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山下真治(ヒライケンジ / ジョン・レノソ)

山下 真治(やました しんじ、本名同じ、1972年7月8日-)は、日本のお笑いタレント。東京都西東京市出身。血液型はO型。早稲田大学第一文学部卒業。趣味は麻雀・草野球。特技、無し。SMA NEET Project所属。以前は「拝啓ジョンレノン」「ジョン・レノソ」として活動していたが、現在は「ヒライケンジ」として活動している。ネタは主に歌ネタで、歌いだしの声が高く、音もはずれているため、歌いだしのときに爆笑が起きる。俳優の山下真司とは読みが同じ。


【芸風】
《ジョン・レノソ(拝啓ジョンレノン)》
■ジョン・レノンのものまねを主なネタとしている。

■バラエティー番組『学校へ行こう!』のコーナー「B-RAPハイスクール」では、「あんまり意味がない」のフレーズに乗せ、ジョン・レノンの『Imagine』の替え歌を披露した。

■ギターを持っているが、弾く真似すらしたことはなく、ただの飾りである。

■ジョン・レノンの兄を自称している。

※ちなみにこれが披露出来なくなったのは芸能関係者から、故ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコから抗議が来るかも知れないと言われ、それを恐れている説がある。


《ヒライケンジ》
■歌手平井堅のものまねで歌いながらフリップをめくり、その文章で笑いをとる(ただし自分では「ものまね芸人ではない」と言っていた)。

■エンタの神様では、3回目の出演をしたとき、「ヒライケンジとしては引退し、次回からは阿部寛のものまねで出演する」と発表したが、4回目の出演でもヒライケンジとして出演し、他の歌手の歌を歌っている(この際、「え?なんで平井堅の歌じゃないのかって?」「じゃあ聞くけどさ、みんなは俺が歌う平井堅の『歌』が好きなわけ?そーじゃねぇだろ?」とボードで言っていた)。但し、平井堅が新曲を出した時には平井堅の新曲を歌う(例、「バイマイメロディー」「美しい人」)。また、DJ OZMAの歌を歌う際には、アフロのヅラを被り彼に扮し、「同じ事務所の本人がいやがっているだろう」というボードを明示した。

■エンタの神様初登場時に自分のメールアドレスを公開していたが、再放送時にはモザイクがかけられ、修正されていた。(今はアドレスが変更されている)

■エンタの神様で自分の免許証の写真を公開した際の名前は「山下真二」だった。(バイマイメロディーを歌った時)

■新聞のテレビ欄などで「Hケンジ」と略されることがあるが、彼自身はそれを嫌がっているらしく「まるで俺がエロ芸人みたいじゃねーか」とボードで言っていた。そして「わかりにくい」という視聴者の声があったのか、2007年7月からは「ヒラケン」と略されるように。

■また、雑誌に掲載された自身の記事で「ヒワイケンジ」と誤表記されており、「だから俺はエロ芸人じゃないっつーの」とボードで言っていた。

■気まぐれコンセプトでネタにされ、それを自身のネタで使用した。

■2007年4月21日放送の「エンタの神様」で、以前にジョン・レノソとして活動していたことをカミングアウトした。また同日でエンタの神様出演1周年となった。

■2007年5月5日放送の「エンタの神様」で、10秒間であやとりの東京タワーが出来ずに、福山雅治のモノマネをした。


【経歴】
《ジョン・レノソ 時代》
■2001年、お笑い芸人ジョン・レノソとしてデビュー。学校へ行こう!に出演。

■2005年、R-1グランプリ準決勝進出。


《ヒライケンジ 時代》
■芸名をヒライケンジに改める。2006年4月22日より、日本テレビ系列のエンタの神様に出演。エンタ出演後に放送されたくるくるドカン「Yahoo!芸人検索ランキング」で1位に輝いた。

■2006年9月6日に平井堅のカバーで大きな古時計を発売(ジャケットは「ヒライケンジ」よりプロデューサーの「五味一男」の文字の方が大きかった。本人もネタにしている)。これを記念して都内でイベントも行い、600人近くの観客が集まった。

(出典:Wikipedia)

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山根良顕(アンガールズ)

山根 良顕(やまね よしあき、1976年5月27日 - )は、アンガールズのボケ担当。ワタナベエンターテインメント所属。広島県広島市出身。広島県立祇園北高等学校、広島修道大学法学部国際政治学科卒業。血液型はO型。星座はふたご座。身長180cm(181p説あり)。体重51kg。体脂肪率15%(2006年11月現在)。


【来歴・概要】
■2002年、田中卓志と共にアンガールズを結成。コンビ結成前は、広島市民球場でチケットもぎりのバイトをしていた。田中の山根に対する第一印象は「気持ち悪い」だった。

■広島出身である為、広島東洋カープやサンフレッチェ広島のファンである。

■小学・中学・高校の9年間サッカー部に所属、ただし9年間補欠だった。サッカー部時代の一番の思い出として試合でいつもベンチに座ってばかりいて、ある日股間が痛く「何故だろう?」と思いつつ痛みが止まないのでパンツを降ろすと、足から這い上がってきたデカイ蟻が睾丸に噛み付いていた(ごきげんよう、2007年1月4日)

■広島ビッグアーチでサンフレッチェの試合のボールボーイもやったことがある。三浦知良にボールを渡すときはドキドキした。また1994年のワールドカップはスタジアムで試合を観戦した。

■他にプロ野球やサッカーに限らず、スポーツ全般何でも好きで、格闘技やNBA等にも詳しい。

■田中と同様でこっぱち(額が広く少し出っ張っている様の事)で「断じてハゲてきている訳ではない」と言い張っている。

■アゴが無い。せめて「ここがアゴだと分る様に」と、狭いアゴらしき部分にヒゲを生やしている。しかしヒゲも薄く、結局アゴの位置もヒゲの有無も分かり辛い結果になっている。

■ネタの中では後輩役でダメキャラを演じ、田中に突っ込まれる。ネタの内容によってはツッコミに徹する事もある。

■トーク番組でもしばしば田中に突っ込まれている。が、田中の勘違い発言に冷静なツッコミを入れる事の方が多い。

■飾らない性格で、見た目とは裏腹に女性芸能人からの人気が高いが、実は人見知り且つ人酔いしやすい。本人曰く「マネージャーさんに何か買ってきて下さいとか躊躇して言えない」「誰かにオマエも何か要る?と聞かれないと○○お願いしますと言えない」「後輩に物を頼むのにも勇気が要る。どうしても頼む時はお金を多めに渡して、お釣り取っといていいよ、と言わないとドキドキする」と言う、相方を遥かに上回る気弱っぷりである。因みに某番組で「うつ病になりやすいタイプ」と診断された事がある。

■ポーカーフェイス。感情や体調が表情や態度に殆ど出ないが、実は子供の頃から口数が少なく極度のアガリ症で赤面症。常に協調性を重んじるが、最近は番組で思ったことを無表情でハッキリと言うことが多い。

■売れる前、ズボンや洋服ははほとんど事務所の先輩ふかわりょうのものであったが、最近は仕事の合間等に頻繁に服を買いに行くのが何よりの楽しみでありストレス解消になっている。今では有名ブランドからお得意様限定の展示会等への招待状が届く程。

■かなりファッションには精通。特に気に入っているブランドは、APC、TSUMORI CHISATO、CABANE de ZUCCA、HYSTERIC GLAMOUR、LAD MUSICIAN、FRED PERRY、Laundry、アランジアロンゾ(大人用)等、実に幅広い。なかなか合うサイズの無いボトムス等は、スタイリストの友人から安く売って貰ったり、タダで貰う事も多い。

■相方同様、既製のズボンや長袖シャツ、特にスーツ等は、長過ぎる手足のせいで必ず寸足らずになる。

■髪型は以前は友人のヘアメイクの人にカットしてもらっていた。一時前髪が極端に斜めにカットしてあったのは、自分で切って失敗した時「わざとこうしている」と言い訳をする為。2006年1月6日に「顔の作りが薄いので少しでも表情が見える様に」と前髪を自分で丸くカットした。因みにカットの際、自宅の風呂場で鋏を持ったまま滑って前へ転倒し、危うく「顔に鋏が刺さりそうになった」と語っている。現在はオールフロントが基本の髪型だが、単独ライブDVD『88』を見るとわかる通り、ブレイク以前は短髪だった時やオールバックにしていた時もある。現在のヘアスタイルは原宿の某カリスマ美容師による「ボブベースのアシンメトリーマッシュ」が基本。「以前の様なマッシュルームカットだとふかわりょうとキャラクターが被る為、敢えてアシンメトリーにしている」と『踊る!さんま御殿』で発言した。

■かなりのヘビースモーカー。吸っている煙草は中国製の「中南海」の1r。しかし最近息切れが酷くなってきた、歯のヤニが幾ら磨いても落ちなくなった、吸った後の自分の指が臭くて嫌等の理由で禁煙したいらしい。

■相当な酒豪である。自宅や飲み屋等でほぼ毎日飲む。大人数でも1人でも飲む。ワインやカクテル系より、ビールや日本酒や焼酎などオヤジ臭い方が好きらしい。酔うとテンションは上がるが喋るペースは普段より更に下がる。記憶を失う程酔う事は自宅以外では経験がない。

■アンガールズでは衣装・ネタの最終確認を担当している。自分がリーダーだと言い張っているが、相方に認められているかどうかは微妙である。相方よりも多くギャラをもらっている訳でもない。相方は「リーダー」ではなく「ハンコ係」と言っている。

■趣味は、音楽鑑賞(ちなみにイギリスのロックバンド「OASIS」のファン)とスポーツ観戦とファッション系を中心としたショッピング。時々某有名クラブに1人で行く事も好き。薄暗く、長身の外国人が多い為、変装無しでも殆ど気付かれないので、落ち着いて好みの音楽を聴きながら酒を飲めるからだそうだ。そこで様々な職業の友達を作るのも趣味の1つ。だが最近は招待された時しか行かなくなった。

■特技は書道であり、7段を有する。拓本を見たり、書道家の個展に出かけるのも好きである。最近身に付けた特技は「もの凄く速く走る時のエヴァンゲリオンの物真似」。

■雑学王にしてクイズ王。その知的な一面から島田紳助に「キショ賢い」と呼ばれている。またテレビ朝日の『虎の門』の「しりとり王」でも好成績を挙げている。また、クイズ!ヘキサゴンIIの予選ペーパーテストではいつも相方に勝っていて、1位を獲ったこともある。芸能界雑学王1決定戦出演時は、伊集院光、東貴博などとトップ争いを毎度のように繰り広げており、優勝したこともある。

■家庭環境をあまり語らないが、父親はトラック運転手で主にブロックを運搬している。他に2005年末に結婚した弟が1人。姪っ子も生まれた。

■自他共に認めるマザコンである。どちらかと言うと他人の相談や愚痴を聞く側だが、唯一自分の相談や愚痴を話せるのが母親である。高校一年生の頃に母親に耳掃除をして貰っていたと語っている。

■相方同様、風俗店に行った事がない。理由は「怖いから」。先輩芸人などに誘われ女性が接待する飲み屋に行く事もあるが、気疲れしてしまう。

■地元にいる頃からの重度の花粉症である。くしゃみ・鼻水・目の痒みは勿論、喉もやられて声が枯れてしまう程。その為、プライベートでは傷まない様、傷んでしまってからの為にドデカいマスクをしている事が多い。鼻水等ですぐ小鼻周辺が肌荒れするので、それを隠す為の必須アイテムでもある。

■プライベートで眼鏡をかけている事が多いのは、体質的に眩しさに弱いからであり、元々オシャレ目的ではない。明るさを弱める専用の無色レンズや淡い色の付いたものをかける事はあっても、濃い色や黒いサングラスなど絶対かけない。春先等は花粉症対策にも眼鏡は必須である。

■プライベートで帽子を愛用しているのは、寝癖で割れてしまった前髪を隠す為と、自宅で酔い潰れて寝てしまいシャンプー出来ないまま仕事に出向かないといけない時の為が主である。冬場は耳が霜焼けにならない様に温める為にも必須となる。夏場は勿論、目を保護する為に愛用。しかし仕事となればタンクトップと短パンで、ただでさえ眩しいプールサイドや南国の海辺を、相方よりハイテンションで動き回る。

■歌はあまり上手くない。生まれつき声帯が細いので、大きな声を出し辛く声域も狭い。(ロバートの山本博に録音した自分の歌声を聞かせたら何も言わず悲しい顔をされたらしい。)

■憧れている芸人は相方と同じく東野幸治。

■売れない頃に一度挫折し、広島に帰ってしまったことがある。そのときは実家で特に何もせずに一ヶ月ほどぶらぶらしていたが、ある日おねしょをしてしまい、「このままでは俺は人として駄目になる。」と思い、再び上京したという。

■同事務所の波田陽区からは河童と呼ばれている。


【似ている芸能人】
同じくお笑い芸人・ハリセンボンの箕輪はるかや、声優の長沢美樹が彼に似ていると言われている。なお、どちらも女性である。

(出典:Wikipedia)

