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ロバート

ロバートは、日本のお笑いトリオ。1998年結成。吉本興業東京本社所属。


【メンバー】
■秋山竜次(あきやま りゅうじ)
1978年8月15日、福岡県北九州市生まれ。北九州市立田野浦小学校・北九州市立早鞆中学校・福岡県立門司北高等学校出身。血液型はB。ネタ作りと大ボケ担当。身長175cm。

■山本博(やまもと ひろし)
1978年9月5日、群馬県邑楽郡邑楽町出身(プロフィールに「館林市出身」と書かれる事もある)。血液型はA。ツッコミ担当。アテネ五輪・アーチェリー銀メダリストの山本博と同姓同名。身長177cm。

■馬場裕之(ばば ひろゆき)
1979年3月22日、福岡県北九州市生まれ。出身校は秋山と同じ。血液型はA。小ボケ担当。身長181cm。


【概要】
■吉本総合芸能学院(NSC)東京校の4期生。インパルス・森三中・POISON GIRL BAND・レギュラー(大阪NSC)などが同期。「華の4期生」と呼ばれている。

■コントが専門。独特のシュールさと明るいキャラクターは若者に多くの支持を集め、特に若い女性にはアイドル的人気を誇る。漫才は得意ではなく、M-1グランプリやオールザッツ漫才等に出場経験があるが予選で敗退。

■秋山が様々な特異なキャラクターを演じ、北九州弁でボケまくる。その個性が「はねるのトびら」で特に活かされている。

■山本はツッコミだが、力強く突っ込むタイプではなく、貧相ないじられキャラ。普通「ひろし」と呼ばれるのが一般的だったが、ピン芸人のヒロシがブレークした時期は「山本」と呼ばれることが多かった。

■馬場は緑色の髪と笑顔が特徴の飄々としたキャラクターで、3人のコントではセリフが少ないにもかかわらず独特の存在感を発揮。そのせいかマシュー南には気に入られているようで、「Matthew's Best Hit TV+」にゲスト出演した時は3人のうち馬場だけがやたらひいきされていた。天然の不思議系キャラと思われがちだが、実は計算でキャラ作りをしている。手先が器用で料理上手。3人の中で唯一酒が得意であり、そのためロバートの社交担当でもある。今田耕司と毎晩のように酒席を共にしていることで知られる。

■トリオ名は「なんとなくダサいイメージのアメリカ人の名前」ということでつけた。ピン芸人と思われがち。

■結成当時、事務所内にもう2組「ロバート」という名のピン芸人がいた。

■全員が身長170cm後半以上というビジュアル系のお笑いで女性に人気がある。

■三人共近視で視力が悪く、コンタクトレンズを使用している。


【来歴】
秋山と馬場は幼稚園から高校まで同じの親友。秋山は当初、代官山でお洒落な雑貨屋をやりたいという夢をもって上京したが、その夢に破れ、馬場を北九州から呼び寄せて1998年4月に一緒にNSCに入学した。

NSC在学中、秋山・馬場のコンビはイベントに出るためのネタ見せの時だけ本気を出し、それ以外のネタ見せや演技・ダンスなどの授業は手抜き気味だったという。それでもイベントではトリを務めていた(同期生コンマニセンチの証言による)。

秋山・馬場のコンビで活動することに限界を感じ、ツッコミを探す。一時は同期の板倉俊之(現インパルス)を加えて「ゼナイル」というトリオを短期間組んでいたこともある。

山本は「山本山崎」というコンビを組んでいた。しかし、山本をNSCに誘った張本人の山崎が入学後2か月で辞めてしまったため、山本は「ネタの無いピン芸人」としてさまざまな同期生とコンビを組んでは解散してさまよっていた。NSC在学中、秋山・馬場はずっと「選抜クラス」だったが、山本はずっと「基礎クラス」だった。

1998年12月、卒業公演のオーディションを直前に控え、焦り気味でツッコミを探していた秋山が同い年の山本を加え、ロバートを結成した。このような関係性から山本はトリオ内で邪険に扱われることが多い。「余っていた奴らの中から選んだだけ。こいつが良かったというこだわりは一切ない」とは秋山の弁。

結成してまだ日が浅い頃、「トゥナイト」の「養成所特集」という企画に出演が決まった。初のテレビ出演、しかも全国放送ということで張り切っていたが、遅刻癖のあった山本が収録日に寝坊をしたため出演を逃す。チャンスを潰されて激怒した秋山は、収録が終わったあとに「ごめん〜」と言いつつやってきた山本をNSCの階段のてっぺんから突き落とした。その夜、冷静になった秋山が心配して山本の携帯に電話すると、バックグラウンドに波の音が聞こえた。山本は夜中の2時、真冬の江ノ島に独りたたずんでいたという(『山本逃亡・自殺未遂事件』)。ただし、山本は翌日普通どおりの顔で現場に現れた。

2000年5月、フジテレビの深夜番組「新しい波8」に出演。2001年4月、同番組に出演した若手芸人から選抜され、新番組「はねるのトびら」のレギュラーに抜擢される。この番組をきっかけにブレーク。本人たち曰く「あまり挫折を経験していない感じ」。

