決まっていてただいま製作中との事だったがその後ボツになったとの事。内容は「顔が濃い」と言われる自らのことを歌ったもの。

■とろサーモンの久保田が「おさわりパブのマイクパフォーマンス」とのコラボレーション(番組で無理やり先輩の久保田からコラボさせられたがまったく受けず)

(出典:Wikipedia)

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