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山崎弘也(アンタッチャブル)

山崎弘也(やまざき ひろなり、1976年1月14日 - )は、日本のお笑い芸人。お笑いコンビ「アンタッチャブル」のボケ担当。

埼玉県春日部市出身。プロダクション人力舎所属。人力舎のタレント養成所・スクールJCAの第3期生。同期の柴田英嗣と1994年にコンビを結成。埼玉県立春日部工業高等学校卒業。高校時代は野球部に在籍。ただし、控え捕手。血液型B。身長168cm。体重88kg。


【特徴】
■漫才ではハイテンションで適当な言動をしてボケる。ラップが得意。

■顔が大きく、顎が割れている。舌が長い。

■その顎の割れている部分を触られると、声が出なくなる、というギャグを開発。

■トルコのサッカー選手、イルディライ・バシュトゥルクに顔立ちが似ている。

■ワイシャツ・黒スラックス・白ネクタイ(ジャケットなし)という衣装をトレードマークとしており、その風貌は「結婚式の帰り」と形容されている。

■その体格の面白さと物腰の柔らかさから、アンジャッシュの渡部建らに、「ファミレスの店長」と呼ばれることもある。

■異常な程の低姿勢で相手を怒らせる発言をするキャラクターで人気を博している。かつてテレビ番組の中で「国民の後輩でいたい」とも発言。また、外国人が感心する程、土下座が上手い。

■少々アバウトなところがあり、アドリブではノープランな事が多い。

■表情や芸風がくりぃむしちゅーの有田哲平に似ていると言われるが有田とはプライベートでも、デビューして間もないころからの仲で、あまりの親密さに、上田晋也は「そのうち有田と山崎は結婚するんじゃないか?」と発言したことがある。住んでいるマンションも有田と同じ。

■口癖は「あざ〜っす」(ありがとうございますという意味)。

■ホリや関根勤、原口あきまさからものまねレパートリーとして取り上げられている。

■相方の柴田が魚好きであるのに対し、肉類が大好物で、野菜と魚が苦手。黄金伝説の企画では、毎回かなりの量を柴田に食べて貰っている。柴田いわく、茶色い料理系が好きらしい。ローマ字表記の頭文字がKの食べ物はほとんど好きで「カレー、カツ丼、から揚げ」を「3K」と呼んでいる。しかし多く食べないといけない企画でも、ほとんど食べない。

■いわゆるデブタレントの部類に入るほどではないが肥満体型、そのため大食いのイメージがあるが、間食、不摂生による肥満(本人談)らしく実際はそんなに食べない。「Qさま!!」の大食い企画でそれが露呈した。本人曰く、「プライベート(仕事にならない)デブ」とのこと。

■かなり臆病で「Qさま!!」のSP企画で、1番のチキンの称号を得る。その後汚名返上企画をやるも、それでもなお現在メンバーの中で表も裏もチキンな存在である。 

■野球を8年間やっていた。以前Qさま!!の企画でピッチングマシンから時速200キロで球が的に向かって投げられ、キャッチャーミットでキャッチできるか、という企画では皆ことごとく恐がって不成功の中、山崎だけは(恐がってはいたものの)成功し野球経験者としてのメンツを保った。

■「ロンドンハーツ」では、セカンドバック芸人と呼ばれている。また同番組の企画『男の着こなしグランプリ』では、過去2回行われて全て最下位になっている。


【エピソード】
■2005年7月5日、くりぃむしちゅー有田・おぎやはぎ矢作兼と食事に行った際、有田がその日「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」の生放送の仕事があるのにもかかわらず、「そんなのいいじゃないっすか」と、矢作と共に有田に飲酒を勧めてしまった。その後ほろ酔いでラジオの生放送に臨んだ有田は相方の上田から怒られる羽目になった。

■芸人になってからも、長らく母親から仕送りを貰っていた事を「笑いの金メダル」で暴露された。ある時、「どうしても必要だから」と母に電話でパソコン購入代金をせがんだ。母は100万円を山崎の銀行口座に振り込んだが、山崎はそのお金でパソコンを購入することはなく、風俗嬢「メロンちゃん」にすべて使ってしまったという。

■くりぃむしちゅー有田を通して伊集院光とも交流が深く、2000年頃から「伊集院光 深夜の馬鹿力」に頻繁に出演。『メカ山崎事件』等数々のドッキリ企画を仕掛けられていた。伊集院は山崎のことを「やま」と呼んでいる。

■有田に「料理を作ってくれないか?」と頼まれたところ、「そんなの出来るわけ無いでしょ」と断ったものの、後日電子レンジを購入し、「有田さん、俺やりますよ!!」と意気込んでいた(有田談)。

■「伊集院光 深夜の馬鹿力」のスペシャルウィーク企画において、以前付き合っていた女性を呼ばれ、付き合っている時にテレビを買ってもらったこと、彼女そっちのけでそのテレビを使い「パワプロ」をずっとやり続けていた事を暴露されていた。更にふられた後にも、金を貸してくれと頼んでいた。(また山崎はこの女性との復縁を望んでいたが、その時点で彼氏がいることを告白されうちのめされていた。)

■バラエティ番組で、大勢の芸人達の中でも埋もれることなく、積極的に前に出て効率よく笑いを取る力量を見せ、島田紳助にも一目置かれている。ただし、「ロンドンハーツ」での「格付けしあう若手芸人たち」において前に出すぎて他の芸人の見せ場も自分の見せ場に変えてしまうことが頻発したため、兄貴分である有田から注意を受けた事もあると番組内で暴露された。

■初体験の相手が渡部の知り合いで、その女性に「山崎のプレーどうだった?」と聞いた所、「童貞だと言うことを抜かしても下手すぎる」と言われたそう。山崎本人も「緩急がないと言われたんですよ」と認めている。

■ボキャブラ天国に出演した時、海砂利水魚(現くりぃむしちゅー)の上田の妹をナンパしたことを番組内で暴露された事がある。その時、山崎は上田の事を「晋兄ちゃん」と呼んでいた。

■テレビ出演時は大抵白のワイシャツを着用しており、くりぃむしちゅーらと共に関口宏の東京フレンドパークIIのスペシャルに出演した際、ビッグチャレンジでワイシャツ100枚を希望した。結果、見事ゲットしたものの視聴者プレゼントでも当たってしまい、カメラの前で当選者に謝っていた。

■さまぁ〜ずに下の名前(弘也)を忘れられた。しかも、「俺たちは下の名前も知っている」と言われた後だったらしい。(ちなみに、相方・柴田の名前(英嗣)は大竹があっさりと答えていた。)

(出典:Wikipedia)

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柳原可奈子

柳原 可奈子(やなぎはら かなこ、1986年2月3日 - )は、太田プロダクション所属のタレント、お笑い芸人である。


【略歴】
■幼児期にモデルとして雑誌デビュー。

■東京都立小平高等学校の普通科外国語コース卒業。この頃からアマチュアのライブなどに出演していた。

■東放学園専門学校東京アナウンス学院お笑いタレント科(現・芸能バラエティ科)卒業後、太田プロダクション所属となる。

■2007年に入り10代の女性をターゲットにしたキャラが注目され始め、TV番組での露出が増えるようになる。


【人物】
■東京都中野区出身。

■赤ちゃんの頃から赤ちゃんキャラで芸能界で活動。ちなみに生まれたときの体重は4,400gと大型だった。

■特技はインターネット、トロンボーン、中国語。 趣味は読書、アイドルのおっかけ(モーニング娘。)。

■公式プロフィールのサイズは身長は153cm、体重63kgとあるが、これは太田プロ所属時。現在は体重72kg、体脂肪率48%だと判明した。血液型はB型。視力は0.05(2006年3月・公式ブログより)。「体重のためにネタのキレが悪くなった。65kgがベスト」とのことである(2007年7月13日ライオンのごきげんよう出演時の発言)。

■ネネという犬(シーズー)を飼っている


【ネタ】
■主にコント。「渋谷109カリスマアパレル系ショップの店員」「総武線西船橋駅近辺の女子高生」「FMラジオのDJ」など。カフェなど女子高生達があつまる場所に足しげく通い、女子高生の面白い会話をノートに書きとめネタ作りをしている。

■また、「渋谷109のカリスマアパレル系ショップの店員」のキャラはバラエティ番組でも使用している。


【ネタとして言う言葉】
「いらっしゃいませ〜 どうぞごら〜んくださ〜い」


【逸話】
■前述の通り、高校の時からライブに出演しており、当時から雑誌「お笑いタイフーン」に掲載されるなど注目を集めていた。

■本人曰く好きな男性のタイプはムーディ勝山(めざましテレビのコーナー「広人苑II」より)。

■料理は年に4、5回ぐらいしかしないらしく、「愛のエプロン」(テレビ朝日)出演時にはジャッジを務めた和田アキ子からあまりの不味さに「死ね!」と言われるほどであった。

■一時期芸能人女子フットサルチーム「YOTSUYA CLOVERS」に所属していた。

■ウェブログはW42Sを使って更新していることが多い。

■小学校での成績はオール5の秀才であった。

■ファッションモデルの榎本亜弥子は高校の同級生であった。

■森三中の村上曰く「かわいいデブ」。

■岡村隆史に「女デッカチャン」や「中華の被り物に似てる」と比喩された事がある。

■めちゃ×2イケてるッ!の只今参上 色とり忍者のコーナーで、白い忍者の衣装を着た際「給食のおばさん」といわれ、かなり凹んでいた。

(出典:Wikipedia)

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山崎静代(南海キャンディーズ)

山崎 静代(やまざき しずよ、1979年2月4日 - )は、日本のお笑い芸人・女優。お笑いコンビ南海キャンディーズのボケ担当。愛称は「しずちゃん」。相方は、山ちゃん(山里亮太)。京都府福知山市出身。聖和大学短期大学部卒業。身長180cm(公称182cm)、体重92kg、バスト105cm。血液型 A型。


【略歴】
■高校は事務所の先輩ナインティナインの出身校(岡村隆史、矢部浩之ともに同じ)大阪府立茨木西高等学校で、女子サッカー部に所属していた(3年生時に全国3位)。

■かつて「西中サーキット」(にしちゅう-)という女性コンビのボケを担当、2002年 ABCお笑い新人グランプリ審査員特別賞を獲得し、関東の深夜番組にも出演していたが、相方の引退により解散。その後、「山崎二宮」という男女コンビを結成中に、山ちゃんから突然ケーキバイキングに誘われ、コンビ結成の話を持ちかけられて解散を即決した。解散の理由は「(山崎二宮の)相方が男前なので、2人きりでネタ合わせする時などに集中できなかった(異性を意識し、エロ心も芽生えてたらしい)が、こいつ(山ちゃん)ならその心配は無いなと思った」。ちなみに「南海キャンディーズ」結成以降は黒髪で通しているが、「西中サーキット」時代は金髪だった。

■趣味はギター、イラスト。


【人物】
■低くぼそっとつぶやくシュールで自意識過剰なボケ、上下関係を無視したぶっきらぼうな喋り、予測不可能なアクションが特徴的。周囲から怒りを買うような芸風である。

■山ちゃんを嫌っていることをネタにすることが多い。漫才の立ち位置で「山ちゃんがいる方の肌荒れの進行が酷い」との発言や、『たけしの誰でもピカソ』(テレビ東京系)に出演した際ビートたけしに「小沢に口説いてもらったら?」と言われ、共演していたスピードワゴン小沢一敬が甘い言葉を言ってくれたが「嬉しいんですけど、声が山ちゃんに似てる・・・・・・」と感想を述べる等、事ある毎に彼の悪口を放つ。しかし、『Qさま!!』の収録で山ちゃんに本気で激怒した青木さやかの楽屋を訪ね、「山ちゃん、そんなに悪い人やないですよ」とフォローする等、(嫌悪感や煩わしさを感じてはいるものの)見捨てるほど本気で嫌っている訳ではないようだ。山ちゃんによると母親も悪口を言っているらしく、彼に「家族ぐるみで悪口を言うのはやめてくれ」と言われた事がある。

■かなりの面食いで妻夫木聡(CMで共演)やオダギリジョー、漫画家の荒木飛呂彦のファンと公言している。また、番組でかっこいい男性(いわゆる「イケメン」)と共演した時には、必ずと言っていいほどアプローチを試みる。反対に女性アイドル、女子アナに対しては攻撃姿勢を取る。

■高所への恐怖感がほとんど無い。『Qさま!!』のレギュラーに新加入する為に銭湯の煙突(の頂上に渡した板)の上でのラジオ体操(命綱無し。だが、もしもの時に掴まる手摺りは有り)に挑戦した際、山ちゃんが足がすくみっ放しの情けない姿だったのに対し、見ている方が恐ろしくなるような大胆な動きで完璧に体操を行った。しかも手摺りを「邪魔。」と言い放った。この為、無事レギュラーを獲得した同番組にはコンビで出演しているものの、彼女のみ正式レギュラーということになっており、相方の山ちゃんは未だに準レギュラー扱いである。このほか、10m 高飛び込みでも助走を付けて飛ぶなど、並外れた度胸を持っている。