2004年10月から「クイズプレゼンバラエティー Qさま!!」にレギュラー出演し、「Qさま」の視聴率をアップさせるきっかけとなったチキンレースクイズで最初にプレゼンを務めた。馬場が毎回案内役を務めていたが、10m高飛び込みに挑戦すると番組初のリタイア、イノシシ大接写に挑戦しても最下位という成績になってしまい、レギュラーの中で最もチキンという汚名を着せられている。秋山は山本に大抵のチキンレースで負けているが、水中でサメを接写する企画で見事なパフォーマンスを披露し、番組内では「マーメイド秋山」(共演しているさまぁ〜ず三村が付けた)の異名をとっている。また、潜水企画では非公式ながら日本男子歴代4位(当時)である75mという記録を出し、同番組の潜水企画が展開するきっかけを作った。

雑誌『ザテレビジョン』の『Qさま!!』特集(2006 9.8号)では、精神科医により3人のキャラクターが次のように分析された。

■秋山: 行動力・判断力・集中力の強いアクティブタイプ(ただし典型的タイプではない)。目力が強く、理性的で意外に二枚目な”ハンター的な目”をしている。ハンターには所有欲が強い人が多い。

■山本: 勉強家のシミュレーションタイプ。地味な努力を重ねて物事を計画的にやれるが、ハプニングに弱い。義務感や責任感が強く基本に忠実。地味なシミュレーションタイプは芸能人には珍しいが、山本はうまく中立の立場がとれるのでコンビではなくトリオで成功した。

■馬場: 子供の部分が残るバランスタイプ。責任をもたされるとビビってプレッシャーに負けそうになる。自己陶酔的なロマンタイプが混じっているので、さらに精神的な弱さがある。

山本の車で3人一緒に仕事に行ったり、沖縄ロケの翌日がフリーになったときに3人で沖縄に残って一緒に遊ぶなど、芸人のコンビやトリオには珍しく非常に仲が良い。山本は、このとき沖縄でグラスボートの底に潜ったところを撮影した3人の写真を持ち歩き、仕事で落ち込んだときに見て心の支えにしているという。

『はねるのトびら』で楽屋の様子を隠しカメラでモニターされたときも、鏡で髪型などをチェックすることもなく延々とお喋りに興じ、別室でモニターを見ていた塚地武雅や板倉俊之から「よお喋るなぁ」「友達んちだ」「仲良すぎるわ!」などとコメントされた。

芸能界での友達は非常に少ない。『ダウンタウンDX』の「数字で見る芸能界」では、馬場が20人、山本が2人、秋山にいたっては1人もおらず、弟とばかり遊んでいると発言した。

(出典:Wikipedia)

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ロンドンブーツ1号2号

ロンドンブーツ1号2号(ロンドンブーツいちごうにごう)は、田村淳と田村亮から成る吉本興業所属の日本のお笑いコンビである。略称は「ロンドンブーツ」「ロンブー」。

2人とも姓が同じだが、血縁関係は無い。また、「1号2号」というのはコンビ名としての表現であり、「どちらが1号でどちらが2号ですか?」と聞かれる事を狙ってのもので1号2号の区別がある訳ではない。 ただ、結成当初は亮が1号、淳が2号を名乗っていた。


【メンバー】
■田村淳(たむら あつし、山口県下関市彦島出身、1973年12月4日 - )ボケ担当。

■田村亮(たむら りょう、大阪府摂津市千里丘出身、1972年1月8日 - )ツッコミ担当。

漫才コンビのハイヒールにならってコンビ名に靴の名前をつけた。 亮によって命名された。 ちなみに淳が考え、没になったコンビ名は「タムタムズ」。


【略歴・概要】
東京のインディーズお笑い集団〈集団田中)に2人とも所属していたことから出会い、1993年コンビ結成。渋谷で路上ライブを行い、多数の観客を集めるようになる。当時のネタのひとつに「精子爆裂隊」がある。

1994年4月、銀座7丁目劇場のオーディションに合格し吉本興業入り。同期にDonDokoDon・ペナルティなどがいる。大阪NSCでは12期が同期にあたる。

初期は、淳がヘアバンドをしたり、関西弁を喋ったりとキャラ作りをしていた。その頃、CX深夜の帯番組、ウッチャンナンチャン司会の「UN FACTORY カボスケ」でたくさん出演していた若手の中から際立った目立ち方でウンナンから引き立てられて売れ始めた。

タモリのSuperボキャブラ天国には「ボキャブラ発表会 ザ・ヒットパレード」のコーナーに出演。芸人がネタの評価を競うスタイルが後に人気となるが、その最初期の出演者の1組だった。しかし番組の続編となる「超-」以降は出演していない。ネタには(オチのフレーズが)長文のものが多く、高評価を得ることもあった。番組内で独自に付けられる芸人別のキャッチフレーズは「くいだおれパンクス」。