■運動神経に優れている。学生時代に部活動で陸上競技(砲丸投げ等)やサッカーを経験しており、特に砲丸投げは現在でもかなりの実力を誇り、全国50傑に入るのではないかとも言われている。また足は速く、持久力もあり、『Qさま!!』の企画「全員で鬼ごっこ」では、男性がほとんどのメンバーにおいてなかなかの粘り強さを見せている。さらに映画『フラガール』の終盤ではほぼ完璧といえるフラダンスをこなしている。

■一方、バランス感覚には鈍く、『Qさま!!』のコーナー「グラグラ島」では度々、失敗を引き起こす。

■最近ではボクシングを始め、その体格とセンスの為にトレーナーからは「世界を狙える」と太鼓判を押される。彼女ほどの体格でボクシングをやっている女性が国内で他にいないことから、「デビューすれば即、日本チャンピオンになれるのではないか」と関根勤は分析している。

■一般的な女性に比べて非常に背が高く骨太のがっちりした体格で、普段の話し声は低い。しかし、ジェットコースターに乗った時等には高い音域の悲鳴もちゃんと出る。

■その背の高さゆえに、近所の子供たちからは「壁」と呼ばれている。

■父、弟も体格ががっちりしており、家族そろって巨体である。

■高校時代のサッカーで膝を故障したため、激しい長時間の運動には耐えられない。『堂本剛の正直しんどい』のバスケットボールの企画では「ガラスのヒザ」と言われた。

■保育園時代、『ウイングマン』に熱中する。後の嗜好形成に影響を及ぼす。

■大阪の自宅の部屋には女性としては珍しく、『AKIRA』や『ドラゴンボール』のグッズが所狭しと並べられている。番組の企画で訪問した今田耕司は非常にうらやましがっていた(ちなみに今田も『AKIRA』フリークとして有名)。絵も得意で、番組ではしずちゃんによる秀逸な大友克洋タッチのイラストも披露していた。

■甘いものが相当好きで「いきなり!黄金伝説」(テレビ朝日系)の企画では次々と出てくるケーキをどんどん食べて山ちゃんを驚かせた。その様は彼に「スイートサイボーグ」と言わしめた程である。途中でトマトが苦手と言う事が判明したが、自力で何とか食べた。この伝説が終わった後、最初に食べたのは、本人曰く食パンらしい。

■しかし、2006年に『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「食わず嫌い王決定戦」に出演した際、対戦相手の田丸麻紀が持参したお土産「甘熟とまと 和みゼリー」を、苦手な素振りも見せず食べている。

■ラバーソールを愛用している。

■クイズが苦手で山ちゃんの足をしばしば引っ張っている。

■2006年に松雪泰子主演映画『フラガール』で本格的女優デビューを果たす。記者会見や公開イベントなどでは豪華出演者の中でもひときわクローズアップされて報道された。2007年2月16日、第30回日本アカデミー賞で同映画において新人俳優賞を受賞、女優としても地位を確立した。

■鈴木京香、フットボールアワーの岩尾望、安田大サーカスのクロちゃんなどと親交がある。

■1人暮らしを始めてから住んでいる自宅の家賃は10万円である。


【エピソード】
■出生時に5000gという体重だったため、市役所の視察が入ったらしい。

■全日本国民的美少女コンテストや ASAYAN のモーニング娘。の3期メンバーオーディション(合格者は後藤真希)を受けたことがある。

■美少女コンテストでは髪型を『タッチ』の浅倉南を意識した写真で応募した。この時の写真が後にテレビ番組で公開され、山ちゃんに「これじゃカッちゃん(上杉和也)もタッちゃん(上杉達也)も野球始めないよ」と酷評された。

■モーニング娘。オーディションでは長渕剛の「巡恋歌」を歌い、審査員全員をドン引きにさせた経験がある。あるテレビに出演した際につんく♂に向かって「つんく、アンタ大チャンス逃してるよ」と発言した事がある。その後、『ハロー!モーニング。』にゲストで出演した時、「今頃ここに立っていたかも」とつぶやいていた。モーニング娘。のオーディションに落ちた理由を、本人は飯田圭織と背の高いキャラで被っていたからと述べている。

■西中サーキット時代、キングコングらと共に深夜番組『イケチキ!!』にレギュラー出演し、独特のキャラが関東でも話題を呼びかけていたが番組終了後、相方がbaseファンから嫌がらせを受けノイローゼになったため引退し、解散した。

■高校時代は地元の「餃子の王将」でアルバイトしていた。

■海外への留学経験があるが、なぜか現地在住の日本人宅にホームステイした。

■さまぁ〜ずの大竹一樹に抱かれてもいいと言ったことがある。

■2006年にスキューバダイビングの免許をとった。

(出典:Wikipedia)

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山里亮太(南海キャンディーズ)

山里 亮太(やまさと りょうた、1977年4月14日 - )は、日本のお笑い芸人。お笑いコンビ南海キャンディーズのツッコミ担当。愛称は「山ちゃん」。相方は、しずちゃん(山崎静代)。千葉経済大学附属高等学校、関西大学文学部卒業。身長(実質)176cm(公称は178cm)、体重90kg。


【来歴】
■大学ではミュージシャンの矢井田瞳と同回生で、『ミュージックステーション』にVTR出演した時、「新曲の歌詞に『山ちゃん』と入れてくれたら泣いて喜びます」と発言し、相方しずちゃんに「台無しやわ」と言われる。また、矢井田が出演する番組にたまに出演することもある。

■特技はバスケットボール。中学、高校、大学と10年間続けたが、学生時代は試合には出られず、最後の試合で一度だけ出させてもらった。だが、監督から「ボールに触るな」と指示され、その言いつけを忠実に守り一度もパスを受け取らなかった(テレビ朝日『堂本剛の正直しんどい』より)。また、『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』のフリースロー対決でも、6投中、シュートは0本であった。出身高校のバスケットボール部部室には当時の写真が今でも飾ってある。

■NSC22期生(同期はキングコング、なかやまきんに君など)を卒業後、「足軽エンペラー」というコンビを結成。その時は、ボケ担当だった。レギュラー、天津、現在はピン芸人として活躍中の中山功太を輩出したTBS『ガチンコ!』の企画「漫才道」で優勝。2003年3月に同コンビを解散後、ピン芸人「イタリア人」としての活動を経て、山崎静代と南海キャンディーズを結成。コンビ結成後も「追い風三等兵」として『R-1ぐらんぷり』に出場している。

■当初は本名、もしくは「山里」のみで活動していたが、相方が「しずちゃん」というのに倣って、「山ちゃん」に改名された。(baseよしもとオフィシャルFANクラブ会報「basement press」より)


【人物】
■ボキャブラリーがとにかく豊富であり、独特の言葉選びと慇懃無礼な台詞回しが持ち味。

■外見としては、鳳啓助を思わせるようなオカッパ頭と赤いメガネ、スカーフが特徴的。

■『笑っていいとも! 』や『Qさま!!』等のレギュラー番組、そしてゲスト出演した番組において、俗に言う「いじられキャラ」として扱われることが多い。『笑っていいとも!』では、必ずスカーフかメガネのことをいじられる。

■良く言えば素直、悪く言えば単純な性格のせいか騙されやすく、ドッキリ企画に引っかかる頻度も高い。

■芸能界でも屈指の、自他共に認めるド変態でありSMの世界で名を馳せる。ちなみに、SかMかでいうなら超ドMなのだが、相方曰く「痛いのは嫌い」で、精神的に苛められるのが好みらしい。

■とあるSMチャットで「Mの神」として崇められていたが、そのログを6年間交際していた女性に見られてしまい破局した。

■そのチャットでのハンドルネームは「シン(「sai」という名前を使っていた事もあるらしい)」。山里はチャットでは気持ちよさや快感を記号を突然不規則に羅列させるなどで表現し、その方式は「シン方式」と呼ばれた。通常、チャットの観客は80名ではあるが、山里のチャットでは観客が600名にふくれあがった。現在はそのチャットから引退している。(「ヨシモト∞」での発言)

■その女性と付き合っていた貧乏時代、ラーメンを食べようという約束で彼女と少しずつ貯めていたお金で、彼女がこっそりキットカットを買ってしまい、それを知った山里が大激怒した事がある。このとき自分の器の小ささを実感したらしい。

■松本人志の放送室のネタ合戦企画「カプリチョーザ杯」に出演の際、ネタよりも、SMネタのほうがウケが良かった。

■合コンでの第一声は「売れちゃってすいません!」。天狗になりかけていたため、「同期のイベントに呼ばれない」「売れている芸人としか付き合わない」等の性悪エピソードを持つ。彼自身、「びっくりするぐらい器が小さい」と自虐的に自分を評している。

■収録の合間に風俗に行ったり、共演する芸人やタレントの悪口を陰で言っている事を色々な番組で相方・しずちゃんに暴露されている。このせいで『Qさま!!』の特別企画で「Qさま愛していない王(裏の顔ワースト芸人)」に選ばれた。

■しずちゃんからは半ば本気で軽蔑視されており、周囲からコンビ仲を心配されることも。ごく稀にしずちゃんに誉められた時には大感動している。また、『Qさま!!』の「しずちゃんハリウッド進出のため南海キャンディーズ半年休業」というドッキリ企画(2006年12月18日放送)では、山ちゃんのみならず仕掛け人のしずちゃんまで泣き出すという強いコンビ愛を見せた。

■数々の性悪エピソードと裏腹に、ファンに対する対応は愛想が良く優しいと評判。ただ、手に触れられるのが苦手であるらしく(とある番組で「手はダメです!」と頑なに拒否した事がある)、握手したファンの感想は「握手した感じがしない握手だった」というものが多い。

■家族思い。『さんまのスーパーからくりテレビ』で、預金通帳を母親に渡していることが明らかに。また、父親が『笑っていいとも!増刊号』の父の日スペシャルに登場した際、『息子に感謝しているのはどんな時?』と質問され、「もうゆっくり好きな事をして生活していいよ」と言われたことを挙げている。

■しずちゃんと並んでいるため小さく見られがちだが、身長はそれなりに高く、(現時点では)一応三高の条件を満たしているといえるが、ブサイクランキングなどで上位に位置するその顔のせいか、あるいは数々の性悪エピソードでその性格が知れ渡っているせいか、まったくモテないという。

■「マンスリーよしもと」の吉本ブサイクランキングでは2005年度は8位だったが、2006年度と2007年度は2位に大差をつけ2年連続1位になった。baseよしもと所属芸人限定ランキングでも当然のように1位を獲得している。ちなみに「吉本ブサイクランキング」で来年度も1位を取ればほんこん、岩尾望に続いて3人目のブサイクの殿堂入りとなる。

■雑誌「anan」(マガジンハウス)の2006年「嫌いな男」第10位、「抱かれたくない男」第3位、「服のセンスが悪い男」第1位に選ばれた。

■私服のセンスの悪さを出演番組で共演者からしばしばネタにされる。『笑っていいとも!』に至っては、さまざまな若手芸人と私服のダサさで対決するコーナーまで作られ、無敗を守った。

■2006年1月現在、月収が約150万円くらいと『クイズ!ヘキサゴン』で暴露した。

■名門大卒だけあってクイズが得意。しかし、制限時間や連帯責任などのプレッシャーがかかると、パニックに陥り実力が発揮できないことも。

■アイドルが相当大好きである(『Qさま!!』で共演している優香、『笑っていいとも!』で共演した小倉優子、他にも上戸彩、石原さとみ、広末涼子、後藤真希、時東ぁみなど)。

■上戸彩に関しては、吉本の先輩芸人の一人・陣内智則と藤原紀香の結婚報道の際に「(それならば自分は)上戸彩ちゃんと付き合いたい!」と自身の出版本の発売記念イベントで発言した事があるほど。

■昆虫が苦手。

■嫌いな食べ物はゆで卵(『とんねるずのみなさんのおかげでした』の食わず嫌い王で吐き出しそうになっていたほど)と、キュウリ(『おはスタ』で恵方巻を食べた際、スタッフにキュウリを抜いてほしいと頼んでいたことをしずちゃんから暴露された)。

■脚力と瞬発力に優れていて『東京フレンドパーク』のアトラクションで4枚の金貨獲得に導いたほか、『Qさま!!』のプレッシャー走り高跳びで150cmのバーを跳び超えた。動体視力もそれなりにある。反面、走りに粘りがなく、『Qさま!!』の鬼ごっこ企画では毎回序盤に捕まる。また、体重が重いため懸垂は苦手。

■視力は0.03。トレードマークの赤いメガネはとある眼鏡屋のオリジナルフレームで、数万円する代物。某番組でしずちゃんにフレームを折られた時は、その眼鏡屋の留守電に悲痛なメッセージが入っていたらしい。

■軽度の色弱であり、ライブにて「(色弱の為)ぷよぷよで勝った例がない」と告白した。青と紫の識別が困難という。

■ハスキーな声がスピードワゴンの小沢一敬と似ている。ある番組でしずちゃんが小沢に甘い言葉を言われたが「嬉しいんですけど、声が山ちゃんに似てる……」とあまり嬉しそうではなかったという話がある。

■緊張すると、手の汗が尋常ではない状態になるという。

■父親は元プロボクサーで、兄はキックボクサー。母親は、高校時代かなりの不良だったとテレビの中で発言し、当の母親も否定をしなかった(しかも常にチェーンを所持しており、「バクダン」の異名をとっていたと、母親自身が語っている)。

■ネゴシックスやとろサーモンの久保田和靖(ともにNSCの同期生)、千鳥の大悟、ザ・プラン9のなだぎ武などと親交がある。


【エピソード】
■千葉県出身だが、東京にも吉本興業があったことを知らず、漫才がやりたいがために関西の大学に入った。東京吉本の存在を知った時は「いまさら引き下がれない」と思い、関西弁の練習用テープまで買って練習したらしい。また当時の大阪吉本の若手芸人は関西出身でなくても関西弁でネタをするように言われていたのも影響している。(当時の山里の口調をネゴシックスは「気持ち悪かった」と語っている)その後も関西で暮らしていたせいか、標準語に戻した今でも、イントネーションに関西訛りが残っている。

■「足軽エンペラー」としての活動時、TBSテレビのバラエティー番組『ガチンコ!』内の1コーナー「ガチンコ漫才道」にて優勝している。また、相方に発言の訓練などかなり厳しく教え込んでいたが(人格を否定するような言葉も浴びせたらしい)、それに耐えかねた相方が山里に自転車を投げつけるほど激怒し、解散に至った。当時は山里自身も劇場控え室の壁を殴り付けるなど相当荒れていたが、今は本人も反省している模様。

■自分の知らないところでしずちゃんにピンの仕事が入ってきていることにショックを受けたことがある。

■『笑っていいとも!』で小倉優子に告白したが、過去に他局の番組で違うグラビアアイドルにも告白していた。

■『Qさま!!』のロケに3時間も遅刻し、その後、反省の色が見られなかったという理由で、Qさまメンバーがザ・テレビジョンの表紙に登場した際1人だけ顔が写らない(ロゴに隠れる)という罰を受けた。

■『おはスタ』において、「山ちゃん」という呼称が司会の山寺宏一と被る為、しずちゃんを除くおはガールら共演者から「南海さん」と呼ばれている。この呼称は他番組(『おはコロ』など)で使われることもある。

■原口あきまさやホリにモノマネをされている。ホリが本人を前に『南海パラダイス!』で披露したときは、感激していた。

■『アドレな!ガレッジ』の企画で貯金176万円をウォーカーヒルのカジノのルーレットに一発勝負をかけ、散財してしまう。その後、救済企画として176万円を賭けゲームに挑戦するも結局、条件を満たせず獲得出来なかった。それどころかベンツの車庫入れでブロックに当てて失敗し、さらに26万円出費する羽目に。

■『くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン』で、チャットで女性を口説く方法を教えるために公開チャットをおこなっていたが、目当ての女性(番組が仕込んだ人物でドッキリだった)と雰囲気が良くなり、収録をほったらかしにして本気で口説きに入ったことがある。共演者一同、大盛り上がりだった。そのとき、山ちゃんは鼻の下に大量の汗をかいていた。

■『虎の門』の「しりとり竜王戦」に出場時、変態の片鱗を伺わせる回答をしたため、審査員の勝俣州和や千原ジュニアから「山ちゃん、ド変態ですね」と戦評された。

■事務所の先輩・今田耕司の番組『今田ハウジング』で東京での新居を探しかっこよくリフォームしてもらったが、他局の番組で自宅の部屋を紹介した際、(リフォームは)自分でやったと言った。

■『とんねるずのみなさんのおかげでした』のコーナー「R&Bの神様」で、自身の大学時代の回想VTRに本人役で出演。相手役の岩佐真悠子とキスした。

■島田洋七のイベント「笑魂伝承」にゲスト出演したが、登場の際、観客からの声援の9割がしずちゃんへのものだったので冒頭から落ち込んだ。しかし、洋七からはツッコミのボキャブラリーについて絶賛された。山里の一風変わったツッコミを支持する人間は多い。

■浪人時代は東進ハイスクールの千葉校に通っていた。その時の同級生に猫ひろしがいる。

■若手時代に楽屋で友近とよく話しており、友近が1時間に600回くらいボケるのに対して、山里はそれにいちいちツッコミを入れていたため、山里のツッコミ能力が上達した。

■本人曰く、伊集院光のラジオの熱心なリスナーだったらしい。『伊集院光 日曜日の秘密基地』に南海キャンディーズとしてゲスト出演したときに、伊集院から「思考がビックリするくらい自分に似ている」と評された。なお、かつて伊集院が担当した『伊集院光のOh!デカナイト』と同じニッポン放送の平日夜のヤングゾーン枠で山里は現在『南海キャンディーズ 山里亮太のヤンピース フライデースペシャル』を担当している。

■日本アカデミー賞でインタビュアーをつとめた際、インタビューの内容があまりにもひどく、ある意味伝説を残した。(その内容について、いろいろな番組でいじられ、笑っていいとも!ではすべりインタとして、テレフォンショッキングで電話を取り次いだ)

■山里が好きな風俗をほかの芸人に紹介したところ、ケンドーコバヤシや麒麟の2人などが行きだし、「山ちゃん割引」というのができるほどになったらしい。

■インターネットのお気に入りの欄に「しょこたん☆ぶろぐ」や「盗撮のぞきっくす」などを登録していた。更に2ちゃんねるの「最近 しずちゃんが うざい」というしずちゃんの悪口が書いてあるスレッドも登録していたため、それを見たしずちゃんはかなりショックを受けていた。

(出典:Wikipedia)

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山本博(ロバート)

山本 博(やまもと ひろし、1978年9月5日 - )は、お笑い芸人。吉本興業所属。群馬県邑楽郡邑楽町出身(「館林市出身」と書かれる事もある)。足利工業大学附属高等学校卒業。ロバートのツッコミ担当。血液型はA型。通称「博」。


【経歴・人物】
■1998年にデビュー。

■高校時代、寿司屋で3年間バイトをしていて、「軍艦(巻き)の山本」とよばれていたらしい。

■メンバー内では1番のいじられキャラである。また、秋山と馬場が幼稚園からの友人であるため、仲間はずれ状態になっている。良くも悪くも一般常識が備わっている為、共演者も印象が残らないほど普通の印象があるらしい。

■庄司智春(品川庄司)が「アメトーク」(テレビ朝日)の企画プレゼンで「本当はツッコミ芸人」(相方のツッコミが上手い為、突っ込みと思われてない芸人)という企画を提案し、もし実現した際の出演者を挙げ、山本も入っていたが品川祐から、「あいつ(山本)は突っ込んではいないけどボケてもいない。あいつはロバートに居る。」と言われた。(他のメンバーは蛍原徹、井上聡、鈴木拓、田村亮、濱口優、川田広樹と少々天然なメンバーばかりであった)。

■「鳥の真似」という一発芸を持っている。

■小学校時代は陸上クラブ(走り高跳びの選手)、中学時代はテニス部、高校時代はゴルフ部。小学校のときに野球もやっていた(ポジションはリリーフピッチャー)。

■秋山、馬場、はねトびメンバーからは「博」と呼ばれているが、時々、「山本」と呼ばれると寂しくなるらしい。ピン芸人の「ヒロシ」が出てきたので「山本」と呼ばれる機会が多くなった。最近ではQさまメンバーの三村マサカズや柴田英嗣などにも「博」と呼ばれるようになった。

■家族構成は、父、母、兄。

■栃木県佐野市正雲寺に従兄弟がいる。

■馬場曰く「ちょっとコレ持ってて、って言うと一日中持ってる」。

■秋山の髪を立てるためのドライヤーや、秋山用の髭剃りを自分の鞄に入れているため、荷物が大きくなってしまっている。

■新幹線などで移動する際、目的地に着く時間をチェックして携帯のアラームをセットし、寝ている相方2人を起こす役目を自発的に引き受けている。秋山曰く「そっと優しく起こしてくれる」。

■小さい頃に、カレーをペロッと平らげたため、父親からは「ペロ(父の背を抜くまではチビペロ)」と呼ばれている。


【特徴】
■特徴はガタガタな歯並び。右上の前歯に八重歯がある。

■「笑いの金メダル」の「ハモリの金メダル」というコーナーで、ペナルティヒデ・レギュラー西川と少年隊の「仮面舞踏会」を歌った。

■秋山から言わせると、あまり歌がうまくないらしい。しかし、カラオケで完璧に歌えれば賞金が貰える番組で賞金200万円をゲットした。(歌は、尾崎豊の「I LOVE YOU」。)

■趣味はオカリナ。ちなみに、秋山が登場したマンガ「絶望に効くクスリ」のひとコマに描かれた山本とおぼしき人物(そっくり)は、身体の部分に「オカリナ」とだけ書かれている。

■山本にそっくりな人間は日本各地に存在しているらしく、まったく身に覚えの無い「○○で見掛けた」「××の店にまた現れた」という噂が本人の耳に入ってくるという。

■インパルス板倉と共にボクシングジムに通っている。しかし、真面目にトレーニングしているにも関わらず身体に何の変化も見られないという。

■売れない頃、ある番組の収録に遅刻してしまい、相方の秋山に階段から突き落とされた。その日の深夜秋山が電話すると波の音が背後に聞こえ、どこにいるか訊ねると「江ノ島にいる」と答えたという。

■かなりの遅刻癖らしく階段から突き落とされた他に「鎖で目元をぶつけられた」という噂もある。

■ロバート結成前、当時の相方と住んでいたアパートで、金縛りなどの不思議な現象を何度か体験した。あとで知ったところでは、そのア
パートのある場所はかつて首切り場だったという。

■ロバートの握手会などでは、馬場・秋山と握手をして感激しているファンが山本の前を素通りして帰ってしまうことがときどきあるという。2006年12月、あるトーク番組で「自分を漢字一文字で表すと?」と質問された際、山本は「無」と答えた。曰く「華が無い・オーラが無い・無視される」の三無とのこと。

■体調が悪いらしく、最近はガジュツを飲んでいる。

■人を信じやすく、20万円の絵を買わされそうになったことがある。

■占い師に自分を見てもらった時「すでにあなたは死んでいます」といわれたらしい。

■結構体力がありQさまではアンタッチャブルの柴田と並ぶ程(番組でもかなりの好成績)なのだがキャラのせいか絶賛される事は滅多に無い。また身体能力の割に肋骨が透け腹筋も割れずアンガールズに並ぶ位のガリガリの痩せ型。(一見体力派とは無縁そう)小食の為と思われる。


《クイズプレゼンバラエティー Qさま!!でのエピソード》
■番組の企画で、絶叫マシーンに乗った状態でのカラオケに2度挑戦した。1回目は53点という不甲斐無い結果に終わった(しかし対戦相手の馬場が50点だったため勝利)が、2回目は75点で4人中2位だった。

■「Qさま!!」の裏チキンNo.1で暴露されたところでは、ケープをいつも持ち歩いているらしく、秋山竜次が山本のカバンを開けたらケープが5本入っていたそうだ。(実際は3本という説あり。)

■また「芸能界潜水選手権」では、水泳の経験は少ないながら自己ベスト59.8mを記録している。

■2006年7月17日放送の「クイズプレゼンバラエティーQさま!!」SPでは、南海キャンディーズのしずちゃんをカバーするなどの活躍でチームの優勝に貢献。

■「プレッシャーSTUDY」では、正解を書くまでに時間がかかり、メンバーの足を引っ張ることがある(漢字がひどく苦手で「制服」を「正服」、「草原」を「早原」と書く、「経済」を「けいずみ」と読むなど)。また、一番活躍していない人を決定する「逆MVP」を、2度も受賞した。しかし、社会は得意らしく、歴史と地理の問題は好成績を残した。

■50m走のタイムは7秒12と快足で、柴田英嗣と並んでメンバーで1位の記録を持つ。また、スタミナもメンバーで1位。

■番組内で優香からオナラの音を出させるドッキリを行った時、優香を凝視し、挙句の果てに悲しそうな顔になってしまったので、仕掛け人の優香と秋山と馬場が3人とも笑ってしまった。その後、ネタばらしを行った時も、泣きそうな顔をしていた。

■7月27日放送の「クイズプレゼンバラエティーQさま!!」の「プレッシャー走り高跳び」でメンバーで唯一150cmを跳んだ。さらに10月16日の放送の「プレッシャー走り高跳び」では、さらに2cm高い152cmを1回で跳んだ。


《ポケモン☆サンデーでのエピソード》
■他番組とは一転、この番組では驚くほど安定した司会者ぶりを見せている。(番組コーナー内で時折司会進行役を務める)