以後、異例のスピードで大ブレイク。デビュー2年にしてすぐにオールナイトニッポン2部パーソナリティとなる。以後多くの番組で「仕切り」のポジションに立ち、若くして冠番組を多数持つようになった。

上記のように本来のスタイルは淳がボケ、亮がツッコミだったが、亮のあまりの天然っぷりに最近では淳が仕切り及びツッコミ、亮が天然ボケに変わっている。

テレビでは2、3回ぐらいしかネタをしたことがないらしい。

ブレイク初期は素人をいじる企画などを得意としていたが、近年は芸能人をいじる企画にシフトしている。

亮は大阪出身であるが東京吉本デビューの為、標準語と関西弁が半々であり、ツッコミの「それ、あかんだろ」等の東西チャンポンのツッコミは同業者がたまに真似る。デビュー直後、まだキャラクターを模索中の頃は淳も関西弁を使っていた時期があった。

2000〜2002年、歌手としてエイベックスから3枚のシングルを発売した。また吉本芸人のユニット「Re:Japan」に参加し、2001年のNHK紅白歌合戦に出場した。

以前、淳は3ヶ月家賃を払ってなかった為、亮宅に同居していた(押入れの中に入れてもらったといわれる)。ちなみに家賃は3000円だったらしい。

現在放送中の「ロンドンハーツ」などの恋愛バラエティーに出ている為、一部の地域では「スケベ芸人」と呼ばれることもある。

淳はうっかりラジオの生放送中に自分の携帯番号を言ってしまったことがある(ロンドンブーツ1号2号のオールナイトニッポン)。

亮はおとなしそうに見えるが、切れるとスイッチが入るらしく、番組でムエタイの選手をKOしたことがある。

テレビでゴールデンタイムの冠番組がいくつかあり、2006年現在テレビ朝日のロンドンハーツは長寿番組だが、裏番組に苦戦を強いられ短命で終わるジンクスも持っている。

余談であるが、2人ともレギュラーのテレビ番組とラジオ番組で重複出演したことがある。(参考:裏番組)

木曜深夜に3局でメイン番組を持ったことがある。(ぷらちなロンドンブーツ(テレビ朝日系/1997年10月〜2002年9月)→ロンロバ!全力投球・金メダル(TBS系/2003年10月〜2004年9月)→嗚呼!花の料理人(日本テレビ系/2006年4月〜現在放送中))

近年リーダシップをとっている淳が1号で亮が2号だと思われているフシがあるが間違いである。亮は「FNS地球特捜隊ダイバスター(フジTV H19.1.7深夜)」で「2号が噛んだ」と指摘されたが2号ではない。表記のとおり当初、年上の亮が1号であった。

初期の頃はロックバンド『KATZE』と同じ事務所に所属。

以前、ロンブーの番組でキャバ嬢の家にガサ入れ(女の子が浮気していないかを調べに行くコーナー)しに行った時 その女の子の電話に突然男から電話があった。 「浮気相手だろ」と疑う淳に、女の子が「違う。キャバの客。金にならないから着信拒否してる」と言った。 それを聞いた淳は、その後またかかって来たケータイをいじってすぐ「あ、これは本当に着信拒否です。」と納得する。 「えー?本当に?」とまだ疑っている亮に、が「着信拒否の時って、普通の電話と違って一度繋がった状態でブツって切れるからすぐわかるんだよ。」と答える。 「何でそんな事知ってるの?」と聞かれ淳が笑いながら「オレ何度かされた事あるから。待ち合わせなのにされた事もある」 と告白。 すると亮が「誰やねんそれ!淳になんて事すんねん!」と温和に怒り出した。 最後はTVに向かって「オレの相方にそんな事しないでくれ。着信拒否なんかしちゃだめ。特に待ち合わせでしちゃだめ」 と叱ってたらしい。

まだロンブーを結成したばかりの頃、人見知りのはげしい亮は淳のことを信用していなかった。 そんな中、二人はネタ合わせの約束をしていた。しかし約束をしたその日は台風で大荒れ。 亮は「もういないやろ…」と思いながらも待ち合わせ場所へ行くとそこにはずぶ濡れになって立っている淳がいて、「普通こんなんなって来ないやろ。何で来たん?」と亮が聞くと「約束したから」と淳が答えた。 これを聞いた亮は「こいつならやっていける」と思ったらしい。

踊るさんま御殿SPにて『自分が思ったより嫉妬深いと実感した時』という題で 淳は「他の人が自分よりうまく亮をいじっていると嫉妬してしまう」と告白。 また「亮の奥さんに対しても嫉妬する」「相方が好き」と恥ずかしそうに話した。 亮は隣で恥ずかしそうに照れ笑いしていた。

大喧嘩は97年にあったらしい。番組収録中に、淳がツッコミのでパンチを入れたら、それが亮のみぞおちに命中。 あまりの痛さに亮が「殺すぞ!」と言うと、それに負けじと淳も言い返し、収集がつかなくなったという事があったらしい。

2007年5月25日のロンブーの怪傑トリックスターで、淳が相方亮の事を呼び捨てにしている事が分かった。

(出典:Wikipedia)

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