■番組レギュラー陣から「影が薄い」と言われる。視聴者から番組宛に送られた手紙にもレギュラー陣のイラストが書いてあったのだが、なぜか山本だけ書かれていなかった。

■よく肉体的なギャグをやらされる。番組内で「すね毛をガムテープで剥がす男」とキャッチコピーを付けられ、過去2回強力なガムテープで秋山らに無理矢理すね毛を抜かされている。また、2007年4月1日放送分ではアニメ「ポケットモンスター」の記念すべき第一話のアフレコ(効果音)に挑戦。その効果音とは主人公サトシがカスミからビンタされるシーンのビンタ音であり、本来は1回だったビンタが4回に増やされ、山本は中川翔子から4回ビンタを喰らうはめになった。

■番組内の視聴者とゲームソフト「ポケットモンスター ダイヤモンド・パール」で対戦するコーナーでは、馬場と同じくらい強い。

■上記の対戦コーナーで、挑戦してきた視聴者に敗れた場合、手持ちのポケモンを強制的に交換されるというルールがあるが、1回目の交換でもらったナエトルをドダイトスまで育てた後、2回目の交換で取られてしまい、「育てや山本」の異名がつけられた。しかし、やはりこのコーナーでも視聴者からなめられており終始呼び捨てされたこともある。「“さん”を付けろ!」と半ばキレたこともある。

■番組内で自称「山本」のおじいさんがよく登場する。本人曰く「まったく似ていない」。2007年4月29日放送分ではおじいさんがスタジオに登場し、「ギャグだったら俺の方がおもしろいぜ〜。ピェ〜」と鼻に手をあてて笑いを取られるなど厄介かつ面白い存在になっている。


《はねるのトびらでのエピソード》
■「はねるのトびら」では、よくドッキリを仕掛けられる。通称「博ドッキリ」。

■身体が痩せすぎで貧相であるとよく言われるが、女装すると完璧なモデル体型。『はねるのトびら』の女装企画では、エステで美顔や脱毛の施術を受け下着も女性用を身に着けるという徹底ぶりでかなりグレードの高い美女に変身。男性から選ばれる早さは「はねトび」メンバー内で1、2を争う。

■2007年4月4日放送のスペシャルでは、はねトびメンバーで唯一一度も登場せず、番組最後に少々長めの自虐的なコメントを残した。結果的に一番おいしいポジションとなった。

■2007年4月11日放送では上記のスペシャルで一度も登場しなかった為、メンバーを連れ出し山本の実家に行く企画を放送。「身を削るしかない」と、道中では自虐的なクイズを連発し、山本の宝物を景品にするなど「そこまでやらなくても・・・」とメンバーに言わせるほど切ない雰囲気をかもし出していた。実家に到着後は山本と彼の母親でミニコントを披露。最終的には山本家全員ではねトびメンバーに毒舌(「キンコン・北陽消えろ」「インパにドランク帰れ」など。また、ロバートには言わなかった)を言いまくるというオチとなった(カット後山本家はメンバーに感謝の言葉を述べていた)。

■かつては塚地武雅・板倉俊之と共に番組内で「ピンクハレルヤ」というバンドを組んでいた。(ちなみに役割は山本がボーカル・塚地がドラム・板倉がギターである)


【交遊関係】
■プライベートでは、番組で共演中のドランクドラゴンの鈴木拓と一緒に食事をしたり遊びに行ったりしている。この二人にアンガールズ・田中卓志を加え山本軍団と称して城めぐり等の小旅行を楽しんでいる。また、居酒屋に部屋を取り、3人で酒も飲まずに延々とゲームに興じることもあるという。華やかな芸能界に溶け込めないメンバーが集まったということで、馬場曰く「世界最弱軍団」。

■「ウッチャンナンチャンのウリナリ!!」SPの「芸能人社交ダンス部」でプロレスラーのジャガー横田とペアを組んだ。この時、女性メンバーがそれぞれ立候補した男性メンバーから一人を選んでいくシステムで山本自身はベッキーと組みたかったらしいが、ジャガーだけ立候補なしで好きに選べるルールになっていた。(選ばれた理由は一番顔がマシだったから)。ちなみに秋山は若槻千夏と、馬場は和希沙也と組んだ。補欠は山根良顕とウド鈴木だった。

■吉本芸人の中ではバッファロー吾郎の竹若元博・カラテカの矢部太郎と並ぶカタブツ芸人とされる。(矢部は女性に興味はかなりあるが緊張して何も出来ないといった印象だが)下ネタを話すことはなく、合コンに参加することもないらしい。AV女優のこともよく知らない。

■秋山や馬場の母親から気に入られている。

■馬場の妹に本気で一目惚れした。兄(馬場)の許しがあれば2人で会いたいと語っている。

■ヴィジュアル系バンドメリーのギター、健一とは幼馴染。

(出典:Wikipedia)

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山口智充

山口 智充(やまぐち ともみつ、1969年3月14日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優、歌手。大阪府四條畷市出身。大阪府立四條畷北高等学校卒業。吉本興業所属。「ぐっさん」の愛称で親しまれている。身長175cm。血液型O型。既婚。本来は平畠啓史とのお笑いコンビ「DonDokoDon」のボケを担当するも現在は単独での仕事が多く、俳優、歌手、司会など幅広い分野で活躍している。


【経歴】
■高校時代に友人とコンビを組んでコントのような事をしていた。芸能活動を始める前はマツヤデンキで営業担当として働き、優良社員賞を受賞するほど優秀な社員だった。ミュージシャンを目指す為に退職。その後、宝塚ファミリーランドで働いている時に相方の平畠と知り合い、お笑いの道へ進む。

■全国区の知名度を得たのは『明石家マンション物語』(フジテレビ系列)である。同番組内では芸達者なラテン歌手「ガルシア」というキャラクターで登場。その多芸ぶりが好評を博す。以後、バラエティ番組を中心に活躍するようになった。

■吉本の芸人としては珍しく、声帯模写や効果音など多彩なものまねを得意とする(後述)。

■かつてはミュージシャン志望だっただけあって、その歌唱力は非常に高い。また、ギター演奏もこなす。宮迫博之(雨上がり決死隊)とのデュオ「くず」として音楽活動(作詞・作曲を担当)も行っている。くずの楽曲中では演奏面でも「ギターを弾きながらハーモニカを吹き、同時に足の先に括り付けた鈴を鳴らす」という器用さを見せている。また、大阪府四條畷市の小学校(山口本人の母校が統合した先の小学校)の校歌を作詞・作曲を担当したことがある。他にも演歌歌手に楽曲を提供したり、『いただきマッスル!』(中京テレビ制作・日本テレビ系列) の挿入歌を作詞・作曲したりしている。なお、現在は日本テレビ系列の音楽バラエティ番組『MusiG』において自身のボーカル、佐野元春の作詞・作曲、山本耕史のギターによる「The Whey-hey-hey Brothers」として1枚のシングルを出した。


【人物】
■プロレスラーのようながっしりとした体型をしており、周囲からは「芸人の身体じゃない」と言われる程だが、格闘技を本格的にやったことは無い。久本雅美にその肉体形成の不可思議さをネタにされ、「ラグビーをしたことがないラガーマン」と表現されたこともある。自称:ナチュラル・ボーン・マッスル。

■腕力はかなり強く、特に左腕を用いた腕相撲は「黄金の左腕」と言われ、今まで誰にも負けたことがないという(自衛隊員にも勝ったことがあると本人談)。リンカーンにおいて出演者全員を相手にその力を披露し、連続20人斬りを達成していた。(ダウンタウン・さまぁ〜ず・雨上がり決死隊・品川庄司・FUJIWARA・おぎやはぎ・バナナマン・フットボールアワー・スピードワゴン・中川家の20人だが、そのうち礼二・品川・原西・宮迫・松本はかなり粘らせて負かした)

■味覚が鈍感らしく彼の舌には「美味しい」と「すごく美味しい」の二通りしかないということである。宮迫によれば「ぐっさんにとっては高級蒸しアワビも牛丼もおいしさは一緒」。リンカーンにて高級食材を使って作った中華料理で4品作り、2品のスープは山口は味見して「旨い」と言ったが、試食したダウンタウン、さまぁ〜ず、雨上がり決死隊からはマズいと評された。ちなみに他の2品はとても旨く作れたらしく、ウド鈴木に大絶賛された。

■笑っていいとも!の「スポンサーはあなた!」のコーナーでは抜群のバランス感覚を見せた。「人差し指に傘を乗せたまま維持」「両手の指にハンガーの柄の部分をかけて回し続ける」、「お好み焼きのヘラでピンポン玉を弾き続ける」等のゲームで、ほとんどその場を動かないという余裕をもって成功している。

■『ぐっさん家〜THE GOODSUN HOUSE〜』(東海テレビ)の番組企画として名古屋の平針運転免許試験場にて大型自動二輪免許を取得。

■テレビ番組で度を越えた下品なものまねを披露し、一時干されそうになったことがある。

■「四角い物フェチ」である。角張った感触と、物がスッポリ収まる感覚(「スフォ感」と形容)がたまらないとのこと。『アメトーク』に出演した際には、四角いものに囲まれ終始興奮していた。中でも最も気に入っている四角いものは「天突き(ところてん切り器)」で、四角いところてんを四角い天突きに入れ、四角い棒で押すと四角がたくさん並んだ網から四角いところてんがたくさん出てくるからのこと。

■習字や絵画なども趣味で行っており、バラエティー番組やCMなどでその腕を披露している。

■芸人には珍しく、大の愛妻家で子煩悩。松本人志からは「ぐっさんだけはホンマに真面目や」と感心されている。

■野外のロケに出ると雨天となることが多く、自他共に認める雨男である。リンカーンの特番の沖縄ロケではロケをした時期としては珍しく大雨となってしまった様子で、浜田雅功に「テンション上げたら雨が酷くなるからテンション上げんな!」と言われていた。


【ものまねレパートリー】
小学生の頃からの特技である物真似のレパートリーは、形態模写や声帯模写など100を超える。特にマニアックな暑苦しい系統のキャラクターのネタを武器にしている。

哀川翔
渥美清
大友康平
デーモン小暮閣下
木之元亮
佐野元春
桂銀淑
吉川晃司
桑田佳祐
西城秀樹
吉幾三
滝口順平
松方弘樹
納谷悟朗(アニメ『ルパン三世』の銭形警部)
東野幸治
藤本義一
美空ひばり
南方英二
矢沢永吉
やしきたかじん
矢部浩之(ナインティナイン)
柳沢慎吾
力也
トンビ
ヒグラシ
セキセイインコ
打ち上げ花火
野毛山動物園のライオン
音飛びするCD
遠くから聞こえる祭の音
ハリウッド映画でよく見かけるワンシーン
『トムとジェリー』に出てくる悪者(犬)の顔
ワイドショーの行列リポート (早回し)
放課後に聴こえるブラスバンド部の音
昭和のラジオ
ハリウッドスターのインタビュー
バラエティー番組のCM前のカメラワーク
グッチ裕三のコーラスの雰囲気
Mr.ビーンのクンニ
チョコボール向井
など


【エピソード】
■ギャグ路線からシリアスまで様々なものまね芸を持っているが、かつてテレビ番組の本番中に大失敗をしたことがある。『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦』(フジテレビ系列)においてデーモン小暮閣下のものまねをした際、歌い出しのタイミングを間違えフライングをしてしまった。その時はものまねをされた本人として登場した閣下に軽く突っ込まれていたが、後にこの出来事は『ものまね紅白』のエポックメイキング的出来事になった。

■『新選組!』(NHK)の劇中、芹沢鴨がオウムに馬鹿にされるというシーンにおいて、オウムに台詞を覚えさせる調教が撮影に間に合わず、スタッフは急遽山口にオウムの吹き替えを依頼。山口は見事にオウムを演じ切り、このシーンは無事放送された。

■2006年7月16日に放送された『FNS26時間テレビ』内の『笑っていいとも!』増刊号生放送スペシャルで、小学生女子300人に聞く好きな男性レギュラーランキングで1位になった。その理由として「歌う姿にキュンときます」などがあった。

■大阪府四條畷市の小学校の校歌の作詞・作曲は、母校が統合したために新校歌を作らなければならず、友人が山口本人に頼んだことで実現した。小学校には直筆の歌詞表が飾られた。しかし、書き間違えたのか、紙で貼って上書きされたような形跡があったことをちちんぷいぷい(毎日放送)でハイヒール・リンゴに指摘された。

(出典:Wikipedia)

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山下しげのり

山下しげのり(やました-、1968年10月29日 - )は、日本のお笑い芸人。本名:山下栄緑(やました しげのり)。お笑いコンビ・ジャリズムのツッコミ担当。香川県高松市出身。吉本興業東京本社所属、吉本総合芸能学院(NSC)大阪校10期生。


【略歴】
■1981年3月、高松市立太田南小学校卒業

■1984年3月、高松市立太田中学卒業。

■1987年3月、大手前高等学校卒業。 

■1991年3月、摂南大学卒業。

■1991年4月、NSC入学。

■1991年11月、渡辺鐘と「山下・渡辺」結成。

■1992年5月、「山下・渡辺」から「ジャリズム」に改名。

■1998年12月、ジャリズム解散。解散後、芸名を「山下栄緑」から「山下しげのり」に改めた上でピン芸人となり、ルミネtheよしもとの新喜劇などで活動する。

■2001年、元「桧・友野」の友野英俊と「ガリッパナ」という漫才コンビ結成。2003年解散。

■2003年、松本人志の命名により、芸名を「山下しげのり」から「鼻油千右衛門時定 〜後の〜」に一時期だけ改名。その後も吉本新喜劇では鼻油名義で舞台に立っている。

■2004年2月、渡辺鐘と「ジャリズム」再結成。舞台公演のほか、『笑いの金メダル』などの番組に出演。

■2004年11月、中部日本放送(CBCテレビ)のバラエティ番組『ノブナガ』内で「写真マラソン」への挑戦がスタート。2006年3月19日(CBC)放送分にて名古屋城が出てゴール。

■2005年6月 プロミスのCMに出演。


【概要】
時折、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』にも出演するが、全くウケないスベリキャラとして定着している。「やましたパッカ〜」(顔の前で両手を広げる)「ヒクネチ」(コマネチよりも低い位置に腕を添えるギャグ)というギャグを持っているが、ウケたことがない。

また、七変化に挑戦したが、周囲の不安が的中し、結果は11000円(歴代9位)だった。挙句の果てにはプロデューサーの菅賢治がキレだす始末だった。

通称・ヤッシー。

松本人志や今田耕司など、細かいことに気のつく先輩とつきあいがあるが、対極の性格で鈍感・無神経を絵に描いたようなキャラクター。

山下の無神経さを象徴する出来事に、芸人仲間たちと毎年出かけていた、とある山村でのエピソードがある。帰りしなに芸人連中を追いかけてきた地元の女子学生に向かって山下が「この、田舎もん!」と言い放った。追いかけてきた女子学生はその途端立ち止まり、号泣し出してしまった。以降、その村の住民から「来年から山下を連れて来るな」という運動が起こったという。当の山下は「ウケると思って言った」と証言しており、自分が悪いことをしたとは全く感じていない様子であった。

鼻が大きく脂で表面がヌルヌルになるため、散々そのことを松本にネタにされている。曰く「日本鼻百選に選ばれろ」、「お前は鼻がでかいくせに鼻の穴がちっちゃいねん」。また、鼻の横のところがすごく臭い。宮迫博之は「うんこみたいな臭い」と言っていた。「やりすぎコージー・土曜婦人」でその噂を検証するため、鼻の横を指でこすって他の出演者にかがせたところ、全員「うんこの臭いがする」と顔をしかめていた。

また、生まれてこのかた「ファミコン」を触ったことがなく(本人曰く「持っていなかった」)、「やりすぎコージー」の企画の中で、37歳にして初めて「スーパーマリオブラザーズ」をプレイした映像が公開された(初公開はジャリズムのライブ)。1-1ステージの最初に出てくるクリボーにジャンプのタイミングを外して体当たり、スーパーキノコをジャンプで避ける(クリボーと勘違いしたのか)、スタッフに注意された場所で落下するなど、小学生でも滅多に見られないような初心者っぷりを発揮。持ちネタよりもウケていたのは言うまでもない。

無類の巨乳好きであり、2丁目劇場でジャリズムが全盛だった頃、テレビ番組の中で『お乳の国』なるコーナーを担当。 女性視聴者に電話でバストサイズを聞き、自分の好みの大きさであれば、独断でお乳の国の会員にしていた。 電話を募集する際には、「何をとは言いませんが、挟めるくらいの大きさがないとだめですよ。」とご丁寧に念押しまでしていた。

2007年年明けにテレビ東京系で放送された「2007年最も売れる吉本NO.1伝説」にて、占い芸人小笠原まさやによる占いで「2007年最も売れない芸人1位」(最下位)に選ばれた。その際、司会の今田耕司に本気でなぐさめられていた。

新庄剛志と仲がよく、彼が阪神タイガースに所属していた頃からの知り合いだという。

現在は矢部兄が社長の芸能プロダクション、ファンタスタープロモーションにてマネージャー業も行っている。

(出典:Wikipedia)

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山田花子

山田 花子(やまだ はなこ、1975年3月10日- )は、大阪府堺市西区出身のお笑いタレント、自称・女優。吉本興業東京本社所属。本名は渡邉京子(わたなべ きょうこ)。愛称は花子、花ちゃん。大阪府立福泉高等学校卒業。


【来歴】
「4時ですよーだ」に素人として出演した事をきっかけに、中学在学中からタレント活動をはじめる。デビュー時のエピソードとして、舞台に出るための「鼻水メイク」を自宅で行い、手で鼻と口を覆ったまま電車で会場(NGK)へ来たらしい。

その後、吉田ヒロに代わって「ダウンタウンのごっつええ感じ」レギュラーに抜擢されるなど活躍したが、高校卒業後、一時はプロレスラーを目指してJWP女子プロレスの練習生となった。しかし受け身ができず、練習中に頭蓋骨を骨折する重傷を負い断念、その後は再びお笑いの世界に戻り、吉本新喜劇にて人気を得る。

ずんぐりとしたユーモラスな外見と、テレビや舞台などの活動では「カモ〜ン」「汗ばむわぁ〜」などのセクシーな口調のギャグで有名に。

しかし、舞台が終わると吉本興業所属のタレントからよく可愛がられる。

酒癖が非常に悪いため、テレビ等でそのことをからかわれる事が多い。 ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!内の罰ゲーム「絶対に笑ってはいけない」シリーズ内で、酒に酔った花子が出演者に絡んでくるなど、実際テレビで何度もその姿を放送されている。

ナインティナインやロンドンブーツ1号2号よりも年下ではあるが、花子の方が先に事務所に在籍していたため、花子ねーさんと呼ばれている。だが、力一杯どつかれたり、基本的にはタメ口で「花子ねーさん、お前ええ加減にせぇよ」などとツッコまれるなど、実際は完全に後輩扱いである。

ファーストキスの相手は事務所の先輩・今田耕司。ただし吉本新喜劇の舞台上での話である。将来の結婚に備えて、現在もバージン(処女)を守っている(真偽は不明/森田一義アワー 笑っていいとも!でレギュラーとして初登場の際に、今年の出来事で「女になれた」とフリップに書いており、当時は処女ではないということを言っていた)。石田靖を先輩として尊敬しているものの、石田に関係を迫られた時は拒否したという。

テレビ東京系アニメ「とっとこハム太郎」のハナちゃんの声を務めたことがある。

2002年公開の映画「劇場版ポケットモンスター・ピカピカ星空キャンプ」では事務所仲間であるDonDokoDon、雨上がり決死隊と共に「ボケモン5」を結成、主題歌を担当した。 翌年2003年公開の「おどるポケモンひみつ基地」ではナレーションを担当した。

身長148cmと池乃めだかよりも身長が低いらしい。また、猫背の為に目立たないが、実はDカップの持ち主である。

非常に音痴なことでも知られる。過去何度も歌声を披露したことがあるが、音程やリズムを取ることに四苦八苦している。デビュー曲「虹色橋」(原曲はつんくが歌っていた)は大阪有線放送で放送禁止になった程である。

ロンドンハーツの「格付けしあう女たち」で、放送作家から上野樹里に似ているといわれた。

正月にある笑点の「振袖大喜利」では、三遊亭楽太郎の愛人または笑点のイメージガールと言って登場している。

30代なのだが、肌はかなりきれい。

敬虔なる創価学会信者である久本雅美に熱心に折伏されて入信したと言われている。

(出典:Wikipedia)

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山崎邦正

山崎 邦正(やまさき ほうせい、本名同じ、1968年2月15日 - 血液型O型)は、兵庫県西宮市出身のお笑いタレント。吉本興業所属。NSC6期生。既婚で娘が二人いる。兵庫県立西宮南高等学校卒業、立正大学心理学部在学中。

愛称は、「山ちゃん」「ほうせい」(※以上は主に先輩芸人が使用)、「ザキさん」(※提案者とされる加藤浩次を始めとした後輩が主に使用)、「邦正さん」とも呼ばれる。


【プロフィール】
名前の読みは「やまさき」だが、「やまざき」と呼ばれることが多い。デビュー以来、本人は若干そのことを気にしているらしく、以前は「やまざき」とよばれる度に「やまさきです」と訂正していた。「学級王ヤマザキ」の主題歌に起用された(後述)のをキッカケに、表面上はあまり気にしなくなった様子。 実のところ「やまさき」ときちんと彼の名を呼ぶ人間は浜田雅功ぐらいである。しかし浜田も意識して「やまさき」と呼んでいるようで、興奮したり焦ったりすると「やまざき」と呼んでしまっている。

ココリコなどの後輩はザキさんと呼んでいる。 また本名の読みは芸名と同じ「ほうせい」で、「くにまさ」など訓読みではない。

芸風・性格として、虚勢を張った大きな叫び声など、テンションを急速に上げることができ、その点では他に追随を許さない。(ただし長く持たない)その割に些細なことでビビることから先輩芸人らから「ヘタレ」とよく呼ばれ、劣等感からそれを返上しようとピアノなどを始めたといわれる。最近はヘタレのみならず、ウケるためには「ヨゴレ」も辞さない芸風になっている。それにもかかわらず、多くのタレント・芸人・著名人(タモリ、久本雅美、森三中など)から煙たがられ(その割に共演する機会は多く、山崎自身も森三中の事は嫌っている)、特に森三中の大島からは「出がらし芸人」「ドブ川芸人」と罵倒されたことがある。同じく、後輩女性芸人のモリマンとの対決番組では、毎回これ以上ないほどに辱められ、罵倒されまくっている。ただし、これらはあくまで舞台上のみであり、プライベートでの関係はそう悪いわけではないと思われる。

一方で趣味は作曲、パソコンと多岐にわたり、番組でも音楽プロデュースをしたりしている。 物真似にも果敢に挑戦しており、浜田省吾などのモノマネは評判が高い。新しい芸を産み出そうとする一方、後輩の成長をやっかむ事もあり、ネタを盗んだりしたことが一部指摘された(それすらがネタという見方も)。

また、当初はその可愛らしいルックスからアイドル的な人気を誇っていたが、年齢を重ねるごとに衰えを見せ、本来のヘタレキャラがクローズアップされていく事となる。元来フリートークも得意とは言えず、漫才出身でありながら近年ではどちらかというとリアクション芸人に近い、もしくはリアクション芸人そのものと思しき芸風を持つようになったとの見方も多い。

準レギュラーどころか一度きりの出演番組やネットラジオまで「レギュラー」として公称している。 正式にレギュラー出演中の『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』では、「山崎vsモリマン」「さよなら山崎邦正」「山崎に笑いの神は降りるのか?」「山ちゃんプレゼンツ ミステリーワールド」などの人気企画を持つ(いずれも不定期放送)。あまりの見苦しさにやめてほしいという声も極めて多いが、本人は「さよなら山崎邦正」が特に気に入っているらしく(自分の振り付けの踊りを披露し、『ガキの使い』で目立てる数少ない企画なので)同企画最後に「また、来年もやるからなー!!」と言っている。毎回“これが最終決戦”という触れ込みである「山崎vsモリマン」に「絶対に続編を」という視聴者からの要望や、また「さよなら山崎邦正」が毎年3月に放送されると「何故本当にやめさせなかった」という視聴者からの非難の声が挙がる。この番組のおかげで、今やダウンタウンと最も共演歴の長いタレントになってしまった。 同番組には第2回から出演しており、ハイテンションベストテンでは必ず一位として登場する。内容は毎回ほぼ一緒で、女装した山崎が最初はハイテンションを繰り出すが、ウケずすぐに意気消沈し、盛り下がりグダグダになって、ネタの終わりごろに「コムー(スタッフの小紫)スベるのつらいよ〜」と弱音を吐く。


【すべり芸】
前述の通りデビュー当時はアイドル芸人的な売り方だったが、後にその勝負弱さを生かしたスベリ芸を開拓(ただしこれが意図しての転換かは定かではない)。ギャグが不発に終わる際の痛々しさ、滑稽さを楽しむという特殊な芸風である。後述するように一歩間違えばただの嫌われ者になるため、演者にはある程度の愛嬌ないしバランス感覚が要求される。

こういった芸風は無様な状態でこそ真価を発揮するため、番組中ではネタとしてネガティブな扱いを受けることが多い。最初からつまらない芸人として扱われる、急に無理なアドリブを要求される、不必要な暴力を振るわれる、後輩や素人から蔑まれる、等々。

このような扱いにより、「山崎は本当に軽んじられている/才能がない」と見る者も多く、またスベリ芸自体も「スベっているだけのつまらない芸」と額面どおりに捉えられることがほとんどである。さらに、その楽しみ方を知る者も、「つまらない」「ひどい」「寒い」などと評価することが多い。良い方向に評価する声としてはスベリ芸はスベってこその芸であり、面白いと認められてしまえば成立しなくなるというものがある。このメタ構造的な要素を含む微妙な立ち位置が、山崎という芸人の評価を非常に難しい物にしているという事だ。 山崎と公私ともに関わりの深い松本人志は「自分以外には扱いが難しいのではないか」という旨の発言を自身の雑誌連載等で行っている。

なお先輩の村上ショージ、リットン調査団、東野幸治なども同様の芸風であり、さらにリットン、東野らのようにヒール (悪役)側に身を置くことで笑いを生む芸風は、さほど珍しいものではない。その中で山崎は、ベビーフェイスからヒールに転落した珍しい例である。松本人志は、初期のアイドル的ポジションから現在の山崎へと至る様子を「芸を極めるほど黒帯から白帯になっていく芸風」と評した。


【略歴】
1988年、軌保博光と「GSX(ジスペケ)」を結成し、デビューする。その後「TEAM-0」に改名。

1991年、ダウンタウンのスペシャル番組(『ごっつええ感じ』とは別番組)のドッキリ企画でうっかり「解散します」と口走り、その翌年の1992年に本当に解散。軌保は映画監督・詩人に転身し、山崎は現在ピン芸人として活躍する。

1998年、テレビ東京系で放送されていたアニメーション『学級王ヤマザキ』の主題歌『ヤマザキ一番!』を歌い、CD化され5万枚の売上を記録(ただし、『おはスタ』内での放送開始直後に歌っていた渡部チェルの方が上手かったと言われている)。『おはスタ』では実写版『学級王ヤマザキ』として主人公のコスチュームで登場。どうやら気に入ったらしく、以後なにかというとこのコスプレを多用するようになる。後、結婚会見においても同様の格好で現れたが、これに対して報道陣はノーリアクション。また、式では新郎と新婦の衣装を逆にして現れたが、これに関してもノーリアクションだった(このことに関して雨上がり決死隊の宮迫は後日、「取材陣の悪意を感じた」と語っている)。余談ではあるが、お神酒を頂く際には感極まって号泣してしまっている。この模様は『ガキの使い』内でも放送された。これを見た他の出演者は泣く意味が分からず驚愕し爆笑した。 なお、『ヤマザキ一番!』は山崎のテーマソングとしてTV番組等で使用される事もあり、今でも「少しだけ歌唱印税が振り込まれてくる」と語っている。

1998年 - 2000年、リサ・ステッグマイヤーとともに『天才てれびくん』(1999年より『天才てれびくんワイド』)の司会を務める。これにより子供層に人気が出る。また、この番組にはウエンツ瑛士も子供タレントの一人としてレギュラー出演しており、この時山崎から受けた影響は大きかったらしく、現在でもウエンツは山崎を「師匠」と呼び慕っている。また「山崎夫妻にはお世話になりました」という発言や、ほぼ毎年一緒に隅田川の花火大会に行っていることなどから、師弟関係の深さが窺い知れる。なお、ウエンツが山崎を慕う件について松本人志は「あいつを慕うヤツを初めて見た」と語っている。同番組で大人の歴代司会は子供をサポート、指揮していく立場にあるのだが、山崎だけは例外で子供からも呆れられるという、オチ的役割が多く、その分子供がしっかりしていく反面教師的な面も見られた(ただし、この頃の視聴率は良かった)。 なかやまきんに君の“筋肉留学”渡米に関しては、事前に相談を持ちかけられていたという。また、松本をはじめとして今田耕司、高須光聖といった先輩からも愛される人物である。ポルノグラフィティの岡野昭仁も山崎のことを「天才芸人」と称している。戸田恵梨香はIQサプリで山崎のファンを公言し(真偽は不明)、倖田來未は携帯電話の着信ボイスに山崎のギャグを使用している(友人のなるみの証言)など、業界内のファンも少なからずいると思われる。

2002年、作曲を趣味としている事から、音楽プロデューサー(?)としてSKY PerfecTV!・ヨシモトファンダンゴTVで放送された番組『邦正音楽工房』から女性アイドルデュオ「AiAi」をデビューさせた。また2004年には『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』にて強引にダウンタウンやココリコに楽曲提供した。ちなみに浜田省吾の大ファンであり、毎年ダウンタウンのふたりの誕生日を祝う場面では歌真似を披露する。

2005年7月31日深夜、TOKYO FMで芸能生活17周年を記念して、3時間の生特番に挑戦した。

『M-1グランプリ2005』にカンニングの竹山隆範と漫才コンビ「竹山崎」を結成し参戦。予選三回戦で敗退した。ちなみに、この前年の2004年度には山崎と村上ショージによるコンビでの出場を目論んでいたが、申し込み締切が過ぎていた為に実現しなかったという。2006年度は新たにたむらけんじをメンバーに加え「たむらけんじと竹山崎」として参戦。こちらは二回戦敗退となった。

2007年に芸能生活20周年目に突入。しかし松本人志からは「ギュッと凝縮したら芸歴2年」と評価される。また、20周年を記念して写真集(変な顔やポーズを集めた内容)を出す予定だが、出版社が決まる前にTV番組で告知をする見切り発車状態のためいつ発売されるかは未定。


【意外な才能と向学心の噂】
・立正大学心理学部在学中である。大学進学を志した大きな動機として、自身が後輩芸人雨上がり決死隊や声優の堀江由衣、福井裕佳梨、グラビアアイドルの小池栄子等と共に2000年度第7期からパーソナリティーを務めたMBSラジオ『オレたちやってまーす』木曜日内のクイズコーナーを挙げており、この時「学校の勉強もクイズと一緒だ」と思った事から、実際に当番組内において『邦正の法政(大学)への道』(ほうせいのほうせいへのみち)というコーナーを立ち上げ、後輩で高学歴芸人のロザンに毎回入試問題をクイズ形式で出してもらい法政大学を目指した(「法政大学」を目指した動機は、自身の名前、「邦正」と同じ名前の響きだったから)。最終的には実際に受験するも不合格で、その様子は録音されラジオ内でも流された。また2006年〜2007年にはテレビ東京の「ド短期ツメコミ教育!豪腕!コーチング!!」内の「芸能人こそ東大へ行け!」プロジェクトで東京大学を目指したが、センター試験の受験科目を間違えて、無資格で終わってしまうという天才的な荒業をしでかした。

・大学の同級生との飲み会などでは、出演番組などについてダメ出しをもらうことも多いとのこと。

・『ヤマザキ一番!』を歌った時はわざと勢いだけで歌っていたようで、実際は歌は上手い。『天才てれびくん』でカルチャー・クラブの『カーマは気まぐれ』をカバーした時や、後述のものまね番組など、歌唱力について高評価を受けている場面は多くある。

・前述の浜田省吾の他、尾崎豊の歌真似のレベルはかなり高い。ものまね番組に単独で出演した際には尾崎の真似で笑いの要素は一切無しで歌い上げ、喝采を浴びた事もある。尾崎の物真似は中途半端なレベルや笑いを交えたネタでは尾崎ファンからの批判が大きい為、テレビ番組で尾崎の真似を披露するタレントは実は非常に少ない。その意味で山崎の真似は評価が非常に高いと言える。ちなみに、福山雅治のものまね(こちらも映像はともかく歌自体は一切笑いなし)をした時も高評価を得た。しかし、ものまね番組でも歌以外のフリートークの場面ではやはり弄られてばかりいる。

・ピアノが弾ける。腕前は決して良いとは言えないが、ショパンの「別れの曲」(弾きやすい調に直されていたが)など、難易度の高い曲も弾きこなしている。

・口腔内の唾液腺(耳下腺)から唾液を前方または左右に勢いよく自在に飛ばせるという特技を持つ。山崎はこれを『水芸』と称し度々披露している。

・ネットラジオ「おしゃべりやってまーす金曜日」の共演者村田あゆみのセカンドアルバム「Happy Candy」の中の「Birthday」と「伝説の狼」の作詞と作曲をした。

・英会話教室のNOVAに一年ほど通っている。

・剣道の有段者であり、いくつもの大会で入賞経験がある。SMAP×SMAPのコーナー「草なぎムサシ」でも、剣道の経験者である草なぎ剛と対戦し、見事勝利している。


【エピソード】
・幼少時は、親から怒られると泣き喚いたあげくひきつけを起こす子供だったらしい。そのため、金持ちでもないのに欲しいものは全て買ってもらっていたという。おぼっちゃま芸人と言われる所以である。場合によっては、ひきつけを起こしたフリをして親を困らせ強請る事もあったらしい。

・中学時代のあだ名は「ジャガイモ」だった。その理由はなぜか時によって変わっており、頭骸骨の形がデコボコしてたからという理由と、ポテトチップスばっかり食べていたからというものがある(いずれも本人談)。現在もポテトチップスは間食として欠かせず、特に「うすしお味」を好むという。

・中学では剣道部で、本人曰く主将で大会では常に優勝候補だったらしい(ただし、勝負弱く優勝経験はない)。

・邦正は、高校時代モテていたらしく、高校のミスターに3年連続選ばれた。

・大学受験に失敗し浪人することになるが、入ろうとした予備校(河合塾、駿台予備校など)に全て落ちる。その後の大学受験も失敗。

・吉本の東京本社所属タレント第1号である(「TEAM-0」時代)。

・上京直後は周囲に顔馴染みがほとんどおらず、孤独だったと語る松本人志の心の支えになったらしい。それ以来、現在にいたるもプライベートではよく行動を共にしている。

・デビューから数年は『ガキの使い』のネット放送を読売テレビが暫く行っていなかった事もあり、いわゆるダウンタウンファミリーの芸人でありながら関西方面での一般層の認知度が比較的低かったが、昨今は関西ローカルのレギュラーも増え、地元でも確実にそのキャラクターが定着している。

・デビュー当時は、かなり可愛らしい童顔をしており、デビュー後最初のバレンタインデーには、チョコレートがダンボールで十五箱分届き、吉本関係者に「こんなこと初めてだ」とまで言わせた。しかし、その一年後にはヘタレキャラ露呈のため巾着二個分に激減。山崎はかなり落ち込んだが、最終的には「あの子達はみんな事故で亡くなったんだ」と自分に言い聞かせることで心を落ち着かせた。

・かつて『ガキの使い』のコーナーで、愛車だった2代目の三菱・ミラージュをジミー大西にぼこぼこに蹴られてマジギレしたことがある。その際、気が動転するあまり自ら愛車にケリを入れてしまう。

・『かざあなダウンタウン』のロケで今田耕司と力也が深夜、山崎のアパートへ行きなり押し掛ける。その時部屋に女を連れ込んでいたため、今田達が部屋に入ると女が「ヒャ〜!」と悲鳴を上げてカメラから逃走しカーテンに隠れるというハプニングがあった。ロケ終了後、今田は「(女は)編集で匂わす程度にしとくから」と不安がる山崎に言っていたが、オンエアでは姿は見えなかったものの存在はバレバレだった。

・1997年、『ガキの使い』内で“自分が1人でトークをすれば視聴率20%を取れる”と豪語したが、収録ではトークの間が持たずスタジオから逃走した。番組冒頭(ダウンタウン出演部)で20%超だった視聴率も、山崎トーク部ではなだらかに下降(最高19.9%、平均19.2%)。罰ゲームとして「スカイダイビング丸坊主」が執行され、またトークの観客一人一人の家を訪ねて菓子折りを手渡しして謝罪させられた。

・タモリのSuperボキャブラ天国内のコーナー「ボキャブラ発表会 ザ・ヒットパレード」に1回目から出演。

・キャッチフレーズは当初『1000のあいさつを持つ男』だったが、中期から『リトルパンチドランカー』に変更された。ちなみに、現在自ら他の番組で語ったキャッチフレーズは『お笑い界の生きる屍』。

・オチだけでなく冒頭の挨拶でもボキャブラを披露するというスタイルを最初から最後まで貫いた。最初のうち「挨拶ボキャブラ」は評価の対象にならなかったが、ある時期から挨拶も評価の対象となった。しかし「挨拶の方がオチより面白い。」という回もあった(ヒロミ曰く「山崎はさ〜、全然昔っから変わってないよな〜。他の奴等(芸人達)が色々、変えてきてる中。」)。

・第3回目(3回連続出演)のヒットパレードでは「前回のイチバン」だったフォークダンスDE成子坂や初登場の爆笑問題、×-GUN(現.丁半コロコロ)を抑えて第1位に輝くも、その後は「カス」もしくは下位になる事が多くなり(しかし、たまにヒット作を飛ばす事もあった)2度と1位に輝く事は無かった。

・ヒットパレード後期からはルール変更に伴い過去の成績が乏しくなかったり出演が滞っていた芸人は「めざせ君」という扱いになったが山崎は、それまで登場していた全68組から選ばれた13組の「レギュラー」の地位に留まる事が出来た(ちなみに他のレギュラーは爆笑問題、BOOMER、ネプチューン、男同志(解散)、金谷ヒデユキ、×-GUN(現.丁半コロコロ)、海砂利水魚(現.くりぃむしちゅ〜)、つぶやきシロー、Take2、アニマル梯団、ロンドンブーツ1号2号、MANZAI-C(解散)。なお、この後のシリーズ「タモリの超ボキャブラ天国」に山崎とロンブーは出演していない。そしてMANZAI-C以外の10組は暫定メジャーのベストテンに選ばれている)。

・収録中のスタジオに乱入した時もある。そこで「挨拶ボキャブラ10連発」を披露して、そのまま客席に陣取る。その後「夜のボキャ天」では、ついにヒロミの横に陣取りネタの面白さに関わらず、ヒロミの大玉ボタンを勝手に押しまくってヒロミに怒られている。

・吉本興業が開催した、史上最大のお笑いフェスタLIVE STAND07で雨上がり決死隊と今田耕司 に芸歴20周年を祝ってもらって、観客に「芸能界に入って分かったことは、ゴボウはただの木でした!!」と、涙して語った。

・名古屋の神社で番組収録をした際、雨上がり決死隊が「大吉」「中吉」のおみくじを引き、流れとして山崎には「大凶」のおみくじを引くことが期待されたが、実際に引いたのはミスで何も書かれていない白紙だったことがある。

・その後、関西ローカルの番組でおみくじを引いた際、共演した陣内智則が「小吉」をメッセンジャー黒田が「大吉」を引いた後にまたも「大凶」が期待されたが、今度は「平(へい)」と言うよくわからない結果となった(その後、森田一義アワー 笑っていいとも!でこの時のおみくじを披露した)。

・2007年5月15日、ペナルティの紹介でテレフォンショッキングに出た時の花はマルコポロリ、陣内智則、なるみ、メッセンジャー黒田からしか届いてなかった。

・会場100人アンケートの時、「おみくじで『平』を引いたことある人。」と聞いたところ1人だけ該当者がいた。

・天才テレビ君司会時代

・ダウンタウン松本に「(『天才テレビ君』なのに)こんな凡才が司会をやってたんですよ。」と言われた。

・ウエンツに「もっと子供達(天才テレビ君レギュラーの)で俺をけなしてくれ」などという願望をもらしていたらしい。

・ウエンツ曰く、「邦正師匠は、大人気でNHKに出待ちの人がいたこともあった」らしい。また邦正曰く、「この頃プールとか行くと、そこに居た子供達が『邦正やー!!!』ってみんな大騒ぎしてたんですよ〜。」(真偽は定かではない)とのこと。

・この頃ウエンツと一緒に隅田川の花火大会へ行ったことがあったらしく、このときウエンツは、芸能界をやめようとしていたが、邦正が「結婚することになってん。嫁のお腹に子供がおるんやけど、ウエンツは俺の息子みたいなもんやから、子供が生まれたら、お前の妹ができるな」とウエンツに言い、この言葉を聞いて感動し、ウエンツは芸能界で頑張る気になったらしい。

・Le Coupleが山崎の前で、「ひだまりの詩」を歌ったことがある。

・『特捜!芸能ポリスくん』に出場したときのこと。第1回戦の時緊張のあまり、たった3問という結果に終わった。ところが、この回は立河宜子が5問、デビット伊東が3問という成績不振に終わり、先輩である宍戸錠に「敗戦処理」をさせてしまった。さすがにマズかったのか、司会の島田紳助に「オマエら、この後のクイズ出来なかったら、人間として自決してもらう!!」と、3人まとめて釘を刺されているのも放映された(ちなみに3回出場して最高6問正解。最高成績は準優勝で終わっている)。

・『クイズ$ミリオネア』にも出場歴がある。2000年10月19日の延長第8ピリオドでのこと。緊張のあまり「ファイナルアンサー」と答えるところを「ファイナルファンタジー」と答えてしまっている。一緒に出場していた先輩である清水圭に「帰れ!」と言われた。早々とライフライン全部使用の後、5問目敗退0円終了に。その1年半後の2002年3月14日第4ピリオドで、前回の汚名返上を狙い補欠ルーム1位通過の上、意気揚々とセンターシート着席したものの、早々とライフライン全部使用の後、10問目敗退10万円獲得退場。ヘタレぶりを晒し、エンディングで、後輩芸人のペナルティ・ヒデに同情されているのが放映されてしまった。

・大阪毎日放送ラジオの生番組『オレたちやってま〜す 木曜日』に出演していた頃、度重なる遅刻に痺れを切らした、雨上がり決死隊ら他の共演者が、山崎到着寸前に隣のスタジオに移動し、山崎がいつものスタジオに遅れて入るが誰もいない状態にし、普段は東京(MBS東京支社)から生放送しているが、今回は大阪(MBS本社)からだという嘘をついて、スタジオに独りぼっちにさせるという、ラジオとしてはめずらしい、ドッキリ企画に引っかかっていた。

・2004年12月10日に中古で購入した愛用バイクを盗難されるという事件に遭う。

・最近は腹がものすごく出てきてしまい、松本人志から「キユーピーマヨネーズか」、高須光聖からは「カマキリのような腹」と言われた。一時期はそれを売りにするような素振りも見せたが、現在はダイエット敢行中とのこと。

・一時期、唐突にパーマをあて、髪型をアフロ状にしイメージチェンジを図ったが事があるが、程なくして元に戻した。なお頭頂部がとみに薄くなってきている。

・関西ローカルの情報番組『なるトモ!』からチーム邦正というグループを結成した。現在のメンバーはメッセンジャー黒田、陣内智則の3人である。また、8月1日にはひらかたパークのプールに行き、その模様は8月8日の『なるトモ!』月曜日で放送された。また、2006年末にはチーム邦正が四国へ行き、渓流に張られたロープを滑走するスポーツを楽しむはずが、直前に山崎と黒田がビビり、2人は先輩風を吹かせて陣内を最初に滑らせ、その間に2人が逃亡したり、岩肌に隠れたりして滑らなかった。最後にはなんとか3人とも滑走して終わったが、ヘタレぶりを晒し、陣内に突っ込まれた。

・現在のところ山崎はこの『なるトモ!』の月曜日レギュラーとして毎週出演しているが、同番組の出演にかなりの熱を注いでいるとの事で、自ら「なるトモ!は生活の基盤」と語り、月〜金曜日の帯レギュラー出演を熱望しているという。「笑いの心理カウンセラー」と称し、山崎が若手芸人をカウンセリングする『天才!山崎邦正の問答無用』などのいくつかのミニコーナーも担当する。また、日清食品と番組のコラボレーションとしてオリジナルの即席カップめんを作るという企画があり、山崎はその中の一種『なるトモ!焼きそば』の内容考案に携わった。商品ラベルには陣内やなるみの隅に小さく山崎の姿も描かれている。

・同じく関西ローカルの深夜番組『お笑いワイドショー マルコポロリ!』では、芸人リポーターとしてレギュラー出演。司会の東野幸治を除き、他の出演者は吉本興業の後輩芸人達が多数を占める為、ここでの山崎はヘタレキャラというよりも、東野に次ぐ番組ナンバー2のポジション(芸人リポーターキャプテン)で積極的にツッコミやいじり役に廻るという珍しい姿を観る事が出来る。

・テレビ大阪放送のメッセンジャーの冠番組『メッセ弾』にゲスト出演時(3月23日放送分)は、番組史上過去最低の視聴率(平均1.5%)を叩き出し、新たな伝説を作った。ただし、関西ローカルでの同時間帯には『ブラマヨ・チュートのまる金TV』(よみうりテレビ)、『南海パラダイス!』(関西テレビ)が毎週放送されており、さらにこの日は、浜田雅功と東野幸治の月イチ放送番組『ごぶごぶ』(毎日放送)などが放送されるという、吉本芸人関連の人気番組同士が互いに凌ぎを削る、いわばお笑い激戦区とも言える状況となっており、その煽りを正面から食らうかたちとなった。6月1日放送分では再登場し、前回放送のリベンジを果たすべく、過去最高視聴率(3.5%)を記録した蛍原徹登場回を研究し模倣した企画を展開するなど姑息な手段を講じたが、結果は2.4%という、ごく平均的な数字に落ち着いた。

・競馬をした際、誤って前日の競馬新聞を見て予想し馬券購入。しかも的中。

・包茎手術を行ったことを後輩に自慢して話す。療養の為に当時レギュラー出演していた『なりたぁ〜い!』を一回休んだ。

・ナインティナインと中居正弘司会のフジテレビの27時間テレビの早朝の歌がうまい芸人のコーナーに邦正も出場。放送後、めちゃイケで、「今年の27時間テレビで最低視聴率だったところは山崎邦正が歌っていたとき」といわれ、邦正は反論したが、確認してみると、本当に熱唱中の邦正のアップのところで最低視聴率だった。

・2005年9月21日『笑っていいとも』のゲストとして出演。大学で心理学の勉強をしていることから、タモリに「何か悩みタモリさん言うてください」と言ったところ、突然観客の男が「タモさん、いいともが年内終了するって本当なんですか?」と話し掛け出した。タモリは冷静に「いや聞いてないですよ。違うんじゃないですか?」と返答。しかし男は同じ質問を繰り返し、客席は異様なムードに包まれた。タモリは山崎に「アイツはお前が呼んだのか? CMがあけたら客がクマになってたらどうするんだよ」と振り、このタイミングでCMへ。そしてCM明け、客席に置かれたクマのぬいぐるみが映し出されると「あの人、クマに変わってもうた!」(山崎)、「お前が仕込んだんだろ!?」(タモリ)とつっこまれた(番組側の説明によると、実際の所はこのままでは番組の進行にも支障をきたすと思われた為、男に理解してもらったうえ退席という処置をとったとの事)。

・飼っていたウサギを風呂に入れ、死なせてしまったらしい。

・作家の中村うさぎとの共著で『うさぎ・邦正の人生バラ色相談所―苦悩の泥沼にハマッてしまった人へ』という人生悩み相談本を出版している。

・2006年1月3日放送の『人気芸人100人大集合お笑い国盗りクイズ!! 芸能界誰についてく? 仁義なき派閥抗争SP』では、ほとんどをTVの映らない追放ルームで過ごし、今田耕司にかなりいじられていた。また同年4月28日放送の『お笑い国盗りクイズ2006』でも、初っ端から追放ルームに左遷されている。

・そのオナニーのスタイルは、世の一般的な男性のそれとは異なり、亀頭の部分を上からダイアル式に廻し撫でるといった個性的な物であると公言している。奇しくも吉本興業の後輩岡村隆史も同じスタイルであり、岡村はその点において山崎にシンパシーを感じているという。

・独特なオナニーのしすぎで中指にオナニーダコができてしまっているらしく、そのおかげで余計快感が増したらしい。

・山崎が『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』に出演した際、美味しい所の殆どを当時新人だった後輩の岡村隆史に持っていかれてしまい、「番組が悪い。自分の魅力を引き出してくれない。たけしさんが悪い。」と言い、大胆にも以降の出演を断っている。また『恋のから騒ぎ』に出演した際も全く光らず、「さんまさんが悪い」と責任転嫁した。

・2006年には生殖器の海綿体が硬質化する「ぺロニー病」なる奇病にかかる。数万人に1人の確率で発症し、確かな原因や治療方法もわかっていない難病であるため、本人は相当思いつめていたらしい。医者からは性行為を自粛するように命じられていたが、しかし山崎がオナニーを控える事は無かった(できなかった)という。一方で深刻に悩んでいたのも事実で、ダウンタウンの松本曰く生殖器を除去しようと本気で考え、除去後は『美輪明宏さんのようにカチューシャを付けてシャンソンを歌いたい』と語っていたらしい。現在は完治の方向へとむかい、嫁との三人目の子作りに意欲を燃やしている。

・嫁は芸人顔負けの天然ボケである。

・『ガキの使い』の恒例罰ゲーム「絶対に笑ってはいけない〜」シリーズには全て罰ゲームを受ける側として登場。これはレギュラー陣の中で唯一のことである。2006年現在4年連続の出場になり、2006年末の「笑ってはいけない警察24時」ではこのことを同敗者側の浜田に指摘されると遠藤に「皆勤賞ですよ。」と言われた。

・やきそばの店を出す事を目標としている。(尚、なるトモでやきそばを作り共演者に食べさせたが、料理中に鼻水が入り不評だった)

・クロノス・逃走中(2007年4月22日放送)で、自首したらハンター(追うもの)を増やすルールが追加されてから初の自首をしたとして、芳しくない印象を視聴者に与えてしまった。自首はゲームのルール上、賞金獲得の正当な選択肢の一つではあるが、裏切り行為である上に、「みんなの為に自首する」などと事前事後に意味不明な自己正当化を繰り返し、長谷部優の全時間逃げ切り後も、窮地へ追い詰める手伝いをしたにも係わらず真っ先に駆けつける(他のメンバーは牢の中だった)などしたため、印象の悪さに拍車を掛けた面がある。

(出典:Wikipedia)